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014 友だちと過ごす初めての休日編⑤

 どんなに長いこと共に歩んできたとしても、その全てを知ることはできない。

 むしろ近ければ近いほど見えにくくなるものがあると思う。

 

 それは物理的なこともそうだし、例えば一生をかけて学んだことだってそう。

 当然人間だってその一部だ。


 貴明は今、そのことを強く実感していた。

 何故なら、


「見てくださいご主人様! 一本倒せましたよ!」

「…………ああ」


 四十投目にして、初めてボウリングのピンを一本倒せたことの喜びから年相応の少女らしくはしゃぐ朱莉。

 彼女こそが貴明に悟りを開かせることになった要因である。


「いやあ、カラオケの時はまさかと思ったけどアカリンって意外と――」

「立松さん、その後に続く言葉は言わないでほしいな。無粋だから」


 カラオケを終えた後、今度はボウリングをしよう、という話になり、気がつけば二ゲーム目の終盤。

 貴明は八割方ストライクを叩き出して余裕の一位。次点で運動能力の高さを見せつけた奈月が二位。女子らしく可愛い投げ方をしながらも無難にスコアを稼いだ弓枝が三位。カーブなどの練習をしてたせいか、いまいちスコアを伸ばせなかった亮二が四位。

 そして、最後の一投以外すべてガーターを叩き出した朱莉がぶっちぎりの最下位だった。

 三十九回の失敗を経て、朱莉はようやく一歩成長したのだった。


「この調子でゲームを続ければ二本倒せるようになるはず!」

「朱莉、テンション上がってるところ悪いけど、これで終わりだよ」

「あ、そうなの? 残念……。でもすごい楽しかった」

「あれだけガーターを連発しといて楽しいって言えるあたり、谷沢さんは大物だな」


 マイナスな方面に振り切って凄い結果を出す朱莉に、友達の二人が話しかけていた。


「投げるときのフォームは綺麗なのにね。どうしてボールが斜めに飛んでいくんだろ」


 奈月の疑問はもっともである。

 ガーターの神様にでも愛されてるのではなかろうか、と貴明は本気で思う。


「まあいいや。次はゲームセンターだっけ? 行こうか」


 考えるのをやめて、次の遊び場所に誘導する。

 

「この騒々しさはやっぱりまだ慣れないな」


 ゲームセンターのフロアに降りてきた貴明は賑やかな雑音に向かって苦笑する。


「お、これ今流行ってるアニメのキャラじゃん」

「へえ~、こういうのが流行ってるんだ。可愛いね」

「ゲーセンのフィギュアも最近はクオリティ高くなったからな」


 アニメのキャラクターのフィギュアが取れるUFOキャッチャーを眺めながら朱莉と亮二が会話していた。


「っ! これは!」


 すると、何かを見つけた朱莉がある筐体に飛びついた。


「谷沢さんの知ってるキャラ?」

「知らないけど、このメイド服……可愛い!」


 どうやらメイド服を着たキャラクターのフィギュアに目をつけたらしい。

 キャラそのものではなく、メイド服に執着するあたり、メイド根性がよく染み付いている。


「プレイするにはここにお金を投入すればいいんだよね?」

「そうだけど、こういうのって慣れてないと取るの難しいぜ? 俺も前に挑戦したけど、普通に三千円ぐらい消費しちゃったし」

「大丈夫。こう見えてこれまで働いてきたお給金がたんまりあるので……いざ勝負!」

「このメイド、やっぱりお嬢様属性持ちじゃねえか……」


 亮二の呆れを他所に、朱莉がUFOキャッチャーのプレイを始める。

 それに気づいた弓枝や朱莉も周りに寄ってくる。


「な、なんで? やればやるほど奥に行っちゃう!」

「そういう時はあえて後ろを持ち上げて前に前にずらしていくんだ」

「そうしてるはずなのに、何故か奥に行っちゃって……」

「アカリン、話してないで集中! ほら、変な場所持っちゃったから……。二本の棒の間に斜めに刺さった。これもう駄目なやつ!」

「なんの、金ならいくらでも……!」

「朱莉、キャラが崩壊してるよ!」


 まさに阿鼻叫喚の図だった。

 流石に見かねて、間に割って入る。


「朱莉、代わりに一回やっていいか?」

「ご主人様? ええ、構いませんが……」


 目前の筐体の中にある景品は既に店員に位置を直してもらわないと再起不能なぐらい深みにハマっている。

 実際、ここから巻き返すのは困難だろう。

 しかし、


(左右のアームの強さは大体分かった。左の方が若干力が強い。左下から少しずつ掬い上げて、丁度いいタイミングで真下から持ち上げてやれば……)


 コインと投入し、頭の中でシミュレートしたとおりにアームを動かしていく。

 その動きはさながら手足を動かしているかのように繊細な動きだった。


 とはいえ一回ではやはり難しく、何度目かの挑戦の末、貴明は見事景品を獲得した。


「あの状況から立て直した……だと……」

「外からきちんと観察してたから、アームの強弱とか、動ける範囲が読めたんだ。それでほら、朱莉。欲しがってたフィギュアだ」

「いえ、でもこれはご主人様が取得したもので……」

「俺が朱莉のために欲しかったの。だから遠慮なく受け取れ」

「あ、ありがとうございます! 一生大事にしますね!」

「そんな大仰なプレゼントじゃないんだけどな。まあ、朱莉の物だし好きにしてくれ」


 やったあ、と喜びながら弓枝と奈月に朱莉はフィギュアを自慢する。

 女子友達の二人も良かったね、と笑顔で出迎えた。


「いやあ、しかし朱莉の意外な一面が見れてよかったよ」


 朱莉は身の回りのことを何でも完璧にこなしてきた。

 だから、どんなことでも難なくこなせるのだと、心の何処かで思っていたが……実際は違ったようだ。

 女子三人できゃっきゃうふふと騒ぐ清浄な空間を遠巻きに見つめながら貴明は呟く。


「ずっと超人だと思ってたんだけど……違ったんだな」

「言っておくが、それお前が言っていい言葉じゃねえから」

「え?」


 プロ並みの歌唱力を披露し、ボウリングではパーフェクトゲームに限りなく近いスコアを叩き出し、ゲームセンターでは観察眼のみでUFOキャッチャーの特性を掴む。

 その異常さに本人は気づかない。


 やはり、近すぎると見えるものも見えない、ということだろう。

 



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