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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
おまけ

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side 精霊王の精霊めぐりエルフ編_後編

この話は「クズとヤンデレの建国記」の「精霊めぐり竜人編」のあとの話で、昨日公開した話の後編になります

まずは事前に投稿した前編からどうぞ

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この話は「クズとヤンデレの建国記」の「精霊めぐり竜人編」のあとの話で、昨日公開した話の後編になります

隠居したかった精霊王のその後のエピソードの一つです

いずれ一般公開しますのでご了承ください

まずは事前に投稿した前編からどうぞ

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 どうしたって船の上では文字を書きにくく、こうして字が乱れに乱れてしまうことは避けられそうもありません。


 エルフの森で起こったことを結果だけ語れば、それは私の警戒や不安を嘲笑うかのごとく、波風の一つも立たないものなのでした。


 とはいえ私にはやはり、波風がなかったからこそ、奥深い、目には見えない場所に大いなるうねりがあるような、そんな心地がしてならないのです。

 私はほとんどすべてのことには潜在的な不安が宿っていて、それが表出しているか、していないかぐらいの違いしかないものと考えているようで、エルフにまつわる問題も、彼女たちの森で起きた出来事をこうして振り返ることで、なにかしらの予兆めいたものを発見できないかと願っているぐらいなのでした。


 あの森で一晩を過ごしたあと、私は竜人たちにそうしたように、精霊王の称号を使わせてもらうにあたってのお礼の品々の目録を渡したわけなのです。

 そんなことは出会ったその日にやってしまうべきだと私などは思うのですが、どうにも『政治的な話は一晩過ごさせたあとでいいから、とにかく一夜明かしてほしい』といった話になっていたようで、我らのがわは許可を求めて下手に出る必要がありましたので、そうなったのでした。


 私はいつもの通りといいますか、そのあたりのくわしいやりとりは知らなかったものですから、てっきり私の知らないところですでに目録のやりとりがあったものと思い込んでいましたし、そもそも、あの夜に感じていた不安といったら、そんなことまで考えている余裕もないほどでしたので、なんら指摘も質問もすることなく、いつものように不安を抱え、いつものように明日におびえ、そしていつものように香を焚いて眠りについたのでした。


 目覚めてエルフ風の朝食をとったあと(どうにも、彼女らは狩猟民族のようで、出てきたのは木の実や肉、それから虫を調理したものでした。私は昔から人に提供されたものを断るのを苦手としていますから余さず食べましたが、習慣のない昆虫食に抵抗がなかったわけではありません)、あらためて条約めいたものが締結されるのを見て、『まだやっていなかったのか』とおどろいたものです。


 さてエリンと私との関係なのですが、彼女は書類上私の妻ではありつつも、エルフの森を継承する次期女王でもあるものですから、私について精霊王国に来るということはないようなのでした。


 そのことを大変申し訳なく思っていると言われてしまいましたけれど、私は新しい妻が増え、後継を求められるというのも不安だったもので、それについてはもう、本当にこちらはむしろ安心しているぐらいだと、正直な心情について述べてしまったように記憶しています。


 ここで私はやはり余計なことばかり気になるというのか、『すべてのものには潜在的な不安が宿っている』という不安信仰とでも言うべきものを抱いているというのか、とにかくあまりにも話がすんなりと進みすぎ、問答の一つもなく、まるで彼女らが精霊王の称号を私が名乗るのを前提としているような接し方をしてきますので、そこで私はつい、問いかけてしまったのです。


「諸君らは、私が精霊王を名乗ることに不満はないのだろうか」


 聞かなければよかったのです。


 その時は本当に、口をすべらせてしまったことを後悔しました。


 ですがここで問いかけてしまったのは、不安に耐えきれなかったからなのです。

 恐怖がすぐそこにあるのに、そのおそろしい姿を私の目の前になかなかさらさないことに焦れて、そのしっぽだけでも見せてはくれまいかと、そう思い、突くようなまねをしてしまったというのが、本当のところなのでした。


 ですが私の『突き』は予想以上の効果をもたらしたらしく、それまでなごやかだった空気が一瞬硬直し、視線というのか、意識というのか、そういったものがざわめくのを、確かに感じたのです。


 けれど言葉というのは吐き出したあと『やはり、なかったことに』とはできません。

 もしも言葉を吐き出したあとに回収し、吐き出した痕跡ごとなくしてしまえるのであれば、私の人生はまた違った道をたどることができていたでしょう。


 いつも、こうなのです。

 恐怖に負けて、あるいはうかつさから、もしくは何かの流れに押し出されるように口から漏れてしまった言葉によって、私は腹の底に冷気を押し当てられるような心地になり、背筋を冷たい汗がつたい、そのくせ、顔だけは燃えるようにほてって、目を泳がせるしかなくなってしまうのです。


 その席はもう、条約の締結というか、半分ほど宴会みたいなものでしたから、私の隣には『妻』であるエリンがおり、果実を発酵させて作った酒などお酌をしつつ、微笑んでいました。


 発言の瞬間に固まったその笑みのあとにどのような表情が浮かぶのかおそろしくなってしまい、なかなかエリンのほうへと視線を戻せなかったわけですが、それでもどうしようもなく視線を戻せば、エリンはよく日焼けした顔に今までにない真剣な表情を浮かべていたのです。


「不満、とおっしゃいますと?」


 人生には幾度も幾度も、しつこくしつこく、『ここで何かを誤れば、悪いことになる』という、胃を締め付けるような瞬間があります。

 その時のエリンの問いかけもまた、そういった瞬間特有の、空気を凍させる感じがあったように思っています。


 しかし私はといえば、頭を悩ませても『正解』などわからないのです。

 必ず誤るでもなく、必ず正答するでもなく、私の人生はいつも、『あの時の選択や解答は、正解だったのか、不正解だったのか、よくわからない』というような、事後不安とでも言うべきものに苛まれているのでした。


 私はしばしば『どこかでなにかが違えば、今以上の人生があったはず』という妄想をするのですが、しかし具体的に『どこか』を思い浮かべようとしてもそれがどこなのかはわからず、同じように『なにか』を思い浮かべようとしてもなにも思い浮かばないという、どうしようもない、後悔とも違う、煩悶とも違う、地面がしっかりしていないような感じに、いつも悩まされているのでした。


 ですからその時のやりとりもまた、『その場はなにごともなく収まった』という程度の、正答とも言えず、誤りとも言えない、私の不安をなに一つ減じてくれない、そういったものとなったのでした。


「唐突に自分たちの王を名乗る者が出現し、それの妻に収まってしまったことに、不満はないのかと思ったのだ。君たちにだって、王や夫を選ぶ自由はあっただろうに、私がその自由を奪ってしまったのではないかと……」


 私の言いたいのはそういうことだったのですが、実際にはもう少し、長々とした話をした記憶があります。

 こういう緊張感のある雰囲気になられると、私は喉がかわき、頭もうまく働かず、とにかく沈黙を恐怖するあまりに口ばかりを回し、その時にすべり落ちた発言のせいで未来に厄介な問題を残すと、そういうことばかりしてきたように思われてならないのです。


 するとエリンはどことなく安堵したように微笑みました。


「てっきり、わたくしどものおもてなしに、精霊王が不満を抱いているのかと思ってしまいました」


 どういったロジックでそう思ったのかはわかりませんでしたが、そんなことがあるはずはないのです。

 あるいはなんらかの真意を隠すための言葉だったのかも……そう思いますが、そこを切り込めるほどの度胸はありませんから、あえておどけたように「まさか」と笑うしかありませんでした。


 しかしエリンはこの方向で話を深めたがります。


「我々の文化は、雪の領域のみなさまから見れば、だいぶ、野蛮に映るようですから。森の者たちで、精霊王をおもてなしするのであれば、もっと雪の領域の文化を学んだほうがいいのではないかと、そのような話も出たのですよ」


 確かに家は葉や枝で作ったものだし、道は舗装されていないし、そもそも湿っぽく暑いこの環境での暮らしには、商店がなかったり、食べる物が見慣れなかったり、そういった差異は確かに感じられます。


 しかし私は、それを『雪の領域より劣っている』というようには思えないのでした。

 自分たちと違う文明圏に暮らす人の生き様を『劣っている』と断じることができる人は、かなり自分の故郷や文化を誇ることのできる、心の強い人なのではないでしょうか?


 私には、故郷を誇る気持ちさえ、ありはしないのです。


 もちろん、郷土愛めいたものはあります。故郷を特別に思う気持ちもあります。

 けれど、そこをさんざん蹂躙して、人々を惑わせ、国家まで乗っ取ってしまった私に、今さら故郷を誇ることなど、許されるわけがないでしょう。

 ありはしない、というよりも、資格がない、と言うべきかなとは思います。

 故郷をめちゃくちゃにしながら故郷の文化や風土に対して愛を語るというのは……

 人を殺しながらその人への愛を叫ぶというような、そらおそろしい矛盾、あるいは矛盾ではないのかもしれませんが……とにかく、私には理解が及ばない心境なのでした。


 ですから私は故郷を誇ることをしません。

 当然ながら、森の領域にあるエルフの森での暮らしぶりについても、ただ『違うな』と思う程度であり、『私の誇るべき故郷に比べて、劣っている』などとは、とても思うことさえできません。


 そのあたりのことを、うまく言えたのか、どうだか……やはり沈黙をおそれ、緊張をおそれ、とにかく場をなごませたい一心で空転を続けた私の口は、エルフたちにぽかんとされたような、聞き入られたような、どちらともとれる沈黙しか生みはしなかったのでした。


「さすが、精霊王です」


 お追従のようにも、しんからそう思っているようにも聞こえる声で、エリンは言いました。

 彼女はどうにもエルフの中では若いようで(とはいえ、健康的に日に焼けた金髪碧眼の美しい人たちですから、全員が若く見えて、私には彼女らの年齢がうまく判別できません)、かなり感情が素直に言葉になる感じはありましたけれど、それは果たして、合っているのか、いないのか……


 やはり明確な『答え』は得られず、私の不安と不眠の日々は続いていきそうです。


 今は森の領域を北に抜けて、海の領域を経由し、雪の領域に戻るところです。


 エリンは最初の決め事からうってかわって私についてきたがったのですが、その心情の変化の理由がわからないことにはおそろしく、また、森の領域は昼神教との緊張状態にありますから、指導者候補であるエリンが不在になるわけにもいかない事情があって、エリンはエルフたちに引き留められ、私はもともと連れていたそば仕えとともに、次の目的地を目指しているというわけなのでした。


 実に久々の帰郷となりそうですが、これもまた役目のための一時的な帰郷であり、腰を据えて『停止』できる日は、まだまだ遠くになりそうです。


 私はおそらく、この足が動かなくなり、声を発することもできなくなるその日まで、ずっと背中をなにかに突かれ続けるまま、歩みを止められないのかなとは思います。


 最近はめっきり暖かくなってきており、海の領域などを船で走っていると、陽光がギラギラと身を焼くような心地がします。

 故郷の景色は今、どうなっているのでしょうか。


 私に故郷を誇る資格はありませんが、それでも、故郷を愛する気持ちはあります。

 森と海をながめて、やはり私の心にはあの雪景色が刻みついているのだと、そう思われてなりません。


 願わくば故郷で落ち着いて、こんな不安を少しでもまぎらわすためではなく、もっと気楽な書き物、それこそまた若いころのように(うた)でも作りたいものですが、果たしてそれが叶う日は来るかどうか……


 私の歩みはどうにも、まだ半ばのようです。

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