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魔王城から始まる俺の冒険  作者: 暮野
第2章 魔女の住まう森
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閑話 ウリヤーナという魔女

 そもそも、ウリヤーナが彼の迷子魔王の存在を知ったのは単なる偶然であった。


 魔女族のほとんどが、生涯を漆黒の森で終える。魔族の平均寿命は三百から五百歳であると言われていて、力あるものだけがそれ以上の時間を得ることができる。ウリヤーナもその一人で、既に八百歳を超えているが未だに寿命が尽きる気配は無かった。


 ウリヤーナは魔女族の中で、敵わない相手が二人いる。一人は赤派の長であり姉弟子であるナターリヤ。そしてもう一人は、青派の長であり魔女族の族長でもある師匠だ。


 師匠は魔女族だけでなく、全魔族の中でもその名を轟かせている。その力は、魔族一強い五人衆である『五大魔烈』に数えられるほどだ。ウリヤーナは自らの師が魔界で認められるほどの実力者であることに誇りを感じていた。しかし、それは同時にウリヤーナに劣等感を抱かせることにもなった。


 魔女族には女しかいない。それ故、魔女族は他種族の男と交わる。他の魔族と交わり、子をなすことで種の存続を行う。魔女族が産む子供は必ず魔女族になる。例え吸血族との間に子をなそうと、その子供に吸血族の特徴が受け継がれることは無い。


 ウリヤーナが子をなすことができる年齢に達した時、彼女は成人女性の姿をしていた。師の魔女と同世代に見える背格好で、師と共に魔界を渡り歩き、番となるものを探していた。


 ウリヤーナはその当時、既に森で五本指に入るほどの実力を持っていたし、容姿もかなり整っていた。ウリヤーナは自分が魔女としてかなり魅力的である自信があったのだ。だから旅先で強い男を見つけたら声をかけ、自らの番になるのにふさわしいかを見極めた。


 ――しかし。


『すまん、俺はお前よりお前の師匠の方が好きなんだ』

『お前の師匠を紹介してくれ』

『あんたのお師匠さん、美人な上に強いとか最高だよな!』


 そうして漸く番になってもいいと思える男を見つけていざ告白してみると、結果はこの通り。思いを告げた男は悉く彼女を振り、彼女の師に熱い視線を注いだ。


 魔族というのは力がものを言う種族が多い。それは男女間にも適応され、強い男は強い女を求めた。ウリヤーナとて弱いわけではなかったが、隣に更に好物件がいるとどうしても見劣りするというもの。これで師の容姿が並みであればまだウリヤーナにも望みがあっただろうが、生憎師の容姿は極上だった。その美しさは、魔界一の人形作家が創る精巧な美しさを持った人形のようだと評される程。ウリヤーナに勝ち目は無かった。


 それでもウリヤーナは挫けなかった。同じ土俵で勝負するからいけないのだ。かなり癪ではあるが、こちらが別の土俵に行けばまだ勝負ができるはず。そう判断したウリヤーナは自分の見た目を幼くし、師とは別の美しさを追求した。師が作り物めいた美しさであれば、ウリヤーナは躍動感のある美しさを目指せばいい。そうして努力に努力を重ね、自分でも納得のいく美しさを手に入れたとき、再び旅に出た。前回の反省から、今度は一人旅である。


『ごめんね、お嬢さん。僕にそんな趣味は無いんだ』

『君、かわいいね~』

『おじさんといいことしようよ』


 ところがウリヤーナの予想を裏切って、これもまた失敗した。声をかけた男には幼女趣味が無いと言われ、声をかけてくる男たちは軽薄そうな弱い男か、鼻息荒く迫ってくる弱い男だった。


 ウリヤーナはうまくいかない番探しに苛々し、寄って来た男たちを手荒く追い払った。すると今度は『踏んでください!』と言われるようになってしまい、ウリヤーナを囲む男の壁は厚くなった。


 その後も迫られては追い払い、囲まれては踏み倒し、を繰り返すうちにウリヤーナはすっかり嗜虐趣味の魔女として知られるようになってしまい、益々添い遂げたいと思う男たちから距離を取られるようになった。


 ウリヤーナが番探しを始めて二十年ほどたった時の事だった。とうとう売れ残り魔女という噂が魔女の森で出始めた。ウリヤーナはプライドがそれなりに高い魔女だ。そんな不名誉な噂が定着する前に、何とかしなければならない。


 漆黒の森には魔女族の集落以外にも、魔女族の番となった者たちが住む集落がある。基本的に男人禁制の森なので、番を作った魔女は森から出て二人で暮らすか、番を森には連れてこずに遠距離で愛を育むか、番を森に連れて来て別居生活をするかを選ばなければならない。ウリヤーナはいずれ族長になろうという野心があったので、帰らないという選択肢は無い。


 しかしウリヤーナとて年頃の女。自分が修行に励む中、色恋にはしゃぐ同世代の魔女たちを、羨ましいと思ったことが無いわけではない。ウリヤーナにも、恋愛を楽しみ、強い男の子供を産みたいという欲求がある。


 ウリヤーナは悩みに悩んだ。もしここで諦めてしまえば、もう二度と番を作ることは叶わないだろう。それでいいのか。けれど、ここで諦めずに粘る姿を、同世代の魔女に嗤われたくなかった。そう、もし自分より劣った相手に嗤われるくらいなら、死んだ方がましだ。ウリヤーナがそう思った時、決断は下った。


 自分はいずれ族長になる魔女だ。今までの旅は魔界を知るための旅であり、決して番探しなどではなかった。そもそも族長になるのに余計な事に割く時間は無い。


 そう自分に言い聞かせ、ウリヤーナは滞在していた宿を去り、森へ帰るための転移魔法を発動させた。


 こうしてウリヤーナは番探しを諦め、森でその生涯を終えることを誓った。


 生涯を魔法に捧げ、族長となることを決めたウリヤーナは旅から帰って猛勉強した。一歩でも師に近づき、師を超えるために。そうして努力を積み重ねたウリヤーナは、師に自分を後継者とするように薦めた。しかし師はウリヤーナではなく、ウリヤーナの姉弟子たるナターリヤを後継者候補に挙げていた。


 ウリヤーナは悔しがった。姉弟子のナターリヤは自分より長く生きていて、その分魔法に精通している。しかもそれだけではなく、彼女は夫も子供もいるのだ。ナターリヤはウリヤーナが欲しかった番も、子供も、師からの信頼も得ている。


 だからウリヤーナはそんな彼女たちに反抗するように、新たな派閥を作り上げた。赤魔女は愛のある魔女、青魔女は魔法に身を捧げる魔女だと言われていたところに、森の征服を目指す緑魔女を作った。そして自らをそのコミュニティの長とし、彼女の思想に付いて来てくれる者を募った。ウリヤーナは自らの弟子と同志数名と共に新たな集落を作り、そこに暮らすようになった。


 しかし反抗を見せたウリヤーナに、彼女の師はとてつもなく冷徹だった。師がとった反応は「無反応」。いっそ潔いほどの無視で、緑派は青派に襲撃をかけても、青の集落の強靭な結界に為す術もなく帰ることしか出来なかった。ウリヤーナは悔しさから標的を赤派に変えた。するとそういう時だけ師はウリヤーナを叱り、集落間の争いごとを御法度にした。


 自分の行動に意義が見いだせず、ウリヤーナが焦りを見せだした頃、転機が訪れた。それこそが彼の魔王、ティオス・ココルドの来訪である。


 森にいきなり訪れた膨大な魔力の持ち主に、ウリヤーナは最初警戒した。しかし相手の魔力を探ると、その持ち主が魔王であり、膨大な魔力を持て余していることが分かる。そこでウリヤーナは思いつく。


 この魔力を自分のものとすれば、族長をぎゃふんと言わせることができるかもしれない、と。


 そう思ってからの行動は早かった。弟子の一人に魔王を連れてくるように言い、自分は攻撃魔法を放てる環境を作る。家具を避け、障害物をなくし、自分が座る椅子だけの空間にした。


 準備万端で弟子が来るのを待つ。ウリヤーナの胸は久しぶりに躍っていた。うまくいけば族長を通り越して魔王になれるのだ。これで気分が上がらない方がおかしい。


 魔王になった暁には何をしよう。きっとかつてウリヤーナを袖にした男達は後悔し、挙ってウリヤーナのもとへ来るだろう。そこでウリヤーナは言ってやるのだ。お前のような弱い男に興味は無い、と。魔王の権力を使って五大魔烈の男と子をなすのもいいかもしれない。師と親しかった男を横取りするのもいい。


 これからの事を妄想するウリヤーナの顔は、だらしなく緩んでいた。弟子が見れば幻滅することは必須であろう顔だった。幸い今は家に一人なので、彼女の対面は保たれた。


 ――その後魔王殺害が失敗し、族長に手痛いお仕置きをされた上で雑用係を任されることになるなど、その時の彼女は知らない。


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