第62話 進路変更
もとより私たちは『私の両親』を目指して行進していたので、あいかわらずもっと早くに『そうであるならば、起こりうること』について思い浮かべておいてもよかったのです。
私の人生における、『少しでも予測という能力があれば回避できた問題』のだいたいすべては、『予測する知能がなかった』というよりは、『精神的な事情により、目を逸らしていた』というものに起因するような気がします。
これはもちろん、『私の知能は、この手記を読んだ人が疑うほどには、ひどくない』という弁解ではなく、そんなわけはなく、私はやはり、私の真実の姿として、知能面よりむしろ、精神面の未熟さ、いたらなさのほうを正しくつまびらかにしようと、そういう意図を持って上のことを記すのです。
先の国境でのできごとを見ておりましたから、両親のいる土地が近づくにつれ焦り、どうにかしてこの結婚大行進を止めねばならないと、そういう思いに、爪を噛むほどなのです。
結婚大行進はペースと距離の問題で日になんどか休憩を挟みますから、その時にアスィーラになにかを切り出そうと思うのですけれど、それは彼女を説得できるほどの言葉にならず、逆に「心配しなくていい」などと、なぐさめられてしまうありさまなのです。
このままでは、まずい。
それは私の人生を総括するような感慨なのでした。
『このままでは、まずい』。私の人生はつねに『これ』であり、こうして過去のことを認めている現在も、無数の『このままでは、まずい』が背後から冷気を伴った足音を響かせて忍び寄ってきておりますし、それはこの当時からずっと、数を増やしはすれど、減らしてはくれない問題なのです。
おそらく問題が発覚した瞬間に、『嫌だな』などと甘えずに、しっかりと直視し、対応できていれば、現在の私はこんなにも数多の問題に怯え、苦しまずにすみ、安眠も簡単にできたのでしょう。
しかし、そうはならないのです。出すべきところで、勇気が出ません。放置してはいけないと頭でわかっていても、対応できないのです。
それは私が私であるがゆえの問題、と言ってしまってもいいでしょう。
世の中にはもっと理性的で、将来を見据えて行動できる人がたくさんいるようなのです。
その人たちは、私がとんでもないエネルギーと勇気、覚悟を必要とすることを、『将来のために』という理由で、あっさり片付けてのけるのです。
その覚悟のしかた、勇気の出しかたというものは、その人たちにとって当たり前なだけに方法論などいちいち考えないようで、そういった『普通の人たち』は、当たり前のように『やればできる』だの『やらなきゃしかたない』だの言うだけで、できない人への有効なアドバイスなどしてはくれないのでした。
もしも誰か、私が『普通の人生』を送れるようにアドバイスをしてくれたなら、私はもっと……
いえ、きっと、私はそういう人を信じて、そのアドバイスに人生をゆだねることなど、できないのでしょう。
私の問題はどうにも、私の心に『信頼』という感情がないことに、すべてが起因するのかもなと、最近では思います。
それが関係するのかどうかは、こうして振り返ってもあいまいですけれど、この当時の私は、シンシアか、あるいはルクレツィアあたりに相談すればいいものを、アスィーラが『結婚式の最中に他の女のもとへ行くな』と言うのになんの考えもなく従って、誰にも助けを求めようとしませんでした。
たった一人で、どうにかこの大軍が私の両親の隠遁地まで行かないような策を捻り出さねばならない。
追い詰められた私はこの時、素晴らしいアイデアを思いついたのです。
もちろんその『素晴らしいアイデア』は、この当時、この瞬間には素晴らしいと思えただけで、振り返れば『どうしてあんなことを言ってしまったのか』『もっとほかに言うべきこと、やるべきことがあったんじゃないか』というものなのです。
「僕の父母はもういない」
「そうなのか?」
「うん。もはやあの人たちを、僕は両親とは思わないのだ。僕と無関係な人たちに、僕の結婚を祝ってもらおうとは思えない」
「ならば、どこにごあいさつにうかがえばよいのだ」
「国家だ。国家こそが、僕の父であり、母だ。僕は国家、ひいて言えば、王家を父母と仰いでいる」
「では、行き先は王都だな」
「うん、そうすべきだと思う」
そうすべきではないのです。
この大軍勢で王都に向かうのは、もはや相手の国を滅ぼすつもりとしか受け取られないのです。
しかし私はこの時、あの、両親がようやく手に入れたささやかで幸せな暮らしを蹂躙せずにすんだ安堵と、その安寧を守り切った自分の機転に満足してしまっていたものですから、『この大軍勢で王都を目指すことの意味』など、想像したくもありませんでしたので、しませんでした。
結婚大行進は急激に進路を曲げて、王都を目指すことになりました。
もちろん私が治める雪の精霊国には祖国出身の者も多く、それはこの結婚大行進の列にもおりましたけれど、この時、彼らは自分たちがどこへと進路を曲げたのか、ぜんぜん考えなかったようでした。
もしかしたら私の考えのなさ、想像の不足は、『人』の特徴とさえ言えるかもしれないというのは、果たして救いのあることなのか、ないことなのか……
しかしまだ、希望はありました。
王都なのです。きっとこの軍勢はそこまで行く前にも数多の軍勢に止められるでしょうし、王都の警備など、こんな浮かれた集団が抜けるほど甘くはないはずなのでした。
私の祖国は雪の領域にて最強なのです。
アスィーラの国もかなり強いようですが、それにしたって、きっと、簡単には抜けず、我が国が食糧不足でたちいかなくなるか、ノリでここまで来た人たちが飽きるまできっと持ち堪えてくれるとそのように……
願い、なのでした。
そうなるべきだと思っていました。けれど、そうはならなかったのです。
それは、国王崩御からこれまで、次の王が決まったという話をぜんぜん聞かなかったのが、関係してきます。
ようするに我が祖国は、滅びるべくして滅んだと、これよりあとの歴史家たちによれば、そういうことらしいのでした。




