第338話 vs志望理由
旧人類連合。
アメリカ首都、ワシントンに本拠地を構えており、スバルはここにくるのは2度目になる。
ウィリアムの動乱、サムタック襲来、ジェノサイドスコール。
血の匂いしかしない思い出だ。
思い返しただけで反吐が出る。
可能ならもう来たくない場所でもあった。
「また、きちまったわけか」
鋼鉄の床を踏みしめ、スバルは仲間たちと共に緊張しながら指令室に入った。
いくつかの馴染み深い顔が出迎えてくれる。
「よぉ、久しぶりだな」
「悪いな。受験だってのに呼び出してしまった」
キャプテン・スコット・シルバー。
そしてゲイル・コラーゲン中佐。
どちらも去年と変わりなく元気そうだ。
スコットに関しては心なしか筋肉が膨れ上がった気がするが、まあいいだろう。
「それで、シャオランが用意したっていうゲームは?」
「ああ、これだ」
コラーゲンがノートPCを片手に近づいてきた。
スバルの目の前で開くと、見知ったウィンドウが表示される。
「どうだ?」
「ブレイカーズ・オンラインのスタート画面だ」
何度もコインを投入した画面だ。
見間違えるはずがない。
「これ、プレイできるの?」
「簡単にコントローラーを繋げてみた。やってみるか?」
テレビゲームのコントローラーを手渡された。
ケーブルで繋がれたそれを見て、あまりに簡素な操作ツールに苦笑する。
「俺、筐体派なんだけど」
「いきなり用意できねぇよ」
そりゃあそうだ。
昨日の今日で準備されていたらびっくりする。
「どうでもいいけど、コントローラーと筐体って違うわけ?」
「全然違うよ」
後ろからアキナが問いかけてきたので、スバルは自分なりの解答を出した。
「勿論、人によっては変わらないっていう筈だよ。でも俺は筐体派だから」
なので、本番で戦うなら是非とも筐体を用意してほしい。
適当なのではなく、使い慣れた獄翼のコックピットを再現して貰えたら嬉しいところだ。
「んじゃ、早速」
「その前に聞いておきたい」
ゲームスタートの直前、コラーゲン中佐がスバルの肩を叩く。
「今回の件、俺はそこまで詳しいわけじゃない」
顛末を知っているのは、たぶん現場にいた人間だけだろう。
シャオラン・ソル・エリシャルの進化。
そして挑戦状。
そのどちらも、これまでの戦いからは想像できない。
規格外だと言い換えていい。
「ミサイルの制御装置がジャックされたのはこっちの責任だ」
「でも、戦いたいと言われたのは俺です」
六道シデンと真田アキナのふたりと戦い、それでも尚、自分を求めた。
勿論、現実世界では満足に戦えないのも理由のひとつなのだろう。
だがそれ以上に、シャオランは神鷹カイトの亡霊に縛られているのではないだろうか。
もっとも身近にいたスバルにカイトの影を重ね、求めたのかもしれない。
「……俺も」
「ん?」
「俺も、きっと同じなんです」
神鷹カイトに拘りすぎて、他に着手できずにいる。
イルマ・クリムゾンとは別の執着だ。
「決着、つけないといけないんです」
シャオランと、ではない。
自分の中に燻る黒いなにかと戦い、勝利しなければならない。
これまでも何度か似たようなことはあった。
その度に敵が現れて、ぶつけることで感情を整えている。
今回もそうするのだろうか。
スバルは過去の出来事を簡単に思い返しつつも、ゲームを起動させた。
「コラーゲン中佐、聞いても良いですか?」
「なにをだ」
「中佐は、どうして軍に入ろうと考えたのです?」
「なんだ、進路相談か?」
「まあ、そんなところです。知り合いの大人に聞いて回ってるんですけどね」
聞き、後ろに控えていたヘリオンとシデンの表情が若干暗くなった。
彼らの変化に気付かないまま、コラーゲンは少年の質問に答え始める。
「……18年前。新人類王国との戦争が始まった」
「ええ」
「俺はあの時、サラリーマンだった。営業で色んな企業を回って、自社の商品のPRをする。だからあの時、戦争が始まったって言われてもいまいちピンと来てなかった。自分の成績を上げることだけに夢中でテレビも碌に見なかったからな」
だが、彼の日常はぶっ壊された。
変化せざるを得ない時が来てしまったのだ。
「丁度その頃になると、新人類が自分たちの権利を主張するようになってな。色んなところでストライキが起きて、最終的には暴動にまで発展しちまった。会社があったビルは吹っ飛ばされて、住んでた家も燃えたんだよ」
気付いた時には、自分の周りになにもなくなっていた。
生き残った人間は暴力から逃れるために銃を持ち、戦っていたのである。
「俺も合わせて戦うしかなかった。今思うと、もう少しまともな選択肢があったかもしれないがな」
「それで軍に?」
「まあな。俺は結構運があるようで、昇進もスムーズだった」
実際、終戦までなんとか生き残ってきた。
何度も死を覚悟したし、最終決戦間近では3度くらいは死を経験している。
「……言っておくけど、あんまり参考にすんなよ。お前と俺じゃ境遇が違い過ぎる」
「そうですね……っと」
スタート画面から機体セレクトへ。
見慣れた羅列がずらっと画面に並んだ。
「ねえ」
「ん?」
目当ての機体を探していると声をかけられた。
さっきから妙に近い位置にいるアキナである。
「アタシには聞かないわけ?」
「お前も妹さんも、まだ大人じゃないだろ」
「一応、職にはついて報酬を頂いていた身ですけど」
「ふたりの大学志望理由はなんとなく想像つくよ」
アキナは元々身体を動かすのが好きだ。
昔は戦いが好きとか言っていたが、その戦いが終わったことで新しい趣味を見つけようとしているのだろう。
彼女なりに昔を省みていると言ってもいい。
一方のアウラは戦いから完全に足を洗うつもりだ。
医療の道に進もうとしているのは、もしかすると死んだ姉を前にして何もできなかった無力感からくるのかもしれない。
「立派だと思うよ。お世辞抜きでね」
「それ、もしかしてけなしてない?」
「素直に褒めてるんだよ。なんでそんな捻くれてるのかなぁ」
と、そんなやり取りをしつつもスバルはセレクト画面の中で違和感を見つけ出した。
本来ない場所に、ひとつだけ機体が登録されているのである。
「あった」
エクシィズだ。
選択し、機体を表示させる。
全体図が表示された。
「すっげぇ。デザインを完全に再現してやがる」
「機体性能の方はどうだ?」
「実際に動かしてみないとなんとも言えないけど……」
少なくとも初期装備とデザイン面に関しては問題なさそうだ。
追加武装もいけそうである。
試しに使用可能な武器、パーツの一覧を開いてみた。
「凄い。最新鋭の武器まで登録されてる」
「あ、これ見たことあるぞ。最近フィティングに収納された奴だ」
どうやら使用可能な武器については随時更新を入れていくらしい。
どれだけの手間がかかる作業なのかはわからないが、大したものだ。
ゲーム制作会社に就職できるのではないだろうか。
「とにかく一回動かしてみないと」
「画面から少し離れておいた方がいいと思うよ」
「え?」
エクシィズを選択し、初期武装のままCPUと戦おうとしていると、シデンから注意を受けた。
「シャオランがいつ気まぐれを起こして襲い掛かってくるかわからないから」
本人の発言をすべて信じることはできない。
それがXXXメンバーやアーガス、旧人類連合側の大体的な意見だ。
タイラントでさえも反論できずにいる。
いかんせん、立場が立場だ。
既に彼女の手元を離れた部下である以上、どれだけタイラントが擁護しようとしても意味がない。
そして当の本人であるスバルはというと、そこまで警戒してはいなかった。
ブレイカーやゲーム以外だと勝てないのは百の承知だ。
だから突然襲ってきたとしても、その時は仕方がないって諦められる。
いや、寧ろその方が気が楽かもしれない。
考える手間が省けるだけいい。
だが、それを言ったらまた変な目で見られることだろう。
渋々忠告に従いながらも、スバルはやや距離を取って戦闘を開始した。




