第67話 国家神授説
私の人生には数えきれない問題が発生しておりまして、それら問題は今この記録を認めている時も、臣下の声となり、私をせっつき、過去回想という、最近では唯一癒されると言っていいこの時間を奪おうとしています。
しかし問題のすべては、私が手を出さねば解決しないものばかりではないのです。
優秀な妻や家臣たちが解決したものはたくさんありますし、それ以外にも、『気付いたら、なかったことになっていた』という問題もたくさんあるのです。
精霊王国を悩ませていた『昼夜の神殿による実質的な土地の切り取り』も、この『気付いたらなかったことになっていた』問題の一つなのでした。
アナスタシアの治めていたあたりの東西、ちょうど湾や湖の多いあたりの土地を昼夜の神殿は『寄進』というかたちで切り取っていたわけで、これは精霊王国を大いに追い詰め、私を焦らせました。
神の名を騙るこの卑怯極まりない行いに、私はいよいよ神の不在を確信したほどなのです(それは、これだけ便利に名前を使われた神が昼夜の神殿になんの罰も落とさないことからそう思ったのです)。
気候変動線の西がわは、そのほとんどが精霊信仰の土地となりました。
ただしくは、アスィーラの国も、祖国も、別に全員が敬虔な精霊信仰信徒になったわけではありませんし、この二つの国以外にも領域内に国はありますから、『ほとんどが』というのは、信者の分布面積や数を見れば、誤った表現に思われるかもしれません。
しかし二つの大国がそれぞれ精霊信仰を国教に据えたことによって、人々の『メイン信仰』とでも言うべきものは精霊信仰にかたむきつつありますし、国家がこれを推進する限りにおいて、十年、二十年の長い目で見れば、民のほとんどが精霊信仰者になるであろうことは想像に難くありません。
私が精霊王として立った最初のころ、昼夜の神殿は精霊を昼夜神より下だと示そうとあれこれ手を尽くし、なんだかんだと働きかけてきました。
しかし私が祖国を手に入れたころはもう、下につけようという甘い考えは捨てて、滅ぼすか滅ぼされるかと、そういう考えかたに変わったようなのです。
そういうわけで寄進というおためごかしで土地の切り取りをしていた工作員たちも引き上げ、土地は真実の意味で民のものへと返ったようで、結果としてこの問題は解決と言える状態になったのでした。
では昼夜の神殿が綺麗さっぱりすべて引き上げ、一丸となって精霊信仰殲滅の意思で固まったかといえば、そうでもなかったのです。
神殿は地域に根ざすものですからそこの人たちとのかかわりもありますし、信者にも生活がありますから、土地を離れられない者もいました。
また、『気候変動線』というのは世界を切り分ける神の御業と言われているだけあり、線をまたいだ向こうは本当に遠い、知らない土地に思えるものです。
なので『昼夜の神を信じるならば東へ』と呼びかけられても、なかなかふんぎりがつかず、また、精霊王も別に昼夜の信仰を捨てろと言っているわけではないので、残ろうと思った者も、それなりの数いるようでした。
その中にはもちろん、危険で過激な思想を持って、精霊信仰というものに物理的な打撃を与えようと武装して潜伏する者たちもおりました。
が、それは多数派ではなく、気候変動線西がわ領域に残った昼夜信仰者の多くは、精霊信仰との共存を受け入れたのです。
はからずも昼夜信仰者を『親精霊派』と『精霊殲滅派』に二分することになり、この分断が昼夜の神殿の行動を遅らせる結果になったようでした。
相変わらず私はそのあたりの難しい事情はなんにも把握していなかったのですが、臣下には「昼夜の神殿の、雪・砂の領域における総本山を建てましょう」と言われたので、彼はこの分断を狙ってそんな提案をしたのかもなあと、記録を認めながら、ようやく思うのです。
その試みが成功し、それまで『事情があって東がわに行けなかった』というだけの昼夜信仰者たちは、総本山たる建物と簡単な聖域を用意されたことに感謝し、『親精霊派昼神教・魔術塔』として大きな一派になったのではないかと、そういう因果を感じるのでした。
やはり、仲のいいことは、素晴らしいことなのです。
私は争いの気配が起こるたび、歌と躍りで、出身も民族も関係なく一つの生き物のようになれた、アスィーラとの結婚式を思い出さずにいられません。
もともと昼夜以外の神を認めなかった人たちも、同じ土地で暮らし、きちんと話し合い、譲り合う心を持てば、争うことなく仲良くできるのです。
だというのに精霊殲滅派は『東方大移動』なんていう大きな動きをしてまで精霊信仰を認めない構えをとり、あまつさえ、こちらに武力行使を試みるのでした。
滅びた祖国の第一王子が昼夜神殿連合精霊殲滅派の総大将に任命され、『不当に支配された我が国を返還せよ。さもなくば殲滅する』などと告げて来た時、私はやはり争いの気配にめまいがし、胃を痛め、『なぜ、せっかく平和だったのに、血を流したがるんだ』と言いようのない想いで胸をいっぱいにしたのです。
しかし第一王子の主張には筋が通っているようにも感じられました。
というのも、私はなんやかんやと祖国の王城を兵で包囲し、第二王子派を取り込み、この国を精霊王国にしてしまったわけなのですが、この『なんやかんや』の中身をさっぱり把握していないのです。
気付いたら、私の国になっていた。
大した争いもなく、そもそも国とりの野望もなく、ただ空いてた椅子に座ったら、王になり、城と国があった。
これはもう、空き巣とか、家主のいない家に勝手に住み着いているとか、そういうもののように思えるのです。
なので第一王子の主張はいちいち強く胸に響いて、それに従わないことはとても悪いことのように思われてならなかったのです。
しかし、今の平和も、安定し始めた食料自給率も、すべてはこの国土ありきですし、精霊王国が支配してからかなり金と人を使って国家の中身を整備もしていますから、おいそれと渡すわけにもいかない……
困り果て、私はこのように宰相へ相談しました。
「どうにか、第一王子にこの国を取り戻すのをあきらめてはいただけないだろうか……なにか、彼が納得するような、正当性は……」
「陛下、諫言をお許しください。そもそも、陛下がお心を痛められるようなことは、なにもないのです」
「と言うと?」
「まず、あれは第一王子ではありません。亡国の王族でしかないのです。つまり、ただの人です」
「ただの人」
「この大地は精霊王たる陛下が、結婚祝いに昼夜の神々から賜ったものです」
そういえばこの時期にはそのような設定になっていたような気がします。
私の家臣団は、祖国を滅ぼすにいたった事件を絶対に『戦い』とは認めず、あれはあくまでも結婚式でしかなかったと、そのようなことにしているのでした。
結婚式の途中で『父母たる国家』にあいさつに行ったところ、導かれるままに玉座についたと、そのような経緯で国が手に入ったことになっているのです。
それはまあ、たしかにそんな印象であり、なぜこの国が手に入ったのか具体的な要素はのちの歴史家さえもが困り果てて『導かれて』とか『そういう時機を精霊の瞳がとらえて』とか、この先学者を名乗るのにちょっと抵抗が出そうなことしか言えないほどなのでした。
精霊国が土地を手に入れる経緯はだいたいこのようにふわふわしており、それはなにかをごまかしているとかではなく、実際にふわふわしているものですから、もう、解釈次第にしかならず、私は人の解釈に意を唱えるのが大変苦手あまりに、こうして今、精霊王をしているぐらいなのです。
すなわち宰相の主張は、『神にご祝儀としていただいた国なのに、その土地にたまたま国家みたいなものをおいていたただの人間が、文句を言う筋合いはない』というものなのでした。
私はしがない子爵家の出でありますから、もともと仕えていた王族のおかたにそのような無礼なことはとても、思いつくことさえできません。
一方で宰相は平民の出なせいか、例の『反貴族思想』が考えの根底にある様子で、既得権益にことさら厳しい態度が、こうしてたまにのぞきます。
私はその主張では王子の怒りはおさまらないと確信していました。
しかし、この時もやっぱり私の『願望を推測とみなすクセ』が出てしまい、もしかしたら納得して戦をやめてくれるかもなと、そういう未来予想が頭を支配しつつあったのです。
いくらなんでもお気楽すぎるとこうして認めていると思うのですけれど、これはあながち、根拠のない推測というわけでもありませんでした。
祖国における精霊国の評判の悪さは以前に記したと思いますが、『人を生きながらにして焼く』とか『死体を食べる』とか言われていた精霊信仰は、いつのまにか民に受け入れられていたのです。
民は長いものに巻かれるのがうまいと言いますか、精霊信仰を不気味がり、嫌っていても、この国が精霊王に支配され、多くの精霊信仰の者がなだれこんでくるや否や、それまでの悪い評判を押し隠し、大々的にではなく、影でひそひそ話し、距離をおくだけにとどまったのです。
そうしているあいだに、精霊王は『第一王女生誕』(これ以前は男女の別なく王位継承権保持者は王子、王座にある者は王と呼んでおりましたが、私が継承権保持者について決断できないのと、性別がまぎらわしいので、王女・王子と呼ぶことにしたのです)、『王妃懐妊』などの慶事を発表し、そのたびに祭りをやりました。
私は我が子が産まれたことも、妻が懐妊したことも本当に嬉しかったので、この嬉しさを分かち合ってほしいという気持ちで、祭りを提案したのです。
つまり打算はなかったのですが、この祭りという、歌って、踊って、飲み食いをするイベントは、本当に人の心の中にあった壁のようなものを取り払う効果がありました。
もちろん心の底には『邪教である精霊信仰』という認識はまだあるかもしれませんけれど、それでも、表面上は、精霊国の者と、祖国の者は、普通に会話ができるぐらいには打ち解けたのでした。
この実績があったものですから、私は『もしかしたら、第一王子とも歌と踊りでわかりあえるかもしれない』という気持ちがあったのです。
もちろんそういうわけにもいかず、『お前は王族ではなく、なんかこのあたりの土地に王国みたいなものを勝手に作っていた連中の一人でしかない』という返事を受けた第一王子は怒り狂い、すぐさま進軍してきました。
これから始まるのが、精霊王国最初の『まともな戦い』になります。
のちに『気候変動線東西の乱』と呼ばれるものが、その幕を切って落としたのです。




