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015 友だちと過ごす初めての休日編⑥

 友人達と一日遊び倒したあとの帰り道。

 最寄り駅から家までの道のりはだんだんと沈み行く夕日に照らされていた。


「獅子奮迅の活躍でしたね、ご主人様」


 貴明の隣を歩く朱莉の歩幅に合わせて帰路を辿る。

 弓枝と奈月はここから数駅離れたところに住んでおり、亮二は最寄りは同じでも反対方面に住んでいるらしく、駅で解散となった。

 

「そんな大したことはしてないけど」


「いえいえ、そんなことないですよ!」


 メイド服姿のキャラクターのフィギュアを入れた袋を手に持ちながら、大きいけれど可愛らしいぬいぐるみを両手で抱え込みながら朱莉が強く主張する。


 フィギュアは言わずもがな、大きめのぬいぐるみを取ったのも貴明だ。

 フィギュアのときと違って、騒がず静かに可愛いなあ……と景品を見ながら呟いたのが聞こえたので、一念発起して獲得したのだった。


 とはいえ中々の大きさであるし、いざ持ってみると意外と重い。

 なので家まで持とうかと提案したのだが、


「これはご主人様から頂いたものですから、できる限り手放したくないんです」


 と甘えるように言われてしまったら強く言い返すこともできなかった。


「カラオケでは順番なんていいからもっと歌ってくれとせがまれ、ボーリングでは二ゲーム目から熱い視線を浴び、ゲームセンターでは皆さんに引っ張りだこにされて、挙げ句には遊びに来ていた小さなお子さんとその親御さんに頼まれて子供に人気のぬいぐるみを取ってあげる。……これで大したことないなんて言えると思いますか」


「俺としては本当に大したことをしたつもりはないんだけどな。それに注目を浴びてたのは俺だけじゃないし……」


 それは貴明とは正反対のベクトルで大したことをしていた朱莉である。


 カラオケでは歌おうとすると皆が慌てたようにデュエット曲を薦めて必ずペアで歌い、ボーリングでは周りが投じられたボールの行く先を案じ、ゲームセンターでは色んな筐体で見せたことのない挙動(バグ)を発生させて店員が彼女の一挙一動に注目していた。

 

 ここまで来るともはや才能だ。

 朱莉はIT業界でデバッガーとして働いたら大活躍するに違いない。


 ただ、朱莉に注目が集まったのは彼女の行動の結果だけではないのも確かだ。

 一言で言ってしまえばその可憐な見た目――芸能人ですら霞んでしまうほどの美貌に多くの人間の視線を吸い寄せていた。男性女性にかかわらずだ。


 中には朱莉に近づいて話しかけようとしてきた男達が何組かいたが、それらは睨んで圧力を出すことで撤退させた。


 もし彼等がこちらの警告を無視して朱莉に話しかけようものなら、手を出してしまったかもしれない。

 平和的解決ができて本当によかった。


 ……と、こんな風に実は裏で静かな駆け引きがあったのだが、朱莉に言うつもりはない。

 だって、異性の目線を集めてしまうことに嫌気が差してしまうなんて、それは――。


「ご主人様が活躍する姿は私としても誇らしいんですけど……あまりやりすぎないでくださいね」


 先ほどまでの明るい声音から、ちょっぴりトーンを下げて朱莉が言う。


「駄目なところでもあったか?」


「ご主人様に落ち度はありません。悪いのは周りです。ご主人様が成果を出すたびに熱を帯びた視線が増えていってですね……。カラオケでもご主人様の歌を聞こうと外から部屋を見てくる方がいましたし、ボーリング場なんかでは、大学生ぐらいの女性グループがご主人様のことを見て黄色い声でを上げていましたよ」


「え」


「ゲームセンターではご主人様が一人で歩いているところを狙って実際に声をかけようとする女性グループの方もいました。中には『あの子……逸材よ!絶対に確保しなさい!』と女性の服を着た男性の方もいて、危うく戦闘になりそうでした」


 一番の衝撃はやはり最後だろうか。

 戦闘になっていた場合、どうなっていたんだろう。


「私はメイドとして、どこともしれない悪い虫からご主人様を守る必要があります。これは譲れません。それに――」


 朱莉は何故か顔を少し赤らめて、


「…………他の女性がご主人様のことを見ていると思うと、少し嫉妬しちゃいますから」


 朱莉は両手に抱えたぬいぐるみをギュッと力を入れて抱え直す。

 その思わぬ言葉に貴明は戸惑いを覚える。


「あ、ああ、ごめん。善処するよ……」


 なんとなくバツが悪くなって朱莉の方を見ることができない。

 少しの間、沈黙が続く。


「……なあ、今日は楽しかったか?」


「楽しかったですけど、またどうしてそんなことを聞くんですか」


「いやほら、俺もそうだけど、朱莉だって中学は友達と遊ぶ時間ほとんどなかっただろ? だから……なんていうのかな、朱莉にも楽しんでほしいって思いがあってさ」


「ご主人様はお優しいですね。先程も回答した通り、私は楽しかったですよ。ご主人様はどうでしたか」


「俺も楽しかったよ。今日みたいにまた皆で楽しめたらいいな」


「……仮定のお話ではありませんよ」


 朱莉は貴明の前に躍り出る。

 落ちてきた夕焼けがちょうど彼女の顔を照らす。


「楽しめたらではなく、楽しみましょう。これから、私とご主人様と……それと皆で!」


 夕陽に照らされた朱莉の笑顔はとてもまぶしくて。

 ずっと見続けてきたはずなのに、今この時はいつも傍にいる幼馴染でもなく、メイドでもなく、学生生活を楽しむ一人の女性として貴明の目に映った。

 

 その瞬間に感じた衝動が何なのかは分からない。

 しかし感じたことのない感情が湧いて、思わず彼女に目が釘付けになる。


「ご主人様、どうかしましたか?」


 何事もなかったかのように朱莉が顔を覗き込んでくる。

 いつもなら「何でも無いよ。それよりも朱莉の言った通り、皆で楽しもうな」などと言葉を返すだろう。


 けどこのときばかりはその当たり前の返答が頭に浮かばず、代わりに言うまいとしていた気持ちが声に出てしまう。


「朱莉、あまりその笑顔を他の男に見せるなよ」


「ど、どこか変なところでもありましたか?」


「いや、違う。他の男がその笑顔を見ると思うと――少し嫉妬しちまうから」


「……へ? えっと、それはその……ぜ、善処します……」


 またもやバツが悪くなって顔を見合わせることができなくなる。

 彼女も同じようで、明後日の方向を向いている。


 こうなると分かっていたから、言わないようにしていたのに。

 でもまあ、朱莉も同じようなことをしてきたから仕返しだ。


 この後、二人にしては珍しく言葉少なめで帰宅の道に着いたのだった。



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