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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
おまけ

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side 精霊王の精霊めぐり人魚編_前編

この話はカクヨムサポーター限定で先行公開をしたものです

こちらは前編です。後編は明日11時ごろ限定公開予定

 私の身は穏やかな波の上にあり、そこから一望できる景色は素晴らしいものに違いがないのです。


 しかし私はそういった美しい、どこまでも広がる青い海へと視線を移すこともなく、こうしてまた、情けなく、醜く、自分という人間の世間の評価にあまりにもそぐわない小ささを吐き出すために、紙の上にペンをすべらせているのです。


『今度こそは、今度こそは』といつも私は思っています。改善の思いを絶やしたことは、一度たりともないのです。

 しかしその思いは私の体を動かしてはくれないのです。私の心さえ、叱咤するものではないのです。


 私が思う『今度こそは』という言葉にはいつも、『どうにか、なってほしい』だの、『なんとか、してくれないか』といった、他力による解決ばかりを狙っているのです。自分でどうにかしようとは、まったく思わないのです。


 それはやはり、私を孫さえできつつあるこの年齢まで苦しめ続けてきた逃亡癖によるものなのです。

 けれど、年齢を重ねた今、私の逃亡癖は、もはや癖と言うだけではおさまらないほどの、分厚く、重苦しい、私自身の性分として、私の魂の外殻を成す新しい名前を獲得してしまったように思われてならないのです。


『絶望』とでも言えばいいのでしょうか。


『精霊王』は勝利を続けました。『精霊王』は成功を続けました。『精霊王』は未来を知っているかのごとく、数々の冒険と活躍を繰り返してきたのです。


 しかし精霊王のモデルとなったのは確かに私です。


 モデル。


 もちろん私自身が精霊王その人ではありますし、私が呼ばれたこの名を後世に残すために旅を続けているところなのですが、私の実像と『精霊王』の評判とが離れすぎていて、もはやそれは、私をモデルにした出来の悪い創作物のようにしか思われないのです。


 私は、『精霊王』とは違い、逃亡を続けてきました。


 その結果、私の人生に、私自身が誇れる『勝利』などはなく、こうして年齢を、経験を重ねた今となってはもう、『どうせ、私に成せることなど何もないのだから、最初から立ち向かおうとすべきではない』という学習が成ってしまい、それはもう、私の心に何かの脅威が触れようとしてくるたびに、その脅威に真っ先に反応して、私の行動を決定せしめる、魂の外殻として、私の一部になってしまっているのでした。


 我が身がこうして今、海の領域の船上にある理由もまた、この『絶望』という名の、敗北を続けるうちに形成された外殻が理由なのです。


 海の領域には我が妻の一人であるミズハがいます。


 これもまた、決して口に出しては言えないのですが、『いつのまにか、妻ということになっていた』という女性のうち一人なのです。

 エルフのエリンとは違って、妻となる前に面識はありました。


 追い詰められていた当時の私が(とはいえ、私の人生に、私が追い詰められていない時期というものをなかなか思い出せないのですけれど)海の領域に精霊信仰の同志を求めておとずれた時、『わつるふ様』という、海の領域独自の信仰に巡り合ったことがありました。


 その時に信仰対象たる『わつるふ様』として扱われていたのがミズハらマーメイドであり、それらは今、『昼夜神殿への信仰ではない』という程度の理由で『精霊信仰である』と決めつけられて、なんだか流されるまま、精霊王国の家臣のようになり、若きマーメイドであるミズハもまた、私のような年寄りに差し出されてしまったのです。


 私はこの人たちをたずねて、改めて『精霊王』という名を使う許しを得るため、海の領域をたゆたっているところなのでした。


 これは家臣団の心構えとしては『帰路のついで』のような位置付けらしく、森の領域でエルフたちに許しを得たあと、雪の領域に戻るためにここを通るだけだと思っていた私をおどろかせ、強い心労を与えました。


 こうして船に揺られながら目を閉じると、あの暗くさびれた漁村で見た陰気そうな人々の顔や、大の大人や老人までもふくむそれらの人々をしかりつける、ミズハのきっぷのいい声などが脳裏によみがえるのです。


 ミズハは、納得しているのだろうか。

 私の妻とされたことを、恨みに思ってはいないだろうか。


 そもそも、『わつるふ様』は一つの信仰なのです。海の領域において古くから信じられてきた、私を頂点とする組織などとは比べ物にならないほど、伝統ある信仰なのです。


 マーメイドたちはまぎれもなく海の領域における神でした。

 それは多くの人が『精霊王』に見るような、『なんだかよくわからないけれど、不思議な力を持っている』というものではなく、実際に、その海中踏破能力によって、魚の群れの数や位置などを知らせたり、高波の危機を伝えたりといった、『因果関係のはっきりした実利』を、長く長く人々に与え続けてきたのです。


 その神たる『わつるふ様』が、遠い北西の地で急に湧いてきた『精霊王』などというものに傘下扱いされ、若き姫を差し出すはめにされている……


 マーメイドはもとより、『わつるふ様』信仰の漁村の人々さえ、私のことをよく思っていないに決まっているのです。


 家臣団は海の領域の人々やマーメイドに対し、遠くの親戚でもたずねるような気やすさを抱いているようです。

 それはまあ、自然なのかもしれません。マーメイドたちとの付き合いもなんだかんだと長くなり、これまで手紙ごしとはいえ交流は密に行われてきました。

 また、精霊王国は確かに、海の領域の人たちを助けてもいたのです。もっともその援助は、私が海の領域をおとずれてミズハと出会い、別れてから、だいぶ経ったあとのことではありますが……


 助けた。付き合いが長い。友好的である。

 それは確かに、安心要素なのでしょう。


 けれど私の怯懦な心は、おそれを抱いているのです。

 助けたことがあるからこそ、付き合いが長いからこそ、友好的に接していたからこそ、ふくらむ恨みや怒りというのも、あるのではないでしょうか。


 悲しいことに、子に恨まれ害される親はいます。逆に、子を恨み殺してしまう親というのも、いると聞いています。

 そういった『親しさゆえに、心の奥底にこごり、発揮の機会を持つ恨み』というのは、あるのです。マーメイドたちが、不当に若きミズハを奪い、自分たちの上にいるかのようにふるまう私に対し(もちろん私にそのようなつもりはありません)、報復の心をまったく抱いていないなどと、誰が言えるのでしょうか。


 大体にして、『親しい』と断じ、親しいことを前提とするような態度から、私に大きな不安を抱かせるのです。


 ……どうやら、船は目的の漁村にたどり着いてしまったようです。


 これからミズハたちと会談をし、私が精霊王の名を子やそれ以降の精霊王に継ぐことを認めてもらわねばなりません。


 家臣はどうにも気楽ですが、周囲に『きっと、うまくいく』という空気が流れるほど、私の心には強く重苦しく『本当に、そうだろうか。何か見落としがあるんじゃあないのか』という気持ちがわいてしまうのです。


 もしも私が無事ならば、この手記には続きが記されることになるでしょう。


 最近は、こうして書いた心情を吐露するだけの駄文が、自分の遺書になるのではないかと、そう思うことが増えているような気がします。


 しかし私は相変わらず、私の『精霊王』ではない真実の気持ちを知ってほしい気持ちと同等かそれ以上に、私のこうした情けない本性を知られる可能性におびえ、想像するだけで羞恥にもだえ、転げ回りたくなる気持ちもあるのです。


 もしも死ぬとするならば、海の藻屑と消えたい。

 そうすればきっとこの手記もまた、波の中に消えてくれるでしょう。


 しかし、溺死というのは本当に苦しそうで、想像するだに……


 ああ、行かねばなりません。

 人と会う時はいつでも気が重いのです。

 この海に囲まれた、どこにも逃げ場のないロケーションもまた、私の心を苦しめている要因に違いないのです。


 こんなに青く広い海の中、私はどこまでも己の心が沈んでいくのを感じるのです。


 情けなく文章を書くという行為にしがみつくことのできる時間も、そろそろ限界のようです。


 ああ、誰か、助けてくれないだろうか。

 私はどうにも、『精霊王』を探しています。すべてを見通し、正しき道を常に選び、行動するに果断であり、多くの者に慕われる万能の救い主。『精霊王』……


 しかしそれは、私なのです。


 救いを求めて手を伸ばせば、水面に向かうばかりなのです。


 なぜ、私は精霊王なのか。

 波音に甘えて、ため息の一つを漏らすぐらいは、許されてもいいかと思います。

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