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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第54話 『美しき』アスィーラ

 どうにも私のことは『奴隷商人に捕まっていた青年』ということで話が通っているようで、それは勘違いだと訴えたのですけれど、近衛兵の人たちにはうまく通じず、けっきょく正体がばれるまで、ずっと私は『奴隷商人に捕まった青年』の身分のままで過ごすことになりました。


 ここに来るまでに近衛兵のみなさんが私に世話をやいてくれ、いろいろなことを話してくれましたので、私はこの国のことをある程度知ることができました。


『砂と魔術の』と称されるこの国は、国民の多くが魔術塔の信者であり、その支配が強いようでした。


 私はといえばその話があきらかになるにつれどんどん危機感がつのり、『もう、これは絶対、精霊王だとばれるわけにはいかない』という重圧が胸をしめつけ、どのような情報から正体を察せられるかわからない恐怖からはっきりした受け答えさえできないようになっていったのです。


 私がそうしてはっきりした受け答えをしないと、周囲の人が勝手に私の事情や内心を斟酌(しんしゃく)することは、もはやいつものことですから、私はすっかり『薄幸の奴隷青年』ということになってしまったのでした。


 しかし、ここには打算というか、祈りみたいなものも、たしかにあったのです。


 近衛兵の話ですと、この国の女王は広く『結婚相手』を求め、男狩りのようなことさえ、させているらしいのでした。


 その結婚相手に求める条件というのが、『自分を楽しませる者』という、なんともあいまいかつ傲慢なものですから、さすがに女王陛下が奴隷と思われている私に『楽しさ』を見出すこともなかろうと思い、お目通りそのものがかなわないか、かなっても一瞬で興味も抱かれず帰されるか、そのように推測していたのです。


 ところが私の推測は多分に願望・希望をふくんだ『こうなってほしいな』というものでしかなく、『こうなるだろう』というしっかりしたものとはかけ離れていますので、これはかないませんでした。


 女王陛下は薄衣(うすぎぬ)の向こうにある玉座から、どのようにしてか私の姿を見て、そうして、「その者だけ残せ」と仰せになり、私を謁見の間まで連れてきた近衛兵のみなさんすら、部屋から追い出してしまったのです。


 焦りました。


 この女王陛下は、暗殺警戒などしないのか。

 いや、私のほうにはもちろん、そのようなつもりはないのだけれど、ないだけに、もしも誰も目撃者がいないこの場で、女王陛下がたった一言私を暗殺者扱いする発言をしたならば、私の人生はそこで終わってしまうのです。


 この国には、気候変動線より北にある我が祖国や精霊国のような遵法精神を歯牙にもかけないほど、かなり、王の権力が強いようでした。

 法律というものは、王や大臣が判断するまでもない案件にのみ適用され、王の判断があきらかに法と違っていれば、その時には王の判断のほうが優先され、それに国民もまったく異を唱えないと、それぐらいのもののようなのです。


 のちにわかった話ですけれど、この国の王は半ば神格化されているらしいのです。


 もちろん夜神教・昼神教の二つの宗教しか世界では認められておりませんから、王のことを神だと吹聴することはないのですけれど、この国に根付く空気というのか、そういうものが、王を神、すなわち人の法則に囚われぬ、人より絶対的に上位の者のごとく扱い、それが自然なことだとみなに思わせるような、そういう流れになっているのでした。


 そして今代の王は特に神に近いらしく……ようするにそれは政治手腕とか、決断力の高さとか、そういうものが素晴らしいという話なのですけれど、それ以上に、誰に聞いても、王を紹介するさいに絶対に付け加える言葉があるのです。


 いわく、『美しき』アスィーラ。


 さまざまな有能さを示すエピソードよりも、むしろ、女王アスィーラはその美しさによって広く臣民の心をつかんでいるようなのでした。


「こちらへ」


 アスィーラの声は威厳と落ち着きと色香が同居した非常に聞き心地のよいものでした。

 私などの意思の弱い者は、この声でなにかを命じられれば、それだけで命さえ賭してしまうような、そういう力が、声にこもっているのです。


 呪術か精霊のささやきか、とにかくこの世ならざる力が声に宿っているのがありありと感じられて、私はほとんど考えもなく、命じられるまま、アスィーラの近くへと寄ってしまいました。


 まだ二人のあいだには薄衣の垂れ幕があるのですけれど、そこから見えるアスィーラの、起伏の激しい豊満な体つきは、やけに蠱惑的に感じられたのを覚えています。


「もっと、近くに」


「あの、しかし、僕は……」


 ここで言葉を挟んだことは覚えているのですが、なにを言おうとしたのかは、覚えていません。

 おそらくあまりに相手の望むように状況が動いているのにおびえ、どうにかこの流れに抗おうと思い、しかしそんなアイデアも力もないので、苦し紛れの時間稼ぎでなにかを言おうとしたと、そんなことだと思います。


 しかし私が言葉を発する時間をあたえられることはなく、薄衣の向こうから伸びてきた手が、私をその中に引き込みました。


 そうして中にいた紫の瞳の美女は、褐色のほおを子供のように力一杯吊り上げて笑い、表情とはかけ離れた妖艶な声音で、私にこう命じました。


「我が夫となれ」


 精霊国に残した二人の妻のこと、この国にともに来て、もしかしたら今まさに私を捜索してくれているであろうオデットのこと。

 民のこと。帰るべき国のこと。王としての責任。


 さまざまなものを考えたなら、私はこんなところで、行きがかり的に他国の女王の夫になるなど、そんな話を承諾するわけにはいかないのです。


 しかし私はうなずきました。


 私を抱きすくめる美女の両腕も、ほとんど隠されていない豊満な女体の柔らかさも、吸い込まれそうな紫色の瞳も、なにもかもが、おそろしく……

 この柔らかさの中にたしかにある、私に拒否されたならばその瞬間に殺すのだという決意みたいなものが、私には感じられたのです。


 こうして私はまた流され、抗えない力に屈し、一人の女性をめとることになったのでした。


 世に言われる『砂と雪の協調』というのは、やはり世に言われる『慧眼』やら『精霊の導き』やらではなく、私の決断力のなさ、意思のなさ、心の弱さ、力のなさから、始まったのです。

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