第303話 vs美しき一番星
スバルによってゾディアックと命名された機体の中に、その鎧は居た。
名はベルガという。
銀に輝く鎧に包まれたソイツは、脳に来る命令のままに破壊を行おうとする。
今も丁度迫ってきた巨大なブレイカーを破壊したところだ。
脳に来る命令は常に『破壊する』というアバウトなものだったが、なにをすればいいのかを操縦者が言ってくれれば鎧はその通りに動く。
ゆえに、今のベルガは破壊衝動しかない。
そのまま野に放ってもいいが、ブレイカーに乗せることでナースでも動かしやすくしようと、こういう形で出撃することになったのだ。
結果的にタイラントの中に眠る破壊衝動がそのままベルガの動力源になっているので結果オーライなのだが、いかんせんさっきのローズロボとの戦いで損傷が出ている。
普通のパイロットなら、ここで機体の損傷を確認するところだ。
しかしベルガは破壊衝動だけで動く鎧である。
銀の鎧が操縦桿を動かし、砲身だらけのジャケットが動くことを確認する。
首に受けた損傷など全く気にする様子もなく、別の敵機の反応へと視線を向けていた。
さっきまで目の前にいたローズロボの巻き起こす爆風も、それによって受けた機体ダメージすら気にかけず、壊れるまで破壊を続けるつもりである。
「おお……」
フルフェイスの兜の中から唸り声が響いた。
周辺にいる敵機にロックをかけたのだ。
ジャケットから放たれる赤外線が届く範囲にいる敵に照準を合わせると、ベルガは躊躇いも無く操縦桿の真上についているボタンに指をかける。
ベルガの脳内に、出撃時から続く復唱が強く鳴り響いた。
破壊だ。
壊せ。
滅ぼせ。
一掃しろ。
敵をすべて破壊し尽くして消滅させるのだ。
それこそが自分の存在意義。
破壊に特化された者としての使命。
それをまっとうすることで、己はあのお方に成長を示すことができる。
ベルガにとって、『あのお方』というのが誰なのかは至極どうでもいい話だ。
だが、操縦者から放出される破壊への執着は本物である。
敵の反応を見つける度に、彼女の復唱は強く反響するのだ。
ゆえに、その望みの強さを比例させてとびきりの爆炎を披露しよう。
ベルガを取り込むSYSTEMが光を発し、ジャケットから無数の輝きが放たれ始める。
そんな時だった。
ゾディアックの正面で未だに燻る黒煙の中から、ひとつの影が浮かび上がる。
「ビューティフル・ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンプ!」
黒焦げの姿のまま、アーガス・ダートシルヴィーが身を投げ出す。
彼は生きていたのだ。
コックピットを炎に包まれても、持ち前の生命力と咄嗟に仕掛けた炎に対抗できる植物を張り巡らせることで致命傷を避けていたのである。
とはいえ、ノーダメージというわけではない。
黒焦げなのは服だけではなく、肌や髪も同様だ。
「ふはははははっ、驚いたか鎧の使徒よ!」
爆風に吹っ飛ばされつつもアーガスが高らかに言い放つ。
「このアーガス・ダートシルヴィー! 皆のところに行く前にやることがあるのだ。そう簡単にこの美しい命をくれてやるわけにはいかん!」
爆風の勢いに乗り、ゾディアック目掛けて突進。
その右手には一輪の赤薔薇が握られている。
「この異次元空間の中、飛び出した私を笑うかね!?」
鎧はなにも答えない。
誰も返答しない問いかけに対し、アーガスは自嘲した。
確かに、この穴のどこかに落ちたら自分の身体はどこともわからない場所に転移されてしまう。
海の中か、地面の中か、空の上か、あるいは宇宙にでてしまうかもわからないのだ。
アーガスの周囲は異次元空間に包まれている。
生身で吹っ飛ばされた手前、ここから脱出することはできないだろう。
後は天運に祈るのみである。
「しかし、ただでは消えんよ!」
深紅の花弁が宙を舞う。
花弁の中から飛び出したレイピアを掲げ、アーガスは前へと突き出した。
「とうぁ!」
銀の一閃がゾディアックのコックピットへと襲い掛かる。
ハッチが切り裂かれ、銀の外装が剥がれ落ちた。
中で操縦桿を握ったままのベルガの姿を確認すると、アーガスは不敵に笑う。
「君が私の相手の鎧かね。中々美しい恰好をしている」
全身を覆う銀の鎧。
顔立ちもわからぬミステリアスなフルフェイス。
怯えることも無く、微動だにしないまま操縦席に座っているその姿にはちょっとした神秘性さえも感じることができた。
しかし、見とれている場合ではない。
これが美術館に贈呈されている骨董品でないのが心底残念だ。
鎧だけなら、きっと金色しか好まない父も満足していただろうに。
「さあ、我が美しき花をその身に浴びて倒れるがいい!」
左手で無数の、色とりどりの薔薇を構えて投げつける。
ここでようやくアーガスを敵と認識したのか、ベルガが首を僅かに傾けた。
拳を突き出し、親指を人差し指で小さな輪を作り出す。
ぱちん、と指が鳴った。
弾き出された衝撃は爆薬を産み落とし、目先の薔薇を焼き払っていく。
「燃え尽きぬ」
自慢の薔薇が散っていく様を見て、アーガスは静かに呟く。
「例え君が何度破壊し、燃やし、踏み潰しても。その花は灰にはならぬ」
英雄にならねばと磨き上げた異能の力。
国民の為にと自らに言い聞かせ、隣で泣いている弟に気付かぬふりをしてきてまで育ててきた。
燃えてたまるか。
20年以上の月日を費やしたのだ。
時として誰かを傷つけ、美しくないことをしたけれど、それでも自然は正直に応えてくれる。
「私は美しき美の狩人。己が美しいと決めたこと以外はせぬ男」
爆炎を突っ切って一輪の薔薇がベルガの鎧に突き刺さった。
たった一輪だけだ。
けれども、その根は鎧の中を掻い潜りベルガの肉の中へと侵食していく。
ダークグリーンの薔薇の花弁が大きく咲きわたった。
「汚い色だろう?」
自嘲気味にアーガスが笑う。
力尽きる寸前、ベルガの指がアーガスを向いた。
空中に投げ飛ばされたアーガスは避けることもしないまま、饒舌に語り続ける。
「しかし、私も一度その色に染まったのだ。それゆえにあまり美しい色とは表現しづらいのだが」
根がベルガの心臓に到達した。
臓器に絡みついたそれは強く締め上げると、ベルガの生体機能を圧迫させていく。
フルフェイスの隙間から赤い液体が飛び出す。
「まだ、我々もその色から脱し切れていないと思わぬかね、鎧の使徒よ」
息絶える直前、ベルガの指が弾かれた。
風を切り裂き、アーガスの正面で爆発が発生。
「がっ――――!?」
覚悟しての一撃とは言え、あまりに重い。
服も手足も一撃でボロボロだ。
身体にローズロボと同じ種を仕込んでいるとはいえ、至近距離から浴びてしまったらあまり効果もなかった。
アーガス自身はローズロボと比べるとそこまで頑丈ではないのだ。
「す、すまない。スバル君……」
黒煙から落ちる直前、獄翼が視界に映った。
自分が人生を狂わせてしまった少年は、必死にもがいて戦っている。
本当なら彼を生かす為に最後まで戦場に立っていなければいけなかったのに。
彼らには迷惑をかけっぱなしだ。
このまま弟の待つ場所に行ってしまえば、彼はきっと怒ることだろう。
だが、どうか許してほしい。
もう身体が動かないのだ。
視界もぼやけている。
落下していく自分を包み込む風の心地良さを感じつつも、待ち構える異次元の荒波は見逃してくれそうにない。
「私は、ここまでだ」
こんなことを自分から言われたくないかもしれないが、それでも共に戦った身だ。
だからせめて、無事だけは祈らせてほしい。
「美しく生きるのだぞ。私や、アスプルの分も」
異次元空間の波に触れる。
アーガス・ダートシルヴィーの身体が消滅した。




