第292話 vsお披露目
新人類王国が次の侵攻を行うには時間がかかる。
いよいよリバーラ王自らが戦う準備をしているのだ。
彼専用の機体と言われているキングダムは暫く稼働していない為、念入りな整備が行われているのだそうだ。
衛兵のトルカ・ミリアムはそう聞いている。
「はぁ……」
トレーニングルームの待合室。
そこに設けられている室内ベンチに腰を降ろし、トルカは深いため息をついた。
現在22歳。
パイゼルアカデミーを卒業し、無事に就職できたと思ったら国内徴兵に引っかかって王の間の衛兵にされ、次は鎧の操縦者をやれと無茶振りを投げられた始末である。
しかも指名したのは鎧だ。
トルカが動かすのはパスケィドと呼ばれる奇襲特化の鎧なのだそうだが、聞けばパスケィドは誰が動かしてもそこまで変わらないらしい。
要するに、たまたま近くに居たから渡されただけなのだ。
就職して半年。
王の高笑いに憂鬱になっていたのが、ここにきて更に勢いを増してきた。
なんで俺が、なんて話ではない。
ゲイザーの視界に入った時点で、他の衛兵たちは操縦権利を喜んでトルカに明け渡してしまった。
ゲイザーとリバーラが去った後、同僚たちに代わってくれと頼み込んでみたのだが、全員に断られてしまった始末である。
当然だ。
トルカとて可能なら鎧の操縦などしたくない。
あれは人間の理解が及ばない、未知の化物だ。
しかも使い方を誤ればただの大量殺戮兵器である。
例えるなら、核ミサイルの発射ボタンを渡されたようなものだ。
そんなものを渡され、喜んで押すような教育をトルカは受けていない。
「あまり暗い空気を醸し出すな。俺だって嫌なんだから」
既に何人もの敵兵を射殺してきた男が、俯きながらトルカに言葉を投げる。
男の名はディンゴ・ラバートソン。
大柄の黒人男性で、トルカよりも10歳くらい年上の年季の入った男性だった。
「スナイパーなのに?」
「そうだよ。何か悪いか?」
「いいえ」
狙撃兵は一般的に遠くから敵を狙い、頭を撃ちぬく奇襲兵だ。
年齢から考えても、かなりベテランなのだろうと予想できる。
そんな彼が、自分のような若輩者に怖いと漏らしてきた。
それが意外だった。
「俺だって、好きでこんな職業やってるんじゃない」
「適性、ですか?」
「まあな」
新人類王国では、各々の特化された個性が尊重される。
トルカの場合は自分の能力を鍛えて身体を頑丈にしたのを見込まれただけで、ディンゴはガンアクションゲームに嵌ってたのをスカウトされたのがキッカケだった。
「断るのは簡単だ。適正に対して嫌だと言えばいい。けど、何処にいったって結局は同じところに辿り着く」
新人類王国では個性が尊重される。
本人がやりたくないと言っても、結局はそこに配属されるのがオチなのだ。
個性の名を借りた徹底的な効率主義である。
「俺はゲームの世界で引き金が引ければよかっただけだ。現実で引きたいなんて、これっぽっちも思ってない」
「そりゃあ、俺もそうですけど」
「俺達だけじゃない」
ディンゴが目線を横に向ける。
トルカもつられて視線を移した。
静かに寝息を立てる赤ん坊が、籠の中に収められている。
「あの子だって、親父があのグスタフだって理由だけでここに連れてこられている。その場にいたお前ならわかるだろう」
「そりゃあ、同情しますよ」
このままいけばあの赤ん坊もどんな将来を送るのかわかったものではない。
本人がその道を望めば話は別なのだが、このご時世に父親と同じ道を歩ませるとどうなるか。
「けど、これは決定されたことです」
「だから鬱を吐き散らせばいいって?」
確かに鬱になる気持ちもわかる。
初めての戦場。
隣に立つ仲間は赤ん坊と頼りにならないスナイパー。
まるで映画だ。
「トルカとか言ったな。戦いは始めてか」
「はい。半年前に衛兵に抜擢されたばかりです」
時期で言えばあの脱走騒動前後になる。
きっとあの事件で人員の入れ替えが行われた際、彼は加入させられたのだろう。
「だったら、先に戦場に出て生き残ってる奴からのアドバイスだ。とにかく死なない為の知恵を回せ」
「具体的には?」
「それを土壇場で考えるんだ」
「そんな無茶な。こっちはマニュアルだってないし、赤ん坊のお守りもある」
「マニュアルがないと何もできんと言うのは、アホの言うことだ!」
怒鳴り、ディンゴがしまったと口に手をやる。
トルカと一緒になって心配げに赤ん坊に目線を送った。
眠りから覚め、不思議そうな顔をしている。
どうやら機嫌を悪くしたわけではなさそうだが、赤ん坊がいるとどうにも落ち着かない。
余談になるが、この赤ん坊の世話もトルカとディンゴに与えられた任務である。
普通は子育てのプロでも雇って欲しいところなのだが、鎧の札に触ると意識の介入が起こるかも、という理由でトルカ達以外の人間は同じ場所に立ち入れないのだ。
「ご、ごめん。起こしちゃったね。シラリーちゃん、お兄さんたちは静かにしてるよ」
作り笑いでトルカが微笑むも、シラリーは凝視し続けるのみである。
思考が読み取れず、リアクションに困る対応だった。
トルカは勿論、ディンゴも子育ての経験などない。
せめて母親だけでも来てほしいのだが、それすらも叶わないのはかなりの徹底ぶりだと思えた。
「襲撃まで、どのくらいの時間を要するんですか?」
「俺が聞くに、2日か3日は掛ると聞いている。その間にキングダムとブレイカーの整備を終わらせるんだろう。それに、俺達もな」
その間、シラリーの面倒は子育ての知識もなにもない大人たちが行う事になる。
そして、作戦当日を迎えればこの赤ん坊も戦士として戦いの場に君臨するのだ。
直接戦う訳ではないにしろ、鎧を使って赤ん坊が人間を殺す。
嫌な仕事だ。
トルカとディンゴは無言で思考を同調させた。
「待たせたな」
気まずい沈黙を打ち破り、男がトレーニングルームに足を踏み入れる。
白の甲冑を脱ぎ捨て、動きやすそうなカジュアルな服に身を包み、ゲイザー・ランブルがやってきたのだ。
呆気にとられ、トルカが反射的に問う。
「どうしたんですか、その恰好」
「不細工だから捨てた。オリジナルも同じような格好だし、問題ないだろ」
ゲイザーに続き、3人の人影もトレーニングルームへとやってくる。
鎧だ。
黄緑、藍、黒と個性的な色合いの彼らは、それぞれのパートナーの元へとやってきて一礼する。
「今日集まってもらったのは他でもない。お前らの相方になる鎧との顔見せと、お披露目をする為だ」
「お披露目?」
「ああ。顔見せは今済んだ。次は、こいつらが何ができるのかを知る番だろう」
確かに、それぞれの特性を知らなければ動かせる物も上手く扱えない。
しかも、時間は有限だ。
「しかし、訓練室で彼らの力を十分に発揮できるんですか?」
「その為に俺がいる」
3枚の札を額に貼り付け、ゲイザーは涼しい顔で提案した。
「今から俺が、こいつらとガチンコで勝負する」
「ええ!?」
トルカとディンゴが驚愕の表情で立ち上がった。
尚、シラリーは近づいてきたスカルペアに興味を抱いたらしく、きゃっきゃと喜んでいる。
将来大物になるかもしれない。
「下す命令は単純だ。10分の間、全力で俺を殺しに来ること」
「失礼だが、10分も耐えられるのか?」
ディンゴが疑問を口にする。
同じ鎧と言えど、数が違うのだ。
3人がかりではゲイザーでも無事に済むわけがない。
「それとも、我々を無理やり集めておいて勝手に再起不能になる気なのか?」
「ちょっと黙ってろ」
ディンゴを一睨みで黙らせると、ゲイザーは背伸び。
身体を思いっきり伸ばした後、3人の鎧を呼ぶ。
「そんな心配、俺には無用だ。お前らは安心して自分たちの扱う鎧を観察してたらいい」
それ以上の問答を不要と感じたのか、ゲイザーは3人の鎧を引きつれて奥へと進んでいった。
甲冑を身に纏わず、武器も持たない丸腰の身体。
それに3人の鎧が全力でかかるという。
「ど、そう思います!?」
「そう思うったってそりゃあ……」
困惑の様子を隠せないトルカとディンゴだが、その結論は既に出ているようなものだ。
あれだけ自信満々な態度なのだから、生きている確証があるのだろう。
だが、それもゲイザーの中だけだ。
他の鎧がどんなことができるのかもわからない以上、トルカとディンゴは不安が募るばかりである。
ただ唯一。
シラリーだけが、出ていくスカルペアの背中を見て名残惜しそうに指を舐めていた。
月末が凄い忙しいので次回は土曜か日曜を更新目安とさせてください。
次回はゲイザーVSパスケィド、スカルペア、サジータによるお披露目会という名の決戦をお送りします。




