第325話 vsXYZ
重い瞼を開ければ、そこは地獄だった。
そこらじゅうに転がるブレイカーの残骸。
グングニールによって押し潰された人々。
後ろには長い間お世話になった同居人の亡骸。
正面には戦闘中のブレイカー。
『あっはっはっは!』
白いブレイカーが胸から槍を発射する。
光から放たれる高速の槍投げだ。
弾丸と同じか、それ以上の速度である。
避けるのは難しい。
案の定、狙われたブレイカーは背中から串刺しにされてしまった。
『タイラント、時間を稼いでも無理だよ。誰もグングニールを破壊できない』
『それでも、あの存在を放っておけないだろう!』
『だから君は面白くないんだよ』
タイラント。
その名は聞き覚えがある。
カイトを敵視してきた新人類軍の女性兵士だ。
確かエイジとアーガスのふたりと戦って意識不明だと聞いていたが、目覚めていたのか。
そして彼女が新人類軍の頂点に立つリバーラと戦っている。
その意味が分からないスバルでもない。
新人類軍と旧人類軍、その両方がリバーラと対立したのだ。
王のやり方についていけないと反旗を振っているのである。
だが、それも長くは続かないだろう。
彼女が乗る紅孔雀は良い機体だ。
それでもグングニールに対抗するのは難しい。
殆どの機体が大破してしまった以上、やはりエクシィズを使うしか手段は無かった。
「くっ……」
まだ頭ががんがんする。
フェアリーによるパイロットへの直接攻撃がまだ効いている。
コックピットブロックを強化していなかったら気絶だけじゃ済まなかったところだ。
ずっと気絶していた方が楽だったかもしれない。
しかしこうして帰ってた以上、黙って見ているわけにはいかなかった。
「動け」
操縦桿を握り、ボタンを弄り始める。
エラーメッセージが表示された。
動かないと警告が出る。
「くそっ!」
やはりこの損傷では動かせない。
手足を串刺しにされ、頭部は吹っ飛ばされた。
すべての武装が使用不能となった状態では、切り札のエクシィズもただの糸の切れた人形である。
夢の中でカイトに紙切れを手渡された。
だが、所詮は夢だ。
スバルはそんなものを用意していないし、当のカイトも後ろで物言わぬ姿になってしまった。
エクシィズの本性を知っているのはウィリアムだけだ。
その本性さえ暴けば、再生能力が働いて再びエクシィズは動くことができる。
「……確か、ロックモードに切り替えて」
手がかりは夢の中で手渡された紙とカイトのヒントだけだ。
操縦を受け付けないロックモードに切り替えた後、パスワードの入力画面が表示される。
本来ならここで正しい文字を入力したらロックが解除されるのだが、別のパスワードを入力することでエクシィズはまったく別の姿を現すらしい。
「パス、ワード……」
だが肝心のパスワードを覚えていない。
間にスペースを入力するのは覚えている。
カイトが直接口にしていたのだ。
だが、その間に挟むべき文字がわからない。
かなり複雑な文字列だった。
アルファベットの小文字と大文字、特殊文字が混じりあった文字の鉄壁である。
16の入力スペースに入れるべき文字が、わからない。
スバルは頭を抱えて、必死に記憶を探り始める。
思い出せ蛍石スバル。
お前が託された文字だ。
見た文字を一字一句、しっかりと思い出せ。
「確か……」
最初の3文字を入れた後に空白が入った。
その後は特徴的な特殊記号である$が入り、授業で見たことがある単語を入力する。
入れれば入れるだけ思い出し始めてきた。
そう、この後はまたスペースを入れて数字の7が入る。
仕上げに大文字と小文字を入れてエンターキーを押すのだ。
「行け!」
キーを乱暴に叩く。
パスワード入力画面のウィンドウが閉じた。
エラーの表示が出ない。
「やった!」
夢じゃなかった。
カイトたちがウィリアムから聞きだし、繋いでくれた。
後はこのチャンスを物にしてリバーラを倒すだけだ。
心してかかれ蛍石スバル。
今度コックピットに衝撃を与えられても絶対に気絶するな。
意識が途切れようと全力でエクシィズの最大出力をぶつけてやれ。
操縦桿を強く握り、システムの稼働を静かに待つ。
新たなウィンドウが表示された。
『パスワードを入力してください』
「えっ!?」
さっきの入力画面とは違う、3文字だけの小さなウィンドウ。
二重ロック。
単語を意識した瞬間、スバルは肩の力が抜けていくのを感じた。
夢で見た紙切れは表面しか確認していない。
そこには最初のパスワードの分しか書かれていなかった。
「畜生!」
どこまでも用心深いウィリアムの顔を画面に思い浮かべ、思いっきりぶん殴る。
痛い。
モニターは傷ひとつつかず、綺麗に入力画面を映し出したままだった。
「……こんなことしてる場合じゃないんだ」
イライラをぶつけたことで多少冷静さを取り戻すと、スバルは早速パネルを叩いた。
相手はたったの3文字だ。
片っ端から入れていけばその内正解に辿り着ける。
パネルを叩く。
入力がキャンセルされる。
パネルを叩く。
入力がキャンセルされる。
パネルを叩く。
パネルを叩く。
パネルを叩く。
何度も何度も叩き、その度に出てくるキャンセルを見てスバルは愕然とした。
『それでは、そろそろ歴史的瞬間を君たちに届けよう』
『よせ!』
外ではキングダムが紅孔雀を踏んづけて高らかに勝利宣言をしていた。
もう時間がない。
リバーラ王がグングニールの塔にアクセスする。
エクシィズのロックに苦戦しているスバルに気付くこともなく、王はスムーズにグングニールのプログラムを起動させた。
『発射目的地を入力してください』
『僕の意思に変わりはないとも』
この世界に生きるべきは優れた人間だ。
世をよくするのは常に優れた人間であり、常人ではない。
だから選定が必要なのだ。
誰が優れた人間なのか、しっかりと見極める必要がある。
『さようなら、前時代』
キングダムのモニターに世界地図が表示される。
リバーラは大陸すべてをタッチすると、満足げに叫んだ。
『ようこそ新人類! もうこれまでの新人類の定義なんか捨て去ろう! これから生きるべき優れた人間こそが本当の新人類なんだ!』
『狂人め!』
『狂ってなんかないさ。ただ、自分の閃きを実践してるだけだよ』
『十分だよ!』
『それじゃあ褒め言葉として受け取ろうかな』
恐るべきポジティブ思考を発揮させると、リバーラは照準に定められて赤に染まった世界地図を目にした。
これから世界は赤で染まる。
今の惨状と同じように、多くの人間が選考から溢れることになるだろう。
果たして何人残るのか。
0だったら寂しいなぁ、と考えつつも王は発射ボタンを押下する。
グングニールの塔が輝きだした。
傾いた発射口から光が溢れ出す。
『よせ!』
『止めないよ』
タイラントの言葉を振り切り、王は叫ぶ。
『さあ、飛びたまえグングニール! この先の時代を生きるのに相応しい人間を僕に提示してくれ!』
「待て待て待て待て!」
これを見て黙っていられないのがスバルだ。
王とタイラントがやり取りしている間もずっとパネルを連打してパスワードを入力しているのだが、すべて弾かれている。
せめてヒントを。
ヒントをくれ。
でないとグングニールが発射される。
生きている連中がいるんだ。
生き残った故郷の仲間。
トラセットの住民。
旧人類連合や新人類軍。
ゲーリマルタアイランドの仲間たち。
残ったXXX。
みんなが消える。
「待ってくれ!」
声を叩きつけた。
グングニールの塔は振り返らない。
機械と光で構築された破壊兵器は少年の叫びを受け止めず、自らに課せられた使命をまっとうせんと輝き続けていた。
なんの為に戻ってきたんだ。
スバルは慟哭を漏らす。
せっかくあの人たちが戻してくれたのに、最後の最後でなんて詰めの甘い。
どうして裏面まできちんと読まなかったのかとスバルは己を呪った。
誰か。
誰か助けてくれ。
誰でもいい。
俺にパスワードを教えてくれ。
たった3文字なんだ。
こんな文字の羅列で、なにも救えなくなるのか。
「カイトさん、助けてよ!」
こんな時、同居人ならどうする。
彼ならきちんと裏面に至るまですべて確認していただろうか。
答えは返ってこない。
後部座席のカイトはなにも言ってはこない。
代わりに届いたのは、スバルの掌に集っていく黒い霧だった。
「……え?」
いつの間にかコックピットに充満していた黒い霧。
それが掌に充満していき、なにかを生成していく。
凝縮された黒が物体を作り出した。
紙切れだ。
夢の中でカイトに手渡された文字が、そのまま描かれている。
とっさに後ろを振り返った。
カイトの左瞼から黒い霧が噴出している。
霧は紙を生成した後もまだ出続けており、留まることをしなかった。
紙を裏返してみる。
3文字のパスワードと共に黒い文字が記述されていた。
『心配だから送っておく』
汚い字だった。
スバル自身も下手糞な自覚はあるが、それにしたって汚い字だ。
もしかすると小学生の方が上手かもしれない。
視界がめちゃくちゃになる。
崩れるものかと決意していた物が、言葉で壊される。
『お前はひとりだ』
「うん……」
幻聴かもしれない。
しかし、今だけは確かにカイトの声が聞けた。
『だが忘れるな。お前はひとりじゃない』
「うん……」
震える指がパスワードを入力した。
X。
Y。
Z。
ウィンドウが閉じる。
入力を受け付けると、機械音声が静かなアナウンスを流し始めた。
『SYSTEM XYZ、起動』
モニターの横にタイムリミットが表示される。
その時間、僅かに5分。
だがそれよりも目を引いたのが、制限時間の下に表示されたスロットだった。
10行のデジタル文字。
ひとつずつに名前が表示されている。
『お前の後ろにはXXXがいる』
だから頼れ。
エクシィズはお前にその力を届けてくれる機体だ。
お前は俺たちの力と生き様を知った。
だからこの力を托そう。
「XXXの、力」
自己再生。
パイロキネシス。
瞬間凍結。
テイルマン。
水人間。
洗脳操作。
爆発。
鋼鉄化。
放電能力。
そのすべてが凝縮され、スバルの手に委ねられる。
だが、このボロボロの身体でそれらを上手く使えるだろうか。
普通に操縦するだけでも負荷がかかるエクシィズだ。
考えろ。
こんな時、彼ならどうする。
機械のように人間を見下し、見限った男がいた。
誰よりも純粋で悪意に満ちた奴だ。
用心深く、作戦成功の為にはどんな犠牲もいとわない。
今、スバルに求められるのは機械となることだ。
ウィリアム・エデンがそうしたように、再びエクシィズのパーツとなる必要がある。
スバルはスロットを回し、『ウィリアム・エデン』にセットした。
もう後戻りはしない。
蛍石スバルに残された5分を、ここですべてぶつけてやる。
キングダムとグングニールの塔を破壊しろ。
どんな手段を使っても勝利せよ。
スバルは己に暗示をかけた。
モニターの光がスバルを照らす。
少し、身体が楽になった気がした。
『怖いか?』
「うん」
『辛いか?』
「うん」
『不安か?』
「うん」
同居人が後ろから囁いてくる。
確かに怖い気持ちはいっぱいだ。
「けど、大丈夫」
背中を押されている気がした。
ただそれだけで、どこまでも羽ばたける気がする。
エクシィズの目に光が灯った。
「泣くのは、全部終わってからだ」
『よくいった』
背中が押し出される。
同時に、スバルはスロットを切り替えた。
『勝て!』
「うん!」
息を吹き返した黒の巨人が、槍から抜け出す。
瞬時に溶けて再びボディを生成すると、エクシィズは光の8枚翼を噴出して勢いよく飛び立った。
次回は本日の19時に投稿予定




