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  作者: 長曽禰ロボ子
幕間
77/77

妖精さん

 奴奈川(ぬながわ)家。

 天皇家にも匹敵するという悠久の歴史を誇り、奴奈川大社を守る。

 奴奈川一万石の領主でもある。

 明治の世に子爵家となる。

 のちにセメント事業を中心に日本有数の財閥を成す奴奈川家も、戊辰戦争において無傷ではいられなかった。藩として早くより新政府に恭順の意を示していたにもかかわらず、能力を超える兵の動員に多額の軍資金供出の要求。奴奈川藩の兵は特に北越戦争においては最前線に配置され戦死者も多かった。

 また、嫡男(かおる)が旧幕軍を名乗るゴロツキに斬られ死亡(嘘である)。

 その双子の妹であり奴奈川大社の正四位(しょうしい)奴奈川斎姫(さいき)である(しずか)までもが出奔。行方知れずとなった(こちらは本当)。

 連枝筆頭黒姫(くろひめ)家の一人息子黒姫俊輔(しゅんすけ)も脱藩して旧幕軍に参加していたので、同じく連枝の姫神(ひめがみ)家から男子を迎え入れ跡継ぎとすることになった。現在の当主日向守(ひゅうがのかみ)の正妻は姫神家分家からの輿入れだったため、奴奈川宗家は姫神家の強い影響下に置かれることになる。まあ、そこらへんは後の話。

 さて。

 奴奈川家次期当主として迎え入れられた若殿はまだ十二歳と若い。

 それでも日向守が京より戻り次第元服し、日向守は隠居、若殿が奴奈川家を継ぐ手はずになっている。その準備に追われているさなかだ。

 例によってあのおっとり奥方が口にしたのは。



「昨日の夜、妖精さんが来ました」



 十二歳とはいえ、奴奈川一族として幼少より厳しく教育されている。

 若殿は真顔を崩さない。

 そもそもこの伯母、今は義母がどういうキャラであるのかは十分に知っている。苦り切っているのは若殿のうしろで平伏している家老たちだ。

「またか!」

「また奥方の不思議ちゃんが始まったか!」

「この忙しい中、今度はなんなのだ!」

 奥方は繰り返した。

「昨日の夜、妖精さんが来ました。私のもとに」

義母上(ははうえ)。聞こえなかったのではございませぬ。聞こえておりまする」

「あなたのもとには行きませんでしたか」

「わかりませぬ。私は眠りが深うございます」

「そうですか」

 奥方は微笑んだ。

「それは残念でしたね。妖精さんは日本を離れるのだそうですよ。英吉利(イギリス)へ。倫敦(ロンドン)という町にいくのだそうです」

「……」

 平伏している家老たちは目配せで会話をしている。

 奥方さまはなにを言い出しているのだ。そこもと、わかるか。

 奥方さまの言葉を理解できるのは殿のみでござる。

 でござるな。

「そして言いました。薫を斬ったのは自分だと。申し訳ないと、ごめんなさいと」

 え?

「手向けに、私のとっておきの振り袖をあげました」

 え?

「泣きそうな顔をしていたのよ。つらそうに悲しそうにしていたのよ。でも、振り袖を見て少しだけ嬉しそうにしてくれました。かわいそうな妖精さん。ずうっと、女の子としてのおしゃれをすることもかなわなかったのですものね。ずうっと、ずうっと……」

 え?

 ええ???

「きゃーーーーっ!」

 奥女中の声が聞こえてきた。

「ない、ない! 奥方さまの雪月花(せつげつか)がないーーっ!!!」

 ……雪月花って、あの京友禅だよな?

 ……だよな?

太刀川(たちかわ)

 奥方は平伏している筆頭家老の名を呼んだ。

「おまえ、財政難とかいってあれを売るつもりだったのでしょう? 残念でした」

 筆頭家老さんはもう汗びっしょりだ。

「最後に抱かせて欲しいと私は願いました。妖精さんは身体をこわばらせていました。細い肩でした」

 若殿はその透明なひとすじを見た。

 家老たちは平伏していたので見ることはできなかった。

 奥方の頬を涙が落ちていく。

「どうか、それがどこであろうと、今度こそ自分の居場所を見つけてほしい」


 奥方の部屋を辞したあと、若殿がぽつりと言った。

「ああ、そういえば、あれが義母上の言う妖精さんだったのだろうか」

 家老たちは戦慄を覚えた。

 まさか若殿まで不思議ちゃんに染まるのか!?

「きれいな振り袖を着た美しい女性が私の枕元にいたんだ。『後を頼む』、そう言って私の顔をなでてくれた。そして――」

 若殿はそれ以上を言わなかった。

 それは、口にしたら大きな問題になりそうだと十二歳ながら理解していたから。


 私を撫でてくれたその左手には傷がなかった。普通の女性であればそれは当たり前なのに、なぜかそれが特別のことのように思えた。

 その顔は、私の初恋の静さまに似ていた。

 遠くからしか見たことがないから、自信はないのだけれど。――



 シベリア鉄道の一等客室に四人の男が乗っている。

 ひとりは長身痩躯。

 もうひとりは東洋人の少年。

 そしてこのふたりを世話に来ている従者二人。こちらも東洋人で、なんとなくのん気そう。

「なあ、カオル」

 長身痩躯の男が言った。

「どうして君はそう脱ぎたがるのだね」

「人を変態のように言わないでください、トリスタン・グリフィス」

「でもそうじゃないか。なにかあると嬉しそうにその貧弱な身体を晒して喜んでいるじゃないか」

 少年は上着とシャツをはだけているのだ。

「貧弱じゃありません。喜んでいません。ただ、静がぼくにつけたこの傷が愛しいのです」

「それは充分に喜んでいるし、充分に変態ではなかろうか。それに、その傷、治さないつもりなのか。腕を失っておきながらひと月もかからず治しておいて、その傷は残すのか。器用なことができるものだ」

「これ……」

 薫がなにか思いついたようだ。

「このままだとバッテン印だけど、もう少し傾けば逆十字だったのにな」

 ぶっと噴いたのはトリスタン・グリフィスだ。

 助さん格さんも目を輝かせている。

「逆十字か! おお、ほんとうだ!」

「おしかったですね!」

「ああ、もうすこしだったのに!」

「今からその傷を消して新たにつけないか、カオル! 脱ぎたがるのも胸の逆十字を誇示するためになって、それならもうただの変態じゃない、中二病という立派な病だ!」

「嫌ですよ。そもそも静につけられたから残しているんです、この傷」

「痛くしないから! 優しくするから!」

 「おい、おまえら」

 どこからともなく、その声が響いてくる。

 「逆十字って、つまり聖ペテロ十字だろ。おまえら中二病が考えるようなダークでアンチクロス的な意味ばかりじゃないぞ。こら聞けよ。一〇〇年彷徨って、とんでもない体を選んじまったな、おい」

 ヨーロッパは遠い。



 奴奈川大社の秋の例大祭が間近に迫っている。

 奴奈川斎姫(だい)、黒姫高子(たかこ)は眠れない。斎姫代の部屋の縁側に座り、紅葉に染まる夜の山を見ている。

「斎姫代というのは、斎姫ほどには扱って貰えるのか?」

 横に座る静が言った。

「さすがにそれほどでは。ただ、例大祭のときだけは斎姫として扱っていただけます」

 高子がこたえた。

「お稽古事は静さまなみに増えました。大変です」

「ごめん」

「あ、そんな意味じゃなくて。それに、奴奈川斎姫代を務めたというだけでも嫁入り先はいくらでも。黒姫の分家の娘としては上出来です。ただ父は、姫神家の力が強くなりすぎるからと、新しい若殿との婚姻を働きかけているようです」

「ずっと年下じゃない」

「しょうがありませんよ」

「そういう『しょうがない』ことから逃げて、私はみなに、高子にも迷惑をかけてしまっているのだな」

「そんなこと――」

「逃げて、逃げて、今度は外国にまで行くんだ。私は、どこまで逃げるのかな」

「静さま」

(はるか)もいなくなった。今までと違う。そんな予感がする。きっと私に愛想を尽かしたんだろう。薫も私が斬った。二度も斬った。そして死に損なった私だけが残った」

「静さま。静さまは逃げているんじゃありません。追いかけているのですよ」

「……」

 静は高子の顔を覗き込んだ。

「どうすれば、そんなうまいこと言えちゃうの?」

「そんな言い方ないですよ!」

 ふふっと笑って静は立ち上がった。

 あ、笑ったと高子は思った。

 よく笑う人だったのに、ふらりと姿を見せた彼女は少しも笑わなかったのだ。

「似合う?」

 静が言った。

 月明かりの下、静の振り袖姿は幻想的なまでに美しい。

「私、この姿で英吉利にいく。倫敦にいく。まずは、いなくなった遙を見つける。そして、レオンハルト・フォン・アウエルシュタット。私の存在理由というものも」

 静は舞うように歩いていく。

「あのときには遙だった。だから今度は私の口からいいたい。高子、ありがとう。さようなら」

 静の姿が闇の中に消えた。

 それを見ていた黒姫高子の目から涙が落ちた。



 寂しくて、悲しくて、高子は泣いた。

 もみじがただ赤く、ただ闇にさざめき、ただ美しい。


※もちろん、「妖精」が今の妖精のイメージになったのは西洋文化が入りこんできた明治期以降です。こまけーことはいいんだよう!がははは!


※覚書。

静に負けて彷徨うアスタロトとチャールズは、負けを受け入れて次の段階に進むことを誓う。


レオンハルトはダークヒーローとして出すつもりだったのが、例によってのほほんおじさんに育ってしまったので、ゲオルクにその役目をしてもらう。アスタロトとの戦いで腕に爪の傷がついた。アスタロトの爪は毒爪だ。片腕を失うことにより機械化人間へ。

純粋真っ直ぐ君、妹の天国への門への執念。そしてその裏返しの神を否定する者への苛烈な憎しみ。十字軍の騎士たちとの訣別もあるかも。改造するのはヨハン・ペッフェンハウゼルなのでそこら辺の兼ね合いはきちんと。


ライブラによって研究室を追い出されたダーネ・ステラは新たに資金を提供してくれたピップとエステラと組む。超電気ロボのパイロットはピップとエステラ。ライブラとの一騎打ちに挑む。


ロンドン編で遥が出てこないのは、日本編の最後で絶望に沈んでキングに飲み込まれてしまったためだが、キング・黒のシズカ・遥の三つ巴の描写は丁寧に。


薫は助さん格さんとともにロンドンで店を開いている。

実は静が食べたおにぎりに赤飯は薫が作った。薫はそれに気づいているが、レディが気付いているかどうかは謎。


十二宮のヴァンパイアはカノンのベルゼビュートを含めてそれぞれ魔法使い、超能力を持つヴァンパイア。それに対し肉弾戦しか知らない他のヴァンパイア、騎士、静がどう対抗するかが問題。


ただし、ベルゼビュート自体は野心を持たない。


静と遥は分離することになる。

そして黒のシズカは静に、キングは遥についていく。静は必要なときに黒のシズカの力を借りることになるだけだが、遥はキングを支配し、キングとして君臨する。キングと黒のシズカには「魔法」が通用しないのだが、超能力はどうだろうか。キングとして君臨するようになった遥は最強で、史上最悪の姉妹喧嘩が勃発することになる。もちろん石長姫は遥のもとに。その時に静はベルゼビュートとの初戦に続く瀕死の敗北を味わうことになるだろう。


「おまえはおれの猫を殺したんだ」

チャールズと戦う十二宮は、ライブラではなく別の十二宮にすべき。


ルキフェルのアポクリファは「円卓の騎士」か「パラディン」。

その場合、ヨコハマ・たそがれを残すべきかどうか。ガウェインかローランドにすべきでは。


レディのイメージは初期からやはり戦艦の甲板に仁王立ちする姿なので、どうしてもそれは出したい。

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