第345話 vs衝突
鈍い金属音が燃え盛る街のど真ん中でぶつかり合う。
激突するのは双方ともに黒のブレイカー。
が、スバルの目から見てダーインスレイヴはブレイカーという枠組みに入っていない。
あれは複雑なデータの集合体ではなく、神鷹カイトそのものだった。
時に助けてもらい、時に助け、時には対立することもあった頼れる兄貴分。
ゲーリマルタアイランドで一度戦ったが、自分の得意分野に合わせた場だった。
カイトの実力は、ブレイカーではなく彼自身の肉体を酷使することによって発揮される。
年季はスバルに。
反射神経と学習能力についてはカイトに分があっただけの話だ。
が、そのアドバンテージも今の舞台ではあまり意味をなさない。
ダーインスレイヴは神鷹カイトそのものだ。
彼が操縦しているというより、彼があのブレイカーに姿を変えたのに等しい。
年季の差はこれで完全になくなったと考えていいだろう。
寧ろ、戦いに長く浸かっていた分、カイトが有利ですらあった。
周囲の仲間たちはそう予想している。
酷な話だが、この少年とカイトを同じ舞台で戦わせたら少年に勝ち目はない。
それだけの結果を彼は残してきたのだ。
残した結果は信頼となって彼らの中に残り、カイトを強者として認識させてしまう。
「負けるもんか!」
認識してきたのはスバルとて同様だ。
勝つ自信があるかと問われれば、頷くことはできない。
これまで様々な強敵と戦ってきた。
シンジュクでの巨大カマキリとモグラ頭。
山道でやりあったダークストーカー・マスカレイド。
アキハバラの念動神、天動神、激動神。
トラセットの新生物。
アメリカの星喰い。
新人類王国では白羊神。
ゲーリマルタアイランドでガデュウデン。
故郷では獄翼。
ワシントン基地でゴールデン・マジシャン。
ジェノサイドスコールのキングダム。
そして、THE・イレイザー。
思い出すだけで気が狂いそうなラインナップだ。
できれば二度と出会いたくないし、命がけでやりたいとも思わない。
が、それらが束になってかかっても神鷹カイトという重圧は分厚い。
イレイザーに至ってはカイトが操縦したブレイカーだが、カイト自身と比べると霞んでしまう。
蛍石スバルにとってカイトは特別だ。
彼より強い人間なんてこの世界にいないと思っている。
ある種、妄信でもあった。
アトラス程でないにしても、多少の依存があるのは認める。
だからこそ彼の死を受け入れられない。
本人が『いい』と頷いても、スバルは頑なに拒否してしまう。
戻ることこそが少年の願いだった。
あれ以上誰かが欠けることなく、元の暮らしに戻りたい。
アーガス達が故郷に来る前、スバルの暮らしには常にカイトがいた。
父、マサキが亡くなってからも彼と共に暮らし、同じ苦しみと喜びを分かち合ってきた。
ゆえに、カイトがいない生活に虚無感を感じる。
「アンタがどう考えようと、俺は!」
『だったら俺を倒してみろ!』
「言われなくても!」
どちらからでもなく離れ、再び衝突する。
が、今度は均衡が生まれるようなことはなかった。
刀の刃先は、ダーインスレイヴの左手が掴んでいる。
「うっ――――!」
『できないとでも思ったか。もう、これはただのゲームじゃないんだぞ』
そう、ゲームじゃない。
普段、気楽にやれるようなもんじゃないのだ。
真剣勝負。
己のありとあらゆる武器を取り、相手とぶつからなければならない。
遊びでも真剣だ。
ことスバルにおいて、この手でしか今のカイトと向き合う手段がない。
「くそ!」
頭部のエネルギー機関銃が一斉に火を噴いた。
弾丸は腕に直撃するも、同時にダーインスレイヴは右手を突き出している。
「あたるぞ!」
「ちぃっ!」
舌打ちし、刀を手放して離脱する。
機関銃によってボロボロになったダーインスレイヴの左手が、徐々に修復していくのが見えた。
「再生が追加されてるの!?」
『当たり前だ。これは俺自身だと思えと言った筈!』
両手で己の胸をこじ開けはじめた。
装甲が軋む。
めきり、と嫌な音がしたかと思うと、ダーインスレイブの胸部が展開される。
その中にしまっているのは、巨大な銃口だ。
「あんなことして出してたの、あれ!?」
「なんか痛そう……」
『実際痛い』
本人のお墨付きだった。
人間で例えるなら、自分で自分の胸を解剖しているようなもんである。
『だが、俺は痛みに慣れている!』
銃口から赤い閃光が弾けた。
碌にチャージもされていない分、威力は低めである。
が、光の直線は確実にエクシィズへと向かっていた。
建物を曲がって回避を試みるも、直線はビルを薙ぎ倒してそのままエクシィズに命中した。
先に体力を削られ、スバルは毒づく。
「くぅ!」
『逃げてるだけじゃ、俺は倒せんぞ!』
「誰が逃げるか!」
体勢を立て直し、エクシィズが再び飛翔する。
背部の黄金の翼から無数のエネルギー弾が射出された。
『違うのか』
「当たり前だ!」
『俺が死んだことも受け入れられないで、死にたいとほざいた癖に!』
「死人が言うなぁっ!」
エクシィズの掌が輝き始める。
両腕に灯る光が前に突き出され、ダーインスレイブ目掛けて突進した。
『なら、破壊で誤魔化すな!』
ダーインスレイヴが向かっていく。
エクシィズによる左右の破壊を掻い潜り、懐へ飛び込む。
「あ――――!」
黒の腕が交差し、鉤爪が左右の腕に突き刺さる。
エクシィズの両腕が爆発し、モニターに危険信号が流れ始めた。
最大火力のデストロイ・フィンガーを封じられ、スバルは半ば呆然としたまま画面を見入る。
『なぜ戻ってきた?』
両腕が大破したエクシィズに蹴りを見舞う。
アスファルトの上に倒れ込み、ダウン。
起き上がろうとするも、胸部を足で踏みつけられてしまう。
『あの日、お前は生きる道を選んだ筈だ』
「それは――――」
『だが、お前は今になって後悔してる。それはマサキを侮辱する行為だ』
踏みつけに力が入ってくる。
体力ゲージが少しずつ奪われていった。
『知らないとでも思ったか。俺はシャオランの中に居たんだぞ』
「全部知ってるってわけか……」
『あんまり知りたくはなかったが、な!』
一度足を宙に浮かせ、また力の限り踏みつけた。
コンクリートの大地にひびが入り、エクシィズの胴体が跳ね上がる。
「だって、俺は死ねなかったじゃないか!」
周りに仲間がいることも忘れ、スバルは吼えた。
抑えつけられた背中からビーム砲が発射される。
拡散した無数の光の雨を浴び、ダーインスレイヴの装甲が焦げた。
カイトは一度後退すると、再び胸の銃口をエクシィズに向ける。
「力の限りやって、もう絞れないってくらい力を出し切った! これで死んでいいって気持ちでキングダムを倒したんだ!」
全身が潰れて、心も疲弊しきって、血塗れになって、後は死ぬだけの筈だった。
もっと話したい人たちが、あそこにはたくさんいる。
「でも、いけなかった!」
マサキやペルゼニアたちが止めるまでもない。
本当はあの時、蛍石スバルは死ねずにいたのだ。
「それに、父さんからあんな風に言われたら、俺!」
『当然だ! マサキがお前を素直に迎え入れると思うか!? 実の息子であるお前を!』
カイトは知っている。
連れて行かれる息子の為にぎりぎりまで悩み、最後には凶弾に倒れた恩人を。
彼の意思を最後に受け取ったのはカイトだ。
だから、スバルよりもマサキの意思を尊重できる。
『なんの為には俺たちが死んだと思ってる!?』
銃口から野太い光が射出される。
周辺の建物を蒸発させつつも、光はエクシィズを飲み込もうとしていた。
「うるさい、勝手に託して死んだくせに!」
エクシィズが起き上がった。
特殊コマンドを入力し、手早くスロットを回す。
「俺がどんな気持ちでアンタの死体を見つけたと思ってやがる!」
関節部が輝き、エクシィズの装甲が銀色に覆われていく。
光がエクシィズを飲み込んだ。
光波熱線による熱量はエクシィズ本体を破壊しようと襲い掛かるも、鋼鉄の皮膚はびくともしない。
「いつもそうだ! いつもそうやって自分で背負いこんで――――!」
輝きの中でエクシィズが走り出した。
アスファルトを踏み、跳躍。
そのまま金色の羽を伸ばして飛びかかっていく。
「そして、俺を置いていく!」
『そうしないとお前はいつまでもついてくるだけだろう』
ダーインスレイヴの瞳が不気味に輝き始めた。
明らかに稼働した時に見れる電源の灯る光ではない。
赤い眼光に宿る、確かな黒。
それが中心になって、徐々にダーインスレイヴ全体に黒いオーラが浸透していった。
ランダムステージが切り替わる。
世界がモザイクに覆い尽くされ、新たな世界が生成された。
燃える建築物が消え、代わりに荒野と大きな大樹が映し出される。
『結局はそうなる。お前は俺たちについてきたがり、俺たちはお前に生きていろと言う』
妥協案は決して存在しない。
カイトの登場だって、両者が予想だにしなかった事件なのだ。
二度があるとは限らない。
『どっちかしかないんだよ!』
ダーインスレイヴの掌が輝き始める。
黄緑色の光が真っ直ぐのびていき、眩い光の刃を生成していった。
剣が振りかざされる。
横薙ぎに一閃。
光の剣は無限に伸びながらも荒野の真上を通りすぎ、大樹を切り裂いた。
「ああ!? 我が国の美しきシンボルが!」
横でアーガスが喚き始めたが、気にならない。
周りにいる仲間たちは全員口を開けてなにか言っているが、スバルの耳には届いていなかった。
スロットが切り替えられる。
黄金の羽を前に出して、自身の身体を包み込んだ。
『そんなもので防げるものか!』
光の剣が羽で包まれたエクシィズに命中する。
触れた瞬間に黄金の羽が砕け散り、霧散していった。
次回は本日12時に投稿予定




