第24話 魔術塔からの手紙
ここから、『今』の私がこの記録を認めるにいたるまでの人生は、そのすべてが『かつて何気なく放り投げた鋭い金属片を、後年その存在を忘れていた自らで踏む』というようなものに思われます。
すべての問題の原因は過去の私にあり、それは、私に記憶力か、想像力か、知恵があれば、回避はできずともいちいちおどろいて寿命を縮めるようなはめにはならなかったように思われるのです。
しかし私は世間で言われる『精霊王』のように……あるいはシンシアの述べる『お兄様』のように……もしくはルクレツィアの飾り立てる『私』、オデットが蒐集したがる『宝』のように……優れたところが、ありません。
なので私はいつも、忘れていた自分の過去をふんづけて、ぎゃあ、という悲鳴を心の中で立てて、その痛みにうめくのです。
前王アナスタシアの嫁入りは、その政治的事情もあり、三人の妻たちには、受け入れられました。
アナスタシアを処刑してしまうのは、どうにも『精霊王』『お兄様』『私』『宝』のどれとも違う行動だったようで、妻たちは口々に『それでこそ』というように、前王の助命を決意した私を讃えました。
まったく認識もしていなかった綱渡りがここにあったのに今さらながら気付いて、私は遅ればせながら恐怖し、心臓の鼓動が高鳴って冷や汗がだらだらと背中を流れるのを感じつつ、妻たちに愛想笑いをするしかありませんでした。
このあとに妻たちに別個で呼び出されて、これもまた異口同音に『精霊王はお優しいですから、まだ幼い彼女を救いたいと願うのは当然ですけれど、それでも私があなたの一番の妻なのですから、そこは、お忘れなきように』というようなことを言われたのですが、それはのちにおとずれる問題に比すれば、あまりにもかわいらしい、日常的な場面だったと言えるでしょう。
前王アナスタシアとの婚姻を告示した時、まっさきに謁見を求めてくる組織がありました。
昼神教です。
もともとアナスタシアは敬虔な昼神教徒でありました。
どうにも教団内では『聖女』とさえ、呼ばれていたようなのです。
精霊信仰が冒険者組合内に広まったことで関係が沈静化していた昼神教が、ここに来て私の過去の行いを引き合いにだし、とある要求をしてきました。
つまり、アナスタシアを第一王妃にしろ、というものなのです。
私は妻たちに第一、第二という区別をつけることを、心の底からおそれていました。
あの優れた力を持つ妻たちに順列をつけることなど、私ごときには、できなかったのです。
その結果として王侯貴族としてはありえない『三人の正室』という状態になってしまい、各国の王侯貴族から、お盛んだの、色事がお好きだの、ちくちくと皮肉を言われるはめになったのですけれど……
この『三人の正室』問題は、ルクレツィアが彼女の父である公爵を説得してくれたこともあり、次第に沈静化していったのです。
ところがここで昼神教が、妻の順列について蒸し返す……
私は今すぐ自分の頭の上に風に吹かれた氷柱でも落ちてきて、滑稽劇めいて唐突に死んでしまえないだろうか、と思いました。
過去に起因する厄介ごとがこうして顔を出すたび、私は苦しくなって、問題の原因を直視するにもいっぱいに力を使わねばならず、問題について考えることを嫌がり他のことばかり考え、『そこに問題がある』というだけでとてつもなく疲弊してしまう性分なのです。
昼神教がアナスタシアを第一王妃に推していることは、すぐさま各所に伝わりました。
そのせいで公爵からは貴族的な言い回しで『うちの娘を第一王妃にしないから、このようにつけこまれるのだ』という手紙が届き、冒険者組合からは『精霊王におかれましては、精霊の遣いたるシンシアを横に置かれるのがふさわしく思います』などと介入してきました。
こうなってくると私はなにもかもが嫌になり、また『誰か、私を殺してくれないだろうか』と、誰かが私の目の前にある問題をすっかりたいらげてくれるのを願うばかりになるのです。
そこで私に救いの手……この当時はまぎれもなく救いの手だと思っていたのですけれど、のちに思い返せば『精霊のささやき』と述べるしかないものをもたらしたのは、それまで私の人生に目立って立ち塞がらなかった組織なのでした。
夜の魔術塔。
もともと昼夜二柱の神のみがこの世界では正式に『神』と認められており、その片方を司るのが、多くの魔術師を抱える『夜の魔術塔』こと『夜神教』あるいは『夜の神殿』なのです。
この神殿はまず、私の父母の代理として手紙を送ったことを文頭に記し、私がさまざまな問題に直面していることをなぐさめ、そうして迷うようなら、一度、両親を頼ってみてはどうか、と提案してきました。
その手紙を読むと、精霊王となってから多忙のあまり手紙のやりとりさえ満足にできていない両親のことが懐かしくなり、実家でのあの、まだなにも問題のなかった暮らしぶりが思い起こされ、私はすっかり涙しました。
ようやく涙が止まったころにはもう、私はゆるぎなく『夜の魔術塔』の提案に従い、両親に相談することを決めていたのです。
あまりにも、愚かなのでした。
私は常に飢え渇いていたのです。
人生に私の能力を超える問題ばかりが立ち塞がり、それを目の前にした私はあえぎ、苦しみ、『救い』に飢渇していたのでした。
そこに放り投げられた一滴の『救い』を、どうして無視できましょう?
私は里帰りを決意し、夜神教への返事を書かせました。
もちろんこれは夜神教の陰謀であり、私は愚かにも独断でこの術中にはまることになります。
私がこうして決断したことは、後年振り返ると必ずうかつな判断として思い起こされ、それだけに自分で決断することがおそろしくなるばかりで、言葉も知らない赤子のようにうめくだけの王となっていくのです。
けれどこの当時の私は、夜神教からのこの手紙を神がもたらした救いと信じて疑わず、これをつかみそこねたならば、このあとの人生は、なにもかもがままならず、決して救われず、神罰と精霊の気まぐれに踊らされるばかりの、むごいものになると、信じていました。
この手紙への返事を決断することが、のちの自分を救うのだと、信じて、疑うことをしなかったのです。
私は、まだ、救われることをあきらめていなかったのでした。
いいえ、きっと今も、あきらめてはいないし、あきらめきれないのでしょう。
その結末として、この記録があります。
誰にも理解されず、ふくらみ続ける虚飾に苦しみ、いつかきっと『騙された』と精霊王に幻想を抱いていた人たちが真実に気づいて殺到し、死よりおそろしい罰を、『そうするのが当然の権利だ』というような顔をして私にあたえる……そういう未来をおそれる私の書いた、この記録が、あるのです。
つまり、状況は好転しないのです。
それどころかますます混迷し、悪いほうへ、悪いほうへ、転がっていくのでした。




