第99話 精霊王
海の領域の精霊国統治を委任するため、例の人魚のミズハを妻として迎えることがいつの間にか決まっておりました。
これについて私はいまだにくわしい流れを知らず、お得意の『のちにわかったことを加味して考えると』というものさえ、語れない状態でいます。
また、それは南東にある森の精霊国の成立経緯や、そこにいたエルフ種のエリンが妻となった経緯も合わせて、何一つ語ることができないのです。
この二国にかんしては本当に『いつのまにかできていて、そして急に私の妻となることが決まった女性が現れた』という印象なのでした。
くわしく事情を聞いていけば、ミズハの嫁入りにかんしてはシンシアが窓口になっており、エリンにかんしてはデボラのほうから持ちかけられた話ということで、なんらかの力学が働いたのだろうなというのはわかるのです。
けれど、私は相変わらずこんな調子で、与えられたものを断るのも申し訳なく、妻たちが私にすすめるならば、それは彼女たちにとっての善行であり、成すべき当然のことであり、また、精霊王としての自然な行いなのであろうから、私などが判断し、反対意見を唱えてみるというのは、『本当に自分ごときに、そんなふうに偉そうなことを言う資格があるのか?』という重苦しい自問にすっかり圧殺されてしまうできごとなのでした。
もう少しだけ時が経てばきっと私のもとにも情報が降りて、解説があたうのかもしれません。
あるいは、それは『のぼって』と表現すべきなのかもしれませんけれど、私のもとに来る情報はいつでも下げ渡しの下げ渡しというような、鮮度の低いものなのです。私の側近たちは『精霊王』が最初からすべてを知っているから報告の必要はないと思っているのかもしれません。
そうこうしてちょっとよくわからないペースで妻が一気に二人増え、妻という身分ではないものの相談役としてデボラが正式に精霊王国に所属しました。
こうしてついに記すべき過去が消え去り、私の目の前にはいよいよ現在がはっきりと色濃く立ち塞がるのみになったのです。
このごろの私は相変わらず王宮におりますが、もはや政務の最重要箇所たる玉璽をつく仕事さえもなく、日がな一日、ほとんどの時間を見晴らしのいい自室から、街を見下ろしてすごしております。
というのも、投票によって王を決定せしめることがいよいよ公式に発布され、それが決定事項となった結果、『強烈な権限を持つ王に最終意思決定を任せる政治形態』というものが不適格とされ、新しい政治のかたちが模索されているのです。
王がもしも不適格であった場合、また投票を行なっている王の不在時期などでも国政が滞らないように、各分野の最終決定権は、各分野の大臣が行い、それを宰相府が検閲するというかたちに変化していっているのです。
私などは国民に選ばれた王に力を持たせてしまったほうが楽でいいと思うぐらいなのですけれど、たしかに私のような王が『愛されて』権力を握ってしまい、その王が間違った方向に突き進む熱意を持っていたら大変なので、『なるほど、賢い人たちはよくよく失敗から学べるものなのだな』というように思っております。
この手記をいつまで書き続けるのかはいまだに迷っています。幾度も重ねて記した通り、私には決断の能力がないのです。自分で始めたことの終わりを決定できないのです。
いえ、むしろ、自分で始めたことの終わりを決められないからこその人生だったとさえ、言えるのではないでしょうか?
選挙の様子はなんとなく聞きおよんでいますが、特に誰かを応援するつもりもない私は、やはり無関係なような顔をしつつ、情勢を乱さないようにこうして部屋にいて、手記を認めることしかできないのです。
認めることは、認めることだと考えています。
責任の所在、失敗の理由、その時々の心情などを、認めること。
私は『己の意思』というものがとぼしいものですから、きっと、こうして己のしたことを認めない限りは、人の語るように、自分が英雄的な王なのだと、勘違いしてしまうかもしれません。
ですから私は、認めるのです。王として暴走しないように。この身にあるのは過ぎたる権力であり、私の人生は私の手の及ぶものではなかったのだと、認めるのです。
この手記は灰になります。
しかし、この手記を認めたことだけは、生涯、覚えておくつもりでいます。
最近の精霊王国はめっきり冷え込み、また厳しい寒さと雪が地表をすっかり覆ってしまいそうです。
けれど我らの開発した導器は重苦しい雪を溶かし、周囲に暖かさを発し、民はやることの少ないこの時期に、次なる王を決めるための選挙が行われるということで、はしゃぎ、さわぎ、祭りなども催しています。
あの、イモと塩と魚しかなく、食べるのにも困るような貧しかった国が、これほど豊かになった。
もちろんそれは目に見える範囲だけであり、国の東西にはかつて発布した『私財法』によって土地を開きつつ、まだ国家の援助が間に合っていない土地もありますし、そういった土地へのサポートをはじめとした問題は、『どこかで飢えている民がいる』という事実となって、私の心を重苦しくします。
食糧と雪の問題はいまだにつきまとい、精霊王国はまだ安定したとは言えない状態なのでしょう。
これから先もなにがしかの混乱があるのかもしれません。けれど、私はいよいよ覚悟をもって、この手記をここで終えようと思います。
選挙の当日には大きな焚き火がたかれ、その周りで人々が踊るのです。私の『真実』は、その火にくべるつもりなのでした。
真実のまわりでなにも知らない人々が踊り狂うという趣向は、いかにも私の半生を暗示しているようで、なんだか滑稽さのあまり、笑いさえこみあげてくるほどなのです。
昨今に起こっているもっとも大きな事件は、エリザベートと魔術塔の主張が真っ向から食い違い、国民にまで『魔術脱却』と『それはけしからん』という論争が起こっていることでしょう。
そのために選挙はエリザベートと魔術塔のデボラが票を増やし始め、当選確実と言われていたシュジャーに追いつこうとしているというところですが、はたして、どうなるか。
もはや私は、他人事のようなつもりでいます。
いえ、最初から、私の人生は、私のものではなかったのかもしれません。
けれど私は『精霊王』の行いに対して、可能な限りの責任をとるつもりでいます。
私は責任をとることが大嫌いな身の上ではありますが、最近はもう、子らの世代に大きな問題を残さないようにということであれば、いくらでもやる気がわいてくるような、そういう気持ちでいるのです。
とはいえ私にできることはあまりにも少なく、こうして手記をしたためる余裕さえあるほどなのですが……
ああ、未練がましい。
焼き捨てると決めたとたんに筆を止めるのがあまりにも惜しまれます。
この人生について他人事のようだと評しておきながら、私はこの人生で得たものをなに一つ捨てる気になれないのです。
もしかすると……
私は、幸福だったのでしょうか?
第三者的にではなく、主観的に、捨てたいものと同じぐらい、捨てたくないものがあるこの人生は、幸福だったのか。
結論が出るのはきっと、末期のことになるのでしょう。
これは私の真実を認めた手記でした。
喜劇が悲劇か、歴史か私小説か。それさえも定まらぬまま記し続けた散文も、かなりの量になってしまいました。
新しい妻たちとのあいだには、新しい子が生まれました。
私の人生を総括した時に、それが幸福なものか、不幸なものかは、いまだにわかりません。けれど、私はたった一つだけ、確信していることがあるのでした。
『幸福』というものは、小さな体にぷくぷくした手足が生えた姿をしているのです。
きっと私はこれからも言い訳を重ね、逃れ続けるのでしょう。
なにもかもを決断できないまま、先延ばしにし続けるのだと思います。
しかし私は『幸福』の姿を知っているのです。この『幸福』を守るために活動する時だけ、常ならぬ勇気がわいてくるのです。
そう考えてみれば、たくさんの『幸福』が安寧の中で過ごせる世の中を作るというのは、すべての人類の至上命題のように思えてきます。それは、私でさえもが、逃れることが許されないと思える、人として追い求めるべきものに感じるのです。
私は『精霊王』と呼ばれました。きっと、これから先も多くの人にそのように呼ばれ、いわゆる私ではない『私』を求められ続けることになるのでしょう。
けれどそれが生まれてくる、あるいはすでに生まれている『幸福』たちのためになるのであれば、そう悪いことではないような気もしているのです。




