012 友だちと過ごす初めての休日編③
「よっし、早速歌うぞーっ!」
「気持ちはわかるけど、一旦大人しく座りなさい、奈月」
カラオケの個室に入ると、奈月がマイクを握りながら腕を天井に突き上げて立ち上がった。
はやる奈月を弓枝が止める。
「なんで止めるんだ」
「なんでじゃなくて。私達、同じクラスだけどあまり互いを知らないでしょ? だから始めに自己紹介して相手のことを知ってから仲を深めないと」
「え、でもユミユミのことは良く知ってるし、アカリンだってもう自己紹介が必要な仲じゃないし、太神のことだってアカリンから聞いてるじゃん。太神と一緒にいた男子は……同じクラスだし、いつか分かるっしょ!」
「俺だけ扱い酷くないか!? 他は必要なくても影の薄い俺だけでも自己紹介させて!」
「ほら、関田君だってああ言ってるんだし……。時間はたっぷりあるんだし、少しぐらい良いでしょ? それに私も関田君や……太神君のこともっと知りたいし」
奈月を説得する弓枝がチラッと貴明のほうを見てきたような気がした。
はて、何かあるのだろうか。
「しょうがないな~」
「はいはい、ありがとね。それじゃあ言い出しっぺの私から」
弓枝はコホン、と小さく咳払いをする。
それから他の四人を見渡しながら自己紹介を始める。
「私の名前は小巻弓枝です。趣味はドラマを見たり、ショッピングをすることかなあ。あ、あと最近流行りのタピオカも手を出してみました。美味しかったしまた行きたいな」
「ユミユミ、そのままだと脱線するよ」
「あ、ごめん。えっと、趣味は以上で、部活は陸上部に所属しています。あとは……奈月とは小学校からの幼馴染です。私の紹介はこれぐらいでいいかな」
さっきまで暴走していた奈月を制御していたのは件の弓枝だ。
しかし、弓枝の話が脱線しそうになるとすかさず奈月がフォローに入る。
俺と朱莉の関係に勝るとも劣らない関係だな、と貴明は思う。
「陸上部なのは意外だな。吹奏楽部とか、料理部とか、女子が入りそうな部活かと思ってた」
これは亮二の発言だ。
「中学では吹奏楽部だったんだけどね。別に強い思い入れがあったわけじゃないから。ただ、吹奏楽部って結構体育会系な部活でね。おかげで体力がついたんだけど、それに目を付けた奈月がその体力活かそうよって陸上部を薦めてきて、そのまま入部したんだ」
「ユミユミは長距離やってるんだけど、同じ競技やってる先輩からも注目されてる有望株なんだ。凄いだろ~?」
自分のことでもないのに、何故か奈月がドヤ顔を披露する。
「さっきから思ってたけど、そのユミユミってのは何だ?」
「お、いいところに注目したね太神! 私なりの愛情表現なんだ。いいでしょ!」
「あーっと、この子、親しい子には変なあだ名を付ける癖があってね……」
ということは、先程のアカリンは朱莉のことか。
初めてアカリンと呼ばれたとき、朱莉はとても困惑しただろう。容易に想像できた。
「それじゃあ、流れ的に次はアタシだね。アタシは立松奈月。趣味は……うーん、体を動かすこと? 部活はユミユミと同じく陸上部に所属してて短距離やってまーす。目指せインターハイ!」
奈月は目に火を点しながらガッツポーズをした。
「想像通りの人物すぎて逆にコメントに困るな……」
亮二が言葉通り、困った風に言う。
「アタシの魅力は短時間じゃ伝わらないからね。一緒に過ごしていく内にきっと分かるよ。……あれ、ごめん、あんたの名前なんだっけ……」
「俺って目立つほうじゃないとはいえ、影はそこまで薄くない自覚あるんだが!? 嫌がらせか!?」
「ごめんね、奈月はわざとやってるわけじゃないの。ただの素だから」
「余計たちが悪いわ! ええい、このまま大人しくしてられるか。次は俺の番だ!」
亮二は勢いよく立ち上がる。
「俺は関田亮二。趣味は動画を観ること。あと、ゲームとか漫画のサブカルチャーが好きだ。部活は料理部に入部した」
「関田君って料理部なんだ。ちょっとビックリ」
反応したのは朱莉だ。
若干照れながら亮二は答える。
「中学の頃は野球部だったんだけど、めちゃくちゃ厳しくて、高校では絶対入らねーって決めてたんだ。そんなに上手くもなかったしな。とはいえ帰宅部は寂しいし、色々考えて週一活動の料理部に入ったんだ」
料理部は女子部員ほとんどだから、女子と仲良くなれるチャンス、しかも最近は主夫力があるとモテるっていうだろ? 主夫力高めて己の価値を上げる。まさに一石二鳥だぜ。
……と、亮二の前では熱く語っていた。
彼の名誉のためにも、貴明は黙っておくことにした。
「なるほどねー。じゃあ、これからよろしく、リョウチン!」
「お、おお、それがあだ名か……。名前より文字数多くなってるけど」
「細かいことは気にしない!」
亮二が奈月に押されていた。
奈月のパワフルさはこの中でも随一だと感じる。
「さて、お次は谷沢さんかな」
「うん」
スッと朱莉が前に出る。
それだけで騒いでいた亮二と奈月が黙った。
場の空気が一斉に変わり、彼女に注目が集まる。
「私は谷沢朱莉といいます。趣味は……現在模索中です。部活もまだ決まってなくて……。短いけど私が語れるのはこれくらいかなあ」
えへへ、と困ったことを隠すように笑う。
その笑顔を友人達は見惚れたように見つめていた。
「じゃあ、俺から補足しとくか。知ってると思うけど、朱莉は小さい頃からの幼馴染で、俺の専属の使用人ってことになってる。谷沢家は代々うちの家系――太神家の使用人として仕えてくれてたんだ。朱莉もその流れを汲んで太神家のメイドになったんだ。俺専属になったのは……理由は正直分からない。年が近いからやりやすいだろうって親父の判断かも」
まあでも、と一度区切って、
「今のは前提の話。今は俺と同じく普通の女子高生。ってことで、俺が言うのもなんだが、仲良くしてやってくれ。頼む」
と頭を下げた。
「ご、ご主人様、そこまでする必要はありません」
「俺もそう思うけど、大事な友達だろ? 分かっていても、朱莉を案じる俺からしたら、こうするのが筋だと思って。……うん、そうだな、今のは朱莉の主人からのお願いってことでここはどうか一つ」
「……思っていたよりも、二人は良い関係なんだね」
微笑みながら言うのは弓枝だ。
「私、谷沢さん……ううん、朱莉のこと気に入ってるし、奈月もきっと同じ気持ち。だから安心して、太神君」
「おう」
弓枝の答えに、貴明はニカっと笑いを返した。
「さて、それじゃあラストは……太神君、どうぞ!」
「ああ」
貴明がみんなの前に立ち、その斜め後ろに朱莉が立った。
「では、ご紹介いたします。こちらはさる大企業のご子息である太神貴明様です。簡単な経歴を申しますと――」
「待て待て待て! なんで谷沢さんが貴明の紹介始めてるんだ!?」
「公式の場でしたらご自身が名乗りあげるべきです。しかしこうした場では、私から説明したほうがご主人様の魅力が伝わるというもの。何か問題でも?」
「問題しかねえよ! 貴明はこれでいいのか!?」
「いやあ、朱莉がアイコンタクトで私に任せてくださいって伝えてくるからつい甘えちゃって」
「アイコンタクトでもイチャイチャしてんのかお前らは!」
「アイコンタクトのどこがイチャイチャだ?」
「アイコンタクトが焦点なんじゃない! 二人のやり取り全てがイチャイチャなんだよ!」
「朱莉、どういうことか分かるか?」
「すみません、ご主人様。理解力が乏しいせいで私にもサッパリ……」
「そういうとこーっ!」
「関田君、気持ちは痛いほど分かる……! けど二人には何言っても通じないタイプのやつだと思うから。諦めて」
何故か興奮する亮二を、諦めの境地に達したような弓枝が宥めた。
「聞いてた通り……どころかそれ以上だな。面白いけどこのままだと話進まないし、タカヤンの口から自己紹介してよ」
「お、おう。……俺のあだ名はタカヤンか」
何となくやりきれない気持ちだけど、言われたとおり今度は自分で口を開く。
「なんかもう今更感あるけど、太神貴明です。趣味は……読書かな。部活は朱莉と同じくまだ決まってない。既に伝えていることではあるけど、いわゆる上流階級の世界で生きてきたから、普通の学生っていうのがイマイチ分からないんだ。だから、色々と教えてくれると助かる。これからよろしくな!」
ありきたりな内容だったが、よく通る声で不思議と人を惹きつける。
友人達も貴明の自己紹介に聞き入っていた。
「改めてよろしくな、貴明」
「こちらこそよろしく、太神君」
「よろしくな~、タカヤン」
と三者三様の返事が返ってくる。
貴明は満足気に席に座ろうとして――そこに目を輝かせた弓枝が質問を投げてきた。
「太神君には一つ聞きたいことがあって。前にちょっと朱莉には聞いたんだけど……太神君は朱莉のことをどう思ってる?」
「小巻さんっ!?」
「あ、私のことも下の名前で呼んでいいよ」
「し、下の名前で……?」
「それでどうなの太神君」
朱莉が戸惑っている間に弓枝がグイグイと迫ってくる。
頬をかきながら首を傾げて答えを考える。
「主従関係っていうのは表向きの話で実際は違うんだよなあ。すると幼馴染? まあ、その通りなんだけど、しっくり来ない。あ、あれだ、家族のような――」
「家族のような関係は禁止!」
「どうして!?」
一番しっくりきたというのに。
しかし弓枝は断固として家族のような関係というのを許さない意気込みらしい。
「家族が駄目なら……一言では言い表せないな。どんな時も隣にいて当たり前の相手――俺にとってなくてはならない存在だな。今までも、そしてこれからも」
「ご、ご主人様、それは――」
かああっと朱莉が顔を赤らめる。
その後ろでは「はい、言質いただきましたー!」と弓枝が今日一番のテンションではしゃいでいた。
「朱莉はそうじゃないのか?」
「――――。いえ、私にとってもご主人様はなくてはならない存在です。今までも、これからも。なのでこれからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
「おおい、二人だけの空間を作らせるのはいいけど、作ったなら作ったで自分で止めろよ!」
「それは関田君の役目だよっ。ファイト!」
「ふざけんな!?」
朱莉と大事なことを確かめあっている後ろで、亮二は弓枝と不毛な会話を繰り広げていた。
――五人がカラオケを始めるまで、もう少し時間がかかったのだった。




