第63話 祖国滅亡
当時の私は祖国の状況をくわしくは知りませんでしたから、ここに記すものはすべて、『のちに聞いた話』になります。
まず、国王陛下が崩御なさいました。
このおかげで精霊国は存続し、大公国は安定的に国として立つことができたと言えるほどの大事件なのですが……
では、なぜ晩年の国王陛下が精霊国を『下』と内外に示すためにあれこれ計を巡らさせ、大公国樹立阻止のためすぐに兵を出したのかというと、それは、陛下が後継者のための功績作り、地盤固めをしたかったという理由があったそうなのです。
この当時、我が祖国の王となれる人は三人おりました。
一人は大公国を樹立したルクレツィアの父なのですが、これは別の国の王となってしまったので、当然ながら省かれます。
すると二人の王子の継承権争いということになるのですが、この問題がなかなか、複雑だったのです。
というのも、そもそも、私が精霊王になり他国で立つまで、我が祖国の王位継承者は、ほぼ一人に絞られておりました。
いわゆる第一王子であり、多くの家臣はこれを立てていたのです。
しかし私が精霊王になったあと、陛下に孫が生まれました。
陛下はこの孫を大変にかわいがり、自分のあとの玉座をこの孫に渡し、第一王子をその補佐につけると発表したそうなのです。
もちろんこの孫というのは、ほんの幼い、まだ言葉もまともにしゃべれないほどの赤ん坊でありますから、王として政務をとることは、できません。
なので代わりに政務をとるべく第一王子を補佐にと、そのようにしたのです。
それはもう、実質的な王位継承のように私からは思われるのですが、どうにも第一王子の中では我慢ならないことがあったらしく、ご自分を支えてくれている派閥も巻き込み、王位継承権争いが始まったのでした。
「晩年の陛下は、朝におっしゃったことが夕刻には変わっているようなありさまで、たくましかったお体は痩せおとろえ、そのような弱った姿を人前にさらすわけにもいかず、寝室に引きこもられていた。ひどく疑り深くなり、数名の信頼できる侍女にお世話をさせていたようなのだけれど、その侍女もまた、なんでもないことで陛下の不信をかい、投獄されるというようなことがあったのです」
大公国樹立は以前から大公国王の中にあった野望だったそうですが、晩年の陛下の様子がその決断の決め手となったことを、酒の席でほんの少しだけ語ってくれました。
私などは『雪の領域でもっとも栄えた国』がいただくのにふさわしい、たくましく賢い陛下しか知りませんものですから、大公国王の語る『晩年の陛下』の様子には、まるで別人の話をされているような、そういう気持ちになってしまうのです。
しかし、私は、晩年の陛下にこそ、共感を覚えるのでした。
このようなこと、考えるのも不敬かもしれませんけれど、晩年の陛下の弱さというのか、人を信じる力の衰えというのか、そういうものには、ひどく覚えがあるのです。
できるならば、人を信じたい。しかし、信じるというのは、とても難しくて、信じたい人を疑い、存在しない裏切りの萌芽がどこかで花をつけようとしている音が常に耳の中に響き、なにもかもが、自分を見下し、嘲笑い、陰できっとひどいことを言っているような気がする。
そのすべてはきっと、幻想なのでしょう。
『人は、そこまで人に興味を持たない』というのは、誰に言われたことだったか……
知らないところで人が自分のことを考え、悪しざまに言っているなどと、そういうのは、ある意味で傲慢で、『そこまで人は、自分のために思考や時間を使わない』という認識が欠如した考えだとは、思います。
わかっているのです。すべて、私の妄想にすぎない。
しかし、その妄想は、妄想だけに否定しきることが不可能なのです。
あらゆる人の行動、視線、ほんのわずかな笑いから、私は無限に『自分は嫌われているのだ』という根拠を見出してしまうのです。
幸いにも、私は自分に自信がないものですから、この誰しもに嫌われ、誰も信用できない世界で、王という権力を持っていようとも、暴走することは、ないのでしょう。
しかし陛下のようなお強いかたが、『自分は裏切られている。誰も信用できない』という思い込みのままに采配をふるえば、どうなるか……
国は混乱し、他国につけこまれることになります。
「ルクレツィアにせっつかれたのは、まあ、本当に大きな理由ではあったのだけれど、私が大公国の樹立を決意した理由の半分ほどは、ルクレツィアの姉たちが陛下つきのメイドとして王宮に召されたことだったのですよ。あの陛下に娘をあずけたくないという親心が、生まれ育った国から袂をわかつ決意を私にさせたのです」
大公国王は、ルクレツィアへの態度を見てもそうですが、本当に娘想いのおかたなのです。
あるいは男親にとって娘というのは、恋人よりも愛しく、妻よりも大切で、王よりも尊い、そういうものなのかもしれません。
これを認めている私にも何人か娘がおりますが、息子と比較して特別かわいいとか、そういったことはなく、我が子だなあと、そういう感慨に特に違いがないので、『男親からの娘への愛情』は、やはり予測するしかないことではありますが……
なににせよ、継承の不備は国家の滅びの原因たりうると、私はこのケースから、本当に強く学びました。
学んだ上で今、私の死後に問題を残さないために考えているのですが、世界に四つも精霊国が生まれてしまいましたし、私には相変わらず『決断』の能力もなく、いったいどうしたらいいのか、いちおうの『結論』が出てしまった今でさえも、まだ迷うのです。
ともあれ現在の政治的問題はこうして私的な記録に残してもしかたがありませんので、この当時のことに話を戻せば、そういう混乱のせいで、祖国の軍も方針を決めかねていたようなのです。
砂と魔術の国……ようするに砂の精霊国は祖国にとっても脅威でありますから、国家が二つに割れ、大公国樹立で土地と人が減り、精霊国に食料を大量に差し出したせいで軍備も万全とは言い難い状態で、どうするか。
宥和か、それとも敵対か。
これが祖国の軍の動きをにぶらせていた、二つの選択肢のようでした。
基本的に違う領域に住まう人との宥和というのは、政略としてとられません。
これは生育環境の違いからなる価値観の違いであり、我々は意思疎通に不便を感じることはなく、言葉だってだいたいどこででも通じますけれど、それでも『話が通じない』ということはありますから、この『話が通じない』を前提とした考えなのです。
しかし、この時の『砂の領域』の軍には、私がいます。
のちに私は『精霊の子』となり、人間の両親がいないということにされるのですけれど、この当時は私と交流のあった貴族たちが祖国の王宮にもおりましたから、私がその国の出身であることは知られていました。
同じ国の出身なので話が通じる可能性を見られていたらしく、精霊信仰に理解さえ示したならば、兵力や食糧を損耗することなく、同盟を結べるのではないかという考えがあったようです。
宥和の方針を推していたのは、第一王子の派閥だったそうです。
こちらは国内に充分な地盤もあり、民衆からも『次の王』として受け入れられやすい下地がありましたから、『功績』が必要なく、ただ事態を被害なく収めることができれば、その手腕の見事さを讃えられ、一気に王位継承に近づくと、そのような目算があったのでした。
一方で敵対を推していたのは第二王子の派閥です。
この当時ようやく言葉を操れるようになったばかりの第二王子が戦争を望むはずもなく、それはやはり、派閥の者の意見なのですけれど、ようするに第二王子の母親の家が、『王になるための功績』を欲して、徹底抗戦を主張しているようなのでした。
この第二王子の母親とその家というのが、晩年の陛下に唯一信頼され、それが覆ることのなかった人々のようで、崩御直前の陛下の政策はすべて、この一家にそそのかされるまま行ったことなのではないかと、そのように言われているぐらいなのです。
こうして二つの派閥がそれぞれに自分たちの方針を出すのですけれど、『じゃあ、そちらはそちらの方針でやってくれ。こちらはこちらの方針で動く』とはなりませんでした。
そもそもアスィーラの国の軍隊には国家全軍を動員してあたらねばならないのですけれど、国家の意思決定が二つに割れている状態では、『全軍動員』ができません。
さらに主要な将軍などは第一王子の派閥にいるものですから、第二王子の派閥は『軍人は君たちについているけれど、私たちは抗戦すべきと考えているので、私たちの方針に合わせてくれ』とするしかないのです。
つまりその主張には実行力がなく、相手を説き伏せないといけない状態なのでした。
一方で第一王子の派閥がさっさと精霊国軍に使者を送ってこなかったのは、第二王子派閥に文官が大量にいるからで、講和するにせよ、和平を結ぶにせよ、そのさいに提示する条件や、そもそも下手に出るべきか、高圧的に出るべきかを、決定できなかったからなのでした。
武断に出ようとする派閥には武力がなく、文治を成そうとする派閥には文人が少ないのです。
軍人は戦いのプロなだけに『今の我が国の状態で、精霊国の軍を相手どったら、負けはないかもしれないが、大量の被害が出る。もちろんそれは、全軍動員が適った場合の話で、全軍で守備できなければ、蹂躙されるだけであろう』ということがわかっており、それゆえの宥和方針なのでした。
文人のほうは、実際に戦わない者がしばしば行う『数字の上だけの判断』をしてしまっており、『兵力や軍備を見れば勝利できる目算が高いし、食糧ももつはずだ。なのに軍人どもが腰抜けで抗戦しない』などと思っていたようでした。
もっと私のほうを見てほしいものだと、のちに裏事情を知って、歯噛みしました。
もっと精霊国のほうを見て、『今は国家が一丸となってこれに抗する時だ』と理解し、第一王子あたりが強硬なリーダーとして国家をまとめ、全軍、全文官を働かせれば、祖国は滅びずにすんだのです。
いったい、なにをしているのか。
砂および雪の精霊国軍はあいかわらず歌い踊り行進を続け、ついに王都までたどりついてしまったのです。
それまで街を守る領主の軍などが前に立ち塞がりもしましたけれど、それはもう、軍隊の規模がいち領主軍では小さすぎて、我々はこれを蹴散らすのに大した被害も受けませんでした。
ほとんど止まらないまま軍が進むのを中で見ていて、私は、自分が精霊王として立つことになってしまったきっかけである、『雪の王都奇襲』を思い出しました。
本当に、この世界には『流れ』というものがあって、それに乗った時には『ああ、乗ってしまった』とわかるものなのです。
この『流れ』は個々人の力ではどうにも覆しがたく、私はその流れの行き着く先について想像が及びましたし、それを止めたい願いもあるのですけれど、もう、流れに乗ってしまっている時点で、どうしようもないのでした。
アナスタシア。
あのまだまだ未来のあった若い女王のことを思い出します。
金髪の、気品あるかわいらしい少女……
暗殺の憂き目にあってしまった彼女は、たしかに暗殺されるに足る暗君だったのかもしれません。臣下をまとめることなく、民の行動を知ろうともせず、ただ昼神に祈り続けた少女。
つくづく私は、『なにもしないこと』がどれほど悪いこととみなされるのかを感じずにはいられません。
祈りはなにももたらさないのです。祈っているだけで平和がおとずれはしないのです。
あらゆる局面で『行動』だけが未来を切り拓きます。足を止めてしまった時点で、それは、周囲で激しく流れる『状況』というものに削られ、次第に小さくなり、消えていく運命の中にあるのです。
そうして我が祖国も、けっきょく、『なにもしなかった』のでした。
宮殿ではきっと激しく議論が交わされ、宥和か敵対か、国家の首脳が集って会議をしていたことでしょう。
けれど、目の前に迫っている『精霊国』というものへの働きかけがなく、結果として、滅びました。
我が精霊国はこの当時まだまだ弱く、資源にもとぼしい、雪深いだけの弱小国でありました。
しかし、この当時の我々がなんだかんだと流れの中で滅びずにいられたのは、追い詰められる局面になると、私の妻たちがほとんど独断で行動を始め、臣民が疑問なくそれに応じることが、一番の理由だったのではないでしょうか。
けっきょく、正式に次の国王が決まる前に、我が祖国はなくなりました。
両親をいなかったことにし、祖国をなくす。
これもすべて『精霊王の時機を読む目』のたまものであり、『精霊の導き』に従った、神意のようなものだと、伝わっています。
けれど、真実は違うのです。
滅びてほしくなかった。止められるならば、止めたかった。
しかし、精神の未熟さから、止められなかった。
これが精霊王の真実であり、肥大化しきった虚飾にうもれ、誰からもかえりみられることのない、私の心の底からの、嘆きなのでした。




