第347話 vs超人達の鎮魂歌
決定的な電子文字がでかでかとスバルに叩きつけられる。
興奮の熱はそのままに、スバルは呆けた顔をしながら画面を二度見した。
「負けた、のか?」
実感がない。
ただ脱力感だけが爆発し、肩を落とす。
シデン達もなんと声をかけたらいいのかわからず、無言で画面を見つめていた。
少年の心情を思うと、この敗北はかなり堪えることだろう。
だが、
「……つっえぇな、ホントに」
天井を見上げ、一言。
張りつめていた緊張が消え、悔しさがこみあげていった。
だが、スバルは喚かない。
最初にそういう約束をして、納得した上で戦ったのだ。
カイトからいってきた条件である。
これを無下にすることなど、少年にはできなかった。
「カイトさん本人と戦うと、こうなっちゃうわけか」
深呼吸し、心を落ち着かせる。
敗北自体はいままで何度も味わったことだ。
現実でも、ブレイカーズ・オンラインでも同様である。
だが、今回ばかりは込み上げてくる悔しさを誤魔化しきれない。
「えぐ……ひぐっ」
瞼から落ちる滴を見せまいと、腕で覆い隠す。
『……俺の勝ちだ』
「……うんっ」
辛うじて答えることができた。
腕で目元を拭い、再び画面を見る。
ゲーム画面は再び真っ白になり、なにも表示しなかった。
聞こえるのはカイトの声だけである。
『すまない』
すると意外なことに、謝罪の言葉がでてきた。
散々好き勝手に暴れた後に言うセリフではないが、誰も非難せずに黙って彼の言葉を待つ。
『お前の言う通りだ。なんとかするつもりで向かったのに、いざ戦ったらこのオチだ』
スバルを攻めてばかりはいられない。
自分にも非がある。
特に、少年が抱えた悩みが自分が持たせたものだ。
可能であれば、また元の生活に帰りたいとは思う。
だが、自分だけ戻ってしまっていいのか。
御柳エイジは。
エレノア・ガーリッシュは。
カノン・シルヴェリアは。
マリリス・キュロは。
他にも自分たちと関わったがために死んだ人間が、大勢いる。
偶然が重なった結果とはいえ、彼らを出し抜いてしまうのはいけないことだとカイトは考えていた。
『……こんな俺だけど、ひとつだけアドバイスさせてくれないか?』
「なに?」
『その痛みを、忘れるな』
優しい口調だった。
画面からはカイトの表情が見えない。
だが、スバル達にはカイトの笑顔が鮮明に浮かび上がってくる。
『人は脆い生き物だ。いくら想像力を膨らませても、痛みは当の本人にしかわからない。俺が言えた義理じゃないが、痛みがあるからこそ、人間は他人にやさしくなれるんじゃないかな』
実際、カイトは強い痛みを知って、それと向き合うことで始めて友人ができた。
気付くのがかなり遅れたし、辛かったが、知れてよかったと思っている。
『お前は十分痛みを知ったと思う。けど、他の連中がそれを知ってるかっていうと、少し違う』
争いは必ず起こる。
どうしてこんなに分かり合えないのだと思ってしまう出会いもある筈だ。
リバーラ王なんかはその筆頭だった。
『主義主張の違いはある。生まれた環境も違うんだ』
「つまり、どういうこと?」
『もっと素直になれってことだ』
小難しく考える必要はない。
自分が知った痛みを糧にして、強く生きろ。
そうでないと、死んだ連中があまりに報われない。
『進路、迷ってるんだって?』
「うん。カイトさんは、どうすればいいと思う?」
『知るか』
一蹴された。
ショックを受け、思わず立ち上がる。
「なんでさ!? この流れは優しく道を示してあげる場面だろ!?」
『お前のやりたいことに、どうして俺が口出しするんだ』
蛍石スバルの進路に、もうカイトは関わっていけない。
だから、彼の進路に口出しする気はない。
例え倍率の高い超エリート大学を受験すると言っても『そうか』で済ませるつもりだ。
「でも、俺。なにしたらいいのか、よくわからないし……」
『わかってる筈だろ』
だが、ヒントくらいなら与えてもいい。
人がいいのが取柄の、回り道したがりこの少年に、ほんの少しのお礼を込めて。
『やりたいと思うことをやればいいさ』
「それは――――」
『自分の一生だぞ。俺を言い訳に使うな』
それを言われたらスバルはぐぅの音も出ない。
これまで集中できずにいたのは、昔のことを思いだしてはノイローゼになっていたのが原因だった。
『……月日が経てば、人は変わっていく。取り巻く環境もそうだ』
思えばカイトも月日と共に奇妙な人生を歩んだものである。
幼い頃は新人類軍として育った筈なのに、気付けば対立していて、今では幽霊として少年と最後の戦いに臨んだ。
我ながらダイナミックな人生である。
波が激しすぎるだろう。
『今、お前は丁度その節目にいる』
仲のいい人間がバラバラの進路を希望している。
だが、それがどうした。
『お前の周りにいる連中は、学校や職場が違うだけで見限るわけじゃないだろう』
現にヘリオン・ノックバーンの式や今回の一件でも、みんな駆けつけている。
困ったことがあれば、相談するといい。
忙しくなければ乗ってくれる。
アキナは怪しいが、XXXの連中やアーガス、ケンゴや赤猿、豚肉夫人でさえもきっと付き合ってくれる筈だ。
『ほんの少しはひとりかもしれん。だが、未来を恐れるな』
戦いは終わった。
これからどんな人生を歩んでいくのかは、生き残った者に委ねられた特権である。
だからカイトは口出しをしない。
ただ、背中を押すだけだ。
輝かしい未来だけじゃない。
暗い未来も待ち構えている。
それでも、負けないで欲しい。
『大丈夫だ。お前は痛みを知っている』
不安げなスバルを見て、カイトは言う。
『痛みを知って、超えた奴は強いんだ。そうだろ?』
「……そうかも、ね」
思わず苦笑してしまう。
言われてみれば、スバルの信じる最強の人間は、これでもかといわんばかりに色んな痛みを体験してきた。
ボロボロになっても立ち上がり、その身ひとつで挑んだのだ。
説得力があると思う。
「もう少し、頑張ってみるよ」
『そうか』
力のない笑顔で言うと、カイトは何時もと同じように納得してくれた。
彼は周りにいる人間の顔を確認すると、小さく呟く。
『ヘリオン、改めて結婚おめでとう。幸せにな』
「ああ。ありがとう」
『シデン、約束を守れなくてすまない。俺の不始末で、まだ迷惑をかけるかもしれないが……』
「いいよ、別に。ボクと君の仲じゃないか」
『……すまない』
続けて、後輩たちに。
『アウラ、強く生きろよ。お前も痛みを知ってる奴だ』
「はい、リーダー! 私、立派なお医者さんになってみせます!」
『期待してる。後、アキナ』
「なによ」
殆どついでのような扱いを受けて、不満げに頬を膨らます。
「言っておくけど、アタシはアンタになんか言ってもらわなくても大丈夫なんだから! 地獄で見てなさいよ! バスケでもサッカーでも、活躍するんだからね!」
『それは楽しみだ。閻魔にテレビを見れるようにしてもらおう』
そっぽを向くアキナを尻目に、押しかけ部下に視線を送る。
『イルマ、もう俺に付き纏わなくても良いぞ。好きに生きろ』
「いえ。最後まで忠義を尽くさせていただければ」
『なんでだ』
「好きでやっていることなので」
『……ああ、そう』
コイツが死んだら面倒なことになるんじゃないだろうか。
カイトは100年後辺りの地獄を想像しつつ、次の顔に挨拶をしておく。
『アーガス、国の立て直しはしっかりな』
「ふはははははははははっ、案ずることはないぞ山田君! この美しき私がいる限り、トラセットは美しく、そして安泰だ! もちろん、この世界すら私の美しさに照らされ、未来は明るいことだろう!」
『そうか』
スバルとは一転して冷たく、短い返答だった。
盛り上がり始めるアーガスを放っておき、今度は宿敵のひとりに声をかけておく。
『シャオランは無事だ。終わったら筐体から放り出しておく』
「出していいのか? 確か、現実世界では活動時間が短いのでは……」
『肉体を元に再構築する。本人は嫌がるかもしれんが、説得は任せた』
「……わかった。すまない」
『謝るのはこちらの方だ。あまり知らなかったとはいえ、お前たちには謝罪してもしきれない。すまなかった』
確執がこれで終わったとは思わない。
タイラントは今後も亡き恩人や妹分の面影を背負い、戦っていくことだろう。
既に故人であるカイトがなにを言ったところで変わらない。
ならばせめて、今できる精一杯の贖罪をしよう。
筐体から黒い霧が吹きだした。
霧はゆっくりとタイラントの周りに集まっていき、ひとつの塊を生み出していく。
黒が白へと変色していった。
アキハバラで始めて出会った頃のシャオランが投げ出され、タイラントがそれをキャッチする。
『目玉はこっちで預かる。たぶん、これは人間が持っていいものじゃない』
「カイちゃん、元気でね……っていうのは、変か」
『そうだな』
だが、それに近い気持ちで逝くことはできるだろう。
あの時のように無念に満ちた苦しい気持ちは、もうない。
今度会う時があるとすれば、次こそは彼らが死んだときだろう。
「カイトさん」
『うん?』
電脳世界で残された両目を指で押さえた瞬間、スバルが言葉を投げる。
「これで1勝1敗だよ。また、やれるよね?」
『ああ。お前が忘れなければ、きっとな』
「約束だぞ!」
『楽しみにしている。今度は雑談でもできればいいな』
その言葉を最後に、筐体は動かなくなった。
真っ白になった画面は黒に染まり、うんともすんとも言わなくなる。
不思議と、悲しくなかった。
スバルは改めて目元を拭うと、シートから立ち上がった。
「任せてよ。ネタには事欠かさないくらい、生きてみるから」
次回は本日21時に投稿予定。
次で最終話です。




