第111話 vs遊園地
穴の中に突入して、どのくらいの時間が経ったのかは覚えていない。
スバルに出来る事は操縦桿を握り、前を進むオズワルドの紅孔雀についていくだけだった。今は前進することが彼の仕事なのである。
だがその仕事も、間もなく終わりを迎えようとしていた。
『見えたぞ!』
オズワルドが前方に見える光を捉え、全機に発信する。
程なくして、8つの機影は光の中へと飛び込んだ。直後、出口と思われる光が嘘のように消え去り、一瞬にして闇が空間を支配する。
「えっ!?」
一応、何度か映像は見せてもらっている。
穴の中に入ったら、その奥には空と大地と遊園地があることくらい知っているのだが、実際目の当たりにするとどうしても驚いてしまう。不思議の国のアリスとは、正にこのことだった。
「現在、15:21です」
後部座席のひとつに陣取るマリリスが時計と睨めっこし、報告する。
穴の中に広がる世界は、太陽の光が一切あたらない夜の世界だった。上を見れば雲はあるが、暗闇だけが覆っている。
否、光はあった。
森の中にぽつんと存在する、遊園地。アトラクションに取り付けられた無数のライトが眩く輝き、存在感をアピールする。
「オズワルド。あれが目標で間違いないな」
『間違いない。自分が遭遇した建築物と全く同じ代物だ』
その言葉を聞いた瞬間、スバルは固唾を飲んだ。
他のパイロットたちも同様だろう。彼らも皆、例の映像を見せられている。あの遊園地にいる女に見つかった瞬間、どうなってしまうのかはよく理解していた。
無論、旧人類代表の司令官としてこの場にいるカイトとて例外ではない。理解しているからこそ、女の力が通用しなさそうな人材を引き連れてきたのだ。
「エレノア。サブカメラで観覧車を確認してくれ」
「もっと可愛くお願いしてくれたらやってあげよう」
「ならシャオラン。観覧車を」
『後で何か食べさせてくれますか?』
「……」
なんでこちらが命令しているのに、逆に要求されているのだろう。
カイトは疑問を抱きつつも、妥協案を出した。
「後で鼻糞をくれてやる」
『了解しました。楽しみにしておくので、作戦終了後は私のところまで来てください』
いいんだ、それで。
横で訝しげな視線を送ってくるマリリスと、不貞腐れたエレノアをスルーしながらもカイトは肩を落とした。
「スバル。後で鼻を貸せ」
「いやだよ! 自分で提案したんだから自分で何とかしろよな!」
獄翼が騒がしくなるも、他の機体は緊張感が漂うままだ。
何時現われるかもわからない大怪獣に備え、何機かはエネルギーランチャーの引き金に指をかけている。
ややあってから、シャオランが報告した。
『こちらシャオラン。カメラで観覧車を観察しましたが、映像の女は確認できず』
「他に人影は?」
『観覧車内の全てのゴンドラを確認しましたが、視認できません』
突入時に見られた口調の不安定さはどこに行ったのか、シャオランは淡々と質問に答えていく。
「他のアトラクションはどうだ」
『それをやるのであれば、追加報酬を要求します』
「なんでだ」
とうとうカイトがマジ顔でツッコんだ。
この男がここまで後手に回るのも珍しい、とスバルは思う。
『最初の報酬は観覧車の対価です。それ以上を求めるのであれば、私も追加報酬を求める権利がある筈です』
「……じゃあ、髪の毛をセットでつけてやる」
『了解しました。遊園地内をくまなく撮影してみます』
いいのか、本当に。
ふたりの会話を聞きながらも、スバルはそう思った。
カメラ越しとはいえ、目と目が合ったら命が無いかもしれないというのに、そんな報酬で承諾する神経がわからない。彼女の胃袋はどうなっているのだろうと、切に思う。
「ねえ、カイト君。私も撮影に参加するから、報酬をおくれよ」
隣の人形も対抗意識を燃やし始めてきた。
何時の間にかできていた、ベクトルの違うライバルの出現に憤りを感じている。
だが、カイトの提案を真っ先に断ったのは彼女だ。ゆえに、カイトはエレノアに対して無言を貫く。
「……どうだ」
しばしの静寂を挟んだ後、カイトが尋ねる。
問いかけに対し、シャオランは僅かに沈黙してから答えた。
『……敵影、発見できず』
遊園地に女がいない。
星喰いもいない。
第一突入メンバーの間に、緊張が漂った。
「エレノア」
「やっと私の出番だね。私にも彼女と同じものを頼むよ」
「聞かなかったことにしてやるから、さっさとやってくれ」
エレノアが唇を尖らせて抗議しにかかるが、それよりも前にカイトがアプリを起動させる。SYSTEM Xの稼働音が響くと同時、スバルとエレノアの真上から無数のコードによって繋がれたボウルのようなヘルメットが落下してきた。
「わっ!?」
すっぽりと覆い被さったそれに驚きながらも、エレノアは周囲を見渡す。
「ふふふ……ダメじゃないかカイト君。こういうプレイは部屋に戻ってからで」
「スバル。遠慮することはない。思いっきり糸を伸ばしてやれ」
「ああ、もう。いけず――――」
言い終わる前に、エレノアの意識が獄翼へと送り込まれる。
スバルとしても、まさかこんなに早くSYSTEM Xを稼働させるとは夢にも思わなかった。しかも今回のラーニング先はエレノアである。勝手に暴れられた場合、嫌な予感しかしない。
『ふぅ、やれやれ。あの機械女には細胞を提供するのに、一番貢献している私には無償で働けっていうのかい? 酷いと思わないか、スバル君』
「とりあえず、何か言う前に手を動かしたらカイトさんの好感度が上がると思うよ」
とうとう会話の砲丸投げがスバルへと飛んできた。
アブノーマルな会話はまっぴらごめんなので、適当にそれっぽいことを言うことで誤魔化し始める。後ろでカイトが凄まじい形相で睨んできていたが、全力で気にしない方針だった。
『それもそうだね。では、やるとしますか』
そういうと、獄翼は両手を広げる。
指先から銀色の線が発射され、森の中を一気に駆け巡った。向かう先は、無人の遊園地。
「制限時間、気を付けてよ」
『わかってるよ。私は今までずっと君たちの戦いを見ていたんだ。それこそこのコックピットに細菌クラスの人形を仕込んでね』
「聞かなかったことにしてあげるよ」
何時そんなもん仕込んでたんだ、とは突っ込むまい。ストーカーに特化された新人類の馴れの果てを垣間見て、スバルは諦めにも近い溜息をついた。
『うーん』
一方のエレノアは、何やら難しい表情をしているかのような口調で唸り始める。
「どうしたの」
『遊園地に飛ばした糸が、一本千切れた』
「え!?」
アルマガニウム製の糸が切り裂かれた。傍から見ればピアノ線に見えないこともない程に小さな糸だが、そんじょそこいらの刃物で切れないのはスバルだって十分承知である。
「女か?」
『その可能性は十分あるね』
「場所の特定は」
『ちょっと待ってね』
その言葉に従い、数秒ほど次の言葉を待つと、エレノアの口が再び開く。
『ごめん。他の糸を向かわせてみたけど、捕まえる前に逃げられたみたいだ』
「……なるほど」
カイトが腕を組み、思考する。
そんな彼に対し、他の機体から提案が投げられた。
『やはり、遊園地そのものを攻撃してあぶりだした方がいいのでは?』
「いや、それは危険だ。あの女と星喰いの関連性すら確定していないんだぞ」
女と星喰いについては様々な仮説が立てられてきたが、実際のところどういう関係なのかはわかっていない。
最悪、実は星喰いとは無関係の第三者が勝手に住み付いているだけだという考え方だってできてしまうのだ。
「よし。乗り込もう」
「えっ!?」
お世辞にも時間をかけたとは言えない思考時間で導き出された解答を前にして、スバルは驚愕する。スバルだけではない。オズワルドを始めとした突入メンバーも、なにをいってるのだと言わんばかりに『ええ!?』と叫んでいた。
「どちらにせよ、遊園地の調査も必要なんだ。カルロ、ミハエルと新人類軍を何機か連れて山脈の調査をしてくれ。爆破ポイントを確定させ次第、第二突入メンバーに連絡を入れろ」
『それは構いませんが、遊園地には誰が行くのですか。カメラ越しで精神崩壊をおこすような女と正面から遭遇しては、何が起こるかわかりませんよ』
言葉遣いは丁寧だが、憤慨の感情が見え隠れする台詞である。
だが、カイトは特に気にした様子も見せずに切り返した。
「だから人間じゃない奴を連れてきたんだ。まあ、正直に言えば気は進まないけど」
眉をしかめ、カイトは横のエレノアを見やる。
そのままヘルメットを乱暴に取り外すと、カイトは心底嫌そうな顔で呟いた。
「俺とエレノア。そしてシャオランが遊園地に突入する」
「ええっ!?」
「正気ですかカイトさん!」
スバルとマリリスが憤慨した。
確かに人外なのはそのふたりだ。相手の目を合わせずに対応できそうなのも、カイトくらいである。
だが、しかし。仲間たちは忘れていない。彼には疫病神のジンクスがあるのだ。
「俺とマリリスも行くぞ! アンタを単独で行動させたら絶対不幸なことがおこるんだからな!」
こんな状況で『ジンクス』を信じているのも馬鹿らしい話なのだが、これまでのトラブルの殆どはそれがきっかけなのだから笑えなかった。
しかしカイトの表情はあくまで冷静そのものである。
「スバル。ひとつ言っておく」
彼は後部座席のモニターから獄翼のコックピットを開くと、宣言した。
「ジンクスっていうのは、破る為にある」
「言ってることはかっこいけどさぁ!」
「カイトさん。今ならまだ間に合います! どうか、どうか私たちを!」
意識が戻ってきたエレノアは、目の前で起こる寸劇を見て思う。
なんだこれ楽しそう、と。
「ねえねえ、何を話してるの? 私を仲間に入れておくれ」
「いいだろう」
「え、マジ!?」
まさかのデレ発言に、エレノアは嬉々として喜んだ。
面識を持って早16年。念願が叶った瞬間であった。感極まって、涙が出てしまう。
「ほら、これでエレノアは今だけ仲間だ。文句ないだろ」
「アンタ最低だな!」
「カイトさん、不潔です!」
感涙するエレノアを余所に、カイト達は好き勝手に騒いでいた。
その会話は周りのパイロットたちにも筒抜けである。スピーカーからは、オズワルドを始めとした面々から溜息が聞こえてきた。
「まあ、割とマジに話すとだ」
エレノアとシャオラン以外の面々からの非難を受け流すようにして、カイトは言い放つ。
「足手纏いだろ、お前らじゃ」
「んぐ!」
それを言われたら痛い。
遊園地を探索する以上、どんな危険が待っていたとしても生身の方が活動しやすい。それは事実だ。
そして危険が待ち構えているのが目に見えているからこそ、ある程度生身でも実力がある者がいくべきであった。
残念ながら、スバルとマリリスはその基準を満たしていない。本人達もその自覚があるので、何も言い返すことができずにいた。
「意気込むのはいいが、現実を見てから物をいうんだな」
スバルの頭をぽん、と叩いてからカイトはコックピットハッチから身を乗り出す。
「安心しろ。不名誉な仇名は今日でぶっ壊してやる」
それこそがフラグではないだろうか、とスバルは言いかけたが、言葉が喉にまで届いたところで塞き止めた。
口に出したら本当にトラブルが起きそうで、自己嫌悪に陥ったのである。
「じゃあ、行ってくる」
何も言われないことを、了承と受け取ったのだろう。
カイトは軽く右手を掲げると、コックピットから飛び降りていった。




