side『美しきもの』
これはカクヨムサポーター限定で公開した小説になります。
今日を合わせて3話で完全完結です。
最後までお楽しみください。
「お前は神となるのです」
そう告げられた赤子の人生について、どのようなものを想像するだろうか?
幸福なものか、あるいは不幸なものか。
少なくとも実際にそう告げられた赤子は物心ついたあとも『何も思わなかった』。
それを幸福だの不幸だのと周囲が決めつけることはあったが、本人にとっては普通のことだったのだ。
神の暮らしは人とは違う。
神というのは語る言葉すべてが予言でなくてはならなかったし、その身振り手振りにはいちいち『重大な意味』がこもらなければならなかった。
表情などというものは、特に重い意味合いを持つ。まして、特定の誰か一人に視線を向けようものなら……その視線を向けられた者の人生を変えてしまうほどの強い力が生じるというのは、言うまでもなかった。
そうして少女は神として青春時代を過ごすことになった。
代々その国の王族は『神』と称されるものではあったが、その少女は特に神がかっていて、神としての振る舞いが生まれつき備わっていた。
まずは容姿が美しい。
年齢的に幼さを宿しているのは当たり前のことだが、その中にも色気があった。
ただ黙ってどこかを見ているだけで視線の先では何か世界にとって重大なことが起きているのだということを人々に想像させたし、その手が少しでも動けば、美しき指先からメッセージを読み取ろうと人々が意識を集中した。
雰囲気がよかった。肉体、顔立ち、表情のバランスがいい。
その少女は『神なる王族』であるから服装だっていつもそれなりのものではあったが、たとえボロをまとっていたとしても、そのにおいたつような神々しさは、一目で人々に看破され、いかに粗末な格好をしていようが、おのずから放たれる不可視の輝きが人々をひれ伏せさせるだろうと思われた。
少女は神として成長し、女性になった。
女性になってもなお、神々しさは失われなかった。
すでに肉体の成長はこれ以上ないというところまで完了している。だというのにまだ少女には幾分かのあどけなさがあったし、その幼げとも言える顔立ちは、妖艶にして肉感的な肢体の上にあって、ちぐはぐさがまったくないものだった。
神なる造型とはそういうものだ。
アンバランスと完璧が同居する。
途上と完成を両立させる。
ついに即位したその女性は、もはや『国家元首』というだけにとどまらない、本物の『神』と化していた。
夜を切り出して人型にした者。
瞳に星空を宿す者。
毛髪一本に宝石採掘場と同等の価値がある者。
夜神の化身。
『美しき』アスィーラ。
あらゆる画家がその姿を描こうとし、筆を折った。
なぜならその姿はどのような画家であろうが写しとれないから。
宝石商は最高級の宝石を贈ることをやめた。
なぜなら自慢の逸品のつもりで贈っても、この美しきものの身につけられてはクズ石へと変じてしまうから。
アスィーラは夜神の化身であった。
この美しきものに従うことに誰も疑問を抱かなかった。
そのあり方は王家が長らく実現できなかった、古代の『圧倒的な王』そのものであり、王と神が同一視された時代の再来を思わせるものだった。
だが……
王家には、秘伝があった。
「アスィーラ、お前は人なのです」
……たとえば、価値観の違う他の領域の者が聞けば、『何をそのような当たり前のことを、もったいぶって』と冷笑するかもしれない。
だが、この王家にとってはまさしく『秘伝』なのだ。
王家においてはある程度の年齢まで、子供を神扱いして育てる。
それはほんの幼いころまでの話であり、幼く自我があいまいな状態には神が憑いているのだという信仰を根拠としている。
ほんの無知な子供が、大人がハッとするような『真実』を言い当てることがあるだろう。
また、子供のうちは大人には見えない『何か』と親しみ、遊ぶ様子が見られることだって多いだろう。
そういったところから『十二までは神のうち』という信仰があり、王家においても、王が神でいられるのは限界でもそのぐらいの年齢までだとされていたのだ。
ところが、アスィーラはあまりにも神がかりすぎていた。
だから『王家の者は神である』という言い伝えの『真実』を知っている王家でさえも、『アスィーラはもしかしたら、本当に神なのではないか』と思わされてしまった。
それほどまでに圧倒的な、『美しきアスィーラ』……
だが、先代たる女王……アスィーラの母がその短い人生を終えようという時に、ふと、使命を思い出したのだ。
娘を人に戻してやらねばならぬ。
それは愛情に違いなかった。
なぜならば人は人なのだ。ずっと神ではいられない。神のまま振る舞うことは、いずれ、絶対にどこかにひずみを生む。
たとえば神というのは美貌も必要だ。美しくないものを人は崇めない。
ところが人というのはどうしようもなく歳をとる。そうして加齢は人から神秘性と美しさを奪っていく……
そうなれば、これまで『神だから』と従っていた者たちは疑いを思い出し、行為や指示に『理由』『メリット』を求め始めるだろう。
そうなってからでは遅いのだ。
神は、どこかで人にならねばならなかった。
だから先代女王は、娘への最後の愛情として、『お前は人である』という真実を明かしたのだった。
いずれ神として扱われなくなった時に苦しまぬよう……『人としての為政者』としてやっていくために、誰かが、アスィーラに『お前は人なのだ』と教えてやらねばならず、その役割ができるのは、アスィーラに『お前は神である』と告げた、この先代女王しかいなかった。
……だが。
人を思い遣っての行動が、必ずしもその人のためになるとは限らない。
誰かがせねばならないという使命感は、その使命感を抱いた当人だけのものであり、使命を果たすことで本人の肩の荷を下ろすことはできても、その影響が必ずしも好ましいものであると保証することはできない。
「しかし母上、わらわは、人としての生き方がわかりませぬ」
……王家のあとを継ぐ者は、最初、神だと言われて育てられる。
それは長くとも十二歳で、そこまでのある時点で『お前は人だ』と告げられ……
そこから、『人』としての人生を始めることになる。
多感な時期に『人』に戻った王家の子女は、そうして人の世で人として生きていく方法を学ぶのだ。
だが、その『十二歳までに人だと告げる理由』の裏の意味は伝わっていなかった。
なぜなら、多くの者が自然と『人』になっていく。
神がかった状態でなくなっていき、神としての振る舞いに難が出たタイミングで『お前は人である』と告げられるのだが……
ところが、アスィーラにはそのタイミングがなかった。
すでに成人してなお、神のままだった。
あまりにも神がかりすぎ、美しすぎ、誰もが『王家は神である』というのを、いわば『ごっこ遊び』と思っていたのに、そういった人々のあいだでさえ、本当に神が宿っているのだと思われてしまった。
「母上、わらわはどうしたらいいのでしょう。人として生きていく、人としての王としての振る舞いとは、いったい……」
母から答えはなかった。
アスィーラに人であると告げる……その『大事な使命』を果たした母は、最後に残った重い重い肩の荷を下ろしたことに安堵し、安らかな顔で息絶えていたのだ。
死病によってやつれ乾き、まだまだ死を迎えるには早すぎた先代女王は、最期の最後だけ、幼子の寝顔を思わせる表情で、亡くなった。
アスィーラに一つの大きな呪いをかけて、亡くなった。
アスィーラは母の葬儀をこなさせた。
いかに母が『お前は人である』と告げようと、彼女は神として完璧なままである。ゆえにこそ、彼女が『そうしたい』と望めば、周囲の者はそれを察し、『神なるアスィーラ』のために全力を尽くすのだ。
そうして盛大なる母の葬儀を行わせ、喪に服しながら、アスィーラは懊悩の日々を送ることになる。
答えは出なかった。人というものがよくわからなかった。
助けてほしかった。誰か、誰でもいい。誰でも、この悩みに答えをくれる誰かが欲しかった。
喪が明けたあとにアスィーラがその声で発した『悩みに答える誰かを探すためのこと』は『伴侶探し』であった。
誰でもよかった。
この人と神とのあいだで悩む自分を救ってくれるなら、誰でもよかった。身分など問うはずがない。アスィーラが求めていたのは、自分のように神がかっており、しかし人である、そういう者でしかなかったのだ。
『人』についても学んだ。
もしも自分が、もっと幼いころに『人である』と告げられていたならば、いったいどういう人生を送っていたのか、シミュレートした。
そうすることで『人として生きた自分なら、こうなっている』というのが理解できるのではないかと考えたのだ。
しかし、想像できなかった。
人として生きる。人に混じって生きる。
『同胞』と生きる……
長らく神として崇められ、周囲の者から『見上げられてきた』アスィーラは、『同胞』というものをうまく想像できなかった。
『人』を学ぶために読んだ物語などを見て、その登場人物を自分におきかえて想像してみても、自分にへりくだらない者を想像できない。
……何より。
アスィーラ自身が、今まで自分を崇めていたような者たちと、同じ位階まで『降って』いくことに、強い拒絶感を覚えていた。
今まで『完璧に下である』と思っていた者たちと、ある日突然『同じもの』だと明かされて、『同じものとして扱え』と言われる……
すでに神としての人格形成を終え、価値観も固まっていたアスィーラに、それはできなかった。
唐突に異生物の群れに放り出された不安、絶望……
同胞を探さねばならないのはわかるのに。
誰一人、同輩とは思えない。
……神として扱われたアスィーラは、神を求めていた。
魔術の国とあだ名される国家であるから、夜神教の高位神官なども招いてみた。
だが、すべてが悲しいほどに『人』だった。
誰一人として、『神』はいなかった。神がかっている者さえも、誰も……
……次に会いたいのは、『王』だった。
それも砂の領域にある、自分の国以外の脆弱なる『領主王』ではなく、本物の王……
一つの領域で最大と言われる国家の王ならば、『神としての同胞』になれるのではないかと考えたのだった。
アスィーラの指先が動く。
国家がその意を汲む。
指先が向いた先には『雪の領域』があり、アスィーラの瞳には強烈な『欲しい』という意思が見てとれた。
人々はその願望を叶えるために奔走した。
あるいは雪の領域にこそアスィーラの求める『婿』がいるのではないかと考え……
あるいは美しき女王が、あの雪に閉ざされた国土を欲したものと考え、軍備を開始した。
アスィーラは神としての為政しか知らない。
彼女が意思を抱き、それを人々が察し、自由に、そして『神なる女王のお役に立とう』という信仰心でもって動くという、そういうものしか知らない。
それゆえにアスィーラの国家は『女王が統制をとる』ということができなかった。
アスィーラ自身が揺れており、『正解』を知らない問題に直面しているがゆえに、その意思には揺らぎが出て、人々はバラバラに行動し始め……
それに『意思』を示して行動を一本化するといったタスクを、神なる女王がとることはなく、その必要性さえもわからなかった。
そうして雪の領域においては『砂の領域が戦争を仕掛けようとしている可能性がある』といった風聞が流れ……
それが、偶然にも『雪の領域』から、ある男を招く遠因となった。
◆
人はいつまでも神ではいられない。
その理由は多くあるが、それは、人がいずれ美しくなくなるからだというのも、大きな理由の一つに数え上げられる。
つまり、『神』の条件とは、『美しきこと』であるとも言える。
その男は美しかった。
アスィーラでさえも膝をつきそうになるほど、美しかった。
おどおどした男ではあった。どこか『不安』という空気を全身に身にまとい、よるべなどないような、この世でもっとも弱い人間を描かせたら、きっとこのような態度の男になるだろうという、そういう雰囲気の男だった。
だというのに、頭を垂れたくなるほど、美しかった。
アスィーラはこの男を夫にすることに決めた。
それは神意であった。生まれて初めて、自分の上に神がいるような、そういう心持ちになれたのだ。きっと神が自分の苦境をみかねてこの男を遣わしてくれたのだろうと、そういう……
もしも、この男が横にいたならば。
きっと自分はここまで長く、自分のことを『神』だと思い込むことはでいなかっただろう。
アスィーラはこの男と出会った瞬間、これまで重ねてきた『自分が人として生きていたら、どういう人生だったか』という想像に、鮮やかな色がつく感覚を覚えた。
いや……それは、想像ではなかった。
この男と、人として過ごしたのだ。
そもそも人が神として生き続けるなどというのがタチの悪い妄想であり、悪い夢にすぎなかった。
アスィーラは人である。そう母に言われた。ならば送ってきたのも人としての人生に違いなく、アスィーラが人としての人生を想像するなら、人として当たり前に過ごしたシーンには、必ずこの男がいる。いるべきなのだ。
アスィーラには少女らしい青春はなかった。
なぜならば、アスィーラは神であったからだ。
だが、アスィーラが人であったならば、人らしい青春もあったはず……
いや、なければおかしい。
だからこそアスィーラは彼との青春を『思い出す』。
存在しない人としての記憶の中で、彼が隣にいる光景はやけにしっくりきた。
しっくりくるのは当たり前なのだ。何せ、彼との人生は実際にあったことなのだから…………
「悪い夢を見ていたようだ」
アスィーラは誰もいない寝所で独白する。
彼女の中には二つの人生があった。
一つは『神』として過ごしたもの。
自分を神だと信じ切った女が、ある日唐突に『お前は人だ』と告げられて……
それまでの人生すべてを、与えてくれた母から否定される悲劇。
もう一つは、『人』として過ごしたもの。
その中でアスィーラという少女は、少女として生きた。幼いころからなじんだ少年がいて、その少年と青春を送って、そうしてもうじき……
どちらが人として幸福な人生かなど考えるまでもない。
であれば、幸福な方こそ真実であるべきだろう。
母は自分を『神である』と述べた。
そうかもしれないと思う。ただし……
幼いアスィーラは、母に答えた。
「わらわは神ではありませぬ。なぜならば、神は人の世で幸せにはなれぬのです。わらわが欲するのは、信者ではなく……」
求めたものは、すぐそこに。
いっしょに青春時代をすごした少年は、美しく精悍な青年になっていた。
そうしてもうじき、結婚する。
それは紛れもなく、神ならぬ幸福だった。




