第300話 vs六道シデン ~呪縛編~
六道シデンは個性豊かなXXXの中でも存在感のある子供だった。
自己主張はしっかりしていたし、能力面においても強力な個性を確立させている。
俗世に興味を抱いているのと、女装が趣味なことを除けばかなりの有望株だった。
それなりにちやほやされていた王国にいた頃の生活が楽しかったかと問われれば、首は横に振られる。
自分のやりたいことは満足にできなかったし、戦いよりもオシャレやトークに花を咲かせたいと常々考えていた。
仲間からは『女子かお前』と言われることはあれど、彼らは理解を示してくれた方である。
少なくとも、白い目を向けてきた上層部と比べたら仲間との空間は居心地のいい物だった。
だからストレスの切り分けはできていた方だと思う。
酷な話だが、チーム内にはシデンよりもずっと深刻なストレスを抱えている同僚がいた。
彼に比べたら、自分はまだ幸せだ。
そう判断して、自分を取り巻く空間を少しでもいい物にしようと決めたのだ。
しかし、王国でいい境遇を作ろうとすると必ず壁が立ちふさがる。
戦いだ。
新人類王国は戦争の真っ只中。
シデンは兵士である。
いい境遇を作ろうとすると、自然と戦果が必要になってしまう。
戦いは好きじゃない。
できればこの仲間たちとは、どこか平和な国の学校で出会いたかったと常々思ってきた。
けれでも、新人類で強力な能力を持っている以上、戦いは避けられない。
そんな時代だった。
時代は17年経った今でもあまり変わっていない。
あれから色々とあって境遇は大きく変わった。
けれでも、戦わなければならないという一点においては変化がない。
まったく嫌な時代だ。
どうしてこう、時代は生きる人間に対してストレスを与えていくのだろう。
昔見た映画のオープニングで映っていた荒波みたいに、周囲を飲み込んでいってしまう。
エミリア・ギルダーとウィリアム・エデンは飲まれて消えた。
御柳エイジも巻き込まれた。
神鷹カイトは片足を飲まれてしまっている。
後から知り合った年下の仲間たちも、概ね似たような状態だ。
彼らといい環境で過ごすために力を伸ばした。
けれども、気付いた時には『いい環境』から遠ざかっている。
それが途方もなく悔しくて、なんとかできないかって必死になった。
その為にどうしたらいいかと考えて、出した結論が昔に戻ることである。
オシャレの為の服は捨てた。
着飾っていた愛嬌もゴミ箱へポイ。
後に残ったのは、随分昔に捨て去ったXXXとしての姿だった筈だ。
それなのに、敵わない。
六道シデンは腹を抉られ、吹っ飛ばされていた。
意識が遠のく。
視界が薄れ、自身の冷気とダメージの熱が交差して頭がどうにかなってしまいそうだ。
言葉を紡ごうとしても、今は呼吸だけで精一杯になってしまっている。
視線を腹部に移した。
脇腹に光の矢が突き刺さっている。
電流らしき光を発しながら唸るそれはシデンの肉を焼き、脇腹を貫いていた。
溢れ出す血を目の当たりにし、シデンは思う。
助かった、と。
ほんの少し。
本当にほんの少しだけ胴体を逸らし、致命傷を避けることができた。
こんな矢が正面から突き刺さったら、今頃どうなっているか想像するだけで恐ろしい。
「かはっ、はっ――――」
だが、生きているからと言ってどうにかなるわけではない。
致命傷を避けたのは幸運だったが、それでも受けたダメージが大きいのは変わりないのだ。
また、絶望的状況なのも変わりがない。
「3人、ね」
倒れたままの姿勢で吹っ飛ばされた方向を見やる。
新人類王国最強と謳われた鎧が、3色揃っているではないか。
なんの冗談だ。
ひとりでも食い止めるのが厄介だというのに、それが3人もがん首揃えて。
とはいえ、文句を言ったところで現実が変わることはない。
さてどうしよう。
なんとか致命傷を避けたといっても、身体の一部が欠落しているのだ。
出血も酷い。
こんな状態で鎧を相手にすることなどできるのだろうか。
そんなことを考えている内に、島国で親友に言われた言葉を思い出す。
諦めんな。
確か、彼はそう言ってきた。
状況は悪すぎて、結局悪いまま終わってしまったのだが、御柳エイジは最後まで希望を捨てることはしなかったのだ。
そして彼は、今のシデンと同じような境遇でも見事に鎧を倒してみせた。
そんなエイジに託されたのだ。
瞳を閉じれば、彼が散った光景を思い出す。
たぶん、死ぬまで一生残り続けるであろう悪夢だ。
けれども、彼は託したのだ。
後は任せたと言って、勝手に散ってしまった。
あの言葉はある種、呪いである。
「ずるいよね」
誰に聞こえるわけもない。
けれども、誰かに文句を言わずにはいられなかった。
「自分だけカッコよくいっちゃってさ。ボクが頼みを断れないの知ってるくせに」
だから、これは呪いなのだ。
御柳エイジから託された極上の呪い。
きっと解くのは不可能な、友情と言う名の鎖である。
だが不思議と悪い気はしない。
「倒さなきゃ」
この世界に飛ばされたエイジがどんな気持ちでオレンジの鎧と相対したのか、なんとなくわかる気がする。
「ボクが……ボクが、やらないと」
この場には六道シデンしかいない。
他の仲間たちや旧人類連合は、この3体の鎧が来ていることにすら気づいていないだろう。
だからここで仕留めなければらない。
御柳エイジのように身体は頑丈じゃない。
しかし、自分には敵を倒す術がある。
嫌々ながらにも磨き上げた凍結能力。
研究者によれば『本気になったら南極大陸を作れるかも』と言わしめた、XXX最大の能力者の本気って奴を見せてやる。
シデンの瞳に闘志が宿った。
両手を広げ、ゆっくりと胴体を起こしていく。
足に力を入れて、倒れそうになりながらも起き上がった。
脇腹に痛みが走る。
シデンは激痛に対し『黙れ』と呟いた後、己の肉体を凍らせ始めた。
「ごめんね、カイちゃん」
10年ぶりのキャッチボールを思いだし、苦笑する。
「勝つ為には、君との約束やぶらないと厳しそうなんだ」
けど、もし神鷹カイトが自分と同じ立場だったとしたら、きっと同じ手段を取るに違いない。
どうもXXXに所属している連中は決死の覚悟が好きらしい。
刺し違えてでも強敵を倒そうとする鋼の意思が、自分の命を安くさせてしまう。
「でも、しょうがないよね。スバル君たちに同じこと、させられないもん」
諦める様に微笑んだ直後、シデンは再度鎧を睨む。
黒、黄緑、藍色。
どいつもこいつもここで消しておきたい鎧だ。
自分に残された力の全部を使って、かちこちの塊にしてやる。
「ねえ、知ってる?」
雪が降った。
シデンの周辺に漂う冷気が、目に見える白い靄となってパスケィドの世界を包んでいく。
「例え凍結能力者でも、寒い時は寒いんだよね。だから、あんまり本気だしてられないんだけど」
幸いなことに、巻き込んでしまう仲間はここにいない。
凍死する恐れがあるのは自分だけで、他はここで凍死させたい連中ばかりである。
迷う要素はなにひとつなかった。
ただ、心残りがあるとすれば二度と彼らに会えなくなること。
だけども、このままだと犬死するだけだ。
どっちにしたって死が待っているだけなら、少しでも役に立ってから死んでしまいたい。
なにもできずに消えるのは、嫌だ。
「一緒に死んでよ」
大きく目を見開き、シデンが笑う。
狂気的な笑みであると、ディンゴは思った。
これまで数々の新人類と交流を経てきたが、あれはやばい。
自爆覚悟で攻撃を仕掛けるつもりでいる。
しかも、その攻撃はたぶんにこちらを行動不能にできるものだ。
『ディンゴさん、もう一回アタックをしかけますか!?』
『いいや、それはマズイ!』
経験の少ないトルカですら、あの男から発せられる異常なオーラに気付いている。
近くのベットの上で寝かされているシラリーなんかは癇癪をおこす寸前だ。
これではスカルペアが特攻しかねない。
攻撃することはそこまで問題ではないのだ。
ディンゴたちに与えられた任務はカイトとスバル以外の反逆者の抹殺――――要するにゲイザーの獲物以外を引き受けることにある。
六道シデンはその筆頭ともいえる存在だった。
だから攻撃をしかけても問題はない。
懸念すべきは鎧の損傷だ。
言うまでもなく、今や鎧の存在は希少である。
管理者のノアがいなくなったのもあり、彼らが消えてしまったら新人類王国は大きな損害を出してしまう。
両目に埋め込まれた地球外生物の目玉なんかは特に、だ。
『トルカ、出口を開けろ!』
故に、敵の撃破と鎧の無事を天秤にかけてからディンゴは叫ぶ。
『撤退するぞ!』
『りょ、了解!』
確実に仕留める為に羽世界に足を踏み入れたが、元々ここに入れた時点で勝利は確定したようなものだ。
パスケィドがやられたりしない限り、この空間からの脱出は不可能である。
ゆえに、シデンだけをここに置き去りにしてしまえばいいのだ。
幸いにも、サジータの一撃は確かなダメージを与えている。
『シラリー、戻るぞ。いいな?』
念押しに指示を出すも、相手は赤子である。
彼女の中に司令官など存在するわけもなく、命令を出すことができるのは自分自身以外にありえない。
『え、あう』
そんなシラリーは、目尻に涙を浮かべていた。
眼前にいる白い悪鬼を視界に入れて、怯えている。
『えぐ、え……びえええええええええええええええええええええええっ!』
遂には泣き始めた。
シデンを恐れるあまり、彼女の本能は拒絶意識が生まれてしまう。
ダイレクトな意識を受け取り、スカルペアは右手を構えて突撃していった。
『ばっか!』
『スカルペアが!』
藍色の鎧が振り返ることなく近づいていく。
差し出された手は剣の形を生成。
刃先をシデンに向け、突っ込んでいく。
「いいよ」
見た者を虜にするかのような魔性の笑みを浮かべ、シデンはスカルペアを手招きする。
もう身体の感覚は残っていない。
自分でも抑えきれない冷気を放った結果、シデンの五感はほぼ機能しなくなってきているのだ。
「怖がらなくていいから、一緒にいこうね」
『くそ、間に合え!』
六道シデンが爆発した。
身に溜め込まれた冷気が噴出し、羽世界を氷が支配していく。
真っ先にそれを浴びたのは突撃してしまったスカルペアだ。
藍色の鎧は一瞬で凍結し、猛スピードで突撃していった肉体は凍てついて動かない。
噴出された白の冷気に触れて、1秒もない出来事だった。
『くそぉ、スカルペアが捕まった!』
『どうするんですか!?』
『諦めるしかないだろう!』
酷な話だが、鎧といえども今のシデンの冷気を受け止めるのは厳しい。
実際、スカルペアが一瞬で身動きが取れなくなってしまったのだ。
さっきまで放っていたそれとは、文字通りレベルが違う。
『急げ、パスケィドだけでも逃がすんだ! そうすればアイツが外に出ることはない!』
『は、はい!』
サジータが弓を担ぎ、パスケィドの前に立ち塞がる。
急いで矢をセットしようとするも、それよりも前に白の牙がサジータの黒い鎧をかみ砕いた。
『サジータ!』
冷気を浴びてしまった。
ディンゴは試しに何度か動けと強く命じてみるも、サジータはぴくりとも動かない。
テレポートを命じて脱出を試みるも、それでも動く気配を見せなかった。
黒の鎧は完全に機能を停止し、氷の中に閉じ込められてしまっている。
サジータだけではない。
パスケィドによってつくられたこの世界が白に染め上げられ、氷で埋め尽くされていく。
氷塊どころではない。
これではまるで雪国だ。
あの新人類は自分の能力で雪国を作り上げようとしている。
『冗談じゃねぇぞ』
こんなの地上でやられてみろ。
世界地図の一部が白に塗り潰されて、北極や南極の仲間入りをしてしまうではないか。
これほどの能力者がいることが、ディンゴには信じられない。
『パスケィド!』
残された黄緑の鎧が空間の穴を開け、その中に飛び込んだ。
穴に入り込む際、足が白の世界に飲み込まれる。
悶絶。
ぎりぎりで脱出に成功するも、足が完全に凍り付いて動けない。
『は、はっ――――』
逃げ切れたことにトルカが安堵し、ディンゴが愕然と項垂れた。
どちらも胸の中にある感情は違うが、共通して思うことがある。
彼はこれで終わりだ、と。
最後の最後に恐ろしい光景を目の当たりにさせてもらったが、パスケィドを倒せなかった時点でゲームオーバーだ。
黄緑の鎧を倒さない限りシデンは外に出ることはできないし、あの傷ではもうそんなに持たない筈である。
結果だけ見れば、トルカの勝ちだ。
しかし、本当に勝利と言えるのだろうか。
貴重な鎧を2体も失い、パスケィドも戦闘が困難なほど弱っている。
氷塊の中に閉じ込められたサジータの視線を通じ、ディンゴは見た。
六道シデンのやりきった顔を。
致命傷を受けても尚、可能性を信じたのだろうか。
あるいは致命傷ではないと判断したのだろうか。
だとしたら、可能性は掴めたのか。
小さな戦士の心がどこに辿り着いていたのかはわからない。
だが、極限にまで高めた冷気の中で微笑む彼の表情は、どこか満足げに見えた。
同時に、悲しげな瞳を向けている。
呪いを托された小さな戦士は、その呪いを抱いたまま氷の中に埋もれていった。




