第28話 再会
こうして思い返しながら手記を認めて初めて気付くのですが、『人一人を連れ去って、その身柄を完全に隠し通す』というのは、とてつもない困難なのです。
特にそれが要人であればあるほど監視の目をかいくぐってその痕跡をまったく消してしまうというのは困難を極めます。
オデットなどがなにげなく私を連れ去ったまま行方をくらましていたので、『オデットぐらいのすごい人たちには、不可能などないに違いない』と当時の私は無邪気に思っていましたが、人には向き不向きがあり、オデットほどに隠蔽・隠形に長けた者は、私のこれまでの人生すべてを振り返っても、一人もいないように思われます。
しかし当時の私はシンシアのことも『オデットと並ぶすごい人』だと思っていたものですから、その隠形の才もオデットなみにあるという思いこみがあり、すぐさま行方を突き止められた時など、私を探し当てた魔術塔の手腕に言い知れないおそろしさを覚えたのでした。
宗教。
特に昼神教・夜神教は、この世界全土に深く根付き、市民にも多くの信者がいます。
もちろん教団内でよりよい椅子に腰掛けるには、貴族であったり、英雄であったりといった『箔』が必要になるのですけれど、門戸自体は誰にでも開いているものですから、その信者は非常に多いのです。
精霊信仰が『邪教』と見なされ排斥され続けてきた背景もここにあるのですが、そもそも、精霊信仰は『少数派』なのです。
それは王侯貴族や上級官僚といった権力者の層に信者が少ないという意味だけではなく、市民のあいだにもまた、さほど多くの信者がいないというのが、『少数派』と呼べるゆえんなのでした。
そういうわけで、昼神教や夜神教が誰かを探そうと思えば、ちょっと神殿での礼拝の時に『これこれこういった者を見かけたら、最寄りの神殿に教えてほしい』といえば、自然と多くの情報が集まってくるのです。
夜神教……魔術塔が私を見つけたのも、そういった手段でありました。
私たちはもちろん、もともと逃亡を企図していたらしいシンシアによって市井にまぎれるに問題ない服装となっていたわけですが、銀髪に金銀の『混ざり目』を持つ美しい少女であるシンシアは目立ちますし、私もかなり遠くからでもわかるぐらいに、目立つようなのです。
また、この国は精霊国よりも温暖で、寒い季節ではあっても、あの国のように顔をほとんど隠してしまうような帽子をかぶるのは一般的ではありませんから、顔はある程度さらすしかなく、目立つことは避けられなかった、ということのようでした。
私は部屋の扉を開けてあらわれた魔術塔の面々に言われるまま、部屋を出て彼女らの『保護下』に入りました。
シンシアを待つべきだったのかもしれません。いえ、きっと、そうすべきだったのです。
けれど私は魔術塔の面々に見つかった瞬間に、どうしようもなく敗北した気持ちになってしまったのでした。
どこに行こうともきっと探し当てられ、私のしてしまった行いを責められるのだと、そういうふうに、思ってしまったのです。
すると抵抗の気力もわかず、私は魔術塔の魔術師たちが語るまま従い、いつものあいまいな愛想笑いを浮かべ、唯々諾々と命じられるまま、彼女らの『保護下』に入ったのでした。
魔術塔というのは二大宗教の一つであり、『夜神教』あるいは『夜の神殿』という名前で呼ばれることもあります。
しかしその本質は『教育機関』であり、いわゆる『夜神教の神殿』は広く門戸を開いて多くの民に学問を教える場であり、魔術の素養のある平民を発見したならば、その人物のために専門の学校へ通う道筋を用意するなどの活動もしています。
私が連れて行かれた神殿も、その構造は『学校』であり、例の神学校の教室を思わせる空間に案内された私は、無人のそこで熱心な学生のように教卓すぐ前の席にかけ、魔術塔の人々が誰か上の者を呼んでくるあいだ、ぼんやりと黒板をながめていました。
そんな時に私の脳裏によみがえるのは、あの、一年ほどしかいなかった神学校での日々なのです。
クラスメイト、生徒会、さまざまな催し。教師と生徒。
きっと私がルクレツィアとの将来におびえずにあそこで学問を続けていたならば、今ごろは神官として神殿に入り、神官魔術について造詣を深めていたことでしょう。
その将来は、精霊王という今の身分からすれば、とても気楽で、輝かしいものに思えるのです。
一人でいる時、私はこうして戻れない過去ばかりを思い、『もしもあの時、違う選択をしていたら、きっと今よりもいい人生だったに違いないのに』という、証明しようのないことばかりを考えてしまうのでした。
益体もないことはわかっていますけれど、それでも、私の頭は次々と『幸福』を描くのです。
それが自分の選択、先送り、責任回避のせいで失われたのだから、誰を責められるわけでもないとわかりつつ、私に決断をさせたものをあげつらい、『もう少し、なんとかしてくれれば、私はきっとこんな道を選ばなかったのに』という、けっして口には出せないような傲慢なことばかり、考えてしまうのでした。
私が過去に責めさいなまれている時間は、きっと長くはなかったのだと思います。
しかし戻れない過去、自分のしてしまったこと、責任を嫌うあまり他者を責め、それがよろしくないことだとわかって自分を責める……そういう時間は、本当に本当に長く感じられるものなのでした。
部屋の外から近づいてくる気配を、私は救いの手のように感じ、弾かれるようにそちらの方向を見ました。
そこにいたのは、両親なのでした。
あれほど会いたかった両親。あれほど切望した、私を孤独の煩悶から救う気配。
だというのに両親の顔を見たとたん、私は羞恥のあまり顔をうつむけてしまいました。
その時に悟ったのです。
私はもう、この内心の悩みを、きっと、誰にも打ち明けることができない。
肥大した『精霊王』という虚飾の影で、死にかけた芋虫のように醜くあがくこの心は、誰かに知ってほしいのだけれど、きっと、誰かに知られたら羞恥のあまり私の心臓は止まるだろうと、そう思ってしまったのでした。




