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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『美の勇者と街娘編』
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第76話 vs巨大生物

 割れた大樹に寄り添うような形で、獄翼がコックピットを開く。

 その漆黒のボディの真後ろには、まさにこの大樹から解き放たれたばかりの巨大芋虫がいるわけだが、どういうわけか襲い掛かってくる気配がなかった。

 念願の外に出たことで、解放感を得ているのか。

 もしくはアスプルを得たことで自我が完全に崩壊したのか。いずれにせよ、乗り込むチャンスであることには変わりがない。


「スバル」


 マリリスを担ぎ、後部座席に乗り込んだカイトが口を開く。

 スバルはメイン操縦席に陣取ると同時、黙って頷いた。


「わかってる。俺は今、超クールだ」

「クールな奴はあんなことをいわない」


 コックピットハッチが閉じる。

 始めて搭乗するブレイカーに興味を示し、きょろきょろと見渡すマリリスを横に置き、カイトは続けた。

 

「いいか、これは忠告だ」


 倒すと言い切った以上、彼の意思は尊重する。

 だが、今の彼は危なかったし過ぎた。振り返らないのでその表情は見えないが、確実にキレているのがわかりきっている。


「もし危険だと判断すれば、俺が勝手に出るぞ。いいな」

「……わかった。その時は頼む」


 そしてスバル自身、自覚があった。

 口でなんと言おうとも、内から湧き出てくるこの感情を止めることは自身にはできない。かといって、抑え込む気もなかった。

 少なくとも、今この場で、黒い感情を全部あの芋虫に叩きつけるつもりだ。


「マリリス、身体を固定しておいた方が……無理か」

「お、お恥ずかしながら」


 彼女の腕の状態を思い出し、スバルは溜息。鎌と鞭の手では周囲の突起物を掴んで体勢を維持することも難しい。

 すると、カイトが後ろから口を出す。


「仕方がない」


 シートベルトをはずし、彼は立ち上がる。

 有無を言わさずにマリリスを座らせ、自分はその横に立った。


「これでいいだろ」

「え、でも」

「いいんだ」


 申しわけなさからだろう。そのままいけば謝罪の言葉に繋がるであろう彼女の言葉を、カイトは無理やり閉じさせる。


「飛べる状態なら、コックピットはジェットコースターより目が回る」

「へ?」

「飛ばせ」

「OK!」


 操縦桿を力強く握りしめた直後、獄翼の瞳が光る。

 背中に接続された飛行ユニットが展開し、青白い光の翼を羽ばたかせた。へし折れた大樹の周りをフルスピードで一周し、巨大芋虫へと飛んでいく。


「んぎぃ――――!?」


 突然襲い掛かってきた圧力に怯えつつも、懸命に悲鳴を噛み殺す。

 両手でしがみつくことが出来ない以上、彼女が信頼できるのはカイトによって繋ぎ止められたシートベルトのみだった。これが千切れたら彼女は顔面からメイン操縦席に叩きつけられるだろう。

 

「このやろおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そのメイン操縦席に座る少年が吼える。

 2日間の付き合いだが、人の良さそうな彼がこんなに感情任せになって叫ぶとは、マリリスにはイメージできなかった。

 

「ど、どう戦う気なんですか!?」


 獄翼が上空から芋虫目掛けて突撃する。

 真下に落下する感覚に戸惑い、ずり落ちそうな体をカイトに支えられつつも彼女は問う。

 このまま体当たりでもしでかしそうな勢いだった。

 激突した瞬間をイメージして、思わず表情が固まってしまう。

 そんな彼女の危機意識を察知してか否か、スバルは簡潔に答えた。


「接近して滅多刺し!」

「残酷ですね!?」

「それしかないんだよ!」


 悲しいが、大マジである。

 獄翼はシンジュクで奪取されて以降、少しずつ装備を失っては手に入れてきた。現在の装備はダークストーカーから譲り受けたメインウェポン、アルマガニウムの刀。そしてヒートナイフにダガー、頭部に搭載されているエネルギー機関銃とピストルだった。

 唯一遠距離から攻撃できるのは後者ふたつなのだが、これらを致命傷にするためには相手の装甲を削る必要がある。戦いの際、スバルがゲームの経験則から選んでいたとはいえ、今までの敵の中でこれらが通用した敵は、いずれも装甲が薄いブレイカーだった。


 では今回はどうか。

 ずばり、相手は生物である。機械のボディは持っておらず、肉と毛に包まれたグロテスクな巨大生物だ。

 あれに獄翼の遠距離武器が通用するか否かは、正直わからない。だが、怪獣映画ではこの手の武装が通用しないのはお決まりだ。

 しかも相手は未知の生物である。貧弱な武装は、最初の手札に存在していない。

 

 そんな中でスバルが選んだのは、友人(弟子)から貰ったアルマガニウムの刀である。


「くらいやがれ!」


 刀を突き立て、真下に目掛けて突撃する。

 下に目掛けてダーツを投げるかのようにして、獄翼は巨大生物の胴体に突き刺さった。刀が命中した皮膚が裂け、虫の血が噴水のように噴きだしてくる。


「ひっ!?」


 モニターで映るその光景に拒絶反応を示すマリリス。

 だがそんな彼女のことなどお構いなしに、鮮血は獄翼の黒いボディをダークレッドに染め上げていく。巨大生物が痛みを訴えるようにして雄叫びをあげた。


「痛いか!? 痛いだろうよクソッタレ!」


 柄を握り直し、刃の向きを頭部へと向ける。

 

「お前が食った奴も、痛がってたんだぞ! わかるのか、芋虫!」


 スバルが叫び、刀を突き刺したまま獄翼を突進させる。

 刃が巨大生物の背中を切り裂き、頭部に渡って線を引く。先端まで届いたのと同時、獄翼を刀を振り上げた。引き抜かれた切っ先から鮮血が飛び散り、街中に赤が降り注ぐ。


「後ろから来るぞ!」

「っ!?」


 カイトが言うと同時、獄翼の背後から巨大生物の反撃が飛ぶ。

 巨大な尾から放たれる鞭のような一撃。己の頭上で容赦なく切りつける獄翼目掛けて飛んできたそれを見て、スバルは飛行ユニットの出力を高めた。

 青白い光の翼が羽ばたき、黒い巨体が再び宙を浮く。直後、巨大生物の放った一撃が空を切った。


「……あの程度なのか?」


 空中から巨大生物を観察するカイトが呟く。

 正直、思ってたよりも拍子抜けだった。もっと口からビームを吐くとか、無数の触手が襲い掛かってくるとか、そういった物をイメージしていたのだが、全くそんな気配はない。

 新生物はただ巨大で、知恵が回るだけの芋虫に過ぎないのだろうか。


「どっちでもいいよ。雑魚なら雑魚のまま、斬り捨ててやる!」


 カイトの疑問ごと切り捨てにかかる勢いでスバルが荒ぶる。

 傍から見て、非常に暴力的だ。まるで威嚇の為に吼え続ける狼である。普段の彼が温厚な柴犬なら、今の怒りに身を任せた彼はそう例えることが出来た。


 カイトはシンジュクでの戦いを思い出す。

 カマキリ型のブレイカーを破壊した際、彼は人を殺した罪悪感に悩んだ。その解答は後の激戦を繰り広げた今でも出てきていない。


 そんな彼が、こんな形で相手を叩き潰すような戦いを仕掛けるとは。

 これまで有耶無耶にしてたツケなのかもしれない。だが長い間彼の面倒を見てきたカイトとしては、あまり心地いい光景ではない。

 ただ敵を潰すだけの暴力的な彼を、見たくなかった。

 だが彼の気持ちが痛いほど理解できるのもまた事実だ。ゆえに、今だけは目を瞑る。


「そうだな」


 回避成功した後、再び滅多切りを行おうとするスバルを止めることはしない。隣にいるマリリスが残忍な光景に怯えるも、これが戦いである以上我慢してもらうしかない。彼女を気遣うなら、なるだけ早い時間で終わらせるに限る。


「早めにケリをつけれるならそうしろ」

「了解!」


 獄翼が再び刀を向ける。

 光の翼が広がり、巨大生物の顔面へ向けて真っ直ぐ突っ込んだ。

 巨大生物とモニターのスバルの視界が交差する。その表情は徐々に大きくなり、数秒もしない内にモニターは怪物の顔面ドアップに支配された。


 同時に、怪物の頭部から赤い液体が噴出する。

 獄翼が刀を深く突き立てたのだ。


「――――――!」


 巨大生物が悶絶する。

 頭部に異物を突き立てられ、激痛が彼を襲った。

 しかしスバルは、彼を許す気はない。


「まだだぞぉ!」


 素早く刀を鞘に収める。

 その後獄翼が取り出したのは、腰に装填された2本のヒートナイフだった。ナイフの柄に指をひっかけ、エッジが膨大な熱量を発生させる。


「食らえ!」


 両手に握られた2つの熱が、巨大生物の脳天に深く突き立てられた。

 徹底した頭部狙いだった。虫の肉が焼け、血液が焦げはじめる。

 焦げ跡が広がるのに比例し、虫も悶絶を繰り返した。


「このまま脳みそをウェルダンにしてやる!」


 獄翼が翼を羽ばたかせる。

 ヒートナイフが押し出され、怪物の肉へと深く突き刺さっていく。


「……退け!」


 だがそんな折、カイトが叫んだ。


「え!?」

「いいから早く! ナイフごと取り込まれるぞ!」


 一瞬我に返りながらも、スバルは操縦桿を引いた。その動きに合わせ、獄翼はナイフを手放して交代する。


「あれは……!」


 操縦席のモニターがズームになる。

 見れば、巨大生物に突き立てられた2本のヒートナイフが肉に埋もれ始めていた。赤く光っていた刀身が包み込まれ、怪物の体内へと侵入していく。

 もしあのまま突撃を繰り返していれば、獄翼もナイフと同じ運命を辿っていただろう。


「吸収してるのか?」

「いや」


 後方のモニターを操作し、怪物の全体図を映し出す。

 変化があったのは頭部だけではなかった。怪物の巨大な肉体が解け始め、粘土のように丸まり、塊になろうとしていたのだ。


「サナギだ」

「サナギぃ!? あれが!」

「そうとしか思えん」


 スバルの知るサナギとは、幼虫が糸を吐いたりして身を包むことである。

 だが目の前にいるあのサナギは、どう見ても肉団子になったとしか思えない。


「奴は最初から戦う気などなかった。進化を優先したんだ」

「進化だって? どう進化するっていうんだ」

「見てればわかる」


 カイトが息を飲む。

 その音が僅かにコックピット内に響いた。普段聞かない彼の戸惑うような行動を察したスバルも、これが尋常じゃない事態に繋がるのだと気づく。


 肉団子が徐々に凝縮されていったのだ。

 臓器を連想させるような嫌悪感のする赤の塊が、少しずつ小さくなっていく。あまりの悍ましい光景に、スバルは思わず吐きそうになった。

 背後のマリリスに至っては頑なに目を瞑ったまま開こうとしない。


「……きた!」


 そんな中、コックピットで最も冷静な態度を保っているカイトは見た。

 肉団子が形を形成し始めたのだ。大凡20メートルほどの大きさだろうか。そのサイズにまで縮んだ赤の塊は、ひとつの球体から5つの突起物を出現させる。


「こいつ!」


 その意図を、カイトは理解した。

 彼が答えを口に出すと同時、真上の突起物から2本の角が生える。


「獄翼を真似るつもりだ」

「はぁ!?」


 スバルが驚愕の声をあげると同時、下に飛びだしている2つの突起物が徐々に細まり、引き締まっていった。

 真横に飛び出した突起物も同じである。これではまるで、腕と足だ。


「嘘だろ……」


 空いた口が塞がらない。

 四肢と頭部を作り出した球体が蠢く。中に入っている何かが激しく躍動するかのようにして膨らんだと思えば、一気に萎んだ。その後に完成するのは、筋肉を連想させるボディである。見れば、背中にはカブトムシを連想させる甲羅が形成されていた。

 仕上げとしては、頭部に浮かび上がった青い結晶だ。

 まるで口を連想させるようなそれは、淡く光り輝くと同時に怪物を稼働させる。


 100メートル級の芋虫が、20メートル級の巨人へと進化を果たした瞬間だった。


「気をつけろ。合わせてきたってことは、敵って認識されたってことだぞ!」


 後ろでカイトが叫ぶ。

 操縦桿を握りしめることで肯定すると、スバルは鞘から刀を引き抜いた。


 抜かれた音に気付いたのか、巨人が獄翼へと首を向ける。


「うっ……!」


 今まで見たことがない、未知の生物。

 その現実を思いっきり見せつけられた。芋虫の時とは比べ物にならない不気味なオーラが、スバルの背筋を凍えさせる。


 そんなスバルを余所に、巨人もまた武器を抜いた。

 先端がとがっている両手から、刃が肉を切り裂きながら出現する。先程取り込んだ獄翼のヒートナイフだった。

 左右のナイフが発熱を開始すると同時、巨人は背中の外甲を展開して透明の翼を広げる。


「来るぞ!」


 巨人が飛翔する。

 これまで受けた痛みをお返しするとでも言わんばかりに、巨人は獄翼をまっすぐ見据えていた。

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