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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
50/77

薫と俊輔

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「おまえたち、いったいなんなんだ?」

 次の銃弾を薬室に送り込み、(かおる)が言った。

 文字通り米山(よねやま)鉄太郎(てつたろう)が散り、小林(こばやし)静馬(しずま)が散った。薫の銃弾によって。

「もしかして、相沢もか? あいつも散ったのか?」

 思わず俊輔たちも横たわる相沢青年を確認したが、その体はまだ街道の上にある。

「おまえたちだけか?」

 薫は少しも慌てていない。

 恐怖も示さない。

「なあ、俊輔(しゅんすけ)! 勇一郎(ゆういちろう)! 勝之進(かつのしん)! なんてことだ、おれの学友五人は化けモンだったんだ。おれは化けモンと幼少期をすごしたんだ!」

 ただ笑っている。嬉しそうに笑っている。

 バケモノはどっちだ。

 俊輔は腰の刀の鞘を掴んだ。

「勇一郎、勝之進。おまえたちだけで行け」

「俊輔」

「だれかが!」

 と、俊輔は言った。

「だれかがおれたちの望みを果たすんだ。鉄太郎が散った。静馬が散った。おれも散るだろう。おれたちを無駄死にと言わせないでくれ。頼む、勇一郎! 頼む、勝之進! 生き延びてくれ。戦場でおれたちの分まで暴れてくれ!」

「俊輔」

「俊輔、おまえ――」

「そのために!」

 俊輔の目が黄金色を帯びている。

「おれが、なんとしてもここで若殿を食い止める!」




 闇の中を俊輔がジグザクに迫る。

 猫のように目が光る。

 ズガァアン!

 ズガァアン!

 騎乗の薫がスペンサー銃を連射した。

 俊輔は木の陰に隠れた。

 黄金に光る目は自分の居場所を報せてしまうことになる。しかし、今はそれでいいと俊輔は思う。いい囮になる。

 勇一郎と勝之進はそろそろここを離れたろうか。

 足音を立てれば白馬天狼(てんろう)号で追われてしまう。

 ゆっくりと、ひそやかに。

 幸いなのは若殿は人間らしいという事だ。自分たちや馬と違って夜目がきかない。若殿がおかしいと気づくまでおれが引きつける。それにしても、若殿の軍事教練に呼ばれなかったとはいえ見学くらいはしておくべきだった。なんだ、あの銃は。話に聞く火縄銃とはわけが違うじゃないか。

 薫はスペンサー銃の弾倉に予備の銃弾を装填した。

 スペンサー銃は七連発だ。

 まだ空になったわけではないが、膠着状態のうちに補充しておく。七連発であることを俊輔たちに知られてしまったら、弾が尽きたところで突っ込まれてしまう。

「なあ、俊輔」

 と、薫が言った。

「勇一郎。勝之進。おまえら何者なんだよ?」

 答えた方がいいだろうか。

 時間稼ぎにはなる。しかし、おれ一人しかいない事がバレてしまうかもしれない。

「いつからそうだったんだ? 生まれながらか?」

「この地に戻るのが決まった頃」

 と、俊輔が声をあげた。

 薫はその声が聞こえた方向以外へと注意を向ける。

「横浜でトリスタン・グリフィスという外国人に、鬼道(きどう)を使って鬼にしてもらいました」

「へえ、鬼に」

 薫が言った。

「そういや、あの頃だったな、おまえたちが突然強くなったのも」

 意外と観察されていたんだな。

「……」

 背中まで猫のように過敏にさせ、薫は周囲を窺っている。

「なんのためだ」

 薫が言った。

「尊皇攘夷に参加するために」

「尊皇攘夷なのに外国人を頼ったのか」

「おれたちは子供でした。外国人の力を借りてでも、傍観者じゃなく大人たちに混じって日本の行く末を見たかったんです」

「それで」

 薫が言った。

「それは見えたか」

 あっと俊輔は木の陰から顔を出した。今までと声が聞こえる方向が違う。白馬天狼号、その背に薫がいない。

 どこだ!

 どこにいるんだ!

 なぜ、圧倒的に有利な騎乗を捨てた!

 かさり、と草を踏む音がした。俊輔は横っ飛びに逃げた。俊輔が今いた位置に白刃が振り下ろされている。

「たしかに力はつけたようだ。以前のおまえなら今ごろ真っ二つだ」

 薫が言った。

 俊輔は剣を手に薫に襲いかかった。

 薫は街道の横の林に走った。俊輔も後を追う。

「やはり、おまえ一人か」

 薫が言った。

「まあいい。天狼がいればあいつらはいつでも追える。今はおまえを鬼退治してやろう」

 俊輔は立ち止まった。

 薫がいない。

 木々の間に見えていた薫の姿がない。

「それで俊輔。おまえは人を斬ったことがあるのか」

 声がした方を見ても誰もいない。

「その程度でなにをするつもりだった。日本の行く末などとご大層なことを言う前に足元を見ろ、まわりを見ろ。おまえのは匹夫の勇というんだ」

「俊輔」

「おれが許せないのはな」

 どこにいるのかわからない。

()()()()をするのは生理現象だろうさ。不愉快だが認めてやろう。それに静を巻き込んだことだ」

「あなたは!」

 俊輔は叫んだ。

「斎姫さまの両足の腱を斬ったのか!」

 目の前に木花知流姫(コノハナチルヒメ)を上段に構えた薫がいる。

 まるで突然そこに現れたように。

「そうだ。おまえたちから静を守るために。すべての穢れたものから静を守るために」


 なんとしても止めると口にしながら。

 おれはここでこの人に斬られるのか。静さまの仇もとれずに斬られるのか。


 薫の注意がそれた。

 俊輔にもそれが聞こえた。

 ざざざ!

 草を踏みしめて走ってくる音が聞こえる。

「なんだ、やっぱりいたのか。勇一郎に勝之進。騙されたぜ」

 薫は木花知流姫を構え直した。

「馬鹿、戻れ、勇一郎! 勝之進!」

 俊輔が声をあげた。

「この人は強い! おれたち全員斬られるぞ!」

「ならば、それまで!」

 剣を上段に構え走る勇一郎が言った。

「仲間を置いて逃げても目覚めが悪い!」

 同じく剣を手に走る勝之進が言った。

「やめてくれッ! おれたちはこんな処で散るために鬼になったわけじゃないッ!」


 銃声が鳴った。


 それはスペンサー銃のような重い銃声ではない。

 しかし少年たちの動きが止まった。

 特に薫は口を開け固まってしまっている。そして悲鳴をあげた。

「うわああああああ!」

「ちえ」

 人影が近づいてくる。

 両腰には木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)石長姫(イワナガヒメ)

「当てるつもりで撃ったんだけどな。あんがい当たらないものなんだな」

「うわああああああ!」

 薫の悲鳴は止まない。

「わああああああ!」

「嘘だ、嘘だあああ!」

 勇一郎に勝之進も呆然としている。

 現れたのはたしかに道場で見慣れた奴奈川(ぬながわ)斎姫(さいき)。しかし、()なのだ。

「俊輔、あれは……」

「そうだ」

 俊輔が言った。

「同じ体の中に(しずか)さまと(はるか)さまがいる。静さまは人で、遥さまはおれたちと同じ鬼だ。それが傷を残さない奴奈川斎姫の正体だ」

「ずいぶんな言い草だな。まあ間違ってはいない。それより黒姫(くろひめ)俊輔。夜九ツ(深夜12時)にあの小屋だったはずのおまえたちが、なぜここにいる。おまえ、静を騙したのだろう」

 俊輔は剣を納め、居ずまいを正した。

「静さまに聞こえていますか?」

「いじけて拗ねているが聞いていると思うよ」

「申し訳ございません、静さま。おれは嘘をつきました。あなたをつらい旅に連れて行くわけにはいかなかった。おれは」

 俊輔は頭を下げた。

「おれはあなたのことが好きでした」

「余計なことを付け加えるな。また静が泣きだしただろう。行け、黒姫俊輔。鷹沢(たかざわ)勇一郎。三浦(みうら)勝之進。私はこの男に話がある。きょうだい喧嘩は人に見せたくない。そうだろう?」

 奴奈川斎姫、遥。

 もう一度スミス&ウェッソンを両手で構える。

「こいつを殺したら私も行く。生きていれば、いつかどこかの戦場(いくさば)で会えるだろうさ」

 パン!

 パン!

 銃声が鳴った。

 この二発とも薫には当たらなかった。

 遥は顔を歪めた。

「くそ、おまえの部屋でいいものを見つけたと思ったんだがな、こう当たらないんじゃ役立たずだ」

 スミス&ウェッソンを納め、遥は右腰の石長姫を抜いた。

「行け! 静の体がきょうだいを斬るのを見たいか!」

 俊輔はもう一度頭を下げ、体を翻して走り始めた。

 勇一郎と勝之進もそれに従った。




「大丈夫か、斎姫さまは」

 後を気にしながら勝之進が言った。

「若殿は強いと、おまえも言ったじゃないか」

 勇一郎も言った。

「大丈夫だ」

 俊輔の顔に笑顔が浮かんでいる。

 腱を直してくれたんだ。

 遥さまは静さまの両足首の腱を直してくれたのだ。静さまは今まで通りの静さまなのだ。

「静さまは――遙さまはおれたちよりずっと強い。おれたち五人がかりでも勝てないほど強い。それに遥さまは言ったじゃないか」


「生きていれば、いつかどこかの戦場で会えるだろうさ」


 少年たちは夜の中を走っていく。




「立て、薫」

 遙が言った。

 薫は尻餅をついて体を震わせている。

「私の大切な静を傷つけ、辱めを与えた罪、簡単に贖えると思うな」

「遥か……」

「そうだ」

「おまえが、遥……」

「そうだ。おまえ、ついでのように私宛てにも文をよこしただろう。それなのに今まで気づかなかったって、つれないじゃないか」


「立て、薫」

 遙が言った。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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