第25話 王妃投票
実家へ戻ることにしたのですけれど、私には一人で旅をする能力がなく、また、隠密に城を抜け出す力さえ、なかったのです。
当時私の国は雪深い季節を迎えていたのですが、私はこの寒さに対する具体的な対策を、この国ですでに数年すごしてなお、一つも知らなかったのです。
すべてはその時々に私の身柄を確保していた女性たちが、一生懸命に世話をやいてくれていたのでした。
彼女たちに任せている限り、私は寒さによる死を意識することがなく、飢えることとも、渇くこととも、寝床の確保の苦労とも、無縁でいられたのでした。
だから魔術塔の誘いに乗って里帰りする時に、誰かを供につけねばなりません。
しかしこれが、大いに難航しました。
もちろん私は王であり、妻たちは王妃でありますから、私の旅支度など、家臣に任せて、妻たちは暖かい城で待っていてくれれば、それでいいはずなのです。
けれど彼女たちは、私の実家についてこようとします。
この当時も今も、妻たちはほとんど国の実権を握っておりました。
私の役割といえばすでに採決された書類に玉璽をつくだけのもので、この玉璽でさえ、妻たちにたくして問題がありませんから、この国からいなくなってしまっても、なにも滞らないのです。
しかし、妻はそうではありません。
すべてにいなくなられると、困るのです。どうにかこうにかもっている国が、すっかり止まってしまうのです。
この国にとって重要な要素は三つあって、それは『隣国公爵との関係』『冒険者組合との関係』『民衆との関係』なのでした。
この三つはそれぞれ、隣国公爵の娘たるルクレツィア、希代の冒険者たるシンシア、そして不思議に人の輪にするりと入り込むのを得意とするオデットがになっており、基本的に誰かが代わることができないのです。
もちろん王妃にして最高決定機関でありますから有能な部下を多数抱えてはいます。
けれど混乱期をどうにか抜けたばかりの小さなこの国で、最高決定機関というのはまったくお飾りではなく、彼女たち三人がそろって国を抜けては、たちまち現場に混乱がおき、国が傾く危険性さえ、あったのです。
私はなにかにつけ『昨日まで笑顔で接してきた人が、不意に裏切られたと口角泡を飛ばして大騒ぎし、当然の権利のように私を責め、報復する』という幻想におびえているものですから、民に報復の動機をあたえないためにも、精霊王の名において国を傾かせるわけにはいきません。
妻たちを連れて帰らないといけないというのなら、それは三人のうち一人であるべきなのです。それより多くては、国が傾くのです。
しかし全員が引き下がる様子もなく、私の里帰りに付き合いたがる……
彼女たちは、シンシアまでもが、私の両親との対面を望んでいるようなのです。
「いっそ、ご両親に国に来ていただいては、いかがか」
重用している家臣がそのように提案をしましたが、それは、『いちおう言ってみた』という程度のもののようでした。
彼だけではなく、全員が、それは無理だとわかっていたのです。
私の故郷である国は、どれほど私たちが要求しようとも、両親をこの国に遣わすことをしませんでした。
『家格が』『役割が』などと理由をつけて、のらりくらりと、かわすのです。
それは間違いなく、『精霊国』との外交において、私の両親を切り札の一つとして考えているからなのでした。
私の国に連れてきて、そのまま居付かれては困るのです。だから、あの国は決して、私の国に両親を遣わすことだけは、しないのでした。
しかし、たしかに、両親に国に来てもらえたならば、私が今直面している問題はすべてが解決する……
こうなってくると私は故郷たる国に『外交上の判断なのはわかるのだけれど、子が親をよこしてくれと言っているのに、それを妨げるというのは、あまりにも情がないんじゃあないか』という、不満の念を抱くことを禁じ得ません。
では、強く要求して両親を我が国に遣わさせようと思うかと言われれば、それに波及してさまざまな問題が発生するのが想像に難くなく、私はどの方向を向いても別種の問題が山積しているのに絶望し、しばし呆然としてしまうのでした。
それからもしばらく結論が出ずに紛糾して(この時に私が強固な意思でもって連れていく妻を定めたならば、この会議は発生さえしなかったのでしょうけれど、私に『決断』の能力がないことは、もはや記すまでもないと思います)、結論が出たのは、ひと月も経ったころでした。
このころになると世間一般にも『精霊王の里帰り』のことは広く知られており、それゆえに民が好き勝手に騒ぎ立て、最終的には国民から意見を募り、一人が一票というかたちで『里狩りに同伴する妻は誰がいいか』という意見を投じさせ、それに従うことになったのです。
この時に『一人一票という決まりごとのために必要だから』ということで調べ上げた住民の正確な人数と所在地は、このあとの治世に非常に役立っています。
結果、選ばれたのは、シンシアでした。
高官やそれに連なる者は隣国公爵令嬢のルクレツィアを推し、一般市民はオデットを推したのですが、この国で今もっとも人数が多く力もある冒険者組合関係の者たちが、シンシアを推したのです。
かくして私はシンシアを『妻』として伴い、実家に帰ることになってしまいました。
……『王』と呼ばれる者の行動は、それがなにげない指さしだったとしても、周囲に多大な影響を振り撒き、それに影響された市民の忖度により、思わぬ情勢が作り上げられていくことになります。
私はアナスタシアの治世の時に、国民が『昼神教以外を許してはならない』と自ら監視を開始し、密告し、邪教を裁かせるという窮屈な監視社会となったことから、学ぶべきだったのです。
シンシアを伴い、実家に里帰りすることの意味。
私がこれに気付くのは、取り返しのつかないところまで事態が進展したあとになります。




