第33話 三者の思惑
私が『精霊王』について記されたもの、その噂話などを耳目にする時には、いつでも『本当はこんなもの、見たくもないのだけれどな』という、なんとも苦々しい気持ちを抱えながら目を通すのです。
きっと私とは視界に映るもの、耳に入る音、吸う大気までなにもかもが違う、別種の生物が書いたであろう虚飾にまみれた『精霊王の記録』など、見たくもない。見てしまえば、気が狂うような、そういう心地でいます。
しかし、見ずにいられないのです。
気になってしかたがないのでした。私は、私のことを世間でどう言われているのか、これをどうしても気にしてしまい、気になったからには確かめないではいられないのです。
この気持ちは『私の人生にまみれた虚飾が、真実を見抜く者の目に触れて見破られ、矮小で卑怯な本性が看破されていないかどうか、たしかめずにはいられない』というものとも、少々違います。
ただ、気になる。
世間での反応がどうなっているか。そこに、ポジティブに捉えられているか、ネガティブに捉えられているかというのは、さほど、関係がないのでした。
もちろん、私のありのままの姿をポジティブに論じてくれていたならば、それはとても嬉しいことです。
しかし私は、『私のありのままの姿』というやつが世間の誰かの口にのぼることはありえないのだとあきらめきっていますし、仮に論じられたとしたらそれはもう、非難轟々、とてつもなくネガティブな話題に決まっているとかたく信じているものですから、そんな期待は、持っていません。
だから私は、興味をこらえきれずに『精霊王』について論じたものが出るたびそれを見るのですけれど、そのたびに『やはり世間で論じられる精霊王は、私とは乖離した別のなにかだった』という、深いため息を伴った、言語にするほどでもない、がっかりというか、しょんぼりというか、そういう気持ちになるだけなのでした。
精霊王史にいわく、私が故国でシンシアとの、世界初となる『精霊式』の結婚式を行ったころ、公爵軍と精霊国軍は、合流していたようです。
この当時の私も、王宮の来賓室でもてなされるばかりで時間がありましたから、今回の精霊国侵攻については、その動機などを想像していました。
当時の私がそうして推測したのは、『きっと、ルクレツィアが父からの誘いを断りきれず、やむなく出兵させられたのだろう』と、そんなことだったのです。
これは私と同じ程度の情報量しか持たない者ならば、きっと十人が十人とも同じ想像にいたるのではないでしょうか?
とにかく精霊国には『王が滞在中の国』を攻める理由があまりにもとぼしく、その裏には公爵による圧力があったと考えるのが、もっとも論理的な帰結と言えるでしょう。
しかし、事実はそうではなかったのです。
むしろ公爵挙兵の原因さえもが、精霊国にあったという、なんともひどい真相がそこにあるのでした。
なぜ、そんなことになっていたのか?
これを語るには、『夜の魔術塔』の思惑について触れねばならないでしょう。
どうにもこれまで私と満足に接触してこなかった夜の魔術塔は、私を操って故国で挙式をあげさせ、それを『夜の神殿』式の儀礼で仕切ることによって、『精霊信仰』を傘下に加えようという腹積もりだったようなのでした。
もともと夜の魔術塔の思惑としては、特に後ろ盾のないオデットを誘惑し、他の王妃との対立をあおり、魔術塔が後ろに立って、精霊国と精霊信仰を支配しようという計画があったようです。
けれどオデットがまったくなびかなかったらしく、その試みは頓挫しました。
しかも私が王妃一人だけを連れて里帰りをするという、これも魔術塔にとって予想外のことが起きたため、彼女らは慌てて計画を修正し、『精霊王がともなった女性がきっと第一王妃に選ばれるに違いないから、その人物と精霊王を魔術塔式の挙式で結婚させ、既成事実を作ってなあなあで支配してしまおう』というものになったようでした。
また、『既成事実』なのです。
私という新興勢力は、生まれたての思想・組織がだいたいそうであるように、無垢であり、さまざまなものの影響を受けやすいと思われていたようでした。
私の故国も昼神教も夜神教も、この『無垢で、しかし無視できない勢いの新興勢力にとにかく影響を与え、傘下においてしまおう』ということで、既成事実作成合戦のようなものが、行われていたらしいのです。
そういったわけで行動を開始した夜神教の思惑は、私が彼女らの形式でシンシアと結婚するというところまでは、おおむね成功していたのです。
ところが一点だけとてつもない失敗をしてしまっており、それは、オデットへの勧誘を急に打ち切ったことなのでした。
もちろん『自分たちはシンシアを立てていくので、もうオデットには用事がないから、今後、我らからの支援は得られぬものと思うように』などと、はっきりしたことを言うほど、夜神教は未熟な組織ではありません。
けれどオデットはこのような微細な動きを察するに敏なのでした。
それは、私というお荷物を、冒険者組合の力を手足のように使うシンシアや、公爵兵をはじめとしてその権勢をふるうルクレツィアから隠し通した手腕から、見て取れると思います(私は見てとれませんでしたけれど)。
オデットは夜神教の微細な対応の変化から、その組織がなんらかの方針変更をしたことを察しました。
そして『私とシンシアが二人で里帰りをした』という事実をはじめ、さまざまな情報と組み合わせて、『夜神教がシンシアの後ろにつくことにしたのではないか』という予測を立てたらしいのです。
そこでルクレツィアに働きかけて公爵伝手に情報を集めさせた結果、私とシンシアの『正式な』結婚式が行われようとしているのを知り……
侵攻を決意したそうです。
ちょっと私などからは意味のわからない展開になっているのですが、私はその思考力においても彼女たちの足元にも及ばないため、きっと、私の知らないなんらかの論理があり、そうなったのだろう、と思っています。
というよりも、私の三人の妻たちは、その思考が飛躍するのが当たり前すぎて、このころになると私はもう、いちいち彼女たちの論理飛躍について、考えない習慣がついていました。
つまるところ、対立関係と侵攻動機は、以下のようになります。
夜神教は『精霊王と精霊信仰を支配下におきたかったため、それらが自分たちより下だと内外に示すため、私とシンシアを結婚させたかった』。
ルクレツィアとオデットは『私の結婚式が夜神教の仕切りで行われる情報を得て、それを邪魔するために出兵を決意した』。
そして公爵は『かねてより王国から独立する計画があり、精霊王支援などもその一環だった。まだ時期を見ている段階ではあったが、精霊国がわが出兵の動きを見せたため、あわててこれに呼応した』。
なにも知らない私を中心においた三者の利害関係、行動理由は、このようなものなのでした。
当時の私はといえばそのような関係性はみじんも把握していなかったものですから、お得意の『逃亡癖』もあって、結婚式からしばらく動きがないので、『きっと侵攻の報はなにかの間違いで、そこの真相を今は調査しているのだろうな』ぐらいのことを思っていました。
もちろん呑気にしていたのは私ぐらいなもので、侵攻のために出兵しているルクレツィアもオデットも、そして私にともなってお茶などたしなんでいるシンシアもまた、この状況に対応すべく、行動をしていたのです。




