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「少々おいたが過ぎますね」
辺り一面が青い光で包まれたと思ったら、光の中から二人の男女が現れた。男は赤い衣を身にまとい、女は青いローブに身を包んでいる。男は身の丈ほどある槍を構えて女を庇うように立ち、女は木の杖の先を部屋にいた少女に向けている。
突然の乱入者に部屋にいた桃色の髪の少女は戸惑うこともなく、不敵に笑っている。しかしその首筋に流れる汗から、それが少女の虚勢であることが分かった。
「あら~。わざわざこ~んなあばら家に来るなんて暇なのね~」
弟子に無様なところを見せるわけにはいかない。少女は精一杯の見栄を張り、出来るだけ余裕に見えるようにゆっくりと椅子に座る。足を組み、顎を上げて相手を見下す。
こんなことで刺激されて激昂する相手ではないことを理解しているからこそできる芸当だ。でなければ目の前にいる各上の魔族二人を相手にこれほど失礼な真似は出来ない。少女は自分がいま生かされている立場にあることを理解している。
とにかく現状を把握しなければならない。少女が大きな魔法を使おうとした途端、自分のものとは違う魔力が溢れてきて、部屋が光に包まれた。そして青いローブの女が現れたことから、恐らく少女の魔法は打ち消され、ターゲットは青いローブの女が逃がした。
「ウリヤーナ様」
震えながら短く自分を呼ぶ声。先程ターゲットを連れて来てくれた功労者の女の声だ。ちらりと視線をやると、相変わらず緑のローブに身を包みフードを目深にかぶっている。立ち姿を見るに怪我はない。少女は安堵の息を漏らした。
二対二ではあるが、こちらが圧倒的に不利な状況。どうするべきか、少女は考える。
「五大魔烈も落ちたものね~。あんな人間の小僧を相手にへこへこしちゃうなんて!」
「うむ。へこへこした覚えはないが」
「あなたは場の空気を乱すので黙っていてください」
青いローブ女は呆れたように赤い男を見たが、それでも威圧感は変わらず少女たちを委縮させていた。早く何とかしなければ。少女を焦燥が包む。弟子は今のほんのわずかな間で完全に気圧されてしまったようだった。もう役に立たないだろう。後は少女だけだ。でも、一人で国ひとつ落とせそうなほど強い五大魔烈の二人を一気に相手どるなんて正気の沙汰じゃない。どうしようもない状況に、少女は気を抜くと泣いて許しを請いたくなっている自分に舌打ちした。
「あらあらあら。さっきまでの威勢はどうしました? もう震えていますよ? ウリヤーナ」
「うるさいわね~! 震えてなんかいないわ!」
「強がるのは勝手ですが、弟子を顧みないのはいけませんね。その子、まだ若いんですね。気を失ってしまったようですよ」
女の言葉に少女は弾かれたように自らの弟子を見た。青いローブの女の言ったように、緑のローブを着ていた少女の弟子は少女の傍らで倒れている。気づけなかった。魔法が発動した事すら認識できなかったことに少女は唇をかむ。悔しかった。少女はまだ自分の実力が青いローブの女の足元にも届いていないことを知る。
「わたしも鬼ではないので、そちらがこちらの要求を呑むのなら酷いことはしませんよ」
にこやかに告げる女の言葉に背筋が凍る。言外に要求を呑めないなら殺すと言っているのだ。少女は三人の中で一番弱く、敵二人は少女どころかこのコミュニティを壊滅させることも可能なほど強い。ここで下手な真似をすれば、少女の弟子達が危ないという事は容易に想像できた。自分のコミュニティを危険に晒すなんて、長失格だ。少女は自嘲気味に笑い頷いた。
「……降参で~す。大人しく言う事を聞くから、この子たちに手は出さないで」
「いいですよ。さて、では質問に答えてもらいましょうか」
青いローブの女はあっさりと頷き、さっきまでの威圧感を取り払った。赤い男もそれに倣う。殺気立っていた先程までと違い、今はまるでそこらにいる町娘のような雰囲気だった。その変わりように少女は恐ろしさを感じた。改めて自分が敵わない相手であると分かり、同時に惜しいことをしたとも思った。
ターゲットをあと少し早く捕まえて、あんな無駄話などせずに攻撃していれば今頃自分が魔王だったかもしれないのだ。勿論青いローブの女を出し抜けることは無いと少女は自覚している。しかし、それでも。自分が勝てたかもしれない未来を夢想することをやめられなかった。
「新魔王様をどこにやったんですか?」
「………………え?」
だからこそ、少女は今青いローブの女が何を言ったのか飲み込むのに時間がかかった。頭の中で言葉を反芻し、漸く言葉の意味を理解するも、何故女がそんなことを言うのかが理解できなかった。
「ですから、あなたが先程まで相手にしていた少年をどこにやったのかを聞いているんですよ」
「え? ……そ、その、貴方が逃がしたんじゃないの…?」
言われたことを理解できないといった様子の少女の反応を見て、青いローブの女も少女が本気で知らないことを察したようだ。顎に手をやり少し考えた後、赤い男に声をかけた。
「魔王様は就任して間もなく、魔力をコントロールしている様子は無かったんですよね?」
「…………」
赤い男は黙ったまま頷く。その様子を見て青いローブの女は半眼で睨み「こういう時くらいは口を開いてもいいんですよ」と言った。どうやら先程女に言われたことを律儀に守っていたらしい男に、少女は言いようもない気持ちになった。こんな男が五大魔烈。何となく、情けなくなる話だ。
「…となると、考えられるのは死に瀕しての魔力暴走ですか。下手すると永久凍土まで飛んでる可能性すらありますね。先程の様子から察するに」
「え~? 魔王なら凍死はしないだろうけど、そんなに遠くじゃ倒せな~い」
「まあ、諦めてください」
文句を言い出した少女を女は軽く諌めて目を閉じる。捜索魔法を使うのだろう。女は漆黒の森だけでなく三世界中に渡って魔法をかけることができるほどの実力を持っている。人探しには最も適した魔族だ。
「あら?」
しかし、ここで予想外の事が起こる。驚いたように目を開けて首を傾げる青いローブの女に、赤い男と少女は訝しげな視線を送った。
「どうしたんだい?」
女が驚いた原因を知るために漸く口を開いた男に、女は困惑しながら正直に告げた。
「新魔王様の莫大な魔力が探知できません。この森だけでなく、世界中で」
「なんだって?」
五大魔烈の一人で、とりわけ魔法が優秀な青いローブの女に見つけられないものなど、無い筈だった。それが、魔力を得て一月もしない子供に後れを取るなんて。完全に予想外の出来事。
「おそらく、無意識下で錯乱魔法が発動しているんでしょうね。うーん、これは厄介な迷子です」
17代目魔王、ティオス・ココルドの迷子が判明した瞬間だった。
◆◇◆◇
俺は殺される覚悟をした後、情けないことに目を瞑ってしまった。漫画やアニメで最期の瞬間まで目を開けているキャラってかっこいいよな~。憧れるな~。よし! 俺も死ぬときは目を開いていてやるぞ! と意気込んでいたのは前世の事だし、その前世もよくわからんうちに景色変わって死んでたし、まあ気にしないことにしておく。
で、目を開けて視界に入った緑に取りあえず漆黒の森を出ていないことが分かったが、周囲に誰もいない様子に「またか!!」と叫んだのはさっきの事。もうさ、目を開けた瞬間景色変わっているって状況にだんだん慣れてきたんだけど。俺適応早~い。
しかし、森に一人か……。今魔物に襲われたら、やばいよな…? ううう……神様! どうか俺に貴方の加護を! 人界に帰ったらちゃんとお礼しますから! 礼拝にも毎週参加します! だから俺を魔物から見つからないように隠してください!!
神殿じゃないし、人界じゃないのでどれ程効果があるか分からないが取りあえず神頼みしておく。縋れるものは藁でもすがる心意気だ。
そういえばおねーさん、まさかの敵だったんだな……。そりゃ名前聞いても教えてくれない筈だよ。とほほ…。親切にしてくれたし、一度は命を助けてもらったわけだからかなりショックだ。魔族怖い。こんな簡単に人を騙すなんて。レオンさんは、そんなことないよな…?
若干魔族不信になりながらレオンさんを探すため歩き回る。俺なりに魔物を警戒しながら歩いているが、動物の気配なんて分かるか! たぶん俺が発見するより相手が早く発見するに違いない。そうなると無駄に歩かない方がいいのかな? 迷子は動かない、ってのが鉄則だし、体力を温存しておいた方がいいだろうし。
でもなんでだろう……。このままじっとしていたら、気づかれずに一生を終える気がする。それは嫌だ。てか困る。えーん! 誰か助けてー!
そんなことを考えていると右側の茂みがガサリとなった。え、え、え? なななななに? もしかして魔物さんですかそうですかうそだろまた死亡フラグいやだいやだ死にたくない……!!
ガサリ、ガサリ。音はどんどん近くなる。俺の心臓も比例してドクン、ドクンと鼓動が速くなる。やばいよー!! 死にたくないよー! 口から悲鳴じみたものが零れる。腕で頭をガードしてしゃがみ込み、来る衝撃に備えた。
で、できれば一撃必殺の攻撃じゃなければいいな…!
そんな俺の望みがかなったのか、草むらから出てきたのは魔物ではなく腰のまがった老婆だった。赤いマント……いや、さっきの流れからこれはローブか。年に見合った格好をした方がいいよ、おばーちゃん。貴方の見た目にその派手派手な赤は似合いません。下らない事を思いながらおばーちゃんを見れば、おばーちゃんはきょとんとした顔をしていた。
「おんやまあ。あんさんどうしたとね?」
い、田舎のばーちゃんだーー!!
訛りのある喋り! 優しげな雰囲気! まがった腰! しわの目立つ顔!
とにかく全身から田舎のおばーちゃんってオーラが出てる。…っは! もしかして、この人が俺たちの探し人じゃないか? だって二千歳は過ぎてるって言ってたし、いくら魔族が長寿でもこれくらいの見た目にはなっているはず!!
「え、えーっと」
こういう時、なんて言えばいいんだっけ? こう、長年探してた相手を見つけたときに言うべき感動の言葉があったはず……!
「やっとみつけましたよ。うんめいの人!」
俺はおばーちゃんの皺くちゃの手を握りながらそう言った。おばーちゃんは俺の言葉を聞いてポッと頬を染める。
「…生まれて初めて、口説かれたばい」
恥ずかしそうにもじもじしているおばーちゃん。あ、これ完全に言葉の選択ミスですね。




