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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
おまけ

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side 精霊王の精霊めぐりエルフ編_前編

この話は「クズとヤンデレの建国記」の「精霊めぐり竜人編」のあとの話になります

隠居したかった精霊王のその後のエピソードの一つです

カクヨムでサポーター限定先行公開した物語になります

前後編です

まずは前編をどうぞ

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 私の前に立ちはだかるものは、むわっとしたねばつくような熱気と、うっそうと生い茂った木々、それから民族と宗教なのでした。


 なんの間違いか、『森の領域』と呼ばれる場所に私はおりまして、老境と呼んでもさして人から強く否定はされないであろうこの年齢にしてほうぼうに飛び回って孫の顔も満足に見られないような、そういう生活を強いられるのは、いったいなんの因果であるというのか……


 私の気分が晴れたことは人生を通してもそう何度もなかったように思われますが、それでも最近は特に晴れることがなく、空をふさぐ分厚い雨雲のように、暗澹たる気持ちが重苦しく視界にまでふさがっているかのようなのでした。


 やはり私はこうしてどこかに内心、いわゆる『精霊王の真実』を吐き出さないことには、身にのしかかる重苦しいものに耐えきれそうもなく、こうしてまたつらつらと、紙やインクといったものを浪費し、文字にして内心を、真実をしたためるはめになっているのでした。


 私はその日が終わってから、その日に人とした会話や、人の表情の意味、それに言外に隠された、知っていてしかるべき『前提』などに思いをはせては、いちいち悶え、叫び出しそうになりながら、しかしそばには常に誰かしらおりますし、今もこうしている部屋の外には同伴者、すなわち護衛や旅のために必要なことをやってくれる供回りがおりまして、叫び出すわけにもいかない状況にあります。


 この木と葉でできた、底の上がった、というのか、足元の湿った土から浮かせて湿気を逃したり、虫や獣などを少しでも遠ざけようという文化の発展をうかがわせる建物の中において、私は叫び出す自由さえもない……


 ゆえにこそ、紙とインクを使って、こうして無言のまま、しかし必死の悲鳴をあげるしかないのでした。


 このたび私がデボラによって連れ出されたこの領域には、出会ったこともない妻がいるのでした。


 エルフ族のエリンというのは、その容姿について伝聞で聞いておりますし、手紙のやりとりも幾度かありはして、ひととなりも多少はわかっているつもりではおりますが、私は顔を見て話したことのない人というのがどうにもおそろしく(それはもちろん、顔を見たことのある人がおそろしくないなどという意味ではなく、もちろんおそろしいのですが、それ以上に、という意味です)、そのうえでこれから実際に会うとなると、どうしても、すぐにでも天寿がおとずれて、まったく唐突に私の命を奪ってくれないものかと、そのように願わずにはいられないのです。


 そのエリンと実際に会う日がいよいよ明日にせまっているともなれば、私はもう、ここでなにをしても『明日、会う』という予定が動かず、あとはなるようにしかならないのを頭では理解しつつも、どうにも心のほうが落ち着かず、まったく信じていない(占い)などをさせてみたり、天体の運行など知りもしないのに星の並びを見上げて吉兆を感じ取ろうとしてみたりと、意味のない行為を繰り返してしまうのです。


 ああ、どうか、今日という日が終わらず、永遠に続いてはくれないものか。


 明日をおそれるあまり、私はそう願わずにはいられないのです。今日という日が幸福だからではなく、明日にとてつもない不幸が待ち受けているだろうという気持ちから、明日が来ないことを願ってしまうのです。


 しかしこうしているあいだにも、いつまでも灯りが漏れていることを不審に思った側仕えが、「精霊王、お早めにお休みください」などと言ってきます。


 燃料も、紙もインクも、ただではない。

 私がこのように浪費していても、いいことなど起こらない……わかっているのです。わかっているのです。私がこのまま一睡もしなかったとして、真昼の輝きはまた空にのぼって世界を照らすのでしょう。私が眠らなければ明日が来ないなどと、そんなことはないと、わかっているのです。けれど……


 覚悟を決めるしか、なさそうでした。


 最近めっきり寝付きの悪くなった私は、デボラにもらった香を焚かないとうまく目を閉じることさえできなくなっています。

『精霊王は成功者である』と世間では扱われておりますし、美しい妻をめとり、四領域に覇を唱える国家の王とさえなった私が幸福でなく、夜眠ろうとするたびにさまざまな不安が頭の中にうずまいて呼吸もできなくなるなどと、そんな『真実』を告白してはならないと、わかってはいます。

 しかし、それでも、客観的にはどれほど成功していたとしても、私の主観において、私はやはり、なんだかわからないものに鋭いもので強く背中をつつかれるまま、息せききって走り続けてきただけなのです。


 安心感とは、『停止』なのではないかと思うのです。


 しっかりした大地の上で足を止めて、目を閉じ、風を感じ、長く長く息を吐き出す感じこそが、安心なのではないかと、私は近頃になって強く思うようになってきました。

 私には止まることが許されていないのです。進み続けた道は私にとっては今にも崩れ去りそうなほど脆く思えて、足を止めるどころではなく、しかも、背中から私を突くなにかは、今もまだ、ちくちくとこの背に刺激を与え続けている……


 停止の許されない人生というのは、客観的にどれほど幸福そうに見えても、安心を得ることができるものではありません。

 私は足を止めたいと願い続けて歩いています。しかし、最近では、これだけ世界を掻き回した罰として、なんらかの天上存在が(昼神や夜神といったものではなく、もっと大きな、擬人化さえできないものがいるような気がしているのです)私から『停止』という権利を奪ったのではないかと、そういった心地の中に、ずっといるのでした。


 ああ、眠らなければならない。


 明日が不安でも、眠らなければならない。


 このメモ書きを隠してしまえば、あとは灯りを消して、香を焚きしめて、ベッドの中にもぐりこみ、目を閉じるしかないのです。

 そうすべきなのはわかっているのに、それが嫌で嫌でたまらず、こうしていつまでも思いつくことを書き連ねてしまう……


 覚悟を決める必要があるのでしょう。


 ただ床につくだけなのに、覚悟が必要。


 相変わらずそういったものが、私の現状ということになりそうでした。



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 エルフ族というのは誰も彼もが華奢で美しく、健康的に日焼けしたような肌の人々なのでした。

 やはり、風聞と、実際に見るのとは、情報の密度というのか、そういったものが違うように思われてなりません。


 しかし私は、この美しい人々に笑顔で迎えられても、なかなかその美しさに放心することも、歓迎されるような雰囲気に笑顔で応じることもできなかったのです。


 それは事前にデボラから『エルフというのは気難しい種族です』と言いふくめられていたからなのでした。


 あの竜人たちのところに出向く時でさえもそんなことを言わなかったデボラが、わざわざ『気難しい』と述べる種族……

 彼らはあの金髪と碧眼の美しい顔の下で、勝手に精霊王を名乗った私に対し、おそろしい報復を思い描いているに違いないのです。

 きっとそれは私にとって、死よりおそろしい(私は死を願ってさえいるのですが、そこに至るまでに必ずある痛みや苦しみというものをとてつもなくおそれています。私が死について苦しみという側面を想起する時、そこで想定されているのは、人生の終了ではなく、そこまでの苦しみや痛みなのです)ものになるでしょう。


 しかし私はなにも、デボラからの脅し文句だけを根拠にそこまでの妄想をしているわけではなかったのでした。


 エルフというのは私が精霊王を引退、ようするに次代に玉座をゆずろうというタイミングでその存在が明らかになった種族なのですが、そもそも彼女たちがなぜそのような時期に正体を明らかにしたかといえば、昼神教との戦いのためだったのです。


 昼神教というのは、私が砂の領域のアスィーラと結婚したタイミングで熱心な信者たちへ東方に行くように呼びかけたわけですが、その際に移動した先には海の領域と森の領域がありました。


 私はそれら二つの領域できっと昼神教・夜神教がうまくやり、宗教的な根拠地をなんの問題もなく運営していたものと思っていたのですが、それは情報や想像力の不足からくるまったくの誤りで、この二つの領域には、雪・砂の領域以上に根強く、しかし表面的にはまったく影も形もないかのように、『精霊信仰』が根付いていたのでした。


 それは海の領域における『わつるふさま』信仰のことであり、森の領域においての、自然信仰とでも呼べる、神の名のない信仰なのでした。


 森の領域に生い茂る木々には一つひとつ祖先の魂が宿っており、これら土壌が豊かなのは過去の人々が今の人々を守ろうとしているからで、木々を切り倒したり、土をむやみに掘り返したりして、祖先の霊(祖霊という呼びかたをされています)を軽んじるようなことをしてはならない、というのがこの地にあった信仰なのでした。


 昼神教というのはどうしても『森を切り拓いて街を作る人たち』なので、それが海の領域で『外国人ども』などと呼ばれて疎まれていたように、この森の領域においても、疎んじられることになったようなのです。


 そしてこの領域の人々は、ちょうど私が精霊王選挙の開催が確定事項のように扱われて胃を痛めていたころに、昼神教に対し立ち上がりました。


 そのさいに『祖霊を代表する立場』として旗頭になったのがエルフたちであり、彼女らは私の妻に一人差し出すことで、そのころ大陸で広く覇を唱えていた精霊信仰の一部に自分たちを組み込み、昼神教との戦いにおける後ろ盾として私たちを頼ったのでした。


 とはいえ森の領域はそもそもの人口が少なく、昼神教の過激派連中が海の領域から追い出されかけている現状もあり、こちらに戦力が集中している事情もあって、この領域は『昼神教の根拠地に、森の領域の先住民たちがゲリラ戦を仕掛け続けている』という状態にあるのでした。


 つまり、戦地です。


 この領域に老齢に至った身で来なければならない心労は、きっと事情を正確に理解し、なおかつ精霊王がただの人であることをわかってくれる者があれば、きっと共感されるものと思います。

 問題は、私のことを『なにか、偉大で、奇跡を起こす存在』と思ってしまっている者がこの世界の人の大半というか、ほぼすべてであり、私の心労に共感を覚えてくれるような人を思いつくことができない、ということなのですけれど……


「お初にお目にかかります、旦那様」


 森の領域の、湿度が高く、よりうっそうと木々に隠されたような地で、床の高い立派な家に通された私は、そのように迎えられました。


 それこそがこの集落の姫とでも言うべきエルフ種のエリンで、私はその時ばかりは自分を取り巻くどうしようもないほどの苦境を忘れ、しばし、その美しさに呆然としてしまったのです。


 私は美しい人をたくさん見てきました。けれど、私が誰かを美しいと感じる時には、造形による美醜よりも、その容姿の下にぎっしりと詰まった『人間としての密度』みたいなものに打ちのめされてきたように思います。

 ところがエリンという人について私はその下にある密度をまったく知らないも同然の状態ですから、その時の私に殴りつけるような衝撃を与えたのは、本当に、純然たる『美しさ』のみということになります。


 だからこそ、すぐに私は恐怖したのです。


 これほどの美姫を捧げられ、しかし精霊王国はまだ、森の領域に対する満足な支援をしていない。

 断じて私が『美姫をよこせ』などと要求したわけでもなく、むしろこういった心労を避けたい私としては、提案されても彼女を妻にめとりたくないぐらいだったのですけれど、向こうとしては、『捧げたのに、見返りがない』と思ってしまう状況なのではないでしょうか。


 もちろんそれにはさまざまな事情があります。


 そもそも、森の領域の『精霊信仰の民』というのが隠れひそんでゲリラ戦を行っているものですから、物資や人員支援をするほどの『根拠地』みたいなものの場所が漏れないように秘されており、どうしようもなかったこと……

 それに我々も昼神教と完全にことを構えられる状況になく……いかに精霊信仰を絶対に認めない過激な連中とはいえ、昼神教を相手に精霊王国として戦いを仕掛けてしまっては、親精霊派の人たちの心象まで悪くし、それは国家にとってよろしくない結果をもたらすこと……


 他にも私程度では説明されても理解が及ばないようなさまざまな事情が、事実、立ち塞がっていたのです。


 けれど、助けを求め必死になる人たちに、『自分たちがなかなか助けを得られないのは、助けてくれるがわにどうしようもない事情があるからだ』と理解しろというのは、無理な話ではないでしょうか?


 少なくとも、私は自分が救われない状況では、『なぜ。神はやはり、罰を与えるだけでの存在で、しかも自分の名を騙るような者を放置して、私にばかり罰を与える、そういうものなのか』と誰かを責めずにはいられないのです。


 ともあれこの日は簡単なあいさつを終えてそのままエルフの集落(彼らは自分の住まう土地を集落とは呼ばず、単純に『森』と呼びますので、今後は私もそれにならおうと思っています)で泊まることになりました。


 これが、おそろしい。


 今こうしているあいだにも、彼女らが『美姫を捧げたのになかなか助けてくれない精霊王に対し、死にも勝る報復を!』と息巻き、その計画を実行に移そうとしているかもしれない……


 そう思ってしまえば、最近ますます悪い私の寝付きはどんどん悪くなり、森の領域に発とうという時に『ついていきましょうか』と言ってくれた子シンシアなどを連れてくるべきだったのではないかと、ほとんど無限に『ここに至るまでにあったかもしれない、とりえた選択』が頭をよぎるのです。


 恐ろしい。


 しかし眠らないと、それはそれで、エルフに対し疑いを持っているのではないかと見抜かれてしまい、かえって責める大義名分を与えることになる……


 眠るしかないのです。


 不安でも、恐怖していても、一睡もせずとも、明日というのは、来てしまうものなのです。


 私がこうしてつらつらと駄文を(したた)めていることは、明日という決まった時間におとずれる法則をゆがめられるわけではないのですから。


 眠るしかない。


 幾度も言い聞かせ、それでも未練がましく筆を走らせていますが、そろそろ紙面も尽きてきましたので、いよいよ筆を置くしかなさそうです。


 明日が来てしまう。

 ああ、どうか、誰か、私を救ってはくれまいか。

 もはや私を助けられるものは地上にないのだとほとんど確信しておりますから、私は、かつて捨て去った夜への信仰を思い出し、それに願うしかないのでした。

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