2時15分
「いやああああ! 菅山さん! 助けて! お願い! 何でもするから! 命だけは……ああああああ……」
全裸のまま手足を縛られ、鉄の処女に入れられた有希の声が室内に響きわたる。目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、恐怖に歪んだ表情で、愚かにも命乞いをしているのだった。
しかし直哉は、それに応じるつもりは全くない。既に有希の体は蹂躙した。残された仕事をやり遂げるためにも、有希には速やかに死んでもらわなければならないのだ。
キィィィィィィィ……
悲鳴のような音を立てて、鉄の処女の扉がゆっくりと閉じられていく。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
有希が念仏のように何度もその言葉を唱えている。手首にあれだけリストカットの痕を残しておきながら、今際の際に言い残す言葉がこれである。何とも救いがたい女だ、と直哉は思った。
「神様! 神様! たすけて! おねがい!」
ついには神頼みを始めた。そういえば、これまで行ってきた殺人は全て不意打ちであったため、こうして死にゆく人間をじっくりと観察するのは初めてだ。死を恐れる人間は実に見苦しいものだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
扉はついに完全に閉じられ、有希の断末魔の叫びがくぐもって聞こえてくる。しかしやがて、それもぴたりと止んだ。足元には、鉄の処女から流れ出した血液がドバドバと溢れ、大きな血だまりを作っている。余韻に浸りながら、直哉はここまでの作業工程を思い起こしていた。
明日香の肉体を味わい尽くした直哉は、高揚感に酔っていた。女の体の温かさ、柔らかさ、きめ細かな肌。
それは、直哉がこれまで大金を投じて揃えてきたどの人形とも比べ物にならないほど美しく、淫らで、そして何よりもリアルだった。
しかし……。直哉が柔肌を貪っている間にも、その体温は急速に失われていった。やがて、このしっとりとした肌も肉も、硬く醜く、どす黒く変化して、腐っていくだろう。
だめだ。俺はもっとこの快楽を味わいたい。
そうだ。まだいるではないか、この館の中には。
女が。
その肉体が。人形のマテリアルが。
人形になるのを今か今かと待っている、女の体が、あと四体も。
障害となる男共も、当然排除しなければならないだろう。一筋縄ではいかないかもしれない。それでも直哉は怯まなかった。
よし、やるぞ。
これまでの人生で一度も味わったことのないこの充実感。性的興奮。死とまぐわう事によって得られる生の実感。それをもっと味わいたい。味わわなければ。俺は狂っているだろうか?
いや、俺はこの人生の中で、今が最も正気であり、真摯なのだ。
直哉は行動を起こした。
最初に見つけたのは福田明美だった。
明美のアニメのような高い声が、直哉は以前から好きだった。明日香の時は悲鳴を聞けなかったが、明美は是非啼かせてみたい。
明美の隙を窺い、背後から殴った直哉は、効率よく悲鳴を上げさせるため、そこにたまたまあったノコギリを手に取った。甲高い明美の悲鳴は耳に心地よかった。完成した人形は傷物になってしまったが、直哉の嗜虐的な欲求を十分に満たしてくれたのだ。明美の反応がなくなってから、その体を余すところなく堪能した。明日香と比べると幼い印象を受ける明美の体であったが、具合はとても良かった。
明美のそばに転がっていた荷物の中には、ノコギリ以外にも、手斧、マスクとマントが入っていた。事を成すためには、これを身につけておいた方がいいかもしれない……そう直感した直哉は、それを着用し、変装して休憩室を出た。
明美を殺した後に発見したのは、松野清二と有希のペアである。二人が三階を目指しているらしい事を悟った直哉は、先に三階へ上がり、通路で待ち伏せしていた。そこへうまい具合に清二が走ってきたのだ。これを天啓と言わずして何と言おう? 有希には逃げられてしまったが、厄介な存在である男を一人始末する事が出来た。首尾は上々である。
次に姿を現したのは加藤和彦だ。和彦は、明美のいた休憩室へ行こうとしているようだった。やはりこっそりと尾行し、和彦が明美の死体に注意を奪われているところを、背後から殺害した。
和彦はとても良いものを持っていた。チェーンソーである。手斧やノコギリとは比べ物にならない威力を備えた武器だ。直哉はすぐにその切れ味を試してみたくなった。
チェーンソーの切れ味は凄まじかった。骨も肉も一瞬で切り裂いてしまう。その威力を目の当たりにして、直哉の頭には一つのアイディアが浮かんだ。明美の下半身に、明日香のすらりと長く肉感的な脚がついていたら、どうだろう……?
直哉は理想の人形を作り上げるために、チェーンソーを使って、そこに残されていた明美の体を切り刻み、下腹部だけを切り離した。問題は、どこで人形を作り上げるか、である。途中で誰かに発見され、乱されてしまってはいけない。直哉は平面図を眺めながら、それに適した場所を探した。
五階、最上階にある拷問室……。
そこならば、分厚い扉にしっかりと鍵をかけられる。種々の拷問器具が雰囲気を盛り上げてくれるはずだ。舞台としても申し分ないだろう。
直哉は明美の下腹部を抱えて五階を目指した。決して軽い荷物ではなかったはずだが、興奮状態にある直哉にとっては全く苦にならなかった。脳内ではきっと、尋常ではない量のアドレナリンが分泌されていたことだろう。
拷問室へ明美の下腹部を運び込んだ直哉は、返す刀で四階の明日香の死体の元へ急いだ。明日香の場合は、腹からチェーンソーを入れ、下半身を切り離して、これもまた拷問室へ運んだ。下腹部だけだった明美の場合と比べると相当な重量だったはずだが、やはりこれも軽々と運ぶことができた。運動神経が悪く、力仕事も苦手なはずの自分の体に、これほどの体力が秘められていたのかと、直哉は驚いていた。これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。
四階で有希を発見したのは、そのすぐ後の事だった。逃げる有希を全力で追いかけたが、意外にも逃げ足が速く、一度は見失ってしまう。そこで直哉は作戦を変えた。返り血を浴びたマントとマスクをその場で脱ぎ捨て、顔を晒した状態で有希の捜索に向かったのだ。結果として、それは大成功だった。すっかり油断した有希を拷問室へと誘導した直哉は、その場で有希を脅して身体の自由を奪い、今度は生きたままで嬲った。
反応がある、という事がとても新鮮だった。しかし、泣き叫ぶ有希の悲鳴がやたらと五月蠅くて、耳障りで、じっくりと快楽に耽る事ができない。有希の声はガラガラとしたダミ声だった。普段の有希は控えめに小声で喋る事が多かったのだが、きっと意識して声を作っていたのだろう。しかし、地声は酷いものだ。酒やタバコをやっていたに違いない。
やはり、人形の方がいいな……と、直哉は実感した。
完全に反応が途絶えた鉄の処女の扉を開くと、そこには、体中に穴を穿たれ、醜い顔で絶命した有希の姿があった。口をあんぐりと開けて、目をかっと見開いたその表情はさながら、ムンクの『叫び』のようだった。
有希の肉体の中で、最も優れたパーツは腕である。華奢で長い腕、そして何より、手の造形が美しかった。両手を頭の上に縛り上げておいたので、腕にはそれほど刺し傷が残っていない。リストカットの痕だけが心残りではあったが、それを差し引いても理想的な手である。直哉は有希の死体を鉄の処女から取り出し、両腕と下腹部を切断した。
そして今、直哉の目の前には、明美の下腹部、明日香の両脚、有希の両腕が並べられている。その横には、有希と明日香の下腹部も並べて置いてある。
まさに壮観であった。作業の半ばまで終えたという達成感がこみ上げてきた。
だが、まだだ。
揃えるべきパーツはあと二つある。
そして、女もまだ二人残されているのだ。
京谷という、乳のでかい一年生。そして何より、メインディッシュは、
西野園真紀。
真紀の、あの美しい顔を据えてようやく、この人形は完成する。
収容所の中にはまだ、二人の男も残っている。一年の瀬名と、高校生のガキだ。当然、この二人も障害となってくるだろう。或いは、そろそろノルマを達成していてもおかしくない時間である。急がなければ……。
直哉は気を引き締めて、チェーンソーと懐中電灯を携えて立ち上がり、拷問室の分厚い扉を開けた。するとそこには……
「よおデブ、随分面白そうな事やってんじゃねえか?」
漆黒の闇の中に、京谷鮫太郎の端正な顔が浮かび上がった。




