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5時42分

 俺達四人は、再び五階へと足を踏み入れた。


 ひどい有様だった。夥しい数の躯が床を覆い尽くしている。どれも体を切り刻まれ、ぱっくりと開いた傷口を晒している。辺りはまさに血の海と化しており、血の滴る音がどこかから聞こえてくるようだった。

「いったい誰が……」

 獰猛な肉食獣が食い散らかした後のような惨状に、思わずそんな言葉がこぼれる。

「ゾンビ同士の仲間割れか? とても人間の仕業とは……」

この収容所内に残された人間は、俺達と鮫ちゃんだけのはずだ。もっとも、真紀の精霊が現れるぐらいだから、まだまだ妙な奴が出てきてもおかしくはないが。

「これ……踏まずに歩くのは難しいね……」

小雨が足元に広がるどす黒い血を見ながら言った。

「真紀、こいつらを消すことはできないのか?」

真紀の精霊に問うと、彼女はゆっくりと首を横に振った。

「もう死んじゃってるのは無理……足元に気を付けながら歩くしかないね」


 足を踏み出すたびに、ぴちゃっ、ぴちゃっと水の音が響く。これが本当にただの水だったらどんなに良かっただろう。もしここで死体に躓いて転んでしまったら……と考えただけでもぞっとする。その時、不意に後ろからジャケットを引っ張られ、俺はふらっとよろめいた。

「うおっとっと」

「あ、ご、ごめん……」

振り返ると、ジャケットの裾を小雨が掴んでいる。見た目にもわかるほどにその手が震えていて、詰る気にもなれない。俺は無言で頷き返した。


 そのまま通路を真っ直ぐ進み、半ば辺りまで差し掛かったところで、どこからか金属音が聞こえてきた。


 カキン カキン


「この音はなんだ?」

「結構高い音ね……まるで、刃物がぶつかっているみたい」

これは、生身の真紀の意見だ。この先で一体何が起こっているのだろう、と考えて、不吉な予感が脳裏をよぎる。

「どうする……? 行くか?」

「ここまで来たら、行かないわけにはいかないでしょう」

真紀の眼光に、いつもの鋭さが戻っている。二人の真紀は、迷わずに音のする方へ歩いていった。俺と小雨も、二人の後を追う。


 やがて前方に、激しく動き回る二つの人影が見えてきた。

「音の主はあれか……ん? あれは……」

「鮫太郎!」

俺の背後に隠れるようにしていた小雨が突然、声を張り上げた。すると、その人影の片方がこちらを振り向く。

「姉貴……?」


 その声は間違いなく鮫ちゃんだった。だが、顔だけでなく体中がどす黒い血に塗れていて、それが鮫ちゃんだとはとても信じられない。おまけに、刀を振り回して何かと戦っているではないか。

 こちらを振り向いた事で一瞬の隙が生まれてしまったらしく、その鮫ちゃんらしきものは、もう片方の人影の蹴りを受けて後方へと吹っ飛ばされた。

「鮫太郎!」

鮫ちゃんを追って飛び出しかけた小雨を、生身の真紀が手で制する。

「待って……何か、こっちに来る……!」


 鮫ちゃんを蹴り飛ばしたその人影が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 それは一見、女性のようにほっそりとした体型だった。しかし、近付いてくるにつれて、その悍ましい姿が全貌を表す。

 さっき拷問室にあったはずの、先輩たちのバラバラ死体……それらが繋ぎ合わされた、異様な化け物だった。胴体の部分に三つの下腹部が重ねられており、そこから数秒に一度、卵のようなものが産み落とされている。頭部がなく、ウルトラマンに登場する怪獣ジャミラのようなシルエットだ。俺達はさっと身構えた。


 ドガッ


 突然、さっき吹き飛ばされた鮫ちゃんが視界の外から飛んで来て、仕返しとばかりにその化け物に飛び蹴りを喰らわせた。今度はその化け物が吹っ飛んでいく番だった。

「鮫太郎……! いったいこれは、どうなってるの?」

小雨が尋ねる。近くで見ると、やはりそれは確かに鮫ちゃんだった。

「戦ってるんだよ、この化け物たちと……つか、それはこっちの台詞だよ。なんで真紀さんが二人もいるの? 双子?」

 鮫ちゃんは、二人の真紀を交互に見比べている。

「いや、双子ってわけじゃないらしいけど……正直、あたしもよくわかんない」

小雨が素直に答えた。俺も全く同感である。話を遮るようにして、精霊の真紀が鮫ちゃんの前に進み出た。

「鮫太郎くん、ゆっくり事情を説明している時間はないわ。奴は首を求めている。おそらく、真紀ちゃんの首を狙ってくるはずよ」

 それを聞いた鮫ちゃんは、眉根を寄せて首を捻った。

「え、それは……あなたの首って事じゃなくて?」

「私は違うの、私は生霊で、こっちの真紀ちゃんが本体で……」

真紀は説明に困った様子だったが、鮫ちゃんは、はっとした表情で瞠目した。

「あっ、そうか……二重人格の?」

おいおい、今の説明で理解できるのか……。鮫ちゃんはニュータイプか?

「そう、そうなの、私がここで実体化してしまっただけで、本体はこっちの真紀ちゃんなのよ」

一同の視線が生身の真紀に集まる。


 こちらの真紀は、さっきからずっと言葉を発していない。鮫ちゃんに鋭い視線を送りながら、ピリピリと張り詰めた空気を漂わせている。鮫ちゃんも若干面食らった様子だった。

「な、なるほど……確かに、見た目は同じだけど、雰囲気は違いますね」


 話をしているうちに、女体の化け物が再びこちらへ襲い掛かってきた。

「来たな……どっか、安全な場所に逃げてください! 瞬さん、姉貴をたのんます!」

そう言い残して、鮫ちゃんは応戦に向かった。その背中を見送りながら、精霊の真紀が呟く。

「鮫太郎くん……まさか、黄泉戸喫(よもつへぐい)を……」



 鮫ちゃんと化け物の戦いは最早、人間の身体能力を遥かに超えたレベルで繰り広げられていて、もはや目で追うのが精いっぱいで、加勢しようにもどうにもならない。むしろ足手まといになりそうだったので、俺は素直に三人を連れて避難することにした。戦場からはなるべく距離をとらなければならないが、一方で、鮫ちゃんの戦いを見守りたいという思いもあった。俺達は、鮫ちゃんの方を振り返りながら、今来た通路を小走りで戻っていった。


「瞬! あれ……」

 小雨が突然声を上げ、前方を指差した。

「あ、あれは……」

そこには、あの怪物から産み落とされた卵が数個転がっていた。さらにその周囲には、その卵から孵化したとおぼしき、掌に収まりそうなほど小さな、しかし丸々と太った怪物が数匹うろついていた。

「あれぐらいなら俺でも……!」

 俺は勇んでその怪物の群れに飛び込み、怪物を蹴り飛ばした……はずだった。しかし、その小さな怪物は俺の足にしっかりとしがみつき、振りほどこうとしてもなかなか離れなかった。そのうちに、その怪物は子泣きじじいのようにどんどん重くなっていく。

「このっ……このっ!」

「瞬!」

見かねた三人が駆け寄ってきて、協力して引き剥がそうとするものの、そいつは体の大きさの割には力があるらしく、女三人がかりでもびくともしなかった。必死になっている俺達に、新たに数体、その小さな怪物が迫ってくる。

「真紀! 危ない!」

 怪物の群れが一斉に生身の真紀に飛びかかろうという素振りを見せたので、俺は重い足を引きずりながらも、身を挺して真紀を庇った。体にべたべたと、その小太りの怪物がくっついていく。

 手足から胴体まで、合わせて七匹の化け物がぶら下がっている。それらが皆、どんどん重さを増しはじめた。

「うぐっ……」

あまりの重みに耐えきれず、俺はその場に倒れこむ。


「瞬さん!!」

 こちらの異変を察知したのか、鮫ちゃんが飛ぶような速さでこちらへ駆け寄ってきた。

「鮫ちゃん……すまん」

鮫ちゃんは、持っている日本刀でその小型の化け物を全て切り落としてくれた。だがその間にも、周囲に転がっている卵から次々と怪物が孵化していく。女体の化け物も鮫ちゃんを、そして真紀を追ってこちらへ急接近し、鮫ちゃんめがけて手刀を振り下ろした。鮫ちゃんはそれを刀で防ぐ。ビリビリと、その衝突の激しさと凄まじさが空気を振動させているのがわかった。

「こっちはだめだ……瞬さん、向こうへ逃げてください!」

 そう言って鮫ちゃんが顎で示したのは、屋上へと続く階段の方向である。そちらには確かに、その小さな怪物の姿が見えない。俺達は素直に鮫ちゃんの指示に従い、真っ直ぐに伸びた通路を直進した。


 通路の中ほどまで走った時、不意に、背後から鮫ちゃんの呻き声が聞こえた。俺達は思わず立ち止まり、振り返る。

「くそっ……このデブ共め!!」

鮫ちゃんの体に、あの小さな怪物が何体も取りついている。必死に振り払っているのだが、あとからあとから新しい化け物が飛びついてきて、身動きが取れなくなりつつあるようだ。あの状態で女体の化け物の攻撃を受けてしまったらひとたまりもないだろう。ここは助けに行くべきか、と考え、俺は体を翻した。

 だが女体の化け物は、鮫ちゃんに背を向けて、ものすごいスピードでこちらへ向かってきたのだ。

「やばい、こっちに来るぞ! 逃げろ!」

俺は再び後ろへ向き直り、真紀達と小雨を押し出すようにしながら逃げた。


「あっ……!」

 突然、真紀の悲鳴が聞こえた。どっちの真紀だ? と周囲を確認してみる。すぐに小雨と精霊の顔が確認できたが、肝心な生身の真紀がいない。

「真紀ちゃん!」

 精霊の真紀が、真紀の名を呼びながら駆けだす。その先には、足をさすりながら地面にうつ伏せの状態で倒れている生身の真紀がいた。どうやら、躓いて転んでしまったらしかった。その背後から、怪物が手刀を振り上げながら迫ってくるのが見えた。精霊が、真紀を庇うように間に割り込み、鏡を盾のように構える。


 バキッッッ!!


 瓦割りのように鏡が真っ二つに割れ、鏡を構えていた精霊の右腕までもが千切れて宙を舞う。

「ああぁぁぁぁぁっ!!!」

精霊の真紀の悲鳴が響き渡った。千切れた右の前腕は、ヘリコプターのローターのようにくるくると回転しながら、ぽとりと床に落ちた。

「真紀! 大丈夫か!」

どちらの真紀に対してかけた言葉なのか、もはや自分でもよくわからない。精霊の真紀を気遣いながらも、俺は生身の真紀を抱え起こした。

「私は霊体だから、大丈夫だから、早く真紀ちゃんを連れて逃げて!」

精霊は、苦痛に顔を歪めながら叫んだ。生身の真紀がやられたら、どっちの真紀も救えないんだ……俺は自分にそう言い聞かせて、真紀を背負って走り出した。

 小柄で痩せ型である真紀はとても軽く、体力に自信のない俺でも軽々と背負うことができた。

「ごめん、瞬……」

 背中から、消え入りそうな真紀の声がする。

「気にするな」


「だめ……行かせない!」

 背中越しに、精霊の真紀が女体の化け物の足に縋りついて、どうにか足止めしようとしているのが見える。しかし、化け物はそれを軽々と蹴り飛ばして、再び俺達を追いかけてきた。

「うおおおおおおおっ!」

 さらに化け物の背後から、雄叫びを上げながら、風のように鮫ちゃんが駆けてくるのが見えた。前方を見ると、屋上へ昇る階段まであと数メートルという距離まで近付いている。一足先に階段へと辿りついていた小雨が、焦った表情で手招きしていた。


「お前の相手はこっちだっつの!」

 鮫ちゃんの飛び蹴りが化け物の背中にクリーンヒットし、怪物はその場で前のめりになって倒れた。その隙に、俺達は階段を駆け上がる。


 ドアを開けて屋上に出ると、空は既に白み始めていた。水平線がうっすらと橙色に縁取りされて、夜明けが近い事を示している。俺達三人は、しばしの間、その光景に見惚れていた。

 だが、背後からドアが蹴破られる音が聞こえ、俺達は現実に引き戻される。


 屋上に現れたのは、女体の化け物だった。一歩一歩、踏みしめるようにこちらへと近付いてくる。それに合わせて俺達もじりじりと後退し、ついには手摺りまで追い詰められてしまった。

 屋上へ避難したのはやはり失敗だったか……だが、階下には逃げられなかったのだから仕方ない。やはり奴の狙いは真紀のようだが、危険に曝されているのは小雨も同じである。しかも、真紀はさっき転んだ際に足を痛めているらしい。この状況で二人を守るにはどうすれば……?

 攻撃、防御、逃走と、数パターンの行動をイメージしてみるが、どれもうまくいきそうにない。化け物との交戦で負傷したのか、鮫ちゃんが足を引きずりながら屋上へ上がってくる姿が見えたが、どうにも間に合いそうになかった。


 化け物は手刀を構える。


 俺は、背中から真紀を下ろし、すぐ後ろに控えている小雨へと語りかけた。

「小雨……真紀を頼む」

「えっ?」

小雨は体をびくりと震わせてこちらを見た。俺はそれを無視して、女体の化け物に向かっていく。


「うおおおおおお!」

化け物もこちらへ飛び込んできた。あの手刀で叩き折られた、精霊の真紀の腕がフラッシュバックした。俺は思わず目を瞑り――こんなところで怖気づいてどうする! 男だろ!――再び瞼を開いた。化け物の手刀が俺の肩目がけて振り下ろされる、その一瞬の間が、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。

 びっこをひきながら駆け寄ってくる鮫ちゃんの後から、精霊の真紀も屋上に姿を現した。


 最後に君の顔が見られてよかった。


 真紀との、小雨との、色々な思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 二人とも、うまく逃げ切ってくれよ……。


 化け物の手刀が、俺の肩を切り裂く。


 ……。


 ……。


 ……あれ?


 切り裂かれていない。化け物の動きはぴたりと止まっていた。辺りはシィン、と静寂に包まれている。


「瞬! ほら、あれ!」

小雨の声が沈黙を破る。俺は、おそるおそる後退して化け物から距離をとり、振り返った。


 水平線からほんの少し、朝日が顔を覗かせている。

 夜が明けたのだ。

 陽光が闇を払ってゆく。

 女体の化け物は、瞬く間に光の砂となって、空へと舞い上がって行った。


「瞬さん、怪我はないですか?」

「ああ、全然、何ともないよ」 

お互いの無事を確認して、鮫ちゃんは、生身の真紀と小雨のところへ歩いて行く。


 気が付くと、精霊の真紀が隣にいた。彼女の瞳に、朱色の太陽が映り込んでいる。潮風を受けて、彼女の長い髪がふわりと靡いた。

 橙、白、濃紺。空に描かれた三色のグラデーションの神々しさに、俺達はしばらく見入っていた。

「私ね、やっぱり、ここに来てよかった……」

彼女がぽつりと呟いた。右腕は千切れたままだったが、その切り口からは一滴の血も流れていない。彼女が人間ではないという事を、改めて思い知らされた。

「いろんな事があったけど、真紀ちゃんにも会えたし……なんていうのかな、彼女の体じゃなくて、ありのままの自分で、瞬に会えたから」

「真紀……」

お前はいったい何者なんだ、という言葉が喉元までこみ上げてきた。しかし、それを聞いてなお、俺は彼女を受け入れられるだろうか、という不安がよぎる。結局、俺はその疑問を、再び飲みこんだ。

「私もそろそろ、タイムリミットかな」

 彼女の体が、ぼう、と淡い光を放つ。

「ここももうすぐ、黄泉の国との連結が解除されて、元の世界に戻る。私も、真紀ちゃんの中で眠っている私の本体に帰ることになるわ」

体が透け始め、向こう側の風景がおぼろげに見えるようになった。


 何か言わなければ。彼女が完全に消えてしまう前に。でも、何と言えばいい?

 様々な感情の渦が頭の中を掻きまわしている。それなのに、一つとして言葉にならないのがもどかしかった。そんな俺に、真紀は優しく微笑んだ。

「元の世界に戻ったら、また私のこと、たくさん可愛がってね」

彼女はそう言って右手を振ろうとしたが、腕から先がなくなっている事に気付いて、ぺろりと舌を出す。

「ああ……約束するよ」

結局、俺が言えたのはその一言だけだった。


 真紀は左手を振った。その唇が、「バイバイ」と動いたが、声は聞こえない。

 それから間もなく、彼女も光の粒となって、風に流れていった。

 微かな薔薇の香りだけを残して。


 そして、俺の意識も、そこでふっつりと途切れた。







 俺達三人が目を覚ましたのは、エントランスの柱時計の前だった。

 体がすっかり冷えている。随分長い時間、冷たい床の上に倒れていたらしい。窓から差し込む日の光で、既に夜が明けている事を知る。俺が体を起こすのとほぼ同時に、小雨と真紀も目を覚ました。


 俺達は……そうだ、先輩たちの死体を発見した後、鮫ちゃんを探し回って、ここで鐘の音を聴いた。それから……。


 それから……?

 何も思い出せない。あの音で気を失ったのだろうか。

 そうだ、鮫ちゃんを探さなければ。


 スマホを取り出し、画面を見て時間を確認する。時刻は7時50分。もうすっかり朝だ。さらに俺は、ある事に気付いた。

 電波が繋がっているのだ。

 俺は早速、鮫ちゃんに電話をかけた。いつも思うのだが、呼び出し音というやつはどうしてこうもつまらないメロディなのだろう。

「……はい、もしもし?」

鮫ちゃんの声だ。

「あ、鮫ちゃんか? 今どこにいる?」

「あれ……瞬さん? えーっと、ここは……どこだ? ……あ、屋上みたいっす! へっくしゅん!」

電話の向こうから、大きなくしゃみが聞こえた。屋上だったらさぞかし冷えた事だろう。凍死してもおかしくない寒さだと思うのだが、やはり鮫ちゃんは頑丈である。


 俺達はすぐに鮫ちゃんと合流して、外に出た。押しても引いてもびくともしなかった正面玄関が、どういうわけか簡単に開いた。警察に電話をかけて、事の次第を説明する。あまりまともに取り合ってくれた風ではなかったが、どちらにせよ、ボートを運転できる人間がいないのだから、迎えを寄越さなければならない。その時に、収容所内の有様を直接見せればいいだけの事だ。


 ほっと一息ついた俺達は、正面玄関の石段の上に腰掛けて、3時33分以降の記憶を確かめ合った。


 しかし、あの鐘の音以降の記憶が残っている者は、誰一人としていなかったのである。

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