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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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side 『ある少女の半生』

この話はあるキャラクターの精霊王と出会うまでの半生を綴ったものです

カクヨムサポーター限定先行公開していたものになります

 母は狂っていた。


「あなたはとある貴族のご落胤なのよ。いつかきっと、お父様がお迎えにいらっしゃいますからね」


 寒々しいあばら屋には冬を越すための燃料もとぼしくて、一日に使う火の量を切り詰めないといけなくなると、母は『貴族のご落胤』という言葉だけを希望の灯火にして暖をとっているようだった。


 雪の領域から降雪が止まる日はほとんどないけれど、それでも作物を育てる時期というものはある。

 ところがこのごろはちょうど『イモさえ植えられない時期』であり、領域の端っこに位置するこの場所には燃料どころか食料さえ乏しかった。


 いや、立派な太い木がたくさん生えた場所はあるのだった。

 でもそれは隣の領地の林であり……この男爵領に住む者は、彼女とその母だけではなく、領主さえもが寒さに震えながら、この時期が早く過ぎ去ってくれることを祈るしかなかった。


 ところが彼女は『祈る』という行為に意味を見出すことができなかった。


 昼神教というのがこのあたりでは広く信じられていて、算術読み書きの教育の他にも才能ある者を引き抜いて神官にするなどのことも行っている。

 このあたりの土地では『メイドに召し上げられて領主様のめかけになる』『神官になって王都方面の勤務になる』という二つのみが『人生の成功』とされるルートであって、それはもう男女問わず熱心に神に祈ったのだけれど、彼女はそれがどうにも価値あることに思えなかった。


 もちろん『神がいつか助けてくれる』なんていうのがありえないのは大前提として、熱心に祈って、学んで、それで神殿に召し上げられて出世して……という、みんなが『現実味のある将来設計』として語るルートそのものの存在に懐疑的だった。


 そもそも、彼女は神様というのがみんなの語るような『いい人を死後に報いるもの』だったとして、自分は救われないだろうなと思っていた。


 彼女は盗みをしていたからだ。


 領地によって細々と『悪いこと』だの『罪の重さ』だのは変わるのだが、盗みと殺しはだいたいどこに行っても『悪いこと』におさめられる。

 土地によっては罰が厳しかったりして、特に強欲な領主だったり、まずしい土地だったりすると盗みの罪が重い。盗まれた側が命にかかわる事態になることが多いからだ。


 この土地で彼女が働いていた盗みは『食料泥棒』であり、それは病気がちな母と二人きりでこの貧しい土地で生きていく以上仕方のないことではあった。

 だが、仕方ないから許されるわけではない。

 それを言い出したら、彼女だけではなく、この土地で暮らすすべての人が『仕方ない』であらゆる犯罪を許されるのだから。


 彼女は、生きるために盗んだ。

 それはほとんど殺し合いと同義の盗みだった。


 けれど、罪の意識は覚えなかったのだ。盗まれる側を間抜けと思うこともなかった。でも悪いこととも思わなかった。

 畑を耕して食料を得られればそうしただろう。そうできないから盗んで食料を得た。それだけのことだった。


 彼女は、自分に罪の意識がない理由を考えたことがある。


 色々と理由は思い浮かんだ。

 まずは互助会。このあたりには暖かい時期にとれた食料を収めて苦しい時に助けてくれる民衆同士の会合が存在する。少女の母もそこに食べ物を収めていたはずだが、少女の家がその助けを受けたことはなかった。

 こっそり話を聞いてみたところ、どうにも少女の家は『優先順位』が低かったらしい。

 そして土地はいつでも困窮していた。だから永遠に助けられる順番が回ってくることがない。


 なぜ優先順位が低いかと言えば、人種の問題だ。


 母は南にある『砂の領域』から来た移民だった。

 各地で踊り子をしながら稼いでいた母は、その美しい容姿を父に見初められた。

 母の方は父の朴訥でまっすぐな人柄に惹かれたらしい。

 つまり彼女は雪の領域と砂の領域の人のあいだに生まれた者であり、その日焼けしたような浅黒い肌と、雪の白に逆らうような赤毛が砂の領域人であることを明らかにしていた。

 とはいえ生まれたのも育ったのも雪の領域であり、彼女の自意識的には『雪の領域人』という感じではあったのだが、どうにも、助ける相手を選びたい人たちからすると、そうではないらしかった。


 なるほど村の子供たちが彼女を仲間はずれにする理由もそれなのだろう。

 彼女は子供たちのあいだで口にするのもはばかられる人種差別用語で呼ばれていた。それは母に言われて差別用語だと知ったぐらいで、彼女自身はさほど気にしていなかったわけだが、まあ、なにやら嫌われているのはわかったので、子供たちには近付かないようになっていた。


 他にも……たとえばあからさまに自分を『売る』つもりで見聞してくる村の偉い人だとか、あるいは汚らしいものを見るようにこちらをにらむ領主の館からの徴税官だとか、もしくは……


 考えれば考えるほど、『この連中からものを盗んで生き延びて、罪悪感を覚えない理由』は思い浮かんだ。


 それでもなお、彼女はそのすべてが理由になっていないような気がするのだ。

 理由があるから罪の意識がないのではなくって、そういうものをくっつけず、ただただ単純に罪の意識がないというのか……


 たぶんだけれど。

 人と同じ感覚で物事を考えられないのかもしれない。


 けっきょく、罪の意識を覚えることがないまま、そして罪が発覚しないまま、彼女は十二歳を迎えることになった。

 今年死ぬ、いや今年死ぬ、と思われた母はいつまでも生き続けた。ただし体はだんだん動かなくなっていって、もはや暖かい時期でも働いているのは彼女だけになった。


 母はいつでも動けないことを嘆き、しきりに謝罪し、いつまでもいつまでも、忙しい彼女をベッドのそばに留めたまま意味のないことを言い続け、決まって最後には『あのお方がきっとお前を迎えに来てくれる』と〆て彼女を解放した。


 そのもったいない時間が、謝罪を口にしてはいるがそれは感謝でも罪悪感でもなくただただ自分を慰めるためにしかなっていないことは理解していた。

 それでも彼女は黙ってにこにこ笑い母の話を聞いた。

 楽しかったわけではなかった。このころになると、彼女の顔には笑みが貼り付いて戻らなくなっていたのだ。


 この生活は好きでも嫌いでもなかった。

 死ぬのは怖くなかった。生きるのがつらいというわけでもなかった。


 このぐらいの年代になると彼女はいよいよ自分が他の人と違った感覚でものを捉えることを確信していて、だから神殿にも通わなくなり、周囲の人やお坊さんが説くような『命の価値』『生きるとは』『立派とは』『思いやりとは』というものになんの学びもないのだと気付いていた。


 自分の価値観は自分で定義するしかない。


 そんな彼女がなにが楽しくて生きているのか考え続けた結果、どうにも自分はこの家のことが好きなのではないか? という可能性が浮上した。


 母は好きではない。謝罪の言葉も感謝の言葉も意味を見出すことができず、なんの慰めにもならない。

 引き留められていつまでもいつまでも謝られるのは面倒くさい以上の感慨はなかった。不満もない。興味もない。そもそも母の話す内容は、彼女が物心ついてからずっと変わらず、新しい発見だって一つもない。


 しかし、自分が畑を世話し、盗みを働き、それでやっと命をつないでいるこの状況で、このあばら屋の中で叶わない夢をいつまでも語り続ける母の目は、美しいと思った。

 現実の方向をまったく見ていない、理想だけを語り続け、もう何年もその理想が叶っていないという現実なんかまったく知らないみたいにキラキラし続ける母の瞳は、彼女にとって本当に美しい宝物だったのだ。


 彼女は、『自分は美しいもののために生きているのかもしれない』という仮説を立てた。


 それはどんな大人が言うどんな価値観よりも、彼女の中でしっくり来た。


 だから次に彼女は『美しいもの』とはなにかということを考え始めた。


 ……それはまだうまくつかめなかった。

 けれど一つだけはっきりしていることがあった。それは、ただ単に偉い人が身につけているだけの、キラキラした宝飾品などは、美しいとは思えなかったのだ。

 自分が価値を感じる基準はそこにはない。では、いったいなにが美しいのか……


 彼女は自分の人生の目標を『美しいものをたくさん集めたい』というのに定めた。それはいかにも少女らしいふわふわして素敵な夢だった。美しいものを集めて並べて飾っておく。いや、人目に触れるような場所に飾り付ける必要はないだろう。持っているだけで満足だ。


 そのためになにをすべきか。


 まともにお金を稼いで買い集める方法も考えたが、それはあまりにも非現実的だった。

 そうなると盗むしかないか。しかし、自分が価値を感じる『美しいもの』は、果たして盗もうと思って盗めるような、そういう『わかりやすいもの』なのかどうか……


 悩んでいるうちにさらに一年が経ち、彼女が十三歳になったころだった。

 この年はようやく暖かくなっていて、来年の収穫時期からは盗みを働かずとも食べていけそうだなという希望に満ちた年だった。

 もしかしたら泥棒などというリスクの高いことは──まったくバレないし天性の才能があると感じていたので、彼女の主観的には『リスクが高い』とは思えなかったけれど、世間的にはリスクの高い行為に分類されるだろうという予想だ──しないですむかな、と思われた。


 母は相変わらず『貴族のご落胤』というもので命をつなぐ活力を得ていたようだった。雪の領域にいた朴訥な父。母の話の中にしか存在しない『素敵な貴族の男性』。

 もしも実在するなら……決して、その人に会いたくないと彼女は思っていた。

 たとえ実在して、たとえ本当に貴族だったとしても、会いたくなかった。だって実物なんか母の夢よりくすんで(・・・・)いるに決まっている。もしも『実物』を見て母が夢から覚めてしまったら? その瞳の美しいきらめきさえも失われるのだ。それは彼女にとって我慢できなかった。


 この時の彼女は、はっきりと理解していた。


 自分は、自分だけが価値を見いだすことのできる宝を管理する管財人であり、その品質の維持のためならあらゆる苦労をいとわない──それどころか、その苦労を何より好み、宝そのものと同じぐらい愛しているのだと。


 だから宝を奪うすべてから、宝とその価値を守り抜こう。


 彼女はもはやはっきり自覚していた。

 母の世話をするのは肉親の情などではなく、ただの管財人としての使命であり、母が彼女にとって宝であるからというだけの理由なのだと。


 だが、その宝はあっけなく奪われた。


 来年の豊作が予感されたある日、彼女の家が唐突に奪われたのだ。


 村長がなにやらよくわからない証文を突きだしてきて、なにやらよくわからないことを騒ぎ立てて、大勢の大人たちで家を取り囲み、返事も聞かずに家をうち壊し始めてしまった。

 たまらず家を出るしかなかった母は心労と飢えですぐに亡くなった。

 その瞳はもう、永遠に輝かなくなってしまったのだ。


 宝を守り抜けなかった。


 そのことに対して、彼女がこぼした感想は、ただの一言だ。


「なぁんだ」


 村長たちが家をうち壊したのは、ただただ単純に利益を求めてのことだった。

 つまり、彼女の盗みは発覚さえしていなかったのだ。


 そして母が死んだのは天命とか寿命とか、そういうものだった。

 大きすぎる流れが母を殺した──『宝』を奪ったのだと、そういうことを彼女は理解した。


 だから、ようやく、気付くことができた。


『宝』にはどうしようもない寿命がある。


 それを守り、品質維持をすることが使命だという感想は揺るがない。それでも、宝には必ず『終わる』時期が来る。

 だから自分ができるのは、あくまでも宝の寿命までの管理にしかすぎない。


 そして、こうしているあいだにもあらゆる場所にある『宝』は、どんどん寿命に迫っていっている。


 もう、まともな手段では間に合わないかもしれない。


 だから『盗もう』と思うまで、葛藤はいっさいなかった。

 やっぱり罪の意識は感じない。その結果失敗して死んだりすることをかなりリアルに想像したりもしてみた。痛みのサンプルを得るために自分を傷つけてまでその苦しみを想像してみた。だというのに、まったく怖くない。


 それどころかこうしているあいだにもどんどん自分が価値を感じられる宝が寿命に近付いているという事実のほうが、よほど恐ろしい。

 自分の知らないところで自分が美しいと思える宝がこうしているあいだにも一つ一つ消えて行っているという妄想の方が、よほど背筋を寒くさせ、呼吸を困難にさせ、吐き気を覚えさせるのだ。


 だから少女は、これからの人生を『宝の管理人』として費やすことに決めた。


 そして、わずかに残った『少女としての自分』に別れを告げるために、一つだけ、儀式をした。


 それは死した母を地面に埋めるという儀式だ。


 分厚い雪を掘り起こして、どんどん雪が積もっていくのに追いつかれないように土を掘り進める。

 そうして苦労してあけた浅い穴に、やせ細って亡くなった母を埋める。


 埋めたあとに土をかぶせて…………


 どうしていいか、わからなかった。


 だから、母に別れのあいさつだけすることにした。


「ごめんね。痛みとか、罪悪感とか、幸せとか、つらさとか……そういうものが、最後までよくわからなかったよ。母さんが一生懸命にあたしに夢を見せてくれようとしてたのは理解してたんだけど、そんなものはどうでもよくて、ただ、夢を語る母さんの目がキラキラしてて綺麗だなって、そういうことしか思えなかった」


 彼女は、その言葉を最後に母のことを忘れた。

 そしてそれまでの名をいっしょにそこに捨てていくことにした。母が『人並みの夢に憧れる少女』を夢見てつけた名前は、自分にとっては、なんだか座りの悪い、気色悪い異物でしかなかったからだ。


 それからしばらく少女は名無しで過ごしたのだが、とある大きな街で冒険者登録をするさいに名前が必要になってしまった。

 冒険者組織は身許確認をうるさくすることもなく、ほんの幼い子供だって入れるぐらいの場所だが、名無しというのは少々困る。


 そこで彼女は、たまたまギルドに来たさいに耳に入った名前を名乗ることにした。


「オデット」


 その日から彼女はオデットになった。

 名前にはなんの感慨もないが、呼ばれればすぐに返事ができるようには気遣った。

 にこにこしながら朗らかにまじめに仕事をこなす彼女はすぐに人気者になった。……それは彼女の斥候としての腕のよさと人当たりのよさ、そして……


『人』というものをどこか外側から見ているがゆえの視点から出る意見のお陰だった、のかもしれない。


 彼女は自分にとってなにが『価値』を持つのか整理を続け、価値あるものの情報、そのものの蒐集も続けた。

 価値ある宝は壊れるとか死ぬとかいう以外にも価値を失う場合があって、そんな時には、その宝が売れるものであれば売ってお金にして……配ることにした。

 金銭が宝の蒐集に役立つことは理解していたが、金銭の出所を聞かれるリスクと、金銭でしか得られないものの数とを考えてみて、『盗めばいいし、お金はいらない』という結論になったのだ。


 どうにも彼女が価値を感じるのは、『執着』のようだというのが、近年整理された事実だった。


 執着する者は美しい。その執着を向けられるものはもっと美しい。

 たくさんの人から、たくさんの異常な執着を向けられるなんていうものがあれば、それはそれは、とてもとても美しいものだろう──


 ……彼女はある日、とある公爵令嬢がとてつもない『執着』を向けるものを発見することになる。


 それがのちに『精霊王』と呼ばれる彼を知った時のこと。

 終生価値を落とすことのない、あまりにも多くから非現実的な執着を向けられ続けた最高の宝との出会いを、彼女はそうして果たすことになるのだった。

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