第65話 昼夜の神と精霊と
結論から言えば私とルクレツィアとのあいだに生まれたのは女の子だったので、第二王子との婚約は成立しませんでした。
しかし生まれる前の子の性別などわかるわけがないので、玉座に私がおり、周囲を私の家臣と妻が囲んだ状態で、精霊国の後ろ盾欲しさに私にまだ幼い子との縁談を勧めてきた男は、ルクレツィアの無茶な提案を承諾するしかなかったのです。
その後にさまざまな条約が文書としてまとめられたようなのですけれど、私はそういう、互いのパワーバランスを見ながら、互いの腹の内を上手に隠しつつ、笑顔など交わしているのに頭の中ではいかに自分有利の文章を呑ませるかみたいな、『文筆上の戦い』さえも苦手なので、すっかりルクレツィアに任せてしまいました。
しかしまだお腹が目立たないとはいえ子を宿した妻に仕事を任せたことに対しては、言い訳もあります。
私は結婚式の途中なのです。
このあと砂の領域にあるアスィーラの故郷まで行って、そこで精霊式の誓いを交わして私たちの結婚式は終了となります。
ただでさえ祖国がごたごたしていたせいでアスィーラを待たせてしまったものですから、このうえ、条文をまとめて条約を交わすまで彼女を待たせておけそうもなく、私は祖国のことをルクレツィアに任せ、そうしてまた砂の領域へと戻ることになったのでした。
アスィーラは『美しき』という言葉を常に頭につけられるだけあって、その妖艶な美貌は普段でさえ素晴らしいものですが、結婚のための、とっておきの薄衣や金銀などの宝飾があしらわれた服装をまとった彼女は、『もしも夜神が地上に降臨なさったなら、このような姿であろう』というほど、神秘的で、色香があり、そうして美しかったのです。
出発前に石を積ませて作らせていた高台の上で、私とアスィーラは互いの頭に水をかけ、精霊信仰への帰依と、永遠の愛を誓い合いました。
「これは、我らの墓でもある」
石を積んで作り上げた高い台は、どうにも墓標でもあるようです。
しかし私を入れる墓というのは、この記録を認めている現在では全世界に片手で足りないほどにはあり、私は死後に体を七分割にしないといけないようで、それはとても痛そうで嫌だなあと思っているところなのでした。
こうしてアスィーラとの結婚式が終わり、『砂と魔術の国』は正式に『砂の精霊国』となり、私の治めていたこの世に唯一のものだったはずの精霊国は、その後『雪の精霊国』、あるいは『北西精霊王国』などと呼ばれるようになります。
精霊王国、というのは特に私が所在する場所を示す時に使われる名であり、『北西』、すなわち世界の中心たる気候変動線の交点から見て北西であるという表記は使われたり使われなかったり、記録者によってばらつきがあるようですが、『王国』と表記するのは、私が直接治める北西の場所のみになります。
さて、ここで私に意外な役割が降りかかりました。
「ところで未だ精霊信仰への帰依を拒んでいる者はどうする? 殺すか?」
その、人の命の価値をまだ知らない、童女みたいな気軽さで放たれた『殺す』という言葉は、屈強な大男が剣を持ってそう言い放つよりも、よほど私を戦慄させました。
もしも私がここで、いかようにも解釈できるようなうめきを漏らしたならば、アスィーラは冗談ではなく本当にやるでしょう。
そもそも私は精霊国に住む者への改宗を義務付けてはいません。
これは精霊信仰というのは自由であるべきだと私が願っているというのもありますが、そのへんを整理する条文の採決が嫌で、まあどのような宗教であろうとも、人に迷惑をかけず好きにしてほしいと、そのように思っているからなのでした。
ところがアスィーラの国は魔術塔の信仰者が大量におります。
それはきっと、女王アスィーラが『やめろ』と言えば、六割か七割の人は簡単にやめるような気楽さではあると思われました。
ようするに、『自分が宗教を信奉している』と意識せず宗教的行動をするほどに、生活に根付いているということなのです。
これをいちいち否定して回るのは敵が増えそうですし、魔術塔と昼神教は私に多大な迷惑を及ぼす宗教ではありますが、ただそれを信じているだけの人まで恨むつもりはなく、むしろ人々は、信じたい神を信じてそれに救われてほしいとさえ、思っているのでした。
このあたりは『おのおの、うまいことやってくれ』と言いたいところなのですが、さすがにそろそろなにか定めないといけないところでして、そうして宗教まわりの決定権を委ねている妻もおりませんから、これは、私が決断せねばならない問題なのです。
困りました。
なので私は、つらつらと、このようなことをうったえたと記憶しています。
「昼神も、夜神も、それを崇める者に罪はないんだ。ただ、その神を使って悪事を働く者があるだけで……そもそも、精霊も、昼神も、夜神も、等しく人々のよりどころたるべきものであるのだ。その中から信じたいものを信じるだけなら、誰にも迷惑はかからないはずだろう。とにかく、信じたいものを信じていいから、悪事だけは働かず、他の信仰に迷惑をかけず、そうしてほしい。僕が望むのは、本当にそれだけなのだ」
ここでアスィーラは「なるほど」といたく嬉しそうに笑ったもので、私は私の真心が通じたのだと安堵したのです。
その後アスィーラによってまとめられた『精霊国における昼夜や他の神を信じる者へ』という文章に、以下のような一説が加わりました。
『昼神も夜神も、精霊と等しく神である』
そして私は精霊王であり、精霊そのもの、あるいは精霊をまとめる存在とみなされつつあります。
これがどういうことなのかわからない人は、この記録を私が認めている時代には、一人もいないことでしょう。
つまり、私は、私を昼夜の神殿が仕える神そのものと同格だと発表したことになったわけです。
当然ながら昼夜の神殿からの反発はすさまじかったのですけれど、民からの反発は、実のところ、そこまででもありませんでした。
というのも、昼夜の神々を信仰する者たちのほとんどは、そこまで熱心なつもりがないのです。
昼神教が治療をほどこしたり、あるいは子供をあずかったり、夜神教が人々に教育をほどこしたりというサービスは生活に深く根付いておりますし、食事の前の祈りの言葉や、おやすみのさいに親からかけられる言葉なども、その起源を紐解けば昼夜の神殿にあります。
しかしそれはすっかり生活に根付いているだけに、普段は『これが昼夜の神殿の賜物である』という意識が民には薄いようでした。
つまり新たに精霊というものが信仰対象として加わり、それが昼夜の神と同格だと言われた民の多くは、『利用できる無料サービスが増える』ぐらいの認識だったようなのです。
民というのは無料の施しを受けるさいには小狡いというか、うまくやるもので、昼夜の神殿は精霊信仰者の神殿利用を禁じる旨を発表しましたけれど、昼の神殿や夜の神殿のサービスを受ける時には、精霊なんか知らないという態度をとる者ばかりだったため、民に実害がなかったのです。
民は貴族や神官よりもよほど、この世に神の恩寵などなく、恩寵と呼ばれるものは、神を信じる人が神の代わりに人々にしている施しであることを知っているのでした。
しかしあくまでも『多くの民』であり、中にはもちろん、熱心に昼夜の神を崇め、敬虔にその戒律を守り、昼夜神に新しく精霊が並び立つことや、その精霊が地上に降臨しているとすることなどを許さない者もいます。
そういった者たちは国を出て行く決意をし、それを昼夜の神殿も援助しました。
しかし雪の領域も砂の領域も、領域内で一番の強国が精霊国になってしまったわけですから、気候変動線の交点から見て北西と南西にはもう行くべき場所がありません。
そうなると敬虔な昼夜の神の信徒たちは、東へと流れていくことになるのです。
それがのちに言う『東方大移動』の始まりなのでした。
やはり精霊王にまつわる歴史的大事件には、私の甘い見立てや、不用意な発言、責任逃れがあるのです。
これもまた『精霊王の慧眼』によるものではなく、このあとに発生する数々の事件も、決して私の意図する通りではなく、私の脚本によるものではないのですけれど、この問題もまた、歴史的には『精霊王の功績』の一つとして数えられてしまい、つくづく歴史とは勝者にとって都合のいいように記されるのだなと、我が身のことだというのに、他人事のように、乾いた笑いさえ出てしまうのでした。




