第323話 vs父さん母さんバイトさん
自宅に辿り着き、玄関のドアを開ける。
嫌な緊張が自分を支配しているのが判った。
果たして父と母は無事なのだろうか。
学校やゲーセンの仲間のように消えてしまってはいないだろうかと不安になりつつも居間を見やる。
「あら、お帰りなさい。遅かったじゃない」
居間から母親が顔をだし、まずは胸を撫で下ろす。
訝しげに見てくるアカリに対し、スバルは一言だけ返した。
「うん。ちょっとゲームセンターに」
「そう。晩御飯できてるけど、食べる?」
「ちょっと一息ついたらね」
居間にあがり、カバンをその辺においてからソファーに腰を沈める。
今日は色々とありすぎた。
疲れが溢れて動く気が無くなる。
放っておいたらこのまま眠ってしまいそうだ。
とはいえ、父の顔を確認するでは寝ていられない。
なんだかここで寝てしまうと、もう二度と顔を見れないような気がした。
それもこれもデジャブーが妙な不安感を煽るからだ。
眠気覚ましにテレビの電源を付ける。
映画をやっていた。
タイトルは『燃えよアラフォー! 炎のエイドリアン』。
『オズワルド大尉、酔拳です! 酔拳を使うんです!』
『エイドリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!』
タイトルの時点で切なさを感じたのでチャンネルを変えた。
次の番組タイトルは『世界の鳥へいってきマッスル』。
『今日の俺はキャプテン・スコット・ペンギーだ! この俺の愛らしいペンギンフォルムで南極のペンギンたちの日常会話を送ってやる!』
画面に映り込んだ筋肉達磨のコスプレが夢にでてきそうな気がしたのでチャンネルを変えた。
次の番組タイトルは『美しきトラセット』。
『美しくこんばんわ画面の前の諸君! 今日はこの美しき美の狩人であるアーガス・ダートシルヴィーが直々に管理する世界の遺産、大樹をご案内しよう。これを見た後の諸君はシュツルム・ウントゥ・ドランクゥ! あまりの美貌に目が眩み、のた打ち回ることになろうだろうね!』
うざかったのでチャンネルを変えた。
次の番組は王権がディアマットに移ってからのパイゼル国の特集だった。
『パイゼル国ではこのように子供達の学力に力を注いでおり、国の発達の為に様々な活動を取り組んでいます。運動の分野ではオリンピックも視野に入れて、マラソン金メダリストのタイラント選手やフィギュア金メダリストのシャオラン選手を招待し――――』
金色の眼が印象的なアナウンサーが伝えてくるも、やはり興味が湧かない。
今日の出来事について、もしかすると自分以外にも症状が出ている人間がいるのではないかと期待していたのだが、ニュースでやる気配はなかった。
特に見たい番組があるわけでもないので、そのままニュースを垂れ流す。
「おお、帰ったかスバル」
しばらく無心で画面を眺めていると、玄関から父親が戻ってくる。
「おかえり、父さん」
「おかえりなさい。お風呂は沸いてるけど、どうする?」
「このまま飯にしたい気分だね。ふたりはもう食べたのか?」
「まだよ。準備するからちょっと待っててね」
アカリが台所へと戻る。
妻の背中を見送った後、マサキは居間へとやってきた。
気怠そうに座る息子と目が合う。
「どうしたんだ。なにかあったのか?」
楽しみにしていた夏休みを目前にして張り切っていたのに、戻ってきたと思ったら溶けそうなくらいだらけている。
息子の変化をみて、マサキは考え込んだ。
「旅行がキャンセルになったのか?」
「いや……」
明確にそういう話をしたわけではないので、違う。
スバルは今日の出来事をどう話すべきか迷った。
果たして今日の異変を正直に話していいのだろうか。
病気だと思われないか。
父や母を不安にさせないだろうか。
しばし考えた後、意を決してスバルは口を開く。
「父さんさ。デジャブーって信じる?」
「デジャブ? ……ああ、既視感のあれか」
マサキは突拍子のない単語に多少驚くが、スバルの隣に座ってはにかみながら語りかける。
「なんだ。変なことでもあったのか」
「うん……なんか俺の記憶にない筈なのに、変な光景が見えるんだ」
「いつから?」
「今日から」
マサキが考え込む。
「具体的にはどんなのなんだ?」
「知らない人にナイフを向けたり、ケンゴに銃を向けてた。それに、知り合いが死んでいく感じ」
「穏やかじゃないな」
「もう頭がおかしくなりそうだよ……」
拍車をかけるのが、後半からデジャブーが見えた面々の姿が消えてしまっていることだ。
自分がどんどん孤立していっているような気がして嫌な気持ちになる。
「明日、病院へ行こう。残念だが父さんの知識じゃ解決できそうにない」
「うん……」
「それに、明日起きたら直ってるかもしれないじゃないか。さあ、今日はご飯を食べて早く寝よう」
テーブルに食器が置かれていく音を耳で拾い、マサキが息子を誘う。
「うん、わかった……?」
立ち上がり、食卓へと向かうスバル。
だがその途中で彼の耳はある音を捉えた。
車の音だ。
聞き慣れたエンジン音が響いてくる。
心なしか、どんどん近づいてきている気がした。
「どうした」
「いや、なんか車の音が」
次の言葉が吐き出されそうになった瞬間、蛍石家の窓ガラスが木端微塵に砕け散った。
庭を乗り越え、壁を粉砕し、テレビや物置を吹っ飛ばしながらトラックが突入してくる。
「きゃああああああああああああっ!」
「危ない!」
アカリとスバルを捕まえ、部屋の隅っこに逃げ込む。
トラックは食卓にぶつかる手前で停止すると、僅かにバック。
絨毯を泥だらけにし、再び停止した。
運転席の窓ガラスが開いていく。
「時間だ。迎えに来た」
「■■■君!」
アルバイトの青年である。
雇い主のマサキは憤りを隠せない表情のままトラックへと近づき、文句を言う。
「どういうつもりだ!」
「言葉の通りだ」
「僕らをどうするつもりだ。誘拐でもするっていうのかい!?」
「悪いがお前に用はない」
冷たい視線をマサキからスバルへとシフトさせる。
鋭い眼光が少年を射抜いた。
今にも殺されるんじゃないかと思える程、ぞっとする瞳である。
反射的に視線から目を逸らす。
「もう寝ている時間は終わりだ。遊んでいる暇はない」
「なにを――――」
「すまん」
トラックから飛び出すと、アルバイトはマサキを突き飛ばしてスバルへと歩み寄る。
アカリがスバルを庇うようにして前に出てきた。
「お願い。スバルを連れて行かないで。私が代わりになるから」
「なにを勘違いしているかは知らんが、断る」
はっきりと言葉にしてアカリの提案を拒否し、バイトはスバルの肩を掴んだ。
衝撃で肩が外れるかと思う程力強い。
同時に、不思議な暖かさを感じた。
さっきまで不安に打ちひしがれていたのが嘘だったかのように、安堵感がスバルを包んでいく。
「時間がない。来てもらうぞ」
「……俺、なんかしたの?」
混乱した頭で、思うままに言った。
バイトは驚く素振りも見せず、どこか寂しそうな表情に変わる。
「……そうだな。もう被害者だとは言えなくなってしまったかもしれない」
始まりは突然だった。
嫌でも戦わないといけない状態に追い込まれて、気付けば抜け出せなくなってしまっている。
だからと言っていつまでも被害者ぶるわけにはいかなかった。
「お前は俺の制止も聞かずに戦うと言ったな。新生物やペルゼニアの戦いではその答えが問われる物だったと思う」
「ペルゼニアと?」
「そうだ。お前もそろそろ気付いている頃だろう」
言われ、スバルはデシャブーを思い出す。
思い出しただけで鳥肌が立ち、眩暈がしそうだった。
「ペルゼニアだけじゃない」
追い打ちをかけるようにしてバイトは続ける。
「大勢がお前に託した。お前はその気がなかったかもしれない。だが、もうお前しかいないんだ」
視界がぶれていく。
周りに霧がかかったように歪んでいった。
槍を携えた白いブレイカーが見える。
解き放たれた槍の雨嵐。
次々と串刺しになるブレイカー。
人。
人。
人――――
「キングダムを倒せるのはお前だけになってしまった」
「……キング、ダム?」
「だから迎えに来た」
「ま、待て!」
マサキが後ろからカイトを羽交い絞めにする。
「息子をどこに連れて行く気だ! 私は許さんぞ!」
「……確かにマサキなら許さないだろう」
自虐的に俯く。
「すまん。俺は最後まで守ることができなかった」
「なにを……」
「けど、こいつは俺たちの戦いなんだ」
共に苦しみ、共に悲しみ、時には喜びを分かち合っていつか来るかもしれない最後の日に怯えながらも平穏を望んできた。
マサキの意思は、そこまでハードではなかった筈だ。
「本当にこれで最後なんだ」
肩が震えていた。
悔しげに拳を握り、バイトは顔を上げる。
「アキナが繋いで、アウラが繋いで、最後にはこいつにバトンがきた。俺はそれを投げ捨ててほしくない」
デジャブーがスバルに囁いた。
さあ、帰ろうと。
また地獄に戻って戦うんだと告げてくる。
全部思い出した。
リアルだと信じていた物は夢で、悪夢だと信じた物は現実だったのだ。
あの世界で懸命に生きて、最後には報われる筈だと心のどこかで思っていた。
だが、結果はデジャブーが教えてくれた通りだ。
スバルは本能で拒絶する。
「頑張って、どうなるんだよ。もう、誰もいないのに。俺だけ残ってても、しょうがないじゃないか」
「ひとりじゃないさ」
馴染みの同居人が親指を後ろに向ける。
トラックの荷台。
影から僅かにVサインが見えた。
「お前の登校中にかき集めてきた。みんな一緒だ」
「みんな……?」
「ああ。面倒だった奴も頭を下げてついてきてもらった」
影になってよく見えないが、こちらを見てそっぽを向いている人影があった。
あまり好かれていない人間のようだが、同居人が説得してくれたらしい。
「それに、まだあそこには残っている奴らがいる」
「え?」
「急げばまだ間に合う筈だ」
ゆえに、改めて問う。
「乗るか?」
朝と同じ選択を突き付けられた。
母がどこにもいかせまいと腕を掴んでくる。
今度は断る理由が無かった。
「いくよ」
「スバル!?」
手を解き、スバルは同居人の前へと立つ。
「運転お願い……カイトさん」
「任せろ。飛ばすぞ」
「お、おい!」
マサキとアカリを振り解き、スバルは急いで助手席へと乗り込んだ。
操縦席に座るカイトがシートベルトをつけると、トラックが再び震えだす。
「よせ、いくなスバル!」
「息子を返して! いかないで!」
父と母の悲痛な叫びを聞いて、胸が苦しくなる。
だけど、耳を傾けてはいけなかった。
「本当にいいんだな?」
「うん。母さんは小さい頃に死んじゃったし、父さんももういない」
「……そうだな」
「だから俺は、まだ間に合う内にできることをやろうと思うんだ。俺ができるなら」
「できるさ。その為に俺が来た」
トラックが後退する。
蛍石家から抜け出すと、エンジンが唸りをあげた。




