第100話 その手記の名は
最終話
時代は精霊王の手記が発見された後世(あらすじの時制)になります
「この手記は、祖先が、精霊王国初の国王選挙のさいに拾ったものだそうです」
美しい女性は手記の来歴についてそう語った。
いくらか抜けていると思しき部分、それに紙の端々に残る焦げたようなあとはそれが由来なのだろう。
しかし、それにしてもあまりに保存状態がいい。特に装丁など、しっとりとしたぬくもりさえ感じるほどだ。
「美しいでしょう? その装丁は、祖先の手によるものだそうですよ。精霊王の手記を守ろうという強い念を込めたとか。きっと、魔術による品なのでしょう」
「精霊王というのは、本当に当時の人々に愛されていたのですね」
「しかし、祖先は特別でした。同封されていた手紙によれば、なんでも、精霊王と秘密の関係だったのだとか。その血筋の最先端にいるのが、わたくしということになりますね」
そう述べる女性は朗らかに笑っていた。
私も笑顔で返す。精霊王は手記の中で本人も嘆いていたように『好色な王』としての側面を持っている。その子種は広く、さまざまな種族にまかれたという話もあった。
なので『精霊王の血筋』を名乗る者は本当に多い。記録を紐解けば、第二回の国王選挙の時などは、すでに候補者の過半数が『精霊王の子』を名乗っていたようだ。
精霊王自身がそのことに言及したという記録はない。
第二回選挙の時にすでに没していたのではないか、とも言われている。
彼はその生没年に不明瞭なところがあり、子爵家の出だというのも、この手記以外では見られないぐらいだ。
私は、さまざまな『精霊王の遺物』を管理する立場にある。
雪の領域にあるこの国が、長く続いた寒さと雪の脅威を克服して、もう三百年ほどが経つ。
食糧事情は改善し、貿易もさかんになった。
人々は領域の端の端まで餓えることがなくなり、厳しい寒さは人の命をそれほどは奪わなくなる。
石造りの建物は寒さを家の中に入れないようになり、導器による暖房器具は稼ぎにとぼしい私のような者でさえも手が届く品となっている。
そして、精霊王の偉業は歴史の教科書に記されるのみとなった。
私は国費によって運営されるこの博物館の館長という立場をいただいてはいるが、ここはどちらかと言えば『人々が興味のあるものを展示する興行』というよりも、『歴史保存』の側面の強い施設だ。
今は豊かなこの国だから最低限の管理人を置き、いくらかの職員を雇う余裕もあるが、いつかまた国が貧しくなれば、かえりみられなくなる『生存に直接必要ではない施設』にしかすぎない。
来賓のお越しも想定されていないこの場所では、重要な歴史的資料かもしれないものを持ってきてくださったお客様を、職員控室の粗末な椅子にかけさせ、休憩中に飲む用の粗茶をお出しするしかない有様だ。
閑職であるのは認める。
しかし、私は誇りをもっている。かの王の人生を研究し、惹かれたのだ。かの王の存命時にはいったいどれほどの人が、私以上にかの王に惹かれ、熱狂したのだろう? それを偲ばせる品は多くあれど、当時の熱のすべてが今この時代に残っているとは、とても言い難い。
この手記の中には確かに、その時代があった。
「……これはまだ、成分分析などを経ていないので雑感ではありますが、きっと、本物の精霊王の手記なのだと思います」
「まあ……」
「けれど、これをなぜ私に? 我が博物館では、満足な謝礼をお支払いすることも難しい。これほどの歴史的重要物に対し、我々はいくらこの身を絞っても充分にお礼をすることができないのです」
すると美しい女性は言葉を探すように黙り込んだ。
金髪の女性だ。その瞳はどことなく赤みがかった茶色で、気の強そうなかたちに見えた。
一方で口元などはのほほんとして世間知らずなお嬢様めいた印象があり、顔全体を見れば童女のような不可思議なバランスなのだ。
けれど、美しい。
数々の不可思議な要素を持ち、それらはともすれば欠点として造作を損ねそうなのに、彼女は紛れもなく美しかった。
それこそ精霊王の子孫という話も信じてしまえるぐらいに……
美女は悩ましげに伏せていた顔を上げると、微笑んだ。
「わたくしは無学なものですから、その手記の本当の価値がわからないのです。であれば、これはきっと、価値のわかるかたの手許にあるべきだと、そう感じたのが一つ。ほかには……」
「……」
「わたくし、このたび結婚をすることになりまして」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます。……そこで家を引き払う際に、その手記が出てきたのです。厳重に箱に入り、中には先祖のものと思える手紙もありました。先祖は精霊王が『真実の愛』を捧げた女性であり、火中にあったこの手記を導かれるように拾い上げたので、これを守るためにその手で装丁したのだと。これは誰にも渡せぬ家宝なのだと、そのように」
「でしたら……」
「その情念の強さはたしかに、手記のみずみずしさを見ても、なみなみならぬものだったとわかります。だからこそ、おそろしいのです」
「おそろしい?」
「はい。先祖とはいえ、知らない女性ですから。知らない女性から、知らない男性への並々ならぬ想いがこもった品物というのは、なんと言いますか……」
言葉を濁したが、私は「なるほど」とうなずいた。
確かにそれは、ちょっと、こわい。
知らない人から知らない人への重い想いなど、呪いでもこもっていそうな感じがする。
愛というのは、他人から見れば、呪いなのだ。
「……ですので、この博物館の末席に加えていただければと思いまして。謝礼はいりません。引き取ってくだされば、それで」
「実際に展示できるかは厳重な調査のあととなりますが……それでも、私は個人的にでも、謝礼を差し上げたい。これはきっと、貴重な資料となると、私の博物館員としてのカンが訴えてくるのです」
「でしたら、わたくしと彼の結婚に、花束でも贈ってください」
「喜んで。大輪の花を捧げましょう」
女性はほころぶつぼみのように笑って、それから歓談のあとに去って行った。
手記が収まっていた箱ごとさらに大きな箱におさめつつ、私はしばし、思い悩む。
精霊王。
現代文明の父にして、愛多き人。天に愛された者。魔族やエルフ、マーメイドなどの種族を再び表舞台に立たせた立役者。
そういった異種族の力なくして現在の世界はなかった。彼本人がどう思っていたとしても、彼の行いはたしかに、現代文明を形成する結果をもたらしたのだ。
私はこの手記のタイトルをいまだに悩んでいる。
手記を収めた箱には仮名をつけるべき記入欄がある。調査をするためにも、仮のタイトルは必要だ。
この手記をどういった名前で呼び表すか……名前というのは、重要だ。おそらく、精霊王の実名が広まっていたならば、彼はその神格をわずかなりとも落としていただろう。
名づけという行為に私は重要な意味を見出している。だからこそ、悩むのだ。まさか『クズとヤンデレの建国記』などと、頭によぎってしまったままに名をつけるわけにもいくまい……
ならば、この手記を、こう呼ぼう。
これは呪いの話である。
だからこそ、これは、愛の話でもある。
「『精霊王の愛した時代記』」
……詩的すぎたかなと思う。まあ、このような名でそのまま展示されることはない。あくまでも、これは、仮題なのだ。
いつか消える名だと思えば、どうつけても構うまい。
私はそう感じたのだ。誰かがきっと反対意見を出し、そうしてあとに残るのは経緯ではなく結論だけ。
我々は歴史がそういうものであることをとっくに学んでいる。
……じき、新しい国王選挙が行われる。
それを前に精霊王の手記が発見されたのは、なにかメッセージめいたものを感じてしまう。
私はそのメッセージを受けて……
今日は帰りに精霊くじでも買って帰ろうと思った。
これにて「クズとヤンデレの建国記(仮)」改め「精霊王の愛した時代記」は完結です
ここまでありがとうございました!




