第330話 vs進路
あっと言う間に3ヶ月の月日が経った。
時間が流れるのは早く、入院生活を送っている最中は毎日のように放送されていた戦争終結のニュースもすっかり見なくなってしまった。
指導者のリバーラが倒れ、新人類王国は解体。
新たな代表者としてタイラントが立候補し、いちからやり直すのだそうだ。
当初は激しいバッシングが予想されていたのだが、リバーラによる虐殺行為に抵抗したのが幸いし、新人類たちに目くじらを立てる者は少なかった。
元々、新人類の力は脅威であると同時にいい見本にもなっていたのだ。
互いに手を取り合うことも大事だと主張する声も多数あり、最悪の事態はなんとか逃れることができたと言えるだろう。
後にジェノサイドスコールと呼ばれる、ワシントン基地での戦いで生き延びたのは、3桁の人数にも満たなかった。
彼らは各々の治療を済ませると迷わず軍から抜け出し、新しい生活をスタートさせている。
六道シデンやアーガス・ダートシルヴィーなんかがいい例だった。
前者はなにを思ったのか女性としてアイドル活動をし始めてしまい、デビューCDでオリコン入りするという快挙を成し遂げている。
そして後者はトラセットの管理人として故郷に帰り、いまだに終わることのない街の復興に勤しんでいた。
その一方で、イルマ・クリムゾンのようにこれまでと変わらぬ立場で軍に残った者もいる。
もっとも、彼女の場合は戦いから解放された反逆者一行のサポートが目的であり、自ら進んで戦おうという姿勢は決してない。
あるとすれば、リバーラを支持する人間から彼らを守る時だ。
修復されたフィティングもこれに携わっており、幸運にも近くに空間転移してしまったアーガスによって生存した当時のメンバーはそのままクルーとして活動している。
そして蛍石スバルはというと、
「で、アンタ大学は決めたわけ?」
下校時刻。
後ろの席でノートを片づけながらもアキナは問う。
「まだ。いつまでもイルマから資金援助されるのもどうかと思うから就職も考えてるんだけど」
「やめておきなさい。今アンタが就職してもブレイカーの操縦しかアピールポイントがないんだから」
「うるせぇ」
シンジュクから少し離れた予備校に通いながらも、スバルは元に近い生活を送っていた。
最初はヒメヅルへの帰郷を希望したが、土地の維持は難しく、色々と権利やら身分証明書やらの都合で面倒らしい。
ペルゼニア襲撃の影響もあって戻り辛い環境になってしまったようだ。
その代わり、イルマから支給されたのがマンションである。
退院した後、スバルとアキナ、アウラはヒメヅルから非難してきた人間たちと同じマンションで住むことが許されたのだ。
流石に少女ふたりと同居する度胸はなかったので部屋は別々なのだが、なにかあれば遊びにくるくらいには近い環境である。
ケンゴと同じマンションなのもポイントが高い。
ヒメヅル高等学校の時と同じとは言わないが、日常に帰ってこれた気がした。
しかし、生死の戦いに勝ってもスバルには次の戦いが待ち構えている。
受験戦争だ。
「仮面狼さん、確かこの前の試験結果は赤点が4つありましたよね。これじゃあ就職も難しいのでは……」
「ていうか、下手すると卒業できないんじゃない?」
「うぐ……!」
蛍石スバル、17歳。
相変わらずの赤点大王だった。
「まだ1年あるっていっても、あっという間よ。今のうちに進路だけでも確定させたら一夜漬けの準備だってできるし、きちんと考えた方がいいんじゃない?」
「ぐぬぬぬ……」
何も言い返せない。
陰ながら小馬鹿にしていたアキナが自分よりも数段いい点数を取得しているのを見ると、頭が上がらなかった。
「まあまあ」
このまま超人少女たちにいびり倒されるのではないかと思っていたところに、親友の柴崎ケンゴが助け舟をだしてくる。
「コイツ、いざとなったら結果出す奴だからさ。今は悩ませてやろうぜ」
「そりゃあ、アタシたちも知ってるけど……」
「あそこまで悪いと心配になります……」
溜息をつかれると、馬鹿にされるよりも心にくる。
入院している間もずっとゲームをしていたので自業自得なのだが。
「言っておくけど、アタシは大学受けるつもりだからね。勉強教えろっていうなら早めに頼みなさいよ!」
「お、おう」
戦いが終わった後、一番意外だったのは真田アキナが自分についてきたことだった。
アウラは前から付き合いがあったのでなんとなくこうなる予感がしたのだが、言い争いが目立っていた彼女が日本にくるのはまったく予想できずにいたのだ。
てっきり軍に残るものかと思っていたのに。
このことに関して何度か追及してみたのだが、決まって『うるさいバーカ』の一言で済まされてしまい、結局聞けないままでいる。
ただ、プライベートで仲良くなってみると意外と世話を焼いてくれてるので、正直なところかなり助かっているのだが。
「おいスバル」
「なんだよ」
「今年のバレンタイン、楽しみだな」
「あんまり期待しない方がいいと思うけどね。俺としては来年がどうなってるかが気になるかなぁ」
「あれ、なんかあるっけ?」
「ブレイカーズ・オンラインの新作が稼働するんだよ。この前ホームページで発表されてさ」
「真田にばれたら殺されるぞ」
「いいんだよ。アイツは俺の母さんじゃないし」
それに、
「なんかさ。落ち着かないんだ」
戦いが終わって3ヶ月。
イルマの尽力もあって、今の生活には大分馴染んできた。
しかし、どうにも手が寂しい。
1年近くもブレイカーを動かして戦ってきた為か、ボールペンを握っていても自然と操縦桿を動かす手つきになってしまう。
「本物に乗る事はもうないって、わかってるんだけどさ。なんか名残惜しいっていうか」
「お前、本当にそれを真田に言うなよ」
真剣な顔で親友が忠告をしてきた。
ひそひそ話になったところを見るに、本気で心配しているようだ。
「アイツ、結構お前のこと気にかけてる。シルヴェリアもそうだ」
「見張ってるってこと?」
「言い方は悪いけど、そうだ」
ヒメヅルで別れた後、親友になにがあったのか聞いている。
あの超人アルバイトが死んだと聞いた時は、信じられずに無心のまま突っ立っていた。
同居している豚肉夫人に至っては顔を真っ白にして倒れそうになった程だ。
すぐ近くで見せつけられたスバルがどんな気持ちでいたのか、想像するに容易い。
「大丈夫だよ」
ケンゴの心配そうな表情を見て、スバルは笑顔で切り返す。
「もう戦いは終わったんだ。ブレイカーに乗ることもないし、引き金を引くこともない。これ以上の幸せがあるかい?」
「そりゃあ、そうだけど」
「俺だってもう痛いのはゴメンだ。後は気楽に過ごして、適当に予備校生活をエンジョイしながら今後どうするのか考えるよ」
「真田、切れるぞ」
「いつも怒ってるじゃん」
それだけ言うとスバルは立ち上がり、荷物を纏めて席を立つ。
「元々、自分の楽しみしか見てなかったんだ。1年あるならまだいいよ」
言いたいことがわからんでもない。
確かに、スバルが最終的な進路を下すまで時間はある。
時間はあるがしかし、それでいいのだろうか。
周りには彼のように迷っている生徒がたくさんいる。
だが、スバルの迷いはもっと別の場所にあるような気がした。
一見、普通そうに見える。
顔色も健康そのものだ。
だが彼は自分たちとは違う別のなにかを見ているのではないだろうか。
アキナやアウラとも違う、もっと別のなにかだ。
柴崎ケンゴは不安になる。
戦いから帰ってきてくれた。
それ自体はいい。
だが、彼は本当に救われたのだろうか。
本人は大丈夫だと言う。
本当に大丈夫なのか?
それにしては、毎日に生気を感じられない。
本当は自分でも気づいていないだけで、大丈夫じゃないのでは。
「帰ろう、みんな」
帰宅しようとする親友が、またどこかに行ってしまうような気がした。
終わりの行き詰まり編、完結!
次回から始まる最終章『とんび編』にご期待ください。
蛍石スバル、18歳。
進路に悩む6月の出来事。
次回は日曜日か月曜の朝に投稿予定




