016 入部編①
特別な人間と一口で言っても、いくつか種類がある。
ひとつは努力した結果、特別になった人。プロのスポーツ選手なんかがそうだ。
世間一般で特別と呼ばれる人たちの大半がこれに当てはまるだろう。
次に意図せず運や偶然によって特別になってしまった人。
これは街を歩いていたらスカウトされて成り行きでアイドルになってしまった広納桃子が当てはまる。
桃子は臆病で内にこもりがちな性格を変えるために一念発起して、東京の高校に進学をすることを決意。
無事合格し、意気揚々と上京したら案の定迷子になった。
上京したばかりのため頼る相手もおらず、絶望を味わっていたところで声をかけられた。
普通の状態だったら断るところだったが、上京していきなり芸能事務所からスカウトされたことにひたすら混乱したのと、かなり参っていたため誘いをはねのける元気がなく、気がつけばその手を取っていた。
あれからおよそ三週間。桃子は今もアイドルとして活動している。
しかもそれなりに人気のあるアイドルグループに所属していて、時たまテレビ番組に出演することだってある。
ただ、どうしてこんなことになってしまったのか桃子は分かっていない。
気がついたら芸能人になっており、トントン拍子で今のアイドルグループに入ることが決定した。
今は訳も分からぬまま、何故自分が……と内心涙目になりながら日々を過ごしている。
そんな桃子も、学校では普通の女子高生……ではなかった。
身バレしたくなかったのと、元来の根暗な性格が原因で高校デビューに失敗した。
結果、普段は華やかなアイドルは日常生活ではただのボッチと化していた。
(ああ、もうこのまま一生机に顔を伏せていたい)
ぼっちの秘技、寝たフリだ。
寝たフリなので寝れないのが辛い。
レッスンがあるので疲れて本当に眠れるんじゃないかと期待したが、プロデューサーがアイドル達の管理能力にとても優れており、翌日に疲れを残さないようなスケジュールを組んでくれる。
また、桃子はどんなに遅くても十時には寝るようにしているので、眠気が次の日に一切残らないというのもある。
結果、日中は目を閉じても全く眠れない桃子であった。
あと学校で寝ちゃ駄目!という意識も居眠りを阻止している。
何もせず目を閉じて時が経つのを待つだけだと、時間の経過が長く感じるものだ。
しかしこのクラスにおいてはその心配は杞憂だった。
なにせこのクラスには努力して特別になったわけでも、桃子のように成り行きで特別になったわけでもない、生まれつき特別な人達がいるからだ。
「そういえばアカリンとタカヤンは部活入らないの?」
「確かにふたりともまだカラオケで部活決まってないって言ってたな。入ろうとは考えてるのか?」
「うーん、入ってみたいとは思うんだけど、これといってやってみたいって感じるのもなくて……。あとちょっと勇気が足りなくて躊躇してる」
「私もご主人様と同じ理由でまだ決めかねてます」
友人二人の疑問に生まれつき特別な人達――貴明と朱莉が答える。
先週まで貴明は友人の亮二とつるんでいたが、週明けの今日から突然朱莉と彼女の友だちも交えて会話するようになっていた。
会話から察するに、休日に五人で遊んで仲良くなったというところだろう。
これは想像だが、男子と女子はそれぞれ別々で遊んでいたのに、貴明と朱莉が磁石のように彼等を引き寄せあって、五人で親交深める結果になったんじゃないだろうか。
「やりたいことが決まってなくても、何事もまずは体験してみるのがいいんじゃないかな」
「ユミユミの言う通り! だから二人とも陸上部に体験においでよ!」
「最初から誘う気でこの話題を振りやがったな……。だったら俺だって! 料理部に一回来てみてくれよ。気の許せる男友達がいたら女子空間の中でもやりやすいし。谷沢が来てくれたら個人的に嬉しいし!」
よほど仲が深まったのだろう。
亮二があの朱莉に対してさん付けをやめて名字で呼んでいる。
これがリア充の距離の詰め方……。
桃子は暗闇の中で戦慄を覚えた。
「だってさ。どうする、朱莉」
「ご主人様はやりたそうですね」
「まあ、折角だしな。知り合いがいるなら心強い」
「でしたらご主人様はやりたいようにやるべきです」
「朱莉は部活入らないのか?」
「入りたい気持ちがないといえば嘘になりますが……。ただ部活に入ってしまうと――」
「家事をする時間が減るってか?」
「な、何故私の考えていることを」
「そりゃまあ長年の付き合いだから分かるさ。いいか、一旦メイドらしいことは脇に置いておこう。掃除や洗濯は別に毎日やらなくても、週末にまとめてやることだってできる。後回しできることのために、今できることを諦める必要はないんだよ」
「私のことはともかく、ご主人様のご飯のご用意が……」
「前に朱莉に甘えちゃってるって言っただろ? それから脱却するいいチャンスだ。どうしてもと言うなら、部活が休みの日だけでも作ってくれればいいから」
「正直なことをいうと、それは許容できません。ご主人様は前々から自炊する、と仰っていますが、しっかり自炊するのは最初だけで途中からめんどくさくなって、コンビニ弁当で済ましてしまう未来が見えます。ご主人様にそんな食生活を送らせるわけにはいきません!」
「……俺ってそんな信用ないか?」
「動画を見ながらポテトやピザをつまみつつコーラを飲んでみたい、という欲があったりしませんか?」
「ぐ……」
「大方何かの漫画を読んで影響を受けたのでしょう。そんな自堕落な生活に憧れているご主人様をメイドである私が止めないとお思いでも?」
「一生に一度くらいなら……」
「駄目です! 一度許したらズルズルと引きずってまた同じ過ちを起こしてしまいますから」
「そんな……俺の夢が……」
「何も禁止しているわけじゃありませんよ。ご主人様が独断でやっては駄目、と言っているんです。今度、私と一緒にその夢を叶えましょう。大丈夫です。私がご主人様を誤った道に進まないよう見張っていますから」
桃子が寝たフリをしていても飽きない理由はこの夫婦漫才にある。
聞いているだけで胸焼けがしてくるぐらい甘々だ。
こんなラブコメのようなイチャイチャを聞けるチャンスは滅多にない。
存分に堪能させてもらおう。
「はいはい、そろそろいいかな。それで二人とも結局どうするの?」
「おっと、悪い悪い。なら厚意に甘えて体験入部させてもらうかな。とりあえず陸上部と料理部に誘ってもらった順番で」
「わ、私は」
「朱莉も強制。これ命令な」
「……普段は普通の高校生男女らしくあることって言ってるのに、こういう時だけご主人様として命じるのはずるくないですか」
「ならついでに、ご主人様呼び禁止で」
「それは何が何でも譲れませんっ!」
「やっぱその信念は俺にもよくわからないな……」
貴明が苦笑している姿が思い浮かんだ。
そうこうしている内に、昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。
各々の徒党を組んでいたクラスメイト達が自分の席に戻っていく音が聞こえる。
桃子もそろそろ顔を上げよう、と考えたところで貴明の席付近から声が聞こえてきた。
「話聞こえちゃったんだけど。太神、部活入るの?」
貴明に話しかけているのは彼の隣の席に座る綾坂美佐だ。
確か副生徒会長の妹だったと桃子は記憶している。
「まだ入るとは決めてないよ。とりあえず体験してみようってところ」
「ふーん。だったら新聞部なんてどう」
「新聞部? ……そういえば部活紹介のパンフレットの一番最後のページに小さく書いてあったな。綾坂さんは新聞部なのか」
「そうだけど、ただ……。ううん。やっぱり何でもない。気になるようだったら来て」
「? ああ、分かった」
そこで二人の会話は途切れ、同時に次の授業の教師が入ってくる音が聞こえた。
今度こそ桃子は顔を上げる。
斜め前に座る生まれつき特別な少年をチラリと見ながら。




