side 精霊王と呼ばれた男
この話はカクヨムサポーター限定で公開したものになります。
明日の投稿でクズとヤンデレの建国記は完全完結です。
最後までお楽しみください。
『精霊王』は受け継がれたのだが、人々は自分のことを『精霊王』とは呼ばない。
その事実はシュジャー王に複雑な感情を起こさせた。
父に対する思い。
父は……初代精霊王は、偉大な男だ。
シュジャーは歴史を学んでいる。初代精霊王のなさったことを知っているし、それが事実なのだと、母のアスィーラや精霊王の妻なる方々からもよく聞いていた。
精霊王の妻の妹であるエリザベートからも幾度も聞かされていて、どうにも父の功績はそのすべてが事実であろうことは疑いようもない。
だが、シュジャーは『道理』も学んでいる。
戦術、戦略を学んでいる。軍備を学んでいる。
人心とそれを掌握する方法を学んでいる。『優しさ』と『厳しさ』で人がどれぐらい動くか、その限度を学んでいる。
経済を学んでいる。
人は基本的に他人からの要請にはなんらかのメリットがないと従わないことを知っているし、生命や尊厳を脅かしコストを支払わせるようなことをさせるには、丁寧に理由を説明し納得させねばならないし……
納得さえさせれば必ずしも本当のことを明かす必要はないが、ある程度の『理解』をさせねば人は従わないことを知っている。
そういった『道理』を学べば学ぶほど、父の起こしたことのすべては奇跡としか呼べないものだった。
まさしく『時代が求めた』と表現するしかないような功績……
だから、シュジャーがこうして精霊王の名を継いでなお、シュジャーは精霊王とは呼ばれない。
単純に『精霊王』と人々が口にした時に思い描くのは、あの美しき先代の姿なのだ。
……シュジャーは、『美しきアスィーラ』と『精霊王』の子である。
その精悍なる美貌は幼いころから他者と一線を画しており、学生時代などは多くの令嬢から好意を向けられた。
今では妻も子もいる立場だが、それでも色のこもった視線を向けられることは多い。
だが、それらになびいたことはない。
シュジャーは幼いころより王になるべくして生きてきた。
女性との付き合いもまた『社交』という面において重要なのは理解していたし、先代に倣うならばむしろ、そういった女性との縁こそが運命を切り開くものだという見方もできた。
だが、自分は『そうではない』と思っていた。
幼いころからずっと心の中にあった確信だった。
『自分は父とは違う』
それは客観的事実であり、そして、多少の反発心も秘めた言葉であった。
精霊王の子であり、唯一の男の子であったシュジャーは、ずっとずっと、精霊王と比較され続けてきた。
その嘘みたいにきらびやかな『英雄としての精霊王』。あまたの女性と浮き名を流した『艶福家としての精霊王』。そしてあらゆる難局を前例のない決断で乗り越えた『為政者としての精霊王』……
何より、神話としての精霊王。
かの王が過ごした時代は激動であった。
雪の領域最大国家の王の暴走、その陰にうごめいていた『傾国』の一家……
エリザベートの実家である大公国……ルクレツィア大公国の勃興に始まる乱に、今よりも勢力が強かった昼神教、夜神教との軋轢……
冒険者組合結成以来初めてとなるスタンピードが起きたのも先代精霊王の時代であり、それは国土の見た目を文字通り変えてしまい、人の生き方を変化させるほどの大激動であった。
そういった時代を生き抜き、四つの領域に一つずつ国家を作り上げ……
気候変動線という『人の文化圏を切り分ける線』を超えてなお影響を及ぼし、しかもそれぞれの領域に住まう『人ではない存在』にさえ崇められる『精霊王』……
それが、たった一世代上の出来事だとは、にわかに信じがたい。
はるか古代……人々が『伝説』と呼ぶような時代に起きたことと言われた方が、まだ説得力があるだろう。
だが、実際に、父はその時代を生き抜いたのだ。
これに比肩する功績をあげなければ『精霊王』と認められないならば、それはもう、最初から、自分の運命は『精霊王』につながってはいなかったということになる。
まず時代が違う。
この時代は父がすっかり乱を収めてしまったあとにあり、シュジャーの座る玉座はすでに平穏の上にあった。
そして何より、『違う』。
能力……父と自分との違いを『能力』だとしてしまうのは、不遜かもしれないが、違和感がある。
そもそも父は子の立場から見ても……いや、子の立場からだからこそ、『激動の時代を生き抜く英雄』というような男には見えない。
柔らかい鞘の中に鋭い刃を隠しているというようなタイプにも思えず……
優しい男ではある。美しい男でもある。
だが、『それだけ』なのだ。シュジャーは父から『才気』を感じ取ることができなかった。
あるいは激動の中ですっかりその潤沢な才気をすり減らし、隠居をしている現在、ようやく『神なる者』ではなく『ただの人』になっただけ、ということもあるかもしれないが……
「私と父と、どう違う」
「それはもちろん、何もかも」
……精霊王には複数の妻がおり、複数の子がある。
先ごろ行われた第二回の精霊王選挙のさいに、精霊王の子が複数人候補者として立ち、争った。
その結果としてシュジャーが二期連続で精霊王となったのだが、その時の争いを指して、『精霊王の子同士は仲がよくない』などと述べる者もいた。
確かに、『仲がいい』と言われると、シュジャー自身も否定したくなる。
だが、悪いと言われるのも、それはそれで、違うのだ。
よくも悪くも、他人のよう、というのか。
他人として尊重し、他人としての付き合いをし……
そしていかなる他人よりも信頼している。
それがシュジャーから『自分以外の精霊王の子』に向ける感情であり……
こうして、玉座の間で二人きりになることもある。
少なくとも、シュジャーとシンシア……いわゆる『小シンシア』との関係は、そういったものであった。
「お前は少し、父を崇めすぎている。……もちろん私とて敬服はするし、その偉業を前には膝をつく。だが……わかるだろう? 私は、現実的な話をしたい。そのための人払いなのだ」
玉座に着く褐色肌の男が困ったように言えば、玉座を見上げる銀髪の美女は艶然と微笑んだ。
「お母様に聞かれれば、国が滅びかねない暴言ですよ」
「……大シンシアは話せばわかるお方だろう。というより、お前から見て、まだ大シンシアはそこまで圧倒的か」
「衰えるということをご存知ありません。……現代、冒険者にも攻撃用の、携帯するに適した導器が出回り、『魔女』という呼称はすっかり『導器をかたくなに用いない、時代錯誤の魔術師』という意味を持つようになりました。その中で唯一畏敬をもって『魔女』と呼ばれているのが、お母様です」
「そういった噂については知っているが……それはなんだ、あの世代に我らの世代が向ける『神格化』ではなく、実際に?」
「そうですね、お母様が仮にお怒りになって暴走なさった場合、『雪の領域と砂の領域が総力を決する』と言われても、わたくしはお母様に味方するでしょう。命は惜しいですから」
「……誇張ではなく?」
「事実です」
小シンシアは大シンシアを神格化しているところもあり、その評価には信用ならないところも多い。
だが冒険者として他者の実力を過大や過小に評価しない公正さもある。
それら要素を合わせるに、少なくとも、一つの領域の総力程度では、あの『鏡の魔女』を倒すには足らぬというあたりが現実だろうとシュジャーは判断した。
「お母様の『写し目』は未だ健在です。新開発された禁呪など使おうものなら、相手に戦力を与えるにも等しいですよ」
「……そこまで真剣に『鏡の魔女』との敵対に思いを馳せてはおらん。お前は本当に……」
小シンシアは乱暴というか、好戦的というか、『適度』というものを知らないところがあった。
一度でも敵対したならば『どちらかが滅びるまで』と美しく微笑みながら徹底抗戦する気性というのか……
そのあたりが、小シンシアが精霊王に選ばれなかった理由でもあり、彼女がもっともかかわり、影響力を持つ冒険者票が集まらなかった理由と言えた。
この女は美貌の中にとんでもない刃を秘めており、かかわればかかわるほど、その危険性が感じ取れるのだ。
「まあしかし、わたくしの意見をシュジャーお兄様がお求めとあらば、忠実なる臣下の末席にある者として、ある程度は迎合せねばならないでしょう」
「迎合……」
「けれど、最初に『何もかも』と述べたのは、決して冗談ではないのです。確かにシュジャーお兄様と、お兄……お父様は、何もかも違うのですから」
「だが、私を精霊王と認めてもらうためには、もはや父を模倣するより他にないと思うのだが」
「不可能なのです。かの者は『例外』なので。模倣しようとする方が愚かなのです。何度でも申しあげましょう。お兄様とお父様は、何もかもが、違います。模倣しようもないほどに、別のものなのです」
「……そうだな」
あるいは。
シュジャーは、その言葉がほしかったのかもしれないと感じた。
「美しき妹よ、あるいは私には、お前のように気が強いじゃじゃ馬のごとき伴侶がよかったのかもしれぬ」
「まあ。既婚者にして腹違いの妹を口説かれるとは……よほど命が惜しくないものと存じます」
「お前が言うと冗談にならん」
「冗談でないつもりなら、いちいち言葉にいたしません」
「……お前の夫はよくやっているよ、本当に」
「王妃様にも同じ言葉をお贈りいたしましょう。人前ではあんなに偉そうなのに、人のいないところではこんなふうにウジウジしている男を支えるなど、わたくしであれば気が狂います」
「そうだな。本当にいい妻だ」
「であれば、お兄様は、お父様とは違う王道を歩まれますよう。あなたの周囲にいるのは王妃様であって、お母様でも、ルクレツィアおばさまでも、何よりオデット様のごとき者でも、ないのですから」
「……オデット様か。そうだな。精霊王の働きにもっとも欠かせぬ者を一人あげろと言われれば、私はオデット様を選ぶであろうな」
「まあ、シンシアお母様ではないと?」
「……お前は冗談でしているのかもしれんが、お前に怒気らしきものを向けられるだけで呼吸が止まるぞ」
「お兄様は脆弱であらせられますね」
小シンシアは美しく微笑んだ。
そうして彼女は王城来訪の理由……『冒険者組合の最近の動向』、『地上にあふれた魔物の駆逐計画』などを話して、去っていく。
この妹との話し合いは楽しくはあるのだが、特有の緊張感があり、シュジャーは小シンシアが帰るたび、玉座にどっかりと背中をあずけて、長く息をつかねばならないほどだった。
これが腹違いの姉のスノウホワイトとの会談となると、空気が異常にのんびりするというのか……
真冬の庭園であっても、陽だまりの中の花の庭園にでもいるかのような、なんとも優しい空気が流れるのだ。
精霊王の子は、存在するだけで周囲の空気を変える力を生まれつき持っている。
おそらくは自分もそうなのだろうとシュジャーは思う。
「……父は例外。私だけの王道、か」
すでに精霊王になり長い時間が経っていた。
二期連続で立候補したのは……
最初は、父や母といった偉大なる為政者を見て、それをふさわしくない者に継がせたくないという、英雄の子ならではの使命感のようなものがあったと思う。
そして直近の選挙でも立候補したのは……
『精霊王の次の精霊王』という重圧を背負うのは、自分だけでいいと、そういう思いがあったようにも感じる。
「『私だけの』などというものが簡単に見つかれば苦労はないのだが」
世は平和になり、昼神、夜神、そして精霊信仰は並び立った。
人々はこの三つから信じたいものを信じてよく、改宗も……少なくとも禁じている『国家』はない。
宗教の中ではさらに細かく派閥がわかれているようで、特に精霊信仰など混沌としか言えないありさまであり、その礼拝や習慣なども、少し歩けばまったく違うものが同じ『精霊信仰』の名を使っている。
そんなバラバラな、土着信仰とか迷信とか呼ばれるべきものが一大宗教の一つに数え上げられているのは、すべての精霊信仰が等しく『初代精霊王』をもっとも上位におき、そこに敬意を向けているからだろう。
なるほど、『これ』にはなれない。
時代は変わった。平和がおとずれた。
父の生き抜いた時代は確かに動乱であり、そこには実際に命がかかることも多く、社会制度や権力構造なども目まぐるしく変動していったことをシュジャーは知っている。
だが、平穏な時代にも平穏なりの苦労はあり……
この時代を治める手本を、激動の時代の人に求めるのは、確かにおかしな話だ。
『精霊王』は生きている。
そしてこれからも生き続けていくことだろう。
はからずも父が望んだように、『精霊王』と同じ名前で呼ばれても、その性質やら、成すことやらは、まったく変わり、いつしか『初代精霊王のようになさいませ』などと言うような者もいなくなるのだ。
「きっと、未来の王もまた、同じように懊悩するのだろうな」
この玉座に就くはるか未来の誰かに思いをはせ、シュジャーは笑った。
それは同じ苦労を分かち合う者に向けた、仲間意識の滲み出た笑みだった。




