第42話 戦装束の披露宴
もちろん祖国の王が崩御なさった原因はといえば、今語られるような『精霊王の不興をかった祟り』でも、『暗殺』でもなく、ただの健康上の問題なのでした。
王の不調というのは下々の者、そして別な国の者にはとにかく隠される傾向があります。
それは、王の死というものが国内にかなりの混乱を巻き起こし、つけいられる原因になるからです。
王とは、最高決定権を持つ権力機構である以上に、国家そのものなのです。
たとえば権力のすべてを部下にあずけている私のような王が死んだとしても、国民は大いに混乱し、力が抜けて、へたりこんでしまうことでしょう。
王というのは、普段は馬鹿にされたり、批判的なことを言われたり、縁遠いものと思われるがゆえのさまざまな扱いを受けていようとも、たしかに民の立つ地面を支えるものであり、民の見上げる空を明るくするものなのです。
その王の崩御にかんして、私と公爵が連名で送った手紙がきっかけになった可能性は、正直に『ある』と述べておかねばならないでしょう。
すぎたる怒りは毒なのです。
健康な時は活力となるような大きな感情の変化が、胸や頭に病を抱えていると、命を奪う猛毒になることがあります。
もちろん、手紙による暗殺など、そのようなことを考えていたわけではありません。
けれど世間における、『精霊王は、手紙に精霊の毒を垂らしたのだ』などという言説を、強くは否定できないのです。我々の手紙はたしかに、王の体調の『最後のひと押し』たりうる、怒りを呼ぶものではあったのですから……
祖国が王の不調を隠していた手腕は見事なものでした。
王の死後しばらく、その死は隠されていたのです。
我々のもとに祖国から祝辞とたくさんの食料が届けられた時、私は王の死を知らず、『あれだけ無礼な手紙を出したというのに、こちらの要求通りにするとは、どのような陰謀が隠れているというのか……』と不安がっておりました。
しかし、『今にして思えば』というやつではありますが、ルクレツィアや公爵などは、食料が届けられた時点で、王の崩御、そこまでいかなくとも決定的な体調の不良を感じ取っていたようでした。
とはいえその予想をルクレツィアが私に語ることはなく、我々は『王の代理』ということでおとずれた使者にひとしきり祝福され、念入りにこれ以上の侵攻をしないことを確約させられ、そうして我が国と大公国と祖国との国境沿いの場所で、盛大に結婚式を行うことになったのです。
ルクレツィアの求めに従って、いくらかの食料は隠されたまま祖国に送られ、この寒い季節を越えるだけの蓄えは確保されました。
「やはり、南の穀倉地帯の生産力は偉大だな。我が国にも、塩と魚とイモ以外がほしいものだ」
このルクレツィアのつぶやきに、私は『たしかになあ』と思いましたもので、特に考えもなく「そうだね」などと返した気がします。
「ああ、しまったな。披露宴に着る服が仕立てあがっていない……」
ルクレツィアのつぶやく話題はころころと変わりました。
それは彼女の抱えるタスクの多さに由来するのだと思います。
彼女は準備をするに万全で、このような重大なミスをまずしないものですから、私はその珍しさにおどろき、それから、彼女の人間らしさがそこに垣間見えたような気がして、つい、笑ってしまいました。
とはいえ結婚式の開始は本当に唐突でしたし、まさかこんな場所で式を挙げることになろうとは、発案者であるルクレツィアさえも思っていなかったでしょうから(私はこの式が、事態が困窮するあまりに打開のため捻り出されたされた、なんらかの軍事的な策略の一つだと思っていました)、彼女をフォローすべく、言葉を考えました。
「君は、戦装束が似合っているし、私も鎧をつけるから、それで式を挙げてはどうだろう」
ルクレツィアの『それだ』というような顔をよく覚えているのは、私が彼女のことを冷静沈着で深く大局を考え、私程度の発言を意外がることのない優れた女性だと信じているからなのでした。
かくして結婚式、というより式自体はもう始まっていると告示してしまっていますから、そのメインイベントであるところの披露宴は、鎧姿という、なんとも物々しい格好で行われることになったのです。
精霊国義勇兵により積み上げられた土の上、周囲より高くされたその場所にのぼり、私とルクレツィアは見つめ合いました。
神官は、いません。
精霊信仰式の結婚には、誓いを保証する第三者などいらないというのが、シンシアと私との結婚式の様子を伝え聞いた人たちの解釈でしたから、私はその解釈に合わせて式の形式を整えていったのです。
その解釈も『きっと精霊王にはこのようなお考えがあり……』というように語られるものでしたから、またしても、『幻想上の、どこにも存在しない自分自身に、現実にいる自分が忖度する』というような事態が起こっているわけでした。
私はどうにも、相変わらず『私』に操られる人形のようです。
けれど人形とはいえ、幸福を感じることも、できるようでした。
戦装束が似合うというのは、彼女の準備不足を気にしないでいいという意味のフォローでしたが、それはあながち嘘ではないのです。
ルクレツィアは、本当に鎧姿で剣を帯びているのが、似合うのでした。
それは彼女の自他に厳しい雰囲気に由来するのでしょう。立ち姿が美しい彼女は、あらゆる動作が一葉の絵画のようにさまになります。
ともすれば柔らかすぎる印象を人にあたえるふわふわしたハニーブロンドの髪ですとか、とろけるようにまなじりの下がった蜂蜜色の瞳ですとか、普通に考えれば彼女を構成する要素はすべて、『ぼんやりした、いいところのお嬢さん』という結論につながるもののはずなのです。
ところが、彼女の生き様や態度、口調が、甘ったるいだけの女性で彼女を終わらせないのです。
優しい見た目に厳しい生き様を備えた彼女が鎧姿でいると、こちらの身が引き締まるような心地と、彼女さえいれば敗北などありえないのだという心強さを覚えます。
ルクレツィアは本当に私の憧れだったのです。
憧れの女性が、紆余曲折あったけれど、私の妻となる……
その実感は私に、シンシアと結婚した時に抱いた『この上なく美しいものを手中におさめた充足感』とはまた違う、『力強いものに手を引かれる安心感』を、与えてくれたのでした。
私たちのあいだに置かれた白磁の皿から水をすくって、ルクレツィアの髪にかけます。
彼女も同じように、私の髪を濡らしました。
降り始めた雪のせいで、もう、どこもかしこも濡れてしまって、私たちは直前に自分がどのあたりに水をかけたのか、それさえもわからない有様なのですけれど、それでも見つめ合う瞳には、確かな満足感があったように思われます。
祖国の王が崩御なさった数日後、私たちはこのように結婚式を行いました。
やはりこの式典に、誓いの言葉など、ないのです。
たくさんの拍手と、やや下品な指笛なんかにはやしたてられ、私はルクレツィアの手をとって、披露宴の客たちに、掲げて見せました。
この『握り合った手を参列客に掲げて見せる』という動作は、『そうすべきだと、背中を鋭いもので突かれ急かされる感覚』に従ったゆえに行っただけなのですが、それだけに好評で、精霊式結婚の儀礼として定着したのでした。
かくして戦争は終わり、大公国は維持され、私は精霊国に帰りました。
祖国は土地の一部を大公国とされ、大量の食糧を精霊国に供出しただけですから、戦争の結果としては『敗北』となってしまうのでしょう。
そうして精霊国王都に戻った義勇兵に解散の号令をしたあと、所在なげに並んだままの兵がおりましたので、彼らがなぜ帰らないのかをたずねると、このような返事がありました。
「我らには帰る家がないのです」
「それは、いったい……」
「我らは精霊国の者ではなかったのですが、このたびの戦いで、祖国を捨て、精霊王のお膝元で暮らしたいと……」
次なる困窮の火種は、吹雪き始めた精霊王都の中に、いつのまにか入り込んでいたのです。
戦争と結婚式のいざこざで、大量の民が我が国に亡命を望み、そのままついてきてしまっていたのでした。




