第44話 飢えるか、肥えるか
「土地なんか、いくら世話をしたって王や貴族にいつ奪われるかわからないし、そうされても文句も言えないのが普通だった。なにせ、土地というのは、王の持ち物であり、その王から権利をあずかっている貴族のものだったからね。けれど、今回、あなたが発布した法律で、民はようやく、自分の土地を持てるんだ。ようやく、自分の努力で、飢えるか、肥えるかを決められるところに来たんだよ」
オデットが唐突におとずれて(私の妻たちが私をたずねるのは、いつも唐突だったような気もしますが)こんなふうにまくしたてたので、私は常ならぬ彼女の様子におどろき、ただ、黙って話を聞く以外にできませんでした。
「もちろんまだまだ貴族の権力は強いけれど、その上に立つ王があなたなのだから、あとはもう、神のみぞしる……いや、その神さえも、あなたなんだ。民はこれでようやく、自分の力で生死を決められるんだ。すごい、すごいことだよ、これは。さすがだ、あなたはやっぱり、すごい」
オデットがそうして絶賛するあたりに私の働いた部分はなにもなく、彼女の讃える施策はすべて、私の重用する家臣のやったことなのです。
しかし私がそのように訴えても、その実際に法を作った家臣さえも『すべては精霊王のお力によるものです』と謙遜するので、オデットの感謝はどうあがいても私のもとへ戻り、そうして私はまた、私ではない『私』への賞賛を延々と聞かされるはめになるのでした。
しかし常に笑みを浮かべ、その受け答えは飄々とし、内心や考えを滅多に表に出さない彼女が、こうまで興奮している……
私はそこに、これまで知らなかったオデットの身の上が関係しているものと思い、まったくの興味本位から、彼女の半生についてたずねてしまいました。
するとオデットはぴたりと言葉を止めて沈黙しました。
私はといえば『なにかまずいことを聞いたかもしれない』と瞬時に察したものですから、「いや、語りたくないなら、いいんだ」とすぐに言葉を撤回しました。
しかし撤回こそがオデットに決意をさせてしまったようで、彼女は「いや、話しておくべきだろうね」と力の抜けたように述べて、それから、身の上を語り始めました。
とある男爵領の小作人の娘として生まれたオデットは、ある日唐突に土地を奪われました。
そうして一家は離散し、オデットは身のこなしがよかったのを活かして冒険者となったのです。
「どれほど価値を感じていても、いずれは失われる。だったら、失うタイミングは自分で決めたいと思わないかな。そして、失われる感覚を知らない者は、その感覚を知るべきだとも、思う」
彼女は身の上を丁寧に語ってくれたのですが、その合間にされた上のような発言が、話の本筋と関係ないくせにやたらと情念がこもっており、それ以外のすべての情報の記憶がぼやけた今も、この発言だけは抑揚まで再現できるほどに記憶しています。
オデットの『義賊』としての原点が、その情念にあるのは明らかだったのです。
「あなたはきっと、ルクレツィアの宝物だったのだろう。公爵令嬢が大事にするあまり、触れることさえはばかってしまうほどの宝物を手に入れたら、公爵令嬢というやんごとない立場の人は、どのような喪失感を覚えるだろう? ……最初はそんな興味から、あなたに近付いたんだよ。でも、今は……」
今は、の先の言葉を私は聞くことができませんでした。
オデットはたいそう興奮していたようで、話にはとりとめもなく、幾度もループして私への絶賛に戻り、またどこかへ散らかっては、また私を讃える言葉に戻る……そういった様子だったのです。
ひとしきり話してようやく気付いたように、「政務を邪魔してしまったかな、すまない」と、珍しくしゅんとした様子でオデットは語りました。
そんなふうに弱々しくされてしまうと、私はもう「気にしなくていい」と述べるしかできません。
実際、オデットが気にするほど多忙というわけでもないのです。なぜなら、政務のほとんどは家臣や妻たちが行っており、私のすることは必要な書類に玉璽をつくことぐらいなのですから。
「……とにかく、よかった。ああ、失いたくないな、君を。君がもし失われるなら、その時はきちんと覚悟したうえで、あたしがタイミングを決めたいな」
笑って流す以外にどうすればよいのか、オデットがこの手の話をするたび、私はいつでも困り果ててしまいます。
かくして亡命の民の扱いや先住の民の不満はどうにかなりそうな雰囲気になってきたのですが、しかし、私の人生はいつも、疑り深い私が幾度も疑い、そうしてようやく安心してもいいかなとなったタイミングに合わせるように、事件を運んでくるのです。
この時に私を悩ませたものは、ここまで行動も沈静化し、私になにかを働きかけてくることもなかった、二つの組織でした。
昼神教と魔術塔。
この二者が信者を使って我が国の土地を切り拓き、物理的な版図を広げつつある動きに気付いたのは、法が施行されて半年ほど経ったあと、だいぶ広い範囲をこの二つの宗教の土地とされたあとのことなのでした。




