第304話 vs強襲
胸に痛みが走る。
まるで釘を打ち込まれたかのような激痛と、締め付けるような圧迫感。
呼吸すら困難な状況で銀の鎧に包まれた身体が崩れ落ちる。
操縦桿を握る手を動かすことができず、ゾディアックがバランスを崩した。
背中の飛行ユニットは姿勢を元に戻すこともせず、巨体は落下していく。
巨体が異次元の穴の中に吸い込まれる。
七色に輝くトンネルを通りぬけ、ゾディアックは光輝く出口に放り込まれた。
出口の先にあったのは、どこまでも深い青の世界。
深海のどこかだった。
『非常事態発生。機体制御できず!』
アーガスによってくり抜かれたハッチから海水が飛び込んでくる。
水は勢いよくコックピットを満たしていき、ベルガの身体を押し上げていく。
脱出不可能。
そのまま海水によって押し潰されるその瞬間。
タイラント・ヴィオ・エリシャルの意識は覚醒した。
「だはっ!」
起き上がりの第一声にしては非常にかっこわるいものである。
とはいえ、本人にその自覚はない。
「今のは……?」
ベットの上で眠っていたことよりも、さっきまで見ていた光景の方に意識を集中させていく。
今のは夢なのだろうか。
だとしたら悪夢だ。
よりにもよってあのアーガスに一矢報いられ、挙句の果てに殺されてしまうなど。
胸の中に憤りの感情が芽生えていくのを感じていると、タイラントは自身の置かれた現状をようやく理解し始めた。
手始めに感じた異変はやはり額に貼り付けられたお札である。
「ん?」
剥がし、札を見やる。
見たことのある文字が書かれているが、それがどういう意味で書かれているのか理解できない。
タイラントは前にもこれと同じ札を見たことがあった。
王子ディアマットがシンジュクに鎧を派遣した時だ。
あの時も、これと同じ札を張り付けて王子が反逆者と戦っていた筈である。
では、自分は鎧を動かしていたのか。
しかし、なぜ。
混乱するタイラントだが、そこでもうひとつ気付く。
ベットの横で尻餅をついているナースの姿に、だ。
「あなたは?」
「あ、いえ。その」
まさか急に起き上がるとは思わなかったのだろう。
突然鬼気迫る表情で起き上がってきたタイラントにびっくりしてしまい、腰を抜かしたなど死んでも言えない。
隣で気絶しているファンナースの名誉の為にも、だ。
「お、起き上がられましたね。よかったです!」
せめてとびきりの笑顔で誤魔かそう。
素早く立ち上がって精一杯のスマイルを送るが、タイラントは訝しげに見てくるだけだ。
気まずい。
「私は……」
ただ、恰好からナースの存在を認識したのは確かだった。
彼女の存在とこの病室。
そしてパジャマみたいな白い服を見ると、自然に自分の置かれた状況は理解できる。
同時に、最後に見た光景もなんとなく思い出してきた。
脱走する反逆者一同。
追撃するタイラント。
相対する御柳エイジとアーガス・ダートシルヴィー。
そして胸に突き刺さった薔薇。
これらが連鎖し、寝起きのタイラントの脳に衝撃を与えていく。
「私はどれだけ眠っていた?」
「は、半年ほどです」
「半年だと!?」
通りで身体が気怠いと思った。
筋肉が衰えて力も上手く入らない。
前の感覚を取り戻すには時間がかかりそうだ。
「連中はどうなった!? 脱走した反逆者がいた筈だぞ」
「お、落ち着いてください!」
肩を掴み、そのまま破壊しかねないタイラントを落ち着かせようとナースが宥める。
「落ち着いていられるか! 国はどうなった!? あれだけ打撃を与えられたのだぞ」
タイラントが最後に覚えているのは外に出てしまった反逆者と取り押さえにかかったエアリーの姿だけである。
その結末がどうなったのかはわからない。
「ここは国の病室なんだろう。なら知っているな!?」
「痛い痛い痛い! 痛いですタイラント様!」
「あ、すまない」
そこでようやく力が入り過ぎていることを察し、タイラントが手を離す。
ナースが痛みを和らげながらもどう説明すべきか迷っている間に、それは起きた。
「きゃ!」
「地震か!?」
揺れだ。
タイラントは外を見やり、窓へと近づいていく。
すぐに己の考えが過ちであると気づいた。
空がオーロラに包まれているのだ。
「異空間の中に城が退避しているのか?」
では、あの地震はなんだ。
窓を開き、顔を出す。
上空から轟音が響きわたった。
見上げると、次元の穴の中から見知らぬブレイカーが突っ込んできている。
敵襲だ。
武器を構えることなく金の羽を噴出する黒い機体を目の当たりにして、タイラントは本能的に今の王国の状況を理解した。
「転移完了。敵機多数」
後部座席のイルマが淡々と報告してくる。
だが、そんなものは見れば分かる話だ。
ゆえにカイトは見てもわからないことを問う。
「標的の場所はわかるか?」
「感知する新人類にチェンジすればわかりますが、今はお勧めしません」
「理由を聞こう」
「時間がかかるので」
「なるほど」
穴の中から出現したエクシィズは既に地上のブレイカー部隊に銃を向けられている状態だ。
具体的にどの程度時間がかかるのかは知らないが、先にやっておいた方がいい仕事があるのは確かである。
「ボスのお望みは?」
イルマが変身先を問う。
考える間もなく、カイトは率直に切り出した。
「ゼッペル」
「了解」
『SYSTEM X、起動』
アプリをタッチし、コックピット内にSYSTEM Xの稼働アナウンスが流れだす。
本日二度目となるその現象が発現した瞬間、城の警護をしているブレイカー達が一斉に引き金を引いてきた。
光の銃弾が暴風となってエクシィズに襲い掛かる。
しかし、引き金を引くまでの数秒にも満たない僅かな時間が、カイトにはスローモーションに見えて仕方がない。
「全員一気に仕留める。あの技でいくぞ」
『クリスタル・ディザスターですね。了解しました』
詳細を伝えていないにも関わらず、イルマはカイトの意図が伝わるらしい。
少ない言葉でやりとりできるのはスムーズでありがたいのだが、気味が悪い。
これもエレノア並みのストーカー行為がなせる技なのかは知らないが、永遠に知りたくないスキルであった。
「いくぞ!」
次々と射出される光の弾丸。
それらの銃口の向きに目を光らせ、カイトは射線を計算しては避けていく。
エクシィズが加速。
飛び交うエネルギー弾を掻い潜っていくと、ブレイカーの集団が待ち構える城門前に着地した。
着地したままの体勢で両手が地面に添えられる。
『野郎!』
『逃がすか!』
敵機が一斉にこちらに銃を向けた。
その振り返る瞬間すら、カイトにはスローに見える。
これだけの時間なら、十二分にアレを仕掛けられる筈だ。
一度受けたことがあるから身に染みて知っている。
「やれ」
『了解』
ゆえにカイトは即座に命じ、イルマはそれに応えた。
巨大な水晶の柱が地面から突き出す。
それはブレイカーを次々と串刺しにしていき、更には城壁を削り落としていく。
『な、なんだこれは!』
敵の断末魔が聞こえる。
けれども、止める気はない。
「続けろ」
『そのつもりです』
巨大なオブジェは周囲を飲み込み、城に十字架に似た柱を産み落とした。
周囲にいたブレイカーは水晶に飲まれ、オブジェの一部と化している。
恐らくは城の内部にいた人間も同様だろう。
「よし、城を攻撃する」
『了解しました』
クリスタル・ディザスターによる浸食が止まり、エクシィズが再び飛翔。
背中から飛び出した黄金の羽を広げ、そのエネルギー結晶の中から無数の閃光を発射した。
拡散して城に襲い掛かるそれは、まさにビームの雨と言っても過言ではない。
飛行ユニットから射出されたビームが城に命中する。
先の攻撃によって防衛機能がマヒしたようで、城は防御をとることもなく光の矢を受け止めていく。
着弾個所から爆発が起こり、外壁が崩れていった。
『迎撃が来ませんね』
「ああ」
不審に思っていたことをイルマが口にしたので、カイトは静かに頷いた。
「まさか、有能なのを全部外に出したのか?」
『先程防衛に出ていたのはその殆どが紅孔雀と、無人機の量産ブレイカーです。流石に本国の守りがこれだけとは考えにくいかと』
さっきのクリスタル・ディザスターの影響でどれだけのブレイカーが地下で大破したのかは知らない。
しかし、それにしたって呆気なさすぎる。
前に出てきた白羊神のことを思えば、もっとなにか出てきてもいい筈だ。
『ボス』
「どうした」
『迎撃の任を受けたと思われる兵が姿を現しました』
「映像をこっちにも回せ」
『イエス、ボス』
後部座席から詳細映像が送られてくる。
エクシィズの視界の一部をズームにしたものだ。
崩された城の中。
煙に紛れて、ひとりの人間らしき何かがこちらを睨んできている。
「なんだ、あれは」
四肢があるし、顔もあるからきっと人間なのだろう。
しかし、全身から噴き出す炎のような黒い物体はなんだ。
しかも背中に羽があるし、本当に人間なのかと疑う程その風貌は目立っている。
「イルマ、他に熱源反応はあるか?」
『今のところ、見当たりません』
「生体反応でもいい」
『一番近いのがそれです』
では、本当にあれがエクシィズを迎撃する為に出てきた戦士だというのか。
あのゼッペルでさえ手を焼いた最高のブレイカーだ。
そんじょそこいらの新人類で破壊できるとは到底思えない。
思えないのだがしかし、言いようのない不安がカイトの胸に溢れてくる。
シャオランに感じた違和感と同じだ。
それに、異形が腰に携えている剣には見覚えがある。
「……まさか」
見間違えるはずがない。
親友と『相方』を葬った剣だ。
「お前、ゲイザーだな」
名前を呼ばれるのを待っていたかのように、異形が羽を広げる。
彼の周囲を風が駆け巡る。
直後、ゲイザーの身体が宙に浮いた。
『これまでこんな新人類は見たことがありません。鎧の隠し玉でしょうか?』
「俺やシャオラン、他の鎧とも違う使い方をしている」
少なくともこれまでのゲイザーとは明らかになにかが違う。
正面から突っ込んでくるその姿を見て、カイトは瞬間的に銀女の存在を思い出した。
「アイツ、進化したのか!?」
爆風に身を乗せてゲイザーが飛び込んでくる。
鞘から破壊剣を抜いたのを見て、カイトは僅かに息を飲んだ。
次回更新は水曜日の朝を予定




