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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第45話 対策会議

 拓いた土地をはじめとして、精霊国はずいぶん民に『私有』を許しているように思います。


 民にこれほどの『私有』を許している国家は、実のところ、この当時では精霊国だけで、他はほとんど、王や貴族の気まぐれで民の土地や家、ひどい時には家族、すなわち『人そのもの』などを没収してしまっても、法的にも世間体的にもおとがめなどないと、そういう国家がほとんどなのでした。


 そして『私有』というのはすなわち、『どう使おうとも、所有者の勝手』という意味なのです。


 ですから、精霊国は、民が『己の意思で土地やそこでとれたものを神殿に寄付すること』を止める方法を持ちませんでした。


「私の失態です。私のせいで精霊王の領地を昼夜の神殿に切り取られることになりました。かくなるうえは、この命をもって、償いたいと存じます」


 開墾地私有法の施行を決定した臣下がそのように述べるもので、私は胃の痛みを覚えながら、なんともやっかいなものを見るように、眼前にひざまずく彼を見やっておりました。


 民が拓いた土地を神殿へ寄付した結果、国土の東西の少なくない部分が神殿へと渡ってしまい、それは実質的な国土割譲にも等しい状態だったのです。


 けれど、こんなものを想像しろというのは、さすがに無理なように思われるのでした。

 まさか、神を(たた)え、人々の平和や平等な学問を守る昼夜の神殿が、このように卑怯な侵攻をしてくるなど、さすがに想像の外でしょう。

 後世にはきっと『警戒してしかるべきだ』と声高に叫ぶ歴史家も出るでしょうけれど、この時の私たちからすれば、まさかそのような、武力を使わず、人の善意と死後の裁きへの恐怖につけこむような、あくどい侵攻がありえるのかというおどろきが、とても強かったのです。


 これの責任を法の発案者に問うことで事態の改善が望めるとも思えませんでしたし、彼を廃したあと新たに同じ裁量を任せられる人材にも心当たりがありませんでした。


 我が国は食料も困窮しておりますし、お金のほうもさほどないのですけれど、同じように、人材も、それを育成する機関も、ないのです。

 たいていの『勉学』は夜神教の神殿で教わることができますけれど、我が国はそういったものを廃し始めていたものですから、精霊信仰なりの勉学や祈りなどを打ち立てていかねばならず、まだ整備は万全ではなかったのです。


 しかし、その時の謁見の間には彼以外の重臣と、なにより三人の妻がおりましたから、彼をただ許すということもできず、私は困りました。

 困り果てて、このように詭弁を用いました。


「すべて、まかせた。ならば、失敗の挽回も、貴殿がすべきと、余は考える」


 ああ、私は人事にまつわる発言というのが本当に苦手で、こうして過去にあったできごとを思い返すだけで、胃が苦しくねじれるのです。


 ともあれ、彼は更迭(こうてつ)も処刑もなく、きちんと責任をとるために邁進(まいしん)し、現在の精霊国の宰相(さいしょう)という立場になっていくのです(この当時はまだ、宰相という役職そのものが存在していませんでした。我が国の規模で宰相などというものを置くのは、いかにも思い上がっているように感じられて、恥ずかしかったのです)。


 とはいえ、その『責任』はいかに彼が有能でもその双肩にあまりあるものですから、国家を挙げて、昼神教と魔術塔の土地の切り取りに対処せねばなりません。


「精霊信仰以外への寄付を禁じてはどうだろう」


 ルクレツィアはそのように強い意見を出すのですが、私はこれに『まかせる』とは言えませんでした。


 そもそも、『精霊信仰』というのが定まっていないのです。


 もともと、『昼でも夜でもない超越存在』というふわふわしたものを信仰の対象にしていたこの邪教は、祈りの所作も集団によってばらばら、偶像もあったりなかったり、シンボルマークなんかも作ったり作らなかったりという、『集団の数だけ教義がある』という有様なのです。


 ここで『精霊信仰以外への寄付を禁じる』としてしまうと、たとえば卑怯な私なら、どうにかこうにか、『昼神教にほど近いように見えるけれど、これは精霊信仰の一種だ』ということにして、検挙を逃れようとします。


 もはや私は昼夜の神殿に一片さえ『紳士性』があると信じてはいませんでしたから、そういう卑怯な居直りもしてくるだろうなと思っていました。


 では私が私の名のもとに『精霊信仰教義』を定めればいいのか?


 これもあまり、よい感じがしません。

 もちろん私には『決断』の能力がありませんから、そのせいで『教義を定める』というのを嫌がっている面もありますけど、それ以上に、私は、せっかく自由な信仰であるのに、私が勝手に決めた『正しさ』を人に押し付けるようなことを、したくなかったのです。


 私があの日出会って傾倒し、人生さえ懸けても悔いがないと思った精霊信仰には、自由さがありました。

 神に祈るというのにおのおの好き勝手な所作をして、偶像を勝手に作って懐に忍ばせたり、あるいは参拝の儀式を定め、それを身内に強制したり、そういう『人間らしさ』みたいなものが、私は好きだったのです。


 人にいいように使われるのは嫌いですし、来歴もはっきりしないルールを押し付けられるのは我慢ならない私ではありますが、そういう、『おのおのの信仰のかたち』みたいなものを必死に信じている人間の様子は、好きなのです。


 私にとって精霊信仰はそういう『人間らしさ』を感じられるものでありましたから、なにをおいても、この人間らしさの発露、『自由』だけは失いたくないと、そう思っていたのです。


 これはなにごとにもこだわりのない私が、人生でほとんど唯一、必死にこだわったこと、なのでした。


 結婚の形式など、さも正しいようになってしまった儀礼は、もちろんあるのですが……

 それでも経典や法文というかたちで、精霊信仰を定めたくはないのでした。


「昼夜の教団を邪教認定なさってはどうでしょう?」


 シンシアの意見は攻撃的で、私がここでうなずいたなら、私の名のもとに神殿をまわり、一つ一つ潰していきそうな、そういう気配がありました。

 濃厚に香る『戦いの気配』に私は参ってしまって、「頼むからそれは、やめてくれ」と懇願するはめになったのです。


 そもそも、この国は邪教への締め付けが強くなり、昼神教以外の信仰への監視が始まったせいで国力が弱り、私のようなものに簒奪(さんだつ)される憂き目に遭いました。

 同じ(てつ)を踏みかねないことは、すべきではないでしょう。


「ようするに、精霊信仰の利益(りやく)を示して、みんなが自分から信じたくなるようにすればいいんだよ」


 オデットの意見には平和でさわやかな雰囲気がありましたから、私はそちらに視線を向けて、続きを語るように促しました。


 オデットは謁見の間に集う重臣たちと、私の二人の妻に見つめられて、ちょっと照れたように赤毛を掻いてから、続けます。


「不安なのは、天候と、明日の補償と、死後のことなんだ。なにが善い行いで、なにが悪い行いなのか。悪い行いをしたら、どうすれば許されるのか。誰に祈ればいいのか。それが気になるんだ。だから、それだけでも整備してほしい」


「しかし、精霊信仰は自由でなければ……」


「別に『それ以外の人は出ていけ』っていう話じゃあ、ないよ。おのずから信じたくなるのは、『自由意思』だからね。だからまずは、精霊を信じれば、天気がよくなると補償してやればいいんだよ」


「しかし……」


 ここで私が口ごもったのは、いい加減に常ならぬほど意見を出しすぎたのが急にこわくなったのと、あと、『天候など、自由にできるわけがない』という発言が、三人の妻たちに受け入れられるか不安になったからでした。

 もちろん神ならぬ私は天候を操ることなどできませんが、妻たちは私がそれさえ操ってみせると信じていかねない、凄みがあるのです。


「では、こうしましょう。精霊王を信じる者の多い土地は、我らの手で優先的に治水工事をするのです。信仰の証としていくらかの寄付を募れば、『治水工事の恩恵だけ受けて、他の宗教に寄付を続ける』ということもできなくなるでしょう」


『責任をとるため』ということで在任した家臣は、早くも普段の明晰(めいせき)な頭脳を取り戻し、物おじせず、妻たちとの会話を始めました。


 これを皮切りに謁見の間でとつじょ始まった意見交換会(もともとは家臣の責任を問うだけの場でしたが、そのまま終わるより、よほどいい流れになったと思います)は、若い国だけに活発に施策が飛び交い、あっというまにまとまりました。


「では、精霊王の望まれるままに」


 そうしてまとまった意見がいつのまにか『私の望み』のように扱われているのは、もはや苦笑するしかないほど『いつものこと』なので、私はなにも言わずに玉璽(ぎょくじ)を取り出し、いつのまにかまとめられた政策の書簡に押印しました。


 さて、この政策には一つの重大な問題があることに、私以外はこの時点で思い至っていたようなのです。


 その『重大な問題』こそが私の次なる行動を決めさせ、そして新たなる苦境に私を陥れることになるのでした。


 すなわち、『金がない』。


 我が国は貧しており、人材もありませんから、これをお金でもって雇い入れなければ、『信者であると表明した者への恩恵』をどうにもできない状態なのでした。


 つまるところ、私の役割は、『金の無心』。


 どうにか金と人材を、私の顔と名前で借りてこないといけない状態になっているとはつゆ知らず、この時の私はすさまじい勢いで政策が生み出されるのに、呑気に感動などしていたのでした。

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