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魔王城から始まる俺の冒険  作者: 暮野
第2章 魔女の住まう森
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閑話 いらん恥

「いったい何時になったら出発するんだ!」


 苛立ち交じりに言った言葉は想像以上に部屋に響いた。言葉をぶつけた相手――現国王である幼馴染みは、そんな俺を冷静に見つめるだけで何も言わない。それにまた苛ついて、近くの壁を殴る。ドンッと響いた音に、リリアの肩が揺れる。


「お前の冷静じゃない姿なんて久しぶりに見たよ。リリアが怖がっている。少しは落ち着いたらどうだい?」

「お前がノロノロ準備してんのが原因だろうが…! そんなに国同士の条約が大事か!」

「僕は王だからね。そして勇者でもある。国同士で色々話し合うべきことだってあるし、民を不安にさせないように情報を操作する必要だってあるんだ。……そもそも、君が選んだことだろう? これに関して君に文句を言われる筋合いはないよ」


 冷たい目で俺を見る幼馴染みに、胸の奥が痛くなる。こいつの言う通り、選んだのは俺だ。勇者にならなかったのも、リリアと道を歩むことを決めたのも。そして、私情を挟むわけにはいかない立場に幼馴染みを追いやったのも。


「お前はいいよな。あれから気楽に村に帰って、リリアと結婚して……元気な子供も産めたんだ。さぞ楽しかっただろうね。羨ましいよ」


 幼馴染みの顔を見る。その表情は、悲しみも、恨みも、憎しみも感じない、まっさらなものだった。こんな幼馴染みを俺は知らない。この十年が、こいつを変えてしまったのだろうか。


「お前を恨んでないか、正直僕にはわからないよ。でも、これはお前が憎いからじゃない。仕返しをしようなんて考えから、出発を遅らせているわけじゃない」


 魔王討伐隊の結成から一週間。秘密裏に集められたこの国の精鋭たちは、魔王を討つために集められたのに、未だにこの王都にいる。斯く言う俺とリリアもその一人で、前回魔王を封印した功績から代表者に選ばれている。


「お前の子供については……残念だったとしか言いようがないよ。平和な村で過ごしていたから、油断したんだろう? リリスカットを封印するとき、言われただろう。封印は完全じゃない。いつかは解ける、って。それを忘れて一人で行動させるなんて…息子さんはお前のせいで死んだといっても、過言じゃないだろうね」

「っ! うるさい!! まだわかんねえだろ! あいつは…ティオはまだ生きてるかもしれない! 間に合うかもしれない!! 行ってみなきゃわからねえんだ、だから早く出発させろって言ってんだよ!」


 そう。二月前のあの日。俺はティオに言ったのだ。神殿で祈りを捧げてこいと。本来なら母親と二人で行くべきものを、一人で行かせた。その結果、ティオはいなくなった。


 魔王の復活宣言を聞いた俺とリリアは、急いで神殿に向かった。魔王の言葉を信じたくないという気持ちがあったからだ。もしかしたらすべて奴の妄言で、神殿が壊されているなんてことは無いのではないか。微かな望みを胸に神殿まで走ったが――そこにあったのは瓦礫の山。あの古くても美しかった神殿は、見るも無残に壊されていた。


 呆然とそれを眺めていた俺とリリアの耳に、誰かの声が聞こえてきて。まだ生きている人がいる。そう分かってからは早かった。声のするあたりの瓦礫をどかし、埋もれている人を必死に探した。やっとの思いで見つけたのは神殿の祭司だった。


『ティオス君が……あの子が、魔王に連れていかれてしまった………。儂の力が弱かった所為じゃ。すまん、リリア。すまん……ダリウス』


 祭司は泣きながら俺たちに謝ってくれた。何度も何度も。今回の襲撃は、祭司の所為ではない。全ては十年前に、俺たちが…俺が起こしたことが原因なのだ。ひたすら謝り続ける祭司を宥め、家に連れて帰った。リリアに祭司を頼み、俺はもう一度神殿に戻る。まだ、誰かが埋まっているかもしれないから。


 人の気配が無い神殿。諦め悪く探し続けながら思い浮かべるのは、六歳になったばかりの息子。


『とうさん!』


 俺が頭を撫でると、それまで俺が些細な悪戯をしたことに怒っていたはずなのに、太陽みたいに笑う姿。狩りから帰った俺を嬉しそうに呼んで駆け寄ってくる姿。リリアと楽しそうに神殿に出かける姿。そのどれもが、つい最近まで当たり前に見ることのできた姿だった。


 俺が諦めなければ、もしかしたらあの息子は、生きて見つかるのではないか。


 そんな希望も虚しく、いくら神殿を掘り返しても求めていた人は見つからず。リリアと話し、もう一度彼の魔王を封印するため、王都に行くことに決めた。まずは国王になった幼馴染みに会うために。


 しかし、魔王への対策を話し合って暫く経つが、幼馴染みから出発の許可が下りることは無かった。だからこうして直談判をするために、秘密裏の面会を取り付けたのだ。


「……お前も血が通った人なんだね。そうやって子供のために必死になっている姿を見ると安心するよ」

「こんな時に何言って――」


 トントン、と扉をノックする音に言葉を遮られる。ここは王と私的に会うための部屋で、滅多な事では訪問者は訪れない。珍しいそれに俺は扉に注目した。


 幼馴染みが入室を許可すると扉が開き、人が入ってくる。入って来たのは、青いローブに身を包んだ女。金の髪を後ろで纏めている。俺はその女を知っていた。十年前、魔王を倒すために魔界に行ったとき通った森で会った魔女だ。何故そんなやつが、しかもよりにもよって魔族がここにいる? 俺は訳が分からず幼馴染みに視線をやるが、幼馴染みは魔女に歓迎を伝える言葉を述べているだけで、俺の方を見ようともしなかった。


「ようこそ。よく来てくれたね、エカチェリーナ」


 魔女はその言葉に行儀よく腰を折って挨拶を返した。


「お久しぶりですね、勇者一行の皆さん」


 魔女は俺を見ながらそう言った。気にしすぎかもしれないが、『勇者一行』と言うのに表向きの勇者である幼馴染みを見ないのに少しだけ引っかかった。


「お前は魔界の森に居た魔女だろう。何故こんなところに?」

「それは私が説明しよう」


 魔女が来てからがらりと雰囲気を変え、国王然とした態度で幼馴染みが言った。


「魔王復活から三週間ほどして、彼女から手紙が届いた。内容は信じがたいことに魔王が代替わりした事、そしてその魔王の正体についてだった。今日ここに来たのも、その件について詳しい話を行うためだ」


 俺を見ながらそういう幼馴染み。魔王が代替わりしただと? では、あのリリスカットはもういないという事か。驚きはあったが、早く続きが知りたかったので口を挟まず続きを促す。


「その人物が本当に17代目魔王であるなら、私たちは魔王を倒す必要がなくなる。いや、それどころか絶対に倒せない魔王になるともいえるだろう」

「勿体ぶってないで早く教えろ。誰が次代の魔王なんだ?」


 中々正体を言おうとしない幼馴染みを、苛立ちに任せて思いっきり睨んだ。すると俺の視線をものともせずに幼馴染みは俺に微笑みかけてくる。どこか、生暖かい視線だと思った。


「君の息子、ティオス君だよ」

「…………………は?」


 幼馴染みに言われたことが理解できずに固まる俺を見て、やつはさぞ面白いと言う風にふきだした。


「ぶっ! あははは! 間抜け顔!」

「………おい、どういうことだ」


 笑われていることに機嫌が急降下する。思わずドスのきいた声で問いただす俺。


「どうもこうも、くくくっ…! はは、だめだ。説明できないっ……!」

「それではフェリクス様に変わってわたしが説明を」

「くく……お願いするよ、エカチェリーナ」


 どうやら笑いのツボに入ってしまったらしい幼馴染みに冷たい視線をやり、幼馴染みの代わりに説明役を申し出た魔女を見る。そういえば、あれから十年経つのに見た目が変わっていない。化け物かよ。…ああ、魔族だったか。


「16代目魔王リリスカットは、封印された恨みを晴らすため、復活したばかりの身体に鞭打って、無理矢理ゲートを潜って人界に来ました。そして聖女の生まれ故郷の近隣にある神殿を破壊。そこにあった魔力を自分のものとし、力を蓄えました」

「ああ、そこまでは分かっている」

「それだけでは気が済まなかった彼女は、ちょうどその場にいた子供を攫います。これが聖女の息子、ティオス様です。彼女はティオス様を食料として攫い、魔王城にて吸血しようとしました」


 魔王リリスカットは吸血族だったので、その流れにも納得する。吸血族とは若い異性の血をより好むと、以前聞いたことがあったからだ。


「しかし、彼女にとって予想外だったのは、ティオス様が聖女の力によって本当に神の加護を得ていたことです。普通の子供は滅多に本当の神の加護を得ることができませんからね。リリスカットも失念していたのでしょう。彼女は抜けたところがありますから」

「それで?」

「はい。神と魔王では格が違いますからね。神の加護を受けている者に手を出せば、当然報いを受けることになります。リリスカットは吸った血に身の内から焼かれて死にました。そして、これはわたし達にとっても予想外だったのですが……そのままティオス様に魔王の証たる『魔王紋』が移ってしまったんです」

「『魔王紋』? それが、なんでティオに?」


 『魔王紋』というのは聞いたことが無かったが、響きからして魔王が受け継ぐものなんだろう。しかし、それがなんで魔族でなく人族のティオに移る?


「詳しくはまだ。こんなことは魔界史上初の事です。流石にわたしも経験が無い事なので何とも言えません。それでも、ティオス様に『魔王紋』が移った以上、彼は17代目魔王にならざるを得ません」

「………ティオはまだ、生きているんだな?」

「ええ。それは勿論。どのような方が魔王になろうとも、わたしは魔王様の忠実なる僕ですからね。ティオス様に手を出すようなことは致しません」

「……お前のその言葉は信じがたいな」

「それはあなたの勝手です。――それにしても、やはり親は子を心配するものなんですね。十年前はちっとも動揺してくれなかったあなたも、子供の事となるとこんなに取り乱すなんて」


 微笑ましい、という笑みを向けられて決まりが悪くなり視線を逸らす。しかし、逸らした先でもリリアと幼馴染みが同じような視線を俺に向けていた。場に漂う生温い空気に、居た堪れない気持ちになった。


「――って、お前、いつから話を聞いていたんだよ」


 少なくとも俺はこの魔女が来てからは、みっともなく大声を上げるようなことはしていない。「取り乱す」というには、物足りない態度でしかなかったはずの俺にそう言った魔女。これは、もしかしなくても……。


「はい。あなた方が到着する前から控えていました。フェリクス様から合図を貰ってから入室するよう言いつけられていましたので」


 その言葉を聞いて一気に顔が赤くなる。つまり幼馴染みは俺を騙したのだ。最初からティオが無事な事を知っていて、俺が必死になる姿を見てからかうためにこんなことを仕組んだ。


 恥ずかしさと怒りで顔を染めながら、幼馴染みにつかみかかる。不敬罪? 知ったことか! 少なくともプライベートの今、俺とこいつの間に遠慮なんかいるか!


「おい、フェリクス! お前!」

「まあまあ、怒るなよ。最近僕疲れててさー。何か良い暇つぶしが欲しかったんだよ」

「暇つぶしでこんなことされる、こっちの身にもなれ!」


 王になって確実に性格が捻くれた幼馴染みは、その後どんなに文句を言ってもさらりと流すだけだった。くそっ。誰だよ、こいつを王にしたの。………俺が原因か。


 腹癒せと言うか、八つ当たりと言うか。その後色々な話を終えて帰る魔女に、伝言が無いかを聞かれ、ついついいつもの様に捻くれた手紙を書いて渡した。その様子を見るリリアと幼馴染みがやけにニヤニヤとした笑みを浮かべていたことなど、俺は知らない。

 申し訳ありませんが、ストックが無くなったのでこれからは不定期更新になります。一応なるべく努力して、間隔があかないように更新する予定です。ご了承ください。

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