第46話 大公国王との文通
若い世代からすると我々がこうして駆け抜けた時代はずいぶん古いもののように思われるらしく、あらゆる国家と貨幣でのやりとりがあると知られると、『物々交換ではなかったのですね』などと、古さを馬鹿にするでもなく、無垢なおどろきを表明されます。
ところがこの時代にももちろん魔物の核はありましたから、これを加工して貨幣となし、他国と取引するということは普通に行われていました。
では我が国の『コア産出量』はいかほどのものかといえば、これが、他国と比べてしまうとさほどでもないのです。
もちろんあの老獪なる貴族であり、今や大公国王である公爵が我が国の国土を欲したこともありますから、まったく資源がないということは、ありません。
けれどそれは『クーデターを企図する貴族が資金源の一つとして欲しがる』という程度のものであり、他国が国を挙げて侵攻するほどにはないのでした。
ようするに我が国は、食料もなく、特産品もなく、ダンジョン資源はもちろんあっても『国家』としては貧弱で、まともな教育機関もないので治水などの人材はよそから雇うしかなく、雪深く山も多いので管理するのは面倒だが楽に資源だけ吸い取れるならまあ欲しいかな、という、そんな国なのです。
『精霊信仰を堂々と表明している特殊性』と、『山と雪に守られているので攻めにくいという立地』から重要視され、さまざまな勢力に働きかけられてはいるのですが、もしもこのどちらかが欠けていたなら、昼夜の神殿にも無視されていたように思えてなりません。
そんな具合ですから資金繰りも悪く、返せる見込みもありませんので、私は政策のための資金を、情とか、将来性とか、あるいは他のもっと明文化できないなにかとか、そういうものを見せて無心しなければいけないのです。
困り果てました。
そもそも、私は他者になにかを貸してもらうというのを、大の苦手としています。
お金でも、恩義でも、とにかく借りを一つでも作ってしまったならば、条文に記されたものを返済し終えたとて、その『借り』は永遠に私の意思決定能力を縛り、なにかあるたびに『貸してやったのだから』というようにちらつかされ続けるような気がしてならないのです。
自立の能力。
またしても私はこれを問われ、しかし、当然のごとく、この手にそれがないという状況に苦しめられているのでした。
自立できない王を戴く国家もまた、自立できないのです。返せるあてもなく借り続けて、誰かの厚意によってしか生きられないのです。
私が私一人でしたら、もう、こんな状況からは逃げて、それか死を願ってどこかの戦地にでも飛び込むところなのですが、あいにくと国家は逃亡できるほど身軽でもなく、南には祖国と大公国があって、北には険しい山脈があるもので、『どこかの戦地』を目指せる立地でもないのでした。
追い詰められた私がこのような時に頼れる相手は、ルクレツィアの父である公爵……すなわち大公国王しかいないのです。
我が国のダンジョン資源輸出窓口をつとめてくださっている、実質的に外交大臣の地位にいる彼は、このごろ急速にやつれ、疲れ果て、かつての優美さと覇気を失いつつありました。
それだけに私はこのくたびれた男性に以前よりも気安く声をかけることができるようになっていたのです。
とはいえ、それでも妻の父にして、公爵という王家に連なる血脈の持ち主であらせられますから(祖国と敵対を経てなお、私にとって祖国の王やその血脈は特別で、対面するとつい気圧されてしまうようなものでした)、大公国王を頼るというのは、もうほとんど最後の手段、これ以降勇気のいる決断はしばらくできないというぐらいに力のいることではありました。
どうにか震える心を叱咤して大公国王に『金の融通をしてくれとは申し上げませんが、どうにか、稼ぐ手段か、あるいは貸し付けてくれる組織・国家を紹介していただけませんでしょうか』という手紙を送りました。
ここには私のこしゃくな企みがあったことを白状します。
私は『融通をしてくれとは申し上げません』と記しましたけれど、これはまったくの嘘で、大公国王がどこからか資金を捻り出して提供してくれて、それですべての問題が万事解決となることを願いつつ、この手紙を送ったのです。
もちろん私が企図したこと、私が願ったことは叶わない人生ですから、大公国王から資金提供があって問題解決、とはなりませんでした。
それどころか、この手紙は私に新たなる問題を運んできたのです。
『精霊王におかれましてはご壮健のことと存じ上げます』
このような一文に始まり、便箋三枚ぶんの『貴族的あいさつ』が挟まれて、ようやく大公国王からの返事は本題に入りました。
『かねてより陰に日向に精霊国のため微力を尽くしてきたわたくしではありますが、やはり国家運営というものはわたくしのごとき愚昧の徒には荷が勝ちすぎた問題であるようで、このたびの精霊国の忠実なる友であるところのわたくしも、お力になれそうもありません。
このことをお詫びするとともに、精霊国王におかれましては、どうぞ、これまでのわたくしの奉公に御恩をいただきたく存じます』
雲行きが怪しくなってきたので、私はその手紙を読むことをやめたかったのです。
けれど、読まないわけにもいきません。
深呼吸をし、目を閉じ、目を開いたころには手紙が消え去っているか、または怪しい雲行きがすっかり勘違いだと証明されることを祈りつつ、私はまた、目を開けました。
結論として、手紙はしっかりと私の手の中に存在し続けていましたし、怪しい雲行きも、勘違いではなかったのです。
手紙の末尾には、これまでの支援の返礼を求める旨と、その具体的な金額が記されていました。
もしもこれを返せない場合、ルクレツィアを王とし、私と残る二人の妻、そして精霊信仰は国家から完全に手を引けと、そのような要求が書かれていたのです。
金の無心の手紙で、借金が増えました。
つまるところこれはそういう話で、私は手紙を持って笑うしかできなかったのです。




