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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第71話 精霊はなにをもたらすか

「あのような精鋭の魔術兵を、あれだけの数、どうしてそろえられたのだ」


 昼夜神殿連合から差し出された第一王子は、私と顔を合わせるなり、そのような質問をしてきました。


 これはもちろん国防にかんする情報への諜報行為であり、彼は敗戦のために送られてきた『敵軍総司令』でありますので、このごにおよんでまだ情報戦を仕掛けてきたということで、周囲の者はざわつき、兵たちは目を怒らせて彼に杖をつきつけました。


 私はといえば、第一王子の顔から、今の質問はどこかに情報を持ち帰ろうという意図のある諜報行為ではなく、ただただ『敗北』という理に適わない結末の理由を知りたいという、いわば学者的な好奇心によるものと感じましたから、その質問を見逃し、ざわつく兵たちに杖を収めるよう指示させました。


 そして質問に答えようとも思ったのですが、答えられませんでした。


 第一王子の言っていることの意味がわからなかったのです。


 私は戦争におけるくわしい情報をほとんど知りませんでしたから、戦後すぐのこの時期には『魔術兵の数も質も向こうがたぶん勝っている』という認識でおりました。


 この時の勝利は、事前の情報戦・導器(どうき)導入という軍備、そして現場指揮官のミスのなさという、不思議ではない理由によるものだったのですけれど、これまでの戦争行為がだいたい『不思議なことが起こって勝った』というものでしたから、この時の勝利もまた、不思議なことが起きたものと、無意識に思っていたのでした。


 だから魔術の精度と魔術兵の数を(たた)えるようなことを言われても、『それは、あなたがわのほうが、質もいいだろうし、多いでしょう』としか思わず、第一王子の質問の意図を正確に察することができなかったのです。


 私はそういった理由で沈黙していたわけですが、第一王子はなにかに納得し、ふと緊張をゆるめました。


「それがわからぬ時点で、私は負けていたということか」


 この時点で彼が死ぬ気なのがわかったのですけれど、私はなるべく人に死んでほしくないし、それが自分の号令のもとの処刑での死とあらばなんとしても避けたいと思うほうですから、この時点でどう彼を助命しようか、そればかりを考えておりました。


 事前に臣下からは『よろしいですか、処刑か、それに準じる罰を与えなければなりませんよ』と言われ、それができないなら第一王子に直接会うべきではないとまで言われていましたけれど、どうにももともと仕えていた国家の王家に連なるおかたですから、直接お目にかからないのは無礼にあたるような気がして落ち着かず、こうして気候変動線沿いまでのこのこと出向いてしまったと、そういうわけなのでした。


 こうして向かい合ってみると、アルバート王子は大変美しいおかたでした。


 私より七つほど歳上の彼は、この時点でもう三十代半ばではありましたけれど、若々しく、生気に満ち、縄を打たれて膝をつかされてはいたけれど、それでも場にいる者の背筋を伸ばすような、『血の圧力』とでも言うべきものを放っておりました。


 王家に連なるおかたですからその魔力量も多いのだとは思いますし、いくら封印処理をほどこされていても、こうして向かい合っている中で彼がその気になれば、私にケガの一つぐらい負わせることはできるのでしょう。

 しかしその時の私は、周囲がピリピリするのとは裏腹に、なんだか安全を確信していたのです。

 このおかたはここで私を害して汚名を残すより、潔く敗戦の責任をとるだろうなという、尊い家のおかたへの信頼とでも言うべきものが、私に中にあるのでした。


 信頼。


 これは私にぜんぜんないものではなく、どうにも、瞬間瞬間、たまに気まぐれのようにわきおこるもののようでした。

 ある瞬間にふと疑いようもなく人を信じられるのですけれど、振り返ってみればその信頼は幻のように感じられ、その根拠のなさと持続性のなさにおかしくなってしまうような、そういう、砂漠の陽炎のごときものなのでした。


 この時、雪の領域に立つ私が王子の背後に見たのは、あまりにも広大な海だったのです。


 気候変動線の交点から見て北東にあたるのが『海の領域』と呼ばれる地域なのだから、それは当たり前なのだけれど、私はその海に王子の心の広さを見て、打ちのめされたような気分になったのです。


 きっと彼もまた昼夜の神殿にそそのかされて総大将に祭り上げられ、『自分の意思』とは言えない流れの中で戦い、その結果敗北して、こうして縄を打たれ、元子爵家の、それも家を継ぐ前に飛び出したような半端者の前に膝をつかされている。

 それは絶対に屈辱に違いないし、きっと自分を乗せた上に敗戦したとたんに差し出した昼夜神殿に思うところはあるはずなのです。

 しかし彼は、長い髪をゆるがせることさえなく、こうべを垂れて、微動だにしない……


 責任をとる立派な大人の姿とは、かくあるべし、なのでしょう。


 私が彼の背後に海を見て打ちのめされたのは、それが初めて見る、あまりにも広い海だったという以上に、王子のありようと、海の広大さとがとても合っていて、一葉の名画のごとく心に響いたからなのでした。


 この人を失わせてはならないと思ったのです。


 それはアナスタシアや、元第二王子のエリザベートに対するものとはあきらかに違いました。

 同情ではなく、神なる者からもたらされた使命のように、私はこの人の死を回避せねばならないと、そう感じたのです。


 あとにして思えばそれは、やはり私の脆弱な心が見せた幻で、仕えていたおかたを一存で処刑する責任からの逃避だったようにも思われます。

 しかしこの当時の私は真剣に使命感めいたものを感じ、そのために頭を悩ませたのです。


 けれど王子の向こうには昼夜神殿の高位神官、魔術塔の七賢人のうち二人までふくんだお偉がたがおりますし、周囲にはやはり、このたびの戦争までの流れで『精霊王』にえらく敬服している臣下までたくさんおりますから、ここで宰相に『どうにかならないか』と情けなくたずねるわけにもいきません。


 独断で決めねばならない。


 だから私はまず、彼を助けるために必要な最低条件として、このような確認をすることになったのです。


「精霊にその身を捧げる覚悟はあるか」


 これもまた問題の先延ばしであり、よりクリティカルな言葉を口にする前の準備のようなものでした。

『昼夜の神殿信仰をやめて精霊信仰に改宗してはくれないだろうか。そうすれば助命もできるかもしれないのだけれど……』という意味合いで放った言葉であり、私としては、最低条件の確認という程度の認識だったのです。


 しかし私の思惑とは裏腹に、それまでも静かだったあたりがいっそう静まり返り、おそろしいほどの静寂があたりを包み込んだのです。


 この問いかけの意味するところをのちに人伝(ひとづて)に聞いたのですけれど、これはもう、私の意図とはぜんぜん違って、『私に仕える気はあるか』と、そのような意味に受け取られる問いかけだったそうです。


 そんな意図はないので周囲の静けさと王子のあまりにも長い沈黙に私はすっかりおびえてしまい、しかしおどおどと視線を泳がせるわけにもいかず、じっと王子を見つめ続けました。


 美しい金髪の男性は灰色がかった青い瞳で私を見上げ、そして、こう述べました。


「精霊はこの地上になにをもたらすのか?」


「なにも、もたらさない」


 ここで即答したのは、神だの精霊だのというものがなんの恩恵も地上に与えてくれないという確信を私が常々抱いていたからなのです。

 この時点でも『精霊とは私自身である』という認識がいまいち薄く、アルバート王子の問いかけは『お前のところの神様はどんな恩恵をくれる?』という問いかけだと判断し、神は恩恵をくれないものですから、『なんでそんなことを聞くんだろう』と思いながら応じたわけです。


 ところがこれもまた人伝に聞いた話を整理すれば、ここでアルバート王子は『自分を引き入れる代わりになにを差し出すのか』『自分を引き入れてなにをさせたいのか』という意味の質問を私にしていたようで……

 それはつまり、もはや死を覚悟しきっていて『助命』がなんの交換条件にもならない王子が、それでも自分を臣下にするために精霊王はどういう条件で雇用すると述べるのかを聞いていたわけなのです。


 私はなにもかも、見誤っていました。


 そのあとにアルバート王子が大笑いしましたもので、私はたぶん、顔に困惑をあらわにしてしまったと思います。


 ひとしきり笑って、周囲の人の困惑が恐怖にかわりつつあるぐらいのタイミングで、アルバート王子はこう返答しました。


「我が身命を精霊に捧ぐ。あなたが死ねと言えば死のう。あなたが生きろとおっしゃるならば、私は恥を忍んで生きよう」


 この当時の私はアルバートの述べることの真の意味がわからずにずっと内心で首をかしげていたのですが、この宣言は、『王家が』『家臣に降った』というものであり、それまでの貴族制の崩壊を示す大事件として史書に記されることになります。


 とにかくこの時はアルバートを殺さずにすんだことに安堵し、ここであいまいなままにして死なれても困るので、「生きよ」と命じて、彼の生命を確保したのです。


 私が祖国を手にしたのは、契約上、権利上、名称上はもう、この『気候変動戦東西の乱』よりだいぶ前のことでしたけれど、『国家の本質』とでも言うべきものを手にしたのは、この時だったのではないかと思われます。


 これ以降、私への恭順を嫌って地下牢に囚われたままになっていた大将軍や、敵対しない代わりとして国家の食糧や資産を要求していた貴族などは、ある者は解体され、そしてある者はアルバートの折衝により国家に尽くすことになります。


 アルバート自身は精霊王国の内務を司る大臣となり、元平民の宰相にも敬意を表し、精霊王国のため働くようになるのです。


 それはこの時のやりとりが原因のようなのですが、私はなにがどうしてそうなったのか全然わからず、命を救われた借りとも違うようだし、なんだかわけがわからないこの忠勤に、やはりおびえ、すくみ、いつ彼の中の『私』と本物の私が乖離(かいり)して報復されるかをおそれるようになるのです。


 しかし恐怖を取り除こうというのは私の本能的行動でもありますから、彼の忠勤にどうにか私でもわかる理屈を見出そうと、それとなく質問をしたことは、あります。


 そのさいに聞いた、おそらくこれが答えなのだろうというものに、以下のような発言がありました。


「神はなにももたらさない。神はなにも求めない。神とはかくあるべしだと、ようやく私はそれに気づかされたのです」


 どうにもそれは、彼がほとんど確定とされながらも王位につけず、どれほどの努力をもっても、王が第二王子を推しているという事実だけで神殿も彼の継承を後押ししなかったことへの不満が詰まっているようでした。


 とはいえそれは文脈からの判断にしかすぎません。

 長いこと貴族の長たる王族として暮らし、今も国内の旧貴族を相手取っての交渉を生業とする彼は、決して『事実』をつかませるような発言をしないのです。


 ですので私への発言も、言質をとられないような比喩や、回りくどさがあり、彼の真意を見抜くのは並大抵のことではなく、私にはとてもできません。


 宰相などには『あの者はいつ、精霊王を追い落として己が玉座につこうとするかわかりません』と遠回しに罷免(ひめん)を要求されたりもしました。


 けれど、私はその要求を呑んだことはなく、いつもの愛想笑いを浮かべて、のらりくらりとうめいてやりすごすのです。


 なぜなら、けっきょくのところ、私は誰も信頼していません。


 それゆえに、元第一王子だから特別信頼しないということも、ないのです。


 私に尽くすすべての人は私を正しく見ることができておらず、おのおのの中に抱いた『精霊王』に忠義を捧げているだけだと、思っています。

 だから私が『精霊王』から乖離してしまえばきっと誰もが私に『これまでの信頼と忠勤のぶんを返せ』と怒り狂い胸ぐらをつかんでくるだろうと、私は常に妄想しています。


 なので、『あの者は信頼ならない』というのは、私が人事権を発揮し、誰かを罷免する理由にはならないのです。

 なぜなら、私が他者を信頼しないのはいつものことなのですから。


 もちろんこんなことを宰相に告げられるわけもなく(それは、彼に彼さえ信じていないと告白する行為に等しいのです)、だから愛想笑いとうめき声でごまかし、私は私の一存で誰かを罷免せず、今までやってきています。


 事実だけを記すならば、アルバートはこれまで、私に発覚するかたちで私を裏切ったことは一度もありません。

 宰相もそうですし、妻たちもそうです。


 けれど、私はこれだけ尽くされてなお、『いつか、報復を受けるかもしれない』という妄想を捨てきれないのです。


 信頼。


 ……ああ、一瞬だけの信頼が、もしも永遠に持続するのなら、私はなにを差し出したってかまわないのに、願いを叶えてくれる存在としての神も精霊も、やはり、実在はしないのです。


 私は我が子を信頼し続けたいのだけれど、それもこのごろ、揺らぎつつあります。


 しかしそれは、我が子になんの瑕疵(かし)もなく、遠因、どころか原因さえ、私にあるのでした。


 気候変動線東西の乱が終わり、懐妊していた二人の妻の子も無事生まれ、また争いのない安定した期間の中に私がいた時のことです。


 現在まで私を悩ませ続ける問題、その端緒はこの時に起こります。


 私が子の行動一つ一つに裏を疑わざるを得なくなった悪しき仕組みの始まりが、ちょうどこのころにあるのでした。

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