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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
おまけ

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side 精霊王の精霊めぐり魔族編_前編

この話は「精霊王の精霊めぐり」のラストエピソード前編になります。

カクヨムで先行限定公開したものです。

後編は明日11時掲載予定。

最後までお楽しみください。

 一面を満たす砂と灼熱は、私のこれからの苦難を暗示しているようでした。


 砂の領域にたどり着いた私がまずせねばならなかったことは、ここの執政官を任せているアスィーラからの歓待からどうにか抜け出し、魔族たちへのあいさつを済ませる時間を確保することだったのです。


 彼女の歓待はもともと甚だしいものがありましたが、息子がすっかり立派になって独り立ちしてからというもの、彼女の私へのもてなしは、どんどん程度を増しているように思われました。


 アスィーラというのは現在の精霊国王であるシュジャーの母でありまして、他の妻と違って雪の精霊王国には住まず、砂の精霊国にずっと常駐しています。


 それは彼女が主君としての統治能力を持っているからなのでした。


 もともと、私は彼女に降って、同じ精霊信仰というものをいただく同盟のようなものを結んだのが、私たちの婚姻の始まりと記憶しています。


 ところがそれが、なんだかいつのまにか、私が上、彼女が下のようなことになり、そのままの流れで私が『精霊王』としてもともとの生まれ故郷である祖国の居城を住処とした時には、『精霊王の治める領地のうち一つである、砂の領域の精霊国の統治の代行を任されている者』のようになってしまったのでした。


 精霊王国は雪、砂、海、森それぞれの領域に国土を持つ世界有数の大陸となってしまったものですから、それぞれの領域に『王』がいるのもまずかろうという話になり、私以外の『王たる者』は、一段落ちる『執政官』という呼び方をするようになったのです。


 この呼び名が決まった時に、生まれつきの女王であるアスィーラはたいそう不満に思っただろうと私は想像したのですが、もう十年以上が経っても彼女が私への不満をあらわにすることもなく、おそれから砂の領域への足が遠のいていたのが申し訳なくなるほど、彼女はよく精霊王国に尽くしてくれました。


 最近ではシュジャーも、私なんかの息子とは思われないぐらいに立派になりまして、彼には雪の領域で出会った妻もおり、子も生まれ、新しい精霊王として、未来になんの不安も感じさせない立ち振る舞いをしております。


 ただやはり彼の未来に影を落とすのはこの私の働きで、私が精霊巡りなどということを老体に鞭打ってやっているのも、精霊王国が精霊王国を名乗る根拠たる『精霊王』の称号を、これから先も使っていくため、精霊たちの御機嫌取りというわけなのです。


 どうにか三つの領域ではなんだかいつのまにかうまく話がまとまったわけですが、それら成功体験は、私にこれから先の明るいきざしを感じせるものではありませんでした。


『なんだか、いつのまにか』


 私の成功体験は、万事これなのです。


 努力の結果でもなく、機転を効かせたわけでもない。

 むしろ、努力は報われることなく、想定はその範囲内で事がおさまるということがなく、私はいわゆる『がんばる』という行為をすればするほど、私の望む結果から未来を遠ざけてしまうような、そういう感触ばかり覚えてきました。


 そして成功体験と世間が言うものにかんしては、『なんだか、いつのまにか』……


 これで未来に明るいきざしを感じろというのは、無理のあることでしょう。

『なんだか、いつのまにか』で、世間的に見ての成功(私は生来の気質のせいか、世間が成功だ、望外の喜ばしい結果だと騒ぐものほど、冷笑的、あるいは強迫観念を覚えているような態度で『きっと、未来の失敗につながる布石を打ってしまったに違いない』と思わされるのです)をするたび、未来への不安がふくらむばかりなのです。


 しかし、これは私が人生でほとんど唯一と言えるほどの力強さで己に課した、『己の人生が終わるまでに成すべきこと』なのでした。


 なのでどんどん歓待をし、国をあげたパレードなどをして、私の観光した地に宮殿まで建て始めるアスィーラにも、『断固』とした態度で、断りを入れることができたのです。


 ただしそれは寂しい様子を見せる妻を見て、心苦しくならないという意味ではありませんでした。


 私と彼女とは普段暮らす土地が違いますから、『長年連れ添った』という表現を使うには少々ばかり異論を唱えられそうではありますが、それでも、長いあいだ、夫婦として過ごしてきた女性なのです。


 その女性に寂しい顔をさせること。


 これを私は、同情ではなく、夫としての愛情でさえなく、やはり、『のちの報復をおそれる』という気持ちから、心を苦しくしてしまうのでした。


 その罪の意識といったら、こうしてまた性懲りも無く、紙面に吐き出さずにはいられないのです。


 信頼という気持ちはやはり、抱くのが難しく、それを維持するのはもっと難しいものなのでした。

 愛情というものを、人に対して感じることはもちろんあります。

 妻と、まったく知らない女性とが同時に正反対のことを言ったならば、それはもちろん、妻の言葉の方を信じるのでしょう。


 しかし、それは全幅の信頼という言葉とは程遠く、私は彼女たちに無垢な愛情を向けられ、こうして心の底から私の来訪を喜ぶような盛大な歓待をされてなお、『彼女たちの思い描く私から少しでも逸れた行動をとってしまい、彼女たちを裏切ったなら、そのおそるべき報復は私の死後の安息まで乱すほどになるのではないか』という疑念を捨てることができないのです。


 このような男が、魔族との交渉に臨む。


 精霊という種においてもっとも強壮であるとされ、契約を重んじる種族である、魔術使いたる種族。

 これと交渉し、『今後、精霊王国を継ぐ者は、精霊王を名乗ってもよい』という譲歩を引き出さねばならないのです。


 約束。


 私はこれを交わすたび、自分の血肉を抉り出して差し出すような痛みと苦しみを伴うのです。

 それは『言質をとられた』というような気持ちももちろんありますが、私が私自身の誠実さ、実行能力をまったく信頼していないため、軽々に約束だの契約だのを交わし、己の不徳からこれを破った時、どれほど相手の機嫌を損ねるだろうという恐怖のせいなのでした。


 しかも魔族が約束、契約を重んじるというのは、デボラからここに来るまでにさんざん聞かされたことであり、彼女は『だから、一度でも契約を交わせたならば裏切ることはありません』と、『魔族の素晴らしさ』という文脈で語っているようなのですが、私からすれば大変な脅し文句にしか思えず……


 魔族との交渉に出向く前に、私は一つ、約束をしました。


「交渉ごとが終わったら、しばらくは砂の精霊国で過ごしてくれるか?」


 それはアスィーラからの『歓待』を抜け出すために必要なものではあり、私も「わかった」と述べるしかなかったのですけれど、たったこれっぽっちの約束でさえも、私はその重さに苦しみ、うめき、耐えきれずにこうしてまた紙の上に苦しみを吐き出さずにはいられないほどなのです。


 それを、『契約を重んじる種族と約束を交わしに行く』。


 相変わらず苦しみをもたらすなにがしかの存在は、この無力な老齢の男である私の背をつつき、足の下の地面を煮えたぎるほどに熱する努力を怠らないようでした。


 相変わらずこういう状況にあって私が望むのは『何事もなく、不安もない、ただただ穏やかな暮らし』なのです。

 すべての問題が私の知らないところで勝手に片付いていてほしいという思いは、子や孫の世代の平穏を願い、『断固』として己に義務を課しているつもりでいようとも、どうしてもわきあがってしまうものなのでした。


 願わくば、誰か助けてほしい。


 しかし私は、実際になにか天上のものでも現れて『助けてやろうか』と言ってきたとして、きっとその手をとることはないのでしょう。


 だって、アスィーラの歓待しかり、これまでの精霊たちとの交渉しかり、望外の成功など、おそろしくてたまらないではありませんか。

 あとから何を要求されるかわかったものではないという恐怖が、きっと、私に差し伸べられる『助け』の手を、これまでも払ってきたのではないかと、最近は思うのです。


 ああ、気が重い。

 そして私はもはや、この気の重さ、未来への恐怖が、己の『人を信頼できない心』から生み出された幻想にすぎないことも、いよいよわかり始めています。


 つまり、私はこの恐怖、心労から一生解放されることはないのでしょう。


 絶望的な気持ちでも、未来のために行動しなければなりません。


 私はどうにも最後の時まで、己という存在を改善できないようです。

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