013 友だちと過ごす初めての休日編④
「さあ、今度こそ歌うぞー!」
自己紹介を終えて、本来の目的であるカラオケがようやくスタートする。
先陣を切ったのはこの中で一番元気な奈月だ。
「この機械で歌いたい曲を選ぶの」
「便利だね。分厚い本から曲を探して、番号を入力するのかと思ってた」
「……朱莉って本当に現役の女子高生?」
奈月が歌う中、向かい側の席では弓枝が朱莉にカラオケのレクチャーをしていた。
「ほい、お次は貴明な」
隣で曲を選んでいた亮二が機械を渡してくる。
「サンキュー。こっから選べばいいんだな」
「ああ。使い方は分かるよな」
「初めてだけど、直感的なUIだし大丈夫」
「そっか。ちなみにどんな曲を歌うんだ?」
「それは……朱莉、さっき受付で流れてた曲って分かるか?」
「ええ。ご主人様がそうおっしゃると思って調べておきました。こういう曲だそうです」
朱莉がスマホのメモを見せてくる。
「助かる」
「普段聞いてる曲じゃなくて、さっき聞いたばかりの曲を歌うつもりか……?」
「おう。受付で流れてるくらいだし流行ってる曲なんだろ? だから歌えるようにしっかり聞いて覚えた」
「しっかりってお前……ほとんど会話してて聞く暇なかったじゃねえか。聖徳太子じゃあるまいしどんな耳してんだ」
そうこうしている内に奈月が歌い終わり、亮二にバトンタッチする。
「あの……変な画面が出てきたんだけど、これがなにか分かる?」
「え、何これ。朱莉どんな操作したの?」
「ん~どうした? げげ、画面がバグってるじゃん!」
奈月が合流した女子側の席ではわーきゃあと盛り上がりを見せている。
気になった貴明もそちらに向かう。
「何があった? ……あー、多分これ、システムモード起動させちゃってそこでまた変なことしたから予期せぬバグが出たんだな」
「ご、ご主人様分かるんですか? ぜひお助けを!」
「変に弄ると余計おかしくなりそうだし、素直に再起動するといいよ」
「電源を切るのってこのボタンですよね? …………。あ、本当だ。起動したら直りました。ありがとうございます、ご主人様」
「感謝されるほどのことでもないって。慣れてないようだから、曲が選ぶまで悪いけど見てやってくれる?」
「了解、タカヤン」
朱莉が騒動を起こした騒動が一段落したところで亮二が歌い終える。
「外野が気になってしっかり歌えなかった……」
「悪い悪い。次は静かにしてるからさ」
「それはそれで寂しいんだよなあ。ほれ、次は貴明の番だ。ちゃんと歌えるんだろうな」
「任せとけって」
亮二からマイクを渡される。
イントロが流れ始め、貴明は歌い始めた。
すると、外野の四人は各々の動きを止めて貴明の方に注目した。
全てがどうでもよくなるほどに、貴明の歌声に惹き込まれたからだった。
圧倒的な歌唱力の高さ、人を誘惑する声音、ひとつひとつのハマった動作――。
それらが組み合わさり、まるでプロの歌手がライブをしているようなパフォーマンスを披露していた。
最後まで注目を集めたまま、貴明は歌い終える。
「す、凄いなお前! ただでさえ耳コピ状態の曲をなんでそんなに自分のものにできてるんだ!?」
「人前で発言するときには通りのいい声で発声する必要がある。その発声の練習のためにボーカルレッスンが有効だっていうのが俺を教育してくれた人の理論で、その影響かな」
「こ、これが英才教育を受けてきた人間の実力」
ゴクリ、と亮二が唾を飲み込んだ。
良い声をだすだけなら自信があるが、それは上手い歌を歌えるのと同値ではない。
なので何故こんな感動されているんだろう、と思わざるを得なかった。
「確かに太神君の歌はすごかったね~。お次はみんな待望の朱莉の番だよ~」
「は、恥ずかしいからあまりプレッシャーをかけないで……」
曲の選別を終えた朱莉がいよいよ歌うらしい。
朱莉はマイクを持って、ちょっと恥ずかしがりながら歌い出す。
彼女の声はとてもかわいらしく、聞いてるだけで心地よい。
そんな彼女の歌声は、上手くなくても聞き入らせることができる歌声で――と誰もが思っていた。
カラオケ自体が初、つまりは朱莉の歌声を聞くのも初めてだから貴明も知らなかった。
彼女は……谷沢朱莉はとても音痴だった。
「ふう。最初は緊張したけど、歌ってみると気持ちいいね」
と、歌い終えた朱莉はごきげんだ。
しかし、貴明も含め朱莉の歌にみんな呆然としている。
「あれ、みんなどうかした?」
「いや、えーっと……」
亮二が感想を言おうとするも言いよどむ。
フォローしようにも言葉が浮かばないのだろう。
ならばここは――彼女の主人である自分の出番だ。
「悪くない歌だったな、朱莉」
「ありがとうございます。ご主人様の足元にも及ばないですが」
「俺には俺の、朱莉には朱莉の良さがあるから、一概には比べられないさ。ただ一言だけ言わせてもらうと、ムラが多いから練習したらもっと良くなると思うぞ」
「なるほど。参考になります」
「だから、まあ、その、今度二人で練習に行くか」
「ふ、二人でですか?」
「ああ。皆に良くなった歌声を聞かせてビックリさせよう」
貴明は衆人環視の中でさりげなくデートのお誘いを成立させる。
しかし友人達はそのことにあまり意を覚えていなかった。
彼らの心の中にはある一つの疑念が生まれており、そちらに意識が向いていたからだ。
あまり難しくないはずの機械をおかしくさせる。
普段の声からは想像もできないほどの音痴。
これらの事実から導かれること、それは。
――実は彼女って、結構ポンコツでは?
果たして真相やいかに。




