第35話 昼神教との戦い
かつて学生時代のルクレツィアとシンシアに蹴散らされた昼神教神官戦士団ではありますが、それは複雑な背後関係が理由であり、決して実力で劣っていたというわけではないのです。
かつて敗走した神官戦士団は『本気で抗戦しにくい事情』があり、また、指揮官も不在で判断にばらつきがあったし、さらに命懸けで努力する状況でもなかったのです。
しかし今は『侵攻してきた国の長が、国家に戻ろうとしている』という状況であり、向こうには指揮官も存在します。
味方であるシンシアの実力も、彼女が連れてきた冒険者たちの実力もきっとかなりのものなのでしょうが、列を整えて待ち構えていた神官戦士団には、思わず足を止めてしまうだけの凄みがあったのをよく覚えています。
昇り始めた朝日を横から受けた神官戦士団の、一番先頭に立っていた、人一倍大柄で、胸の厚さなど私の倍もありそうな筋骨隆々の男が、このように声を発しました。
「『聖女の婿』よ、お迎えに上がりました」
その発言の意外さに私が混乱してしまったのは、もはや言うまでもないでしょう。
てっきり敵対的な勢力としてそこに待ち受けていたと思しき昼神教の神官戦士団は、私を精霊国に逃がすためにそこにいたのです。
私は安堵し、シンシアを見ました。
これでもう、自分たちは助かったと思っていたのです。ですからその安心を愛する妻と分かち合いたいと、そのような意図で視線を向けたのでした。
ところがシンシアの顔にはいっさいのゆるみがなく、むしろ敵対者を見る目で神官戦士団を見ています。
私は困惑しましたが、突然出てきた神官戦士団とシンシアとでは、当然シンシアのほうを信じますから、のこのこと神官戦士団のほうへ行くということもなく、その場にとどまることができました。
私がちょっと思ったのは『神官戦士団が私たちを騙して、油断したところを背後から襲うつもりなのだろうか?』ということでしたが、真実はいつでも、私の予想を上回る複雑さを秘めているのです。
続いて神官戦士団からもたらされた言葉は、想像の外にあるものでした。
「精霊子シンシア、聖女アナスタシアの婿を連れ去り、たぶらかした咎により、神罰を降す。精霊王を引き渡し素直に罰を受けるならば、苦痛なく旅立つ権利を差し上げよう」
この時の私はもちろん、事態を理解できるほどには頭が回っていませんでした。
なのでここから述べるのは、のちに整理したことになります。
どうにもこの時の昼神教の思惑としては、他の多くの組織がそうであるように、『精霊国とその国家元首、それから精霊信仰を潰すのではなく、支配下におこう』というもののようでした。
そこで前王にして敬虔な昼神教信徒として知られていた『聖女アナスタシア』を私の第一王妃にしようと、このような思惑が依然としてあったようなのです。
それはもう、昼神教がそのように横槍を入れてきたから私は両親に意見を求めるため里帰りするはめになったので、そこは重々承知しております。
では、その里帰りした先で『夜神教の仕切りにより、精霊王が冒険者シンシアと結婚式を挙げた』という状況に陥ったあと、昼神教がどのように考えたか?
答えは『シンシアを殺して、改めてアナスタシアを第一王妃に推す』というものなのでした。
愚か、と言ってしまってもいいでしょう。
たとえばシンシアを殺された私が、彼らの思惑の通りに行動することなど、ありえるはずがないのです。
私にも、人を大事に思う心は、あります。
しかし、一方でこうも考えてしまうのです。
もしも目の前でシンシアを殺されたならば、私は憤るよりも、おびえ、すくみ、シンシアを殺した連中の言いなりになってしまうのではないか、とも。
私は妻を殺されて怒ることができるかどうかという点においてさえ、自分を信じることができないのでした。
私の根っこにまで癒着した『逃亡』という度し難い悪癖は、たとえば大事な人を皆殺しにされて、ゆくゆくは傀儡とされる未来が見えてなお、ただ、目の前の脅威におびえるばかりに、相手の言いなりになってしまうのではないか……
むしろ不自由な立場におかれるとわかった時点で、責任を嫌い決断の能力を持たない私は、喜んでこの人生を差し出すのではないか?
私は私の心をなにより信じられないのです。
しかしこの時の私の中には、少なくとも、シンシアを差し出して逃げ延びるという選択肢はありませんでした。
それは勇気からの決断というより、目の前の信用できない集団が、シンシアという守り手を失った私をどう扱うかわからないという不安のせいで、シンシアを見捨てる選択をとりえなかったと、そういう意味なのだと、思います。
ここでシンシアの前に立って彼女を守るように両腕を広げることでもできたなら、私はきっと、今よりは『自分』というものを信じられたのではないでしょうか?
わかりません。この当時、私がそのような行動をとることはなく、思い浮かべるより前に、すでに状況が動いていたのです。
シンシアが先制攻撃を行いました。
ちらりと見た彼女は、もともと感情に乏しい顔をますます凍り付かせるようにしていました。
怒っていたのです。冷たく、見るものすべてを凍り付かせうち砕かんほどに、怒っていたのでした。
しかしそれは、『いきなり命を差し出せと言われたこと』への怒りでは、ないらしいのです。
「お兄様をみくびらないでください。お兄様があなたたち程度の未熟な思惑に従うなどと、なぜそこまで思い上がることができるのですか? 昼の神だかなんだか知りませんけれど、離れたところから小賢しい企みをするだけの存在が、地上に降り立った精霊そのものであるお兄様を操ろうなどと、許し難い所業です」
このころから、シンシアはひときわ過激な『反昼神教思想』を打ち立てていくことになります。
先制攻撃に冒険者たちも慌てたように続き、いっときはこちらが相手神官戦士団を圧倒するかのように思われました。
しかし神官戦士団は『シンシアと戦う』という目的を持って待ち伏せていたようで、貴重な対魔術装備をふんだんに身につけており、シンシアの主力たる魔術は、さほど効果がなかったのです。
それでもこちらの劣勢というほどにならなかったのは、シンシアが『写し目の魔女』と呼ばれても慢心することなく、魔術を使えない状況にも備えて鍛錬を積んでいたからなのですが……
状況は拮抗以上になることなく、人数差、組織力差を思えば、だんだんとこちらが劣勢になっていくのは明らかでした。
私はなにもできないまま、あまりに高速かつ規模の大きな戦いを前に立ち尽くしていました。
きっとこの時、自分の身を差し出してシンシアが助かるのであれば、そうしたかもしれません。
思いやりももちろん、ありました。愛する妻に無事でいてほしいという、愛情と呼ぶべき気持ちも、きっとあったのです。
しかしもっとも大きいのはやはり小心で、私は目の前で誰かと誰かが争っているという状況をひどく苦手とし、それに終わってもらうためならば、なにを差し出してもいいとさえ、思ってしまう悪癖があるのでした。
争いというのが本当に苦手なのです。
ただの口げんかでさえも私は耐えきれず、目の前でそれが起これば顔を青くして胃をおさえ、唐突に私が死ぬことでなんとなく争いが終わってはくれないだろうかなどとふざけたことさえ思ってしまうほどなのでした。
ましてそれが、お互いの思惑のための命懸けの戦いともなれば……
私はこの時、シンシアの死の可能性をもちろんおそれていました。
しかしそれ以上におそれていたのは、出会ったばかりの冒険者たちが傷つくことだったのです。
これまで顔も名前も知らなかった人たちが、私のために傷つき、命の危機にさらされている……そう思うと胃が重く、胸は苦しく、もうやめてくれと叫びたいのに声も出ず、涙さえこぼれるほどなのでした。
私はなにもできない身でありましたが、傷つき倒れた味方がいたならば、それに近づいて、必死の神官魔術をほどこしました。
私は怠惰な性分でありますから、神官魔術の質も、冒険者をしていた時代とさほど変わりません。
患部すれすれに手を添えて、歯を食いしばりながら必死に力をこめて、それでようやく、どうにか痛みがやわらぎ、表面上の傷がふさがる、その程度なのです。
ああ、もしも私に、実力があれば。
私は実力以上に己の行為が評価される現状に押し潰されそうになりながら、しかし、実力のほうを評価に近づける努力を怠っているのです。
あまりに大きな『実力』と『評価』の隔絶が、私から努力をしようという意思を奪うのです。
……いえ、それさえも言い訳で、『私はしょせん、こういう人間なのだ』と言ってしまったほうが、まだしも見栄えがいいような、そういう気さえ、します。
争いは私の助力などが役立ったとは思いませんが、倒れた者たちも戦線に復帰していくお陰で、どうにか拮抗状態を保ち続けることができました。
そうしているうちに、我々にとってよい変化がおとずれたのです。
北方から、そろいの鎧を着た部隊が、列をそろえて行進してきました。
それこそルクレツィアに率いられた、精霊国の兵だったのです。




