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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第57話 結納品

 この当時の私が事態の把握をできるほどの思考能力を発揮することはなかったわけですが、しかし、たとえ私が冷静で理知的であろうとも、この事態の裏に流れているものを察することはできなかったと思われてなりません。


 この当時より少しあと、すべてが終わったあとでやや冷静さを取り戻した私が予想したのは、『オデットがなんらかの手段で私が王宮に囚われているのを知って、精霊国に助けを求めた結果、精霊国が祖国の国境さえ越えて、気候変動線のあたりまで進軍してきた』というものでした。


 しかし、これは間違いなのです。


 オデットはたしかに私の居場所を把握していて、王宮に囚われているところまではつかんでいたようなのですが、ずっと私を奪還する機会を狙って潜伏中であり、精霊国には帰っていないのです。


 では、なぜ精霊国は国境からはるか南の、大公国、そして私の生国(しょうこく)さえも飛び越えた先にある気候変動線近くに軍を並べていたのか?


 それは大公国に原因があるようでした。


 私が王宮に残した手紙は、私が国を出た日にはもう、発見されていたようなのです。

 その手紙には私のこしゃくな奸計があって、さりげなく、まるで精霊国の内部をちょっと視察するかのような、そう読み取れる文章が書かれているのでした。

 その手紙を発見されても、しばらくは私を信じて、『まあ、精霊王も大人なのだし、自国の視察ぐらい、しばらく放っておいてもいいだろう。オデットも伴っているようだし』と、自由にさせてくれるだろうなと、そういう打算があったのです。


 しかし、私は予想より信用されていなかったようです。


 ほとんど同時に手紙を発見したシンシアとルクレツィアは半狂乱のようになり、さんざんにそこにいないオデットをなじって、そうしておのおのの持てるルートで私の行方についての情報収集を開始したのでした。


 その結果として大公国が引っかかり、シンシアと娘であるルクレツィアに詰められた大公国王はあっさりと私の行方を吐き、そうして私が『砂と魔術の国』に向かった旨は、精霊国出発から一日と経たずに妻たちに知られたのでした。


 そこまでの行動も迅速でしたが、そこからの行動はもはや、迅速という表現では足りなかったようです。


 シンシアとルクレツィアは普段のどこか距離のある様子からは想像しがたいほどに呼吸を合わせ、とりたてて相談するでもなく挙兵することを決断しました。


 私にその当時の様子を教えてくれたのは、現在では精霊国宰相となっている彼なのですが、王妃たちの決断はあまりにも早く、行動は意味不明なほどに早く、さらに採決権において私がいない状況だと王妃たちにかなう者がおらず、こうして精霊国は再びの挙兵にいたったのだそうです。


 しかし、なぜ彼女たちが挙兵にいたったかは、あの有能な宰相といえども理解ができなかったようです。


 なにせシンシアとルクレツィアは一瞬見つめ合ったあと、同時に『戦争』という決断をしたようで、その視線が合った瞬間にやりとりされた情報は、余人にはとても読み取れないものなのでした。


 しかし断片的な情報だけで予測するならば、シンシアとルクレツィアの仮想敵は『砂と魔術の国』ではなく、どうにも、私とともに旅をしたオデットのようなのでした。


 オデットに奪われた私を取り戻す、そういう意図での出兵だったのではないかと、宰相は『あくまで推測ですが』と前置きして私に語ってくれたのです。


 話を聞いた私が首をかしげるしかなかったのは、言うまでもないでしょう。


 オデット一人から私を取り戻すために出兵というのは、いかにもおおげさで、非効率的なように思われます。

 宰相はなぜか「まあ、オデット()の手引きで行方をくらませたなら、それは全軍を使って国をまるごと端から捜すのがもっとも手っ取り早い捜索手段でしょう」と納得しているのですが、さすがに……


 つまるところ、この精霊国の挙兵は、私にとって一から十まで意味のわからない、話を聞いたところで理解できない理由によってなされた、まさしく『精霊に祈りが通じた』としか言えない、そういう奇跡なのでした。


 このさいにあいだにある大公国は、大公国王がルクレツィアの父でありますから、素通りできたうえ、いくらかの食糧支援までしてもらったようなのです。


 しかし、そのさらに南には、私の生まれ育った国があります。


 この国は少し前に精霊王・大公国連合に手酷い敗北を喫したばかりであり、そのために食糧やお金などをとられています。

 さらに国内における精霊国への評判もさんざんなもので、とてもではないですが、精霊国軍の通過を許してくれる世論など、起こりようがないと思われました。


 これを武力で超えようというのも、現実的ではありません。


 一度は奇跡的な大勝利をおさめた精霊国軍ではありますが、そもそも兵の精強さにおいて、精霊国軍は世界で下から数えたほうが早い有様なのです。


 対して私の祖国は気候変動線分類における『雪の領域』においては最強の国ですから、精霊国軍がこの国の軍隊を抜くことは、不可能なのです。


 案の定国境沿いで一悶着あったようなのですが、ここでもやはり『精霊に祈りが通じた』と言うしかないことが起こっていたようでした。


 まず、例によって精霊国の挙兵が早すぎたため国境沿いに兵士を並べるのが間に合わなかったのです。

 とはいえしっかり防備を固めて対処すれば、精霊国軍のごとき弱兵など十倍の人数差があろうともものともしないはずなのですが、ここでルクレツィア元公爵令嬢から、このような通達があったようです。


『我らの道を阻む者、砂と魔術の国の手先とみなす』


 幾度か記している通り、この時期は砂と魔術の国が挙兵準備をしており、王の崩御によって混乱している祖国を狙っておりました。

 その状況で『砂と魔術の国の手先とみなす』と言われて、変なところで内通者のレッテルを貼られても困りますから、兵士たちの動きは明らかににぶくなったのです。


 そこをルクレツィアに率いられてた精霊国軍は素通りし、実際に祖国の兵にも、民にも、食料にさえ手を出さず、ただ通過したのでした。

 こうなるともう、上の者に指示を仰いでも、上の者だって『実際に自国に被害を出さなかった軍』が『自国に攻めてくる気配のある砂と魔術の国へ向かう』のを止められず、こうして精霊国軍は気候変動線沿いへとたどりついたらしいのでした。


 (きょ)


 ルクレツィアをはじめとして、精霊国のやったことは、まさしく『虚をつく』というものなのです。


 前例のないことをして、責任が発生するぞとおどして、そうして、混乱しているうちに、さっさと行動してしまう。


 のちに精霊国の軍略について専門家が整理する機会があったのですが、その時には『まるで精霊に化かされたような……』とか『その時不思議なことが起こって……』とか、おおよそ軍事の専門家に論じさせたとは思えない表現が飛び交ったのを覚えています。


 意見の検分役として私も同席するはめになったのですけれど、その時の微妙な空気は、ひょっとしたら人生で四番目ぐらいに、胃の痛いものだったような気がします。


 とにかく精霊国の軍事行動が成功した理由は、万事『異常な早さの軍備』『相手の想定していない行動』に集約します。

 そしてこれを成すためには、『強固なリーダーに国民全員が迅速に従う』ことが必要不可欠なのです。


 たしかに王の意思のもとに国民すべてが文句も不満もなく従えば、いかに無能な王をいただく国であろうとも、それなりの成果を出すことでしょう。

 私が私の意思で挙兵を決意したことは一度もありませんが、精霊国はつねに『精霊王』の意思のもと一糸乱れず動き、それが弱卒(じゃくそつ)と義勇兵を伝説の軍勢のごとくしたのでした。


 よく言えばノリがよく、悪く言えば『精霊』なんていうものを信じてすがってしまう自主性のない国民性が、精霊国の特徴と言えるでしょう。


 民は王に似るという説もあるようですから、そう考えれば、ルクレツィアやシンシアなんかに扇動されたら、それはもう、考えもなく動くなあと、そう思ってしまい、苦笑するしかないわけです。


 もちろんこの当時に差し迫っていた状況は笑っている場合ではなく、私はアスィーラと同じ輿(こし)の小窓から、がぶりよるように相対する精霊国軍を見ました。


 また『全国民』と言えるほどの数がそこに布陣しているのを見て、私は愕然としてしまったのです。


 もちろんそれは食料事情やら、国家の防衛やら、そういった現実的な問題がぱっと浮かんだわけではなくって、『この人たちは、よほど暇なのだろうか。戦争をお祭りかなにかと勘違いしてはいないか?』という、そういう愕然なのでした。


 よほどの対価を掲げて徴兵したと思っていたのですが、ルクレツィアとシンシアがこの『全国民義勇兵』に告げたのは、たった一つの命令だけだったそうです。


『悪しき者の手から、精霊王を救うのだ』


 たったこれだけで全国民は動員され、ここまでのこのこやってきたのでした。


 ああ、どうか、どうか、お願い申し上げる。私のために、争わないでほしい。


 恋愛劇のヒロインなどが、自分をめぐって争う男性にこんなことを言う脚本もありますが、それはいかにも嬉しそうで、自分のために誰かが命懸けで争うことで、自分の価値が高まっていることに対する喜びというのが、にじんでいるものでした。


 しかしこの時の私の想いは本当の本当に言葉の通りであり、私のために誰かが争うならいっそ殺してくれという願いであり、争いなどは見るのも嫌な私の、心からの必死の叫びだったのです。


 どうすれば、戦わずにすむのか?


 私の気持ちは、隠し礼拝堂で昼神教と敵対してしまったすぐあと、いきなりシンシアとルクレツィアが私に味方になって精霊信仰を始めると表明した、その時に近いものでした。


 あの時は口から『助けて』などとこぼしてしまったゆえに、私は精霊王になるしかない運命を選び取ってしまったわけですが、この当時は、かつてよりもう少し冷静で、自分が王であるという自覚がありました。


 まあ、だから正しい選択をして正しいことを言えたかというのはまったく別の話で、私の人生において『正しいことを成した』と言えるのは、公衆衛生施設の改善政策を発案した時ぐらいなもので、このたびもまた、間違えたのです。


「アスィーラ、君に贈る」


 必死に、必死に考えたような気がします。

 けれどそうして口からこぼれた言葉は、それまでの考えの結果ではないどころか、まだ考えている最中なのに、『状況』という刃に背中をつつかれて勝手にまろび出た、思考とは無関係なものなのです。


「結婚祝いに、我が国の軍を君に贈る。あれは敵対しているのではない。君を出迎えているのだ。だからどうか、攻めないでくれ」


 直前にシンシアから『精霊王を返せ。さもなくば攻撃する』という布告があったので、私の発言はこれと矛盾するのですが、この当時の私にそんな整合性について気にする余裕はありませんでした。


 そして、アスィーラも気にしないようでした。


「気に入った」


 そうして私たちは正式に結婚することになりました。


 私の人生は無意識のまま賭けに出て、世間から見ればこれに勝利をし続けているけれど、私個人としては負け続けている、そういうもののような気がします。


 つまるところこれも、私にとってはひどく重い負債を抱え、とんでもない約束を結んでしまった、のちの重荷となる大失敗なのですが……


 その重さに気付くのはもう少しあとのことで、この時の私は、自分の機転で苦境を越えられた誇らしい気持ちでいたのです。


 ……本当に、どうしようもなくうかつで、思い返して(したた)めることがなにかの罰のように、思い出すだに悶え苦しむ間抜けなことばかりしています。


 この先にあるのは、北を精霊国、南を『砂と魔術の国』に挟まれた、国王崩御に混乱する国を待つ、当たり前の運命なのです。


 いよいよ、私の生まれ育った国が滅びます。


 その未来を描くこともできず安堵していた私の、なんと間抜けで、なんと愚かなことか……

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