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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
おまけ

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side 精霊王の精霊めぐり魔族編_後編

こちらは昨日公開した「精霊王の精霊巡り」魔族編後編です。

カクヨムサポーター限定先行公開したものになります。

昨日11時公開分からお楽しみください。

 砂の領域の南端とも呼べる場所に魔族たちの隠れ里はあり、そこまでの砂漠を渡る道行きは、雪山登山よりも、鬱蒼と生い茂った密林を泥濘を踏みながら歩く旅路よりも、荒海を小舟で行く後悔よりも、つらく苦しいものでした。


 魔族たちは多くの岩が作り出す日陰の中に、泥を乾かして建材としたもので造り上げた街を築いておりました。


 これが本当に不思議な街で、遠くから見るとただ砂漠があり、岩場があるとそのようにしか見えないのですが、ある程度まで近づくとその岩場に規則性があるかもしれないという違和感がふくらみ、そうしてようやく街の入り口にたどりついて初めて、そこが『街』であることがわかるのです。


「これは、魔術的なものなのか」


 その不可思議さについ疑問を口から漏らせば、デボラはどこか誇らしげに笑い、「これは、建築技術による隠蔽術です」と答えました。


 魔族はこのように、物を知らぬ私のような者からすれば魔術とほとんど見分けのつかない技術を多数抱えているそうです。


 魔族は契約と約束を重んじ、知識を集積し、研鑽を怠らない。


 魔族の使う建材や、道具の素材などは、砂の領域の他の場所でもよく見られるようなものなのですが、その組み合わせの技術や、性質への深い理解などは、まさしく魔術的としか言いようがありません。


 もしかすれば導器(どうき)も魔族たちが味方にいれば、もっと早くに導入されていたのかも、いや、きっとされていたうえで、今の導器よりも優れた物が確実に生み出されていたことだろう。


 そういった予想をさせるのに充分な街並みを通り、私が魔族の王に謁見するころになると、もう、おそろしく、下手なこと一つ言って怒りをかってしまえば、すぐにでも精霊王国など根絶やしにされてしまいそうだと、そのように思わされていたのです。


 砂と泥の王宮、と言ってしまえばずいぶん粗末な印象に思えるかもしれませんが、そうとしか言えないにもかかわらず、貴重な白い石で作り上げた宮殿よりよっぽど豪壮にして優雅なその場所で、私はいよいよ魔族の王とお目見えすることになると、この時は思っていたのでした。


 ところが私の予想は当たらず、王との謁見はこの時ではなかったのです。


 誰もいない玉座の前まで連れてこられた私は、膝をつけと言われることもなく、すぐ隣に案内としてついてきていたデボラが、高い位置にあるその椅子に腰掛けるのを見せられたのです。


 魔族の王は、この私の旅路に、ずっと同行していたデボラなのでした。


 裏切られたとも、おどろいたとも、思ったような気がします。

 しかし私の心によぎったもっとも大きな感情は『あきらめ』なのでした。


 彼女はこの旅の最中、私がおたおたと騒ぎ、多くの精霊を前にしてきた、その場では指摘されなかった失態を、きっと注意深く見ていたことでしょう。


 私は付き合いの長い者を、付き合いの短い者よりも信頼します。

 しかし同時に、付き合いの長い者こそ、信頼できないのです。


 この二律背反は言葉にしてしまうと意味のわからないものなのですけれど、これは、私の中で矛盾なく両立することなのでした。


 優しさや配慮を与えられるたび、私は詐欺を働いているかのような気持ちにさせられるのです。

 よく信頼し、よく私に尽くしてくれた者の企てる報復こそ、よりひどい末路を私に示すことになると、心の中で常におそれてきたのでした。


 いよいよ、私が想像し続け、しかし達成されることが今までなかった『信頼を裏切られた者によるおそるべき報復』が始まろうとしている。


 その時の私はそこまで考えついたすえに、むしろ安堵(あんど)していたのでした。

 人生で最大、とも言えるほど『ホッとした』私は、魔族の王の御前であり、きっとこれから私の人生を終わらせるべく趣向をこらされた拷問が始まると思ってさえいたのですが、それでも、『ようやくこの時が来てくれた』という気持ちがあまりにも大きすぎて、微笑みさえ浮かべておりました。


 もっともおそろしいものは、『いつ来るかもわからない痛み』なのです。

 もちろん痛みだの苦しみだのは永遠に来ないにこしたことはないのですけれど、私は人に優しくされるたびに『きっと、この人たちはいつか私に、今まで優しくしたぶんの返済を求めるに違いない』と思ってきました。

 それは『いつ来るかもわからない痛み』として私を常に不安にさせ、恐怖させ続けてきたのです。


 なので、『ついに、来た』と思った時の安堵は腰から崩れ落ちそうになるほどで、私は魔族の王の御前にいながら、『今すぐそこにベッドでもあれば、人生でもっとも深く安らかに眠れるだろうな』などということさえ思っていたのでした。


 しかし私の『いつ来るかもわからない痛みに備え続ける人生』はこうして続いています。


 それはデボラが、少なくともその場では、私の命や自由を奪わなかったからなのでした。


「精霊王は、わたくしがかつて、あなたの手によりこの命を奪われることを望んでいたと、覚えておいででしょうか?」


 この時の安堵していた私は、肩を揺らして笑い、「そういえば、そんなこともあったな」などと、実に気軽に返答をしたのです。


 デボラとの出会いはそれこそアスィーラと結婚するより前にまでさかのぼるのですが、彼女が私とこうして深く付き合うことになった原因というのが、私が海の領域に布教(とは名ばかりの観光であったことは、認めるつもりでいます)に行っている最中に発端がありました。


 当時、雪害によって食糧難となり、民衆の不満が高まっていた雪の精霊王国において、不満を持つ民を煽動する役割を彼女は担っていたのです。


 そして私が彼女を処せば、当時、まだ明確に分裂はしていなかったまでもそのきざしがあった魔術塔が一丸となり、精霊王国に(ほこ)を向けるであろう……


 そういう計画の『(せき)』を切るため、彼女は人柱になろうとしていたのでした。


 その当時に彼女から語られた意味のわからない破滅願望も、安堵していた私にとっては面白く、忍び笑いなどこぼしながら、旧来の親友と思い出話でもするかのように語ってしまいました。


 私は普段からおどおどし、びくびくし、それが外に漏れないようにいかめしい顔を作ることが常でしたので、私のこの態度には超然としたところがあるデボラもおどろいたようで、しばらく言葉もありませんでした。


 ようやく言葉を取り戻したデボラは、彼女にしては『人』めいた笑顔(これは彼女や精霊たちを差別する意図はまったくなく、彼女の超然としてどこか近寄りがたい、分厚い仮面そのものみたいな笑顔ではない、自然な表情だという意味です)を浮かべていました。


「わたくしは当時、あなたの手にかかり、あなたの記憶に残りたいと強烈に思っておりました。いえ、今も……」


 冗談や脅し文句と断じるにはあまりにその目が艶かしく、その時の彼女の表情は、絵に描けるほど記憶に残っております。


「……しかし、それだけではないのです。わたくしがこの命を潰えさせたいと思うほどになっていたのは、その当時の魔術塔の腐敗がありました」

「連中が夜神の名を騙って専横をしていたことに、怒りを?」

「それもございます。けれど、それだけではないのです」


 彼女の怒っていることは、最初に魔術塔と彼女が交わした契約にまつわる話のようでした。


 魔術塔は魔術のよりよい発展のために力を尽くす組織であり、彼女が契約した当時の魔術塔(正しくはその前身を創設した一人の魔術師)は、確かに魔術の発展のために力を尽くしておりました。

 しかし、魔術塔はいつしか『研究のため』ではなく『利権のため』の組織に変化していき、その中で最初の理念は失われていったそうです。


 ところが彼女は『魔術塔』との契約に縛られておりますから、魔術塔の不利益になる行動はとれません。

 そこでその命を終わらせることにより、これ以上魔術塔の腐敗を見ずに済ませようと、そういう目的もあったようでした。


「ところがあなたは、わたくしをお許しになった」


 それはそうでしょう。

『殺せば魔術塔と全面戦争になる』と言われているのに、彼女を殺すわけがないのです。


「そして、魔術の発展のために、わたくしに知恵を開示した。わたくしはお陰で、契約を誤魔化し、教師のまねごとなどできるようになりました」

「契約は、ごまかせるのか」

「しようと思えば、多少は」


 それでも、私が『魔術の発展』に利する指示をしなければ、彼女は精霊王国で教師めいたことはできなかったようなのです。


 彼女の交わした契約は『魔術の発展のため、魔術塔を見守る』というものらしく、『魔術の発展に役立つ』と彼女が信ずる限りにおいて、その行動制約は比較的自由になるのだとか……


 これから契約を交わす身でこのような話をされてしまうと、なんともおそろしい意図が透けて見えるような気がしますが、この時の私は『この先』なんていうものが自分にあるとは思っていなかったので、非常に気楽なものでした。


「魔術塔が導器を奪おうとした時、契約が完全に破壊されるのを感じたのです。魔術の発展のための組織が魔術なき者の力を奪おうとするなど、それは明らかに創始者の理念に反します。その怒りが、わたくしを契約より解き放ったのですよ」


 今にして思えばこの一連の会話は、『魔族は契約を遵守するが、それはそれとして契約を遵守できているかどうかは厳しく見るので、一度契約を交わせばなんでもできるとは思わないように』と釘を刺す意味のものだったのでしょう。


 しかし能天気な私は「なるほど」などと懐かしさと昔年の疑問が解けた喜びとで、気楽に微笑みなど浮かべていたのです。


 自分が過去に起こしてしまったことを悔いて、なぜあんなことをしてしまったんだと思うことはそれこそ無限にありますが、過去の自分の笑顔を思い浮かべて『ぶん殴ってやりたい』と思うほど攻撃的になったことは、今が初めてです。


「さて、精霊王の旅路をこれまでおそばで拝見しておりました。魔族はもちろん、あなたに『精霊たちの王』を委ね、その名が継承されることを認めることといたします」


 この時私はずいぶん間抜けな顔をしていたように思います。

 てっきり認められず、これから拷問なり処刑なりが始まると考えていたものですから、無理からぬことではあるのですが……


「わたくしどもは、あなたの子孫を信じません。あなたの民を信じません。あなた自身も、きっと、信用する相手として見るのは、いささか違うのだと感じます。けれど、すべての精霊は、あなたを『許して』しまうのです。信頼でもなく、期待でもなく、希望でさえなく、あなたの要求だというだけで、その後数百年自分たちを縛りかねない約束を『まあ、いいか』としてしまうのです。これほどの愛されるお方を前に、わたくしどもは無力でした。それは、これまでの旅路を見ていて、わたくしだけがそう思うものではないと、確信できました」


 なんともはや、奇妙な話をされたような気がします。


 信頼も期待もできないし、希望もないが、『まあ、いいか』。

 一族の未来を売り渡すにしてはあまりにも軽い気持ちではないでしょうか。


 けれど、デボラはどうにも、『軽い気持ちにさせてしまうこと』こそを、私の才覚であり、あるいは私のすべてなのだと、そう述べている様子でした。


「精霊王、あなたは精霊たちを見て、どう感じましたか?」


 意味のわからない問いだったので、私は「どう、とは?」などと、質問を質問で返す無礼なまねをしてしまったように記憶しています。


「精霊たちを見て、特別惹かれたり、あるいは、特別不気味に思ったり、もしくは何か……それまであなたがご覧になってきた人々との差異のようなものは、感じられましたか?」

「特には」


 このあたりになってようやく私は『これは、まだ人生が終わりそうもないな』と気付き始めておりましたので、言葉や表情には固さやおそれが戻っていたような気がします。


 おそれ。


 この旅路でさまざまな精霊と出会いました。

 たしかに彼女らは、たとえば海を泳ぐための下半身を持っていたり、とがった耳を備えていたり、強靭な翼やしっぽがあったり、あるいは角が生えていたりと、私たちと違う特徴を備えておりました。

 また、彼女たちは、我々人間種の貴族たちが語る御伽噺めいた『魔法』ではなく、実際にその姿を人間ように偽装するものなどの、魔法を扱います。


 確かにそれらは人間との明確な差異であり、思い返せばこのあたりのことを答えるべきだったかなというようにも思うのです。


 しかし私は、彼らを人間と等しく恐怖したという印象が頭の中にありました。

 等しく、優しさに恐怖し、もてなしにおびえ、恩を受けるとじわじわと首を締められるような苦しみを感じさせられたのです。


 そういった意味で彼女たちと人間たちとに差異はなかったのです。

 彼女たちもまた、私には理解しがたい動機や理論で動く、私とわかり合えない生物に相違ないのですから。


 不信。


 私はデボラの問いかけに『人間に感じるのと等しい不信』を表明してしまい、しまったと思ったのです。


 しかし、デボラは楽しげでしたし、私はこうして処刑されることもなく、夜に魔道の灯りで文章を(したた)め、不安や恐怖を少しでも解消しようと努めることになっているのでした。


 ともあれ主要種族はこれにて巡り終わり、私にもいよいよ隠居が許される時が訪れようとしています。


 とはいえこの先に何も私を苦しめることが起こらないなどと気楽に言えるほど、私は私の人生を信じておりません。


 願わくば、誰かを信じ、誰かに信じられ、安心できる状況でのんびりと過ごし、穏やかに、そしてなるべく早く、この人生には終わってほしいと思っております。


 いよいよ孫も生まれ、世間の変化は私などの手にあまるほど早く激しくなりつつあります。


 二代目精霊王を正式に名乗っていいことになったシュジャーは優秀で勇敢ですから、きっと精霊王国とそこに生まれる赤ん坊たちを幸福にしてくれることでしょう。


 私は精霊王と呼ばれました。


 今もってそれは何かの間違いだと感じているぐらいなのですけれど、精霊王の名を正式に受け取るための旅を終えたばかりという勢いもあることだし、ここに、認めてしまいたいと思います。


 私は精霊王でした。


 私に仕える人たちの想像の中にいる『精霊王』とは程遠いかもしれませんが、この旅路の成果だけを見るなら、私も少しは、精霊王であった自覚が持てそうな気がするのです。


 もうじき雪の領域では特に寒い季節が訪れます。


 長らく旅をしなければならなかった老体には、雪を溶かす導器の銀色の輝きがやけに懐かしく思い起こされるのです。

 そして私は、私が生まれたころには影も形もなかったあの銀色がすっかり故郷の景色として思い起こされることに、言いようのない面白さみたいなものを覚えています。

おそらくこれがラストエピソードです。

ひょっとしたらアスィーラの話とシュジャーのその後を書くかもしれませんが、そちらも書いたらいずれ一般公開する予定です。

いったんここで区切りとさせていただきます。

ここまで長らくお付き合いありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 多様な種族を前にして、何も変わりが見受けられないと答えられる器。これこそ精霊王ですね!強く生きてほしい。どうにか幸せになれ! お疲れ様でした。 あまり見かけない文章に惹かれて読み進め、気づ…
[一言] いやぁ、ちゃんとそれぞれの違いを認識しながら、全部怖いから全部一緒で同じと答えられるのは精霊王の器ですわ
[良い点] 執筆お疲れ様でした、面白かったです。後日談も楽しみに待ってます!
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